第85話「王城の厨房」
タダシたちは王城の
王城の厨房は、海外より様々な産物が集められて次に生産して王国全土に広める料理を決める実験場でもあった。
「メインディッシュができる前にちょっとこっちもやってみるか」
タダシが取り出したのは、お茶の葉だ。
猫耳商会のツテを使って、海外よりお茶の木も輸入して育ててみている。
普通にお茶としても飲んでいるが、今日はちょっと変わった飲み方をしようと育った生葉を蒸して乾燥させたものを石臼で引いてみることにした。
「おお、できたできた」
できた粉末からは、お茶の爽やかな香りが漂う。
抹茶である。
さっそく抹茶を煎じて、
苦味のある抹茶を点てているタダシを、イセリナが興味深げに見つめている。
「それ、私もいただいてよろしいですか」
「いいけど、一口にしておいたほうが……」
それ苦いんだけどと教える間もなく、イセリナがぐいっと一口に飲み干してしまった。
大丈夫かな。
「んんー!」
イセリナは、顔を真っ赤にしてプルプルと震えだしている。
お茶の甘い香りからは、その苦さは想像できないだろうからな。
済ましていると美人なんだけど、イセリナはどうもおっちょこちょいなところがある。
これは吐き出すんじゃないかと思ったら、ゴクンッと呑み込んだ。
「おお、よく飲んだね」
イセリナは、口元をワナワナと震わせて「お、美味しいです」と言った。
「ははは、無理しなくていいよ。苦かっただろう」
カフェインの苦味に慣れていないのか、コーヒーもこの世界の人は砂糖やミルクをたくさん入れて飲むようだ。
お茶も採れる地方では普通に飲まれているが、なんとお茶にも砂糖を入れて飲む人が多い。
タダシも、今一度抹茶を点ててから飲んでみる。
苦味の中にほのかな甘味。
抹茶は独特の美味しさがあるのだが、さっきのイセリナの反応を見ているとこのままではこの世界の人間にはキツすぎるか。
苦いものでも平気で飲み干す公王ゼスターなどならば良いが、普通の人には抹茶ミルクとかにして出した方が良いのかもしれない。
料理人のマールは、抹茶をペロリと舐めるとうーんと考え込んで言う。
「苦いけれども、独特な甘味があります。この粉末はお菓子には使えそうですね」
「さすがにマールはよくわかってるな。抹茶をパウダーとしてケーキに使ってもいいと思うぞ」
なんだかケーキの材料ばかり作ってるような気がする。
甘い物は好きなので、そうしているのが楽しいのだけど。
マールの娘、プティがさっそくタダシの真似をして抹茶を作って「にがい」って舌を出している。
すぐ大人の真似をしたがるプティを眺めてると、微笑ましい。
「お父さん、これにがい!」
「口直しにお菓子を食べたらいいよ、ほら」
「美味しい」
ご褒美用に用意してあるクッキーを口に放り込んでやると、すぐに機嫌を直す。
「あらあら、そんなに甘い物ばかり食べてると夕ご飯が食べられなくなりますよ」
「そうか。もうほどほどにしておこうなプティ」
「うん」
なにせリアル犬耳の娘。
スカートから見える尻尾が機嫌よく揺れているのが可愛くて、ついつい甘やかしてしまう。
そんなタダシたちの様子を魔王となったレナが、じっと口元に手を当てて物欲しそうにしている。
「食べるかい?」
クッキーを取り出して、口に放り込んでやると、嬉しそうな顔をした。
「……美味しい」
「それはよかった」
「お父さん、好き」
タダシは、抱きついてくるレナを受け止める。
六歳のプティならともかく、もう十四歳になるというレナにお父さんと言われると微妙な気持ちになるが、まだ甘えたい年頃なんだろう。
二十歳程度にしか見えないタダシだが、前世まで含めると精神年齢は四十過ぎだ。
考えれば、レナくらいの年頃の娘がいたっておかしくない。
血族の定めとは言え、可憐な少女の小さい肩に魔王の重責を背負わせてしまっている負い目もある。
しかも、父親を失った境遇も考えるとなあ……。
うちの王城に遊びにきている時くらいは、大人の男として甘えさせてやるか。
「まあいいか。よしよし」
「ふふ」
タダシの身体に手を回して胸板に頬ずりしてくるレナ。
甘えてくるレナに苦笑するタダシは、柔らかい金髪を撫でてやる。
「プティのお父さんなんだよ。お姉ちゃんは、離れてー!」
そこに、プティが割って入ろうとしてレナの手を引っ張る。
「……いや。レナのだから」
意外にもその手を振りほどき、再び強情に抱きついてくるレナ。
うーんなんだこれ、嫉妬ってやつか。
プティはまだ子供だからしょうがないんだけど、レナも可哀想だし……。
子供に取り合いをされるなんて経験は生まれて始めてなので、タダシもどうしたらいいかわからない。
やれやれ、大人をやろうとしてもすぐにキャパシティを超えてしまう。
「二人とも喧嘩するな。そう言われても、俺も困るよ」
「でもーお姉ちゃんが!」
「いや!」
タダシが困っていると、侍従長フジカがレナにボソボソと耳打ちする。
すると、さっとレナが離れた。
「助かるフジカ」
「いえ。レナ様も成人が近いですし、いつまでも娘気分では困りますからね」
それはどういうことだ。
