第三章「大陸の混乱は中央から」

第98話「自由都市同盟会議」

 大陸中央の自由都市ジュネー。

 自由都市同盟を構成する四十八の自由都市国家の代表があつまり、緊急の同盟会議が行われていた。


 会議の中心は、東、西、南、北。

 四派と呼ばれる自由都市同盟の各地域を代表する四人だ。


「北の帝国はまだ、タダシ王国については何も言ってませんからなあ。物資も欲しいが、帝国や聖王国も怖い。こりゃ困ったもので、ダルク市長はどう考えます」


 そう小心そうに額の汗をハンカチで拭き、目をキョロキョロさせながら早口で話すのは、北派の十二都市を代表する商人。

 北の商業都市ロックのロドン市長。


「……聖王国の命令に従わぬとはいっておらんよ」


 小さいがやけに通る声で、白髪の寡黙な老人はつぶやく。

 東派の十二都市を代表する長老格。東の大都市ノーブルのダルク市長である。


「いっそ聖王国の命令など無視して、タダシ王国につけばいいのではないか」


 そう言うのは、甲冑に身を包んだ西派の十二都市を代表する常在戦場の女傑。

 西の鉱山都市ナーセルのテレサ市長。


 都市代表としては年若く、まだ三十半ばほどの女性である。


「なんだとテレサ。貴様、聖王国を裏切るつもりか!」


 そう叫ぶ大柄な男は、こちらも甲冑に身を固めた凶暴そうな壮年の男。

 南派の十二都市を代表する。南の城塞都市ロイセンブルクのド・ブロイ市長。


 強大な力を持つ北の帝国や権威を持つ聖王国に対して、自由都市同盟は常に勢力を均衡させることで独立を維持している。

 帝国に一番近い北派はほぼ帝国に臣従した形であるし、東派も帝国に国境を接しているため面従腹背している。


 一方、西派や南派は聖王国の影響が強かったのだが、タダシ王国の台頭で事情が変わってきた。

 西派代表のテレサは手紙を懐から出して言う。


「タダシ王国より文が届いた。我が都市の西側から飛来するドラゴンの脅威はもう心配しなくていいそうだ。かの生産王タダシは魔獣フェンリルに命じて、ドラゴンを大人しくさせたと」


 それに南派代表のド・ブロイが、ドンドンと机を叩いて反論する。


「何の根拠があってそんなことを!」

「事実、今年は山を越えて村を襲うドラゴンやワイバーンの被害がない。魔族もやけにおとなしい」


「その程度のことで、大恩ある聖王国を裏切るのか! タダシ王国がドラゴンを従えたというなら、それこそが人族の敵である証拠だ!」

「大恩だと? 聖王国がこれまで何をしてくれた?」


 魔族と正面で戦って来たのはテレサ達、西派の都市なのだ。

 戦いの後方にいる者ほど、好き勝手に威勢の良いことを言うものだ。


「魔族と戦う国には援助があっただろう」

「すずめの涙ほどの援助がなんだというのか。タダシ王国から購入できた安い食糧や治療薬で、みんな一息つけたのではないか。北派や東派の都市の代表の方々はどうだ?」


 それには、北派のロドン市長や東派のダルク市長も頷く。


「待て! 待て! みんなよく考えろ。貧民共がタダシ王国へと逃亡しているのだぞ。こうしている間にも、国力が落ちている! タダシ王国は危険だ!」


 そう唾を飛ばして叫ぶ南派の代表ド・ブロイは、追い詰められていた。

 ド・ブロイ達、聖王国側にくみしている都市は孤立状態に陥っている。


 聖王国と自由都市同盟の間にある、フロントライン公国がタダシ王国の側についてしまったからだ。

 いっそ、西派都市代表のテレサが言うようにタダシ王国の側について援助を貰えばいいのだが、それができない事情がある。


 ド・ブロイは、もともとロイセンブルクの警備隊長だった男だが、十年前に警備隊を使ったクーデターにより都市の執政会議より権力を奪取した。

 そのため支持基盤に弱いところがあり自由都市の市長の地位を保ちながら聖王国子爵の地位をもらい、統治の正当性を保持していた。


 憤るド・ブロイを、テレサは鼻で笑う。


「民が派手に逃げ出しているのは、お前ら南派の街だけだ。民は国の礎なのに、ないがしろにしてきたお前らが悪いのだろう」

「うるさい黙れ! 女ごときに何がわかる! 人族の祖たる聖王国にそむけば、自由都市同盟は滅びるぞ!」


 激情に駆られて叫びまくるド・ブロイをよそに、議場にはしらっとした空気が流れる。

 独立志向が高い自由都市同盟は、極端な実力主義だ。


 男だ女だと言ったところでなんにもならないし、大国を後ろ盾にしなければ統治もできないような無能には誰も従わない。

 ド・ブロイが強権的に従えてきた南派都市の市長達からすら、異論のつぶやきが漏れ出していた。


 聖王国の命令に従うか、タダシ王国に配慮するか。

 意見が徹底して割れたところで、小心そうな商人。北派代表のロドン市長が口を挟んだ。


「いやー両者ごもっとも。それでは、両方の顔を立てるということではいかがでしょうか」


 それに、西派代表のテレサが尋ねる。


「ロドン市長。両方の顔を立てるとは?」

「聖王国のご命令にはもちろん従いましょう。しかし、我らの目の届かぬところでタダシ王国と密貿易する商人がいるのはこれもまた仕方がない。こんなところでいかがですか、ダルク市長?」


 キョロキョロ目配せしながら言うロドン市長の呼びかけに、東派代表のダルク市長が白髭をしごきながら応える。


「……そこが落としどころか」


 同盟会議の重鎮である長老ダルクの言葉に、上手く話がまとまりそうだとみんなホッと胸を撫でろした。

 自由都市同盟諸国の市長はみんな狡猾だ。


 表面上聖王国の命令に従う振りをしつつ、タダシ王国から流れてくる物資も美味しく頂戴しようとする。

 実はタダシ王国の猫耳商会と協力してその密貿易を裏で仲介しているのは、中立を装っているロドン市長の商会なのだから食えない。


「我ら南派は、その決定には従えない!」


 ド・ブロイは、椅子を蹴って立ち上がった。


「どうするおつもりですか」


 ロドン市長は。額の汗をハンカチで拭きながら慌てて言う。


「しれたこと、我ら南派十二都市の軍勢でフロントライン公国との国境を封鎖する! 逃げ出そうとする農奴どもは一人も通さんし、タダシ王国からの物資も全て没収する!」


 ありえない強硬策だ。

 それをやられると、ロドン商会は困る。


「ド・ブロイ市長! 何の権限があってそんなことを!」


 焦る小心者のロドン市長を見て、暗い笑みを浮かべるとド・ブロイ市長は叫ぶ。


「しれたこと、俺は聖王国の子爵でもある! 聖王の命令により国境を封鎖して密貿易の一切を取り締まるだけだ。民の逃散ちょうさんも絶対に許さん!」


 騒然とする同盟会議。

 その中で、長老格であるダルク市長の声は不思議とド・ブロイ市長の耳に届いた。


「……ド・ブロイ。流れに逆らって人は生きられんぞ」


 ド・ブロイ市長は、老人のいさめる声を聞いても鼻で笑う。


「ふん。これ以上は話しても無駄だ。俺は俺の権力を脅かす者を絶対に許さん。老人共はそこで座って見てるがいい!」


 そう吐き捨てるように言うと、自分に付き従う南派の市長達を引き連れて議場から出ていくのだった。

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