第26話「牧場作り」

 巨大な鶏っぽいものと、牛っぽいものを連れ帰ったタダシは村の近くに鶏小屋と牧場を作ることにした。

 牧草を生やすにしても、水をやりたいし他の餌もやりたいので村の近くが便利である。


 農業とは人の営み。


 牧畜はもちろん農業の範囲である。

 農業神の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターが発揮され、取って来た魔木によって凄まじい勢いで牧場が形作られていく。


 驚いたのはイセリナたちだ。


「タダシ様が初花はつはなの儀をすると聞いたので、花の種をお持ちしたのですが、これは一体何ですか!」

「ありがとうイセリナ。ちょうど鶏小屋と牛の牧場ができたところだ。早速花の種も撒こう」


 牧場の周りにお花畑ができるのはとても素敵だ。

 タダシが夢に見た田舎でのスローライフが実現しようとしている。


「ねえ、イセリナ。あの筋肉の塊みたいな巨大な鶏や牛って……」


 一見するとただの巨大な家畜にも見えなくもないが、エリンの毛が逆立っている。

 勇者の勘で、ビンビンにやばい存在だと気がついてるのだ。


魔鶏まけいに魔牛、凶悪な魔獣よ。魔鶏の表皮は鋼よりも硬く、その鋭いくちばしと爪はただのでかい鶏だと舐めてかかった公国の騎士が馬ごと砕かれたほど。魔牛に至っては、暴走したたった数十匹によって魔王国の城が木っ端微塵に破壊されて、魔王国の地方軍が壊滅にまで追い込まれたと言われているわ」


