第99話「南派都市の崩壊」

 城塞都市ロイセンブルクの街が、自らの治めていた街が燃えている。

 民衆反乱により居城を襲われ、街からほうほうの体で逃げ出したド・ブロイ市長は叫ぶ。


「ハァ、ハァ……ええいっ! なんでこんなことになった!」


 ド・ブロイに従う南派十二都市の軍隊が、国境を閉鎖した時から事態は坂を転がるように悪くなった。

 国境沿いに押しかけた民衆の怒りが爆発して、ついに暴動が発生。


 そこまではいい。

 いつものようにド・ブロイに従う警備隊によって鎮圧すればいいと考えていた。


「クソッ! クソッ! 裏切り者どもめ!」


 あれほど美味しい思いをさせてやった警備隊が、民衆の側に付きド・ブロイを裏切ったのだ。


「何が不満なのだ! 没取した物資も好きにしていいと言ってやったのに!」


 もはや、権力の基盤を失ったド・ブロイ市長に付いてくる者はいなかった。

 南派十二都市は、櫛の歯が欠けたように相次いで離反、またはド・ブロイのように市長が街を維持できなくなった。


 十年もの長きに渡った支配体制も、崩れる時は一瞬。

 だが、ド・ブロイはまだ諦めていない。


 こうなれば街を捨ててでも生き延び、捲土重来けんどちょうらいを図るまで!

 国境沿いで事態を静観していたフロントライン公国の軍へと転がり込む。


 聖王国にツテを持つ自分は、公国軍だって手は出せない。

 そう思っていたのに、縄で縛られて公国軍を率いるマチルダ・フォン・フロントラインの下へと引き立てられたのだ。


「お、俺は聖王国の子爵だ! 俺に手を出せば聖王国が黙っちゃいないぞ!」


 そう叫ぶド・ブロイを、マチルダは冷酷な碧い瞳で睨みつける。


「知ったことか。聖王国からも、貴様を助けろなどという指示は来ていない」


 なぜ聖王国から自分を保護しろという命令が来ていないのか。

 これほどまでに聖王国に尽くし、大宰相リシューにも身分の保証を約束されているはずなのに。


「そ、そんな、それで俺はどうなる! マチルダ早まるなよ! 聖王国の貴族である俺を殺せば、再び戦争になるぞ!」


 そう言っても、元は同じ聖王国の属国の主であり、知らぬ仲ではないからこそマチルダを説得出来る言葉が見つからないのでド・ブロイはゾッとする。

 相手は、強大な魔王軍やタダシ王国軍に牙を剥いたあげく、ボッコボコに負けたことで有名な大陸一のバカ姫である。


 何をやるかわかったものではない。


「私は貴様を殺すつもりはない」

「そ、そうか。マチルダ、お前も少しは大人になったか」


 ホッとするド・ブロイに、矢のような言葉が飛ぶ。


「貴様など、殺す価値もないからな」

「な、なんだと! お前は一体何を……」


「こいつをひったてい! ド・ブロイの身柄はロイセンブルクの民衆に引き渡してやれ!」

「バ、バカかお前は! やめろ! 俺に触れるな、離せ! うぁああああ!」


 ド・ブロイの身柄は暴動を起こした民衆に、縛られたまま投げ渡される。

 マチルダが叫ぶ。


「ド・ブロイ。貴様がどうなるかは、これまでお前が民にしてきたことが決めるだろう!」


 怒り狂った民衆は、「暴君ド・ブロイを殺せ!」と、その身柄に次々に殺到して手を伸ばす。


「やめろぉ! 俺はこの街の主人なのだぞ! 貴様ら下民ごときが手を触れて、ぎゃぁああああ!」


 ド・ブロイが八つ裂きにされる様を、目を背けずに見守るマチルダ。

 そこへ、北派のロドン市長と今後の相談を終えた猫耳商会のシンクーがやってきて聞く。


「マチルダさんたち公国軍は、今後どうするつもりニャー」

「知れたことよ。このまま南派十二都市を一気に制圧し、我が領土へと加える!」


「それはダメニャー!」


 血相を変えるシンクーに、マチルダは笑い出す。


「ハハハッ、冗談だ。ド・ブロイといい、シンクー殿といい。私がそんなに信用できないか?」

「マチルダさんは、これまでやってきたことがやってきたことだから冗談になってないニャー」


「本気でそうなら、オージンも私に処理を一任したりはしないだろう」


 公国の内務を取り仕切るオージンが今回の処理をマチルダに一任したのは、そろそろマチルダも為政者として独り立ちしてくれなければ困るということだ。


「元は共に聖王国に従って魔王軍と戦っていた関係で、西派代表のテレサ市長とは面識がある。シンクー殿が渡りをつけてくれた北派とも共同で、暴動を抑えて治安維持に当たろう」

「公国軍を南派の街に入れるかニャー」


 それでは、多少なりとも犠牲は出てしまう。

 マチルダの評判がますます悪くなるし、このまま乱が収まるまで静観でもいいかと思っていたところだ。


「民衆暴動というのはやっかいでな。多少乱暴であろうが武力で抑えなければ、力なき民が苦しむだけなのだ」

「それはわかるがニャー」


「公国軍が乱を鎮めて秩序を回復し、寛大なる王タダシがやりすぎた私をいましめて、南派都市を支援して自治を保証するというあたりでどうか」

「マチルダさんは、あえて悪役を買って出ようってことかニャー」


 そうすれば確かに、民にはわかりやすいだろう。


「一度は死んだ身だ。私の評判などどうでもいい。民の犠牲を少しでも少なくするのがタダシ様の望みだと私は考える」


 そう言って静かにシンクーを見つめるマチルダに気圧されて、シンクーは肩をすくめる。


「わかったニャー。じゃあ、うちらも協力するニャー」

「シンクー殿はタダシ王国に亡命を希望する民衆の保護を頼む。我々は、これに乗じて暴れまわっている連中の抑えに回る。乱暴狼藉らんぼうろうぜきは許すな!」


 テキパキと部下に指示を出すマチルダを見て、人は成長するものだなとシンクーは思うのだった。

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