第39話「公国軍総帥マチルダ立つ」

 執務室で老賢者オージンの報告を聞いて、マチルダは驚愕した。


「グラハム隊が壊滅したのは理解したが、本当にあの魔剣のグラハムが死んだのか?」

「はい、そのようです」


「殺しても死なないとはアイツのことを言うのだと思ったがな」


 独断専行のきらいがあれど十倍の敵を相手にしても飄々ひょうひょうと立ち回り、戦果を上げてきたのがグラハム隊だ。


「それについては、私も予想外でした。辛くも一隻だけ逃げ延びた兵士たちによると、辺獄の海岸に上陸するとすぐに百匹近い魔獣と獣人の千人の戦士隊による挟み撃ちを受けたようです」

「魔獣だと、辺獄の国とやらは魔獣を使うのか!」


 悔しそうに机を叩くマチルダを、オージンは渋面のまま見つめて言う。


「相手を甘く見すぎましたな。詳しく事情を聞いてみたところ、使役されたのは全てがAランクの魔獣である魔牛と魔鶏だそうです」

「Aランクといえば、魔族ですら使役は不可能と言われるレベルではないか!」


 ようは、マチルダは辺獄をなめすぎていたのだ。

 カンバル諸島の島獣人や海エルフの勢力を簡単に支配下に収められたため、所詮はその程度の勢力と高をくくった結果がこれだ。


「ともかく今必要なのは情報です。領内外を行き来する流民や商人から情報の収集を進めておりますが、辺獄にできたタダシ王国と呼ばれる国から手紙が届けられました」


 マチルダは、オージンがかき集めた資料を入念に読み、手紙を読む。

 その手紙には、捕らえた公国の騎士を十数名捕虜にしている。タダシ王国としては、その件も含めて公国の代表と話し合いがしたいとの提案が書かれていた。


 怒りに震える手でぐしゃっと手紙を握りつぶすと、マチルダは立ち上がる。


「話し合いには私が行く」

「マチルダ閣下自らですか?」


 オージンがいぶかしげな顔をした。


「これはすでに公国の代表たる私が動く重要案件となっている。騎士団長としても、捕虜となっている団員を見捨てるわけにはいかん。そうではないか?」

「かしこまりました。ではその準備をいたします」


「魔獣や獣人風情に、栄光ある天星騎士団が完膚かんぷなきまでにやられるとは、事態を軽く見て部下に任せたのが間違いだった」

「しかし、閣下ご自身こそ軽々けいけいな行いは謹んでください。大事な反攻作戦の前なのですから、くれぐれも同じ過ちを繰り返さぬように」


「耳が痛いな。じい、私はもう叱られる子供ではないぞ」


 オージンの痛烈な批判に、いつもは気を張っているマチルダが弱ったのか一瞬だけ昔の呼び名に戻った。

 傅役ふやくとして長らく仕えた老賢者にとってはいまだにお転婆な子供のようにみえるが、マチルダも二十五歳。


 今や公国軍総帥として、公王代理を務める身分だ。


「マチルダ閣下はよくやっておられます。閣下がいてこそ、公国軍が成り立っている現状もあります。しかし、統治者たるもの時には立ち止まって事態を眺めることが必要な時もあります」


 口には出さぬが、果断がすぎるのはかなり前に亡くなった母君のマルティナ様のご気性を継がれたのかとオージンは思う。

 騎士の持ちたる国であるフロントライン公国の宿命とはいえ、あの方も騎士としては勇敢すぎて悲惨な最期を遂げられた。


「今は立ち止まっている余裕はない。出撃の準備は整った。予定通り、騎士二千と二万の兵団をカンバル諸島へと進めよ。私は天星騎士団千名を率い、辺獄へと赴こう」

「もちろん、交渉には私も同行いたします」


 あの時の悲劇は繰り返したくはない。

 そのために自分がいるのだと、オージンは静かに決意を固める。


「オージンの好きにせよ」


 天星騎士団団長の豪奢なマントを身にまとうと、さっそうと執務室をでていくマチルダ。

 ついに、公国軍総帥マチルダとともに公国の総軍が動き出した。

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