レナがプティに勝ち誇ったように言う。
「私はお父さん……じゃなかった、タダシ王のお嫁さんになるから」
「えー! お父さんホントなの!」
それを聞いたプティの犬耳がピョコンとなった。
相当びっくりしているようだ。
レナって大人しいように見えて、結構強情なところがあるよな。
歳の近い子供がいないから、これも遊びのつもりなのかもしれない。
タダシは、やれやれと頭をかきながら言う。
「今すぐじゃないぞ。婚約はしてるから、いずれそういう話もあるということだ」
魔族との融和を内外に示すためにはそれが一番いいという話は、タダシも納得している。
レナはまだ少女にしか見えないから、せめてもうちょっと大人の女性になってからにして欲しいものだが。
「私も、お父さんのお嫁さんになる!」
レナに触発されて、プティが困ったことを言い出した。
「いやいや、プティ。娘は、結婚できないんだよ」
「いやー! じゃあ、プティもお父さんと婚約する!」
じゃあってどういうことだよ。
どうしようかと視線をさまよわせていると、プティの母親のマールがエプロンで手を拭きながら言う。
「いいじゃないですか。婚約してあげたら」
落ち着いたマールの言葉に、なるほどとタダシは納得する。
これは、あれか。
お父さんのお嫁さんになるーってやつか。
子供の言うことだし、真面目に取りすぎたな。
「じゃあそうしようか。プティにそう言ってもらえるのは、俺も嬉しいよ」
「わーい!」
タダシは子供の冗談だと思っていて、ずっと後になってから大変困ったことになるのだが、それは後の話。
マールがタダシに声をかける。
「タダシ様。うどんでしたか、そろそろ生地ができたようですが」
今回のメインディッシュが、そろそろ完成したようだ。
いわゆる中力粉と呼ぶ小麦粉をねりあげたもの、つまりうどんの生地だ。
ペタンペタンと、力自慢の公国の勇者マチルダと、獣人の勇者エリンが競い合ってこねてくれた。
しばらく寝かせたので、いい感じになってきた。
「おお、いい感じになったな。マチルダ、エリンお手伝いありがとう」
「こんなことはなんでもない」
タダシの役に立てたと得意げなマチルダだが、エリンの方はなぜかプンプン怒っている。
「ご主人様! ボクが作ったやつのほうがいい生地だから!」
「エリンもよくがんばってくれたな。いい生地に仕上がってるぞ」
どうやら二人は、どっちがいい生地をねりあげるかの競争をしていたようだ。
まだ喧嘩してるのかと苦笑してしまうが、料理の腕を競うのなら平和的でいいだろう。
侍従長のフジカが感心したように言う。
「しかし、魔王剣を料理に使った時も思いましたが、タダシ陛下はすごいですね。勇者二人を料理番に使うのですから」
それは皮肉で言ってるのかと笑ってしまう。
まあ、勇者の力を料理に使うというのは、平和な時代になったということだろう。
うどんをこねるのは大変な作業で、ほんとは足で踏んで作るくらいだそうだからな。
それをさっさと手でこねあげてしまう勇者の腕力は素晴らしい。
エリンが自慢するだけあって、本当にいい生地に仕上がってる。
「じゃあ切って食べてみようか。麺棒で伸ばして、うどんの麺を作るんだ」
タダシは料理長のマールに説明しながら、麺棒で生地を伸ばして大きな包丁で麺を切ってほぐす。
「こうやるんですね」
「さすがマールは上手いな」
「私は王国中の料理人に指導しないといけませんから、真剣にもなります」
料理人のマールは、王国中に新しい料理を広める仕事もしている。
各地の料理人が王城の厨房に定期的に集まって、マールの講習を受けている。
おかげで新しい料理も広がって、タダシ王国の民はより豊かな味を楽しめるようにもなるというものだ。
「つゆもいい感じだな」
昆布と鰹節と煮干しで出汁をとって、醤油ベースのうどんつゆもできた。
「油揚げってこれでよかったんでしょうか」
「上出来だ。ネギも刻んで入れたほうが見栄えもよくなる」
これも作るのに苦労したな。
油揚げは豆腐を菜種油で揚げたものだが、豆腐作りからひと悶着あった。
あとは茹で上がった麺をつゆに浸して、油揚げやかまぼこを載せてきつねうどんの完成だ。
ついに日本の味覚がこの世界でも完成した。
「これ、どう食べたらいいんでしょう?」
イセリナに尋ねられる。
「
イセリナたち島の住人はフォークやスプーンを使うのがせいぜいなので先割れスプーンを用意してるのだが、マチルダたち公国の人間は驚くことに箸を上手に使えたりする。
豆腐なども北の帝国の方では食べられており、おかげでレシピも伝わってきてなんとか作れたのだが、転生者が多く来ていたことの影響なんだろうなと思う。
「熱っ!」
「熱いから注意してって、言おうと思ったんだけどな」
イセリナは好奇心旺盛なのか、やたら最初に食べたがるのがおかしい。
「でも美味しいです」
「そうだろう。俺もいただくとするかな」
新しい味覚にみんなが舌鼓を打つなか、タダシもズルっとうどんを啜って懐かしい故郷の味に感慨に浸るのだった。
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