 おおよそ人里に現れるような魔獣ではない。

 しかし、辺獄には魔の森がある。


 あそこから連れてきたのかと、イセリナはゾッとした。


「ねえ、イセリナ。魔鶏や魔牛って飼えるの?」

「飼えるわけないでしょう。その性質は凶悪で残忍で、人族にも魔族にも絶対に飼いならせないわ」


「でもあれ、飼いならしているんじゃない?」


 エリンが指差す先では、タダシが魔鶏を餌付けしている。


「ほら、お前らも餌をやってみろ。ちょっと図体がでかいだけで可愛いものだぞ。なあ、美味しいタマゴをどんどん生んでくれよ」

「ゴゲー!」


 タダシに優しく撫でられた魔鶏が、情けなさそうにポロポロ涙を流している。


「魔獣が泣いてる。そうか、後ろで伝説の魔獣フェンリルが見張ってるから……」


 凶悪な本性を持つ魔獣だが、それよりも逆らえば殺されるという生物的な恐怖が勝っているのだ。

 飼いならしたというより、無理やり力ずくで服従させてる。


 これをどう考えるべきか、イセリナは迷う。


「これもしかしたら、戦力になるんじゃないかな」

「戦力?」


 エリンの言葉にイセリナは驚く。


「だって凄い魔獣が見ただけで三十匹以上いるよ。ご主人様かフェンリルさえ居れば安心だし、もし公国軍がここに攻めて来た場合はあいつらをけしかければいいんじゃない」


 もし暴れ出せば、村を一瞬で崩壊においやりかねない存在だが、制御できるなら心強い用心棒にもなるということか。

 いわば国防大臣である勇者エリンの発想は合理的であり、危険視するイセリナも頷くしかなかった。


「ともかく、警戒を怠らないようにはしましょう」


 タダシは嬉しそうに、ひそひそと相談する二人のところに卵とミルクを持ってくる。


「本当にちょうどいいところにきたなあ。さっそくこいつらが卵とミルクをくれたんだよ。ほらでっかくて美味しそうだろ」

「う、うん」


「そうですね。美味しそうですね」

「早速食べよう。いやあ、テイムってやってみたら簡単で驚いたよ」


 それ絶対テイムじゃない! と、イセリナたちは愛想笑いしながら心のなかでツッコむのだった。

 ちなみに、新鮮な卵を使った目玉焼きやミルクはとても美味しかった。


     ※※※


 神前結婚式に向けてタダシの奮闘は続く。


「王様、ここにいらしたんですか。結婚式の衣装をとりあえず作ってみました。ウエディングドレスってこんなものでよかったんでしょうか」


 お針子のローラが持ってきてくれた衣装をチェックする。

 ちょっと元の世界とは違う雰囲気もあるが、ちゃんと頭にかぶるベールがあればそれらしく見えるだろう。


「おお、上出来だ。聞いただけで再現できるとは、さすがローラだな」


 タダシが褒めると、ローラはさっと頭を下げた。

 続いて、ダイヤモンドの指輪作りを買って出たガラス職人のアーシャも、磨いた宝石を持ってきてくれる。


「タダシ様。結婚指輪のサンプルができたので持ってきました」

「美しいカッティングだ。アーシャに任せてよかったよ」


 アーシャは、嬉しそうに頷く。


「じゃあすぐ量産にかかりますね」

「こちらも、サイズ合わせしてリングを作ってきます」


 慌てて行こうとする二人を、タダシは席につくように誘う。


「いや、待て二人とも。食事がまだだっただろう。ぜひ味見をしていってくれ」

「味見ですか?」


 パンを焼く、いい香りが漂ってきたところだ。

 ウエディングケーキ作りのついでに、パン焼窯など調理器具をいろいろ工夫していたところなのだ


「今、パンが焼き上がったところです」


 農業の加護☆を持つマールが、焼き立てのパンを持って出てきた。

 経験豊かな彼女は、酒造りだけではなく料理もできる。


 白い布の帽子をかぶって、エプロン姿の獣人の女性というのも可愛らしいものだ。


「美味しそうですね」


 ローラが褒めると、タダシは笑った。


「ハハ、まだこんなものじゃないぞ。新しい酒があるんだ」


 タダシは、ビールとラム酒を出してやる。


「生ぬるいエールと違うんですね。くぅ、よく冷えてて美味しい」

「ホップを加えたラガービールは冷やして飲むんだよ。生活魔法で冷却させてみたんだ」


「そうですか。ぷはぁ、これはパンにも合いますよ」

「やはりこの世界は魔法って普通なんだな。俺はマールに教えてもらって、生活魔法というものがあるのを初めて知ったぞ」


 食べ物を温めたり冷たくしたりする地味な魔法だが、これだけで調理が驚くほど簡単になる。

 ただこれは農業の加護持ちのマールやタダシが調理場にいないとできないので、硝石を使った冷却材もいずれ考えておかないといけないだろう。


 冷却材に使う硝石は、トイレを作って糞尿を集めて作る。

 こちらも当然農業の加護の範囲なので、三日でできるはずだ。


「くふ、こっちのお酒は濃厚ですね。ねっとりとしたまろやかな甘味があって、こちらのほうが美味しいです」

「冷たいビールの方がパンにもあって、美味しいと思いますけど……」


 ローラと、アーシャが酒の味で言い争っている。

 人によって好みが違うということか、色々用意するに越したことはないな。


「パン釜は上手くできたから、スポンジケーキは焼けるな。あとは、生クリームとバターだな」


 こちらは、別に異世界の知識というわけではない。

 バターは乳の出る家畜がいる地域では普通に作られているし、この世界では牛乳の雪と呼ばれている生クリームもレシピ自体は存在した。


 それでも、マールが言うには極めて高価な食べ物なので島で食べた人はいないだろうということだった。

 まあ、この世界の文化水準だとホイップクリームなんて手間のかかるものを食べられるのは王侯貴族だろうからなあ。


「あの、王様」

「なんだマール」


「王様は別け隔てなく愛を与えると聞きましたが、本当に私のようなものでも結婚してもらえるんでしょうか」


 え、なんなのその話。

 そんなことになってるのか。誰でもいいとか言った覚えないんだが、誰だそんなことを吹聴しているやつは。


 ああ聞かなくてもわかる。

 答えなくていいぞ、エリンだな!


「しかし、マールも結婚するつもりなのか、いやそれが悪いとかって言ってるわけじゃなくて、全然構わないんだが」


 浮ついた若い子たちと違って、マールは二十八歳の大人の女性である。

 落ち着きのある人だなと思ってたので、意外だった。


「あの、でも私、子供がいるんですけど。それでもよろしいんでしょうか」


 ええー! それは、ええー!

 つまりマールと結婚したら、タダシはいきなり子持ちになってしまうということだ。


 いやいや、それ以前に子供がいるってことは旦那さんもいるんじゃないの?

 どうなってるの島の風習?


 混乱するタダシは、とりあえずマールの話を聞いてみることにした。

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