第27話「村の祭り」

 二十八歳子持ちの獣人の女性マールが説明するには、旦那さんだったコーネルという人はちょっと前に亡くなったそうだ。


「そうだったのか。悪いことを聞いてしまったな」

「いえ、夫のことは私の誇りですから。我らが獣人の勇者エリン様をかばって戦い、敵の騎士を相手に一歩も引かず立派な最期を遂げたと聞いています」


 調理場の陰から、小さい獣人の女の子がこちらを覗いている。


「もしかして、あれがマールの子供か」

「はい、娘のプティです」


「おかーさん」


 プティは、タタタッタと駆けてきてマールのエプロンにすがる。

 夫は戦死し、母と幼い娘が残されたのか。


 相変わらず島の話、重いな。


「しかしそんな立派な旦那さんがいたのに、すぐに再婚していいのか」

「島を救ってくれた王様が相手なら、島を守って散った夫も喜んでくれると思います」


「そういうものなのか?」

「残された子供を育てて、新しい子をたくさん産むことも私の役目ですから」


 島の風習ってやつか。

 期待の目でこちらをチラチラ見てくる母娘に、タダシは覚悟を決めた。

 

 テーブルにあったラム酒をゴキュゴキュと一気飲みして言う。


「わかったマール結婚しよう。プティも、俺をお父さんと呼んでいいぞ」

「おとうさーん!」


「王様、ありがとうございます!」

「タダシでいい。もう結婚するんだから」


「はいタダシ様!」


 まだそういうこともしたことがないのに、子持ちになるのか。

 よく思いきれるなと、タダシは自分でも驚くが不思議と肝が据わる。


「きっとこれが王様になるってことだよな」


 そう小声でつぶやく。


「タダシ様、なにかおっしゃいましたか?」

「いや、なんでもない。ほら、早くケーキを作ってプティにも食べさせてやろう」


「わーい!」


 タダシがホイップしていた美味しそうな生クリームを、プティがぺろりと舐めてしまう。


「コラ、つまみ食いはいけませんよ!」

「少しくらい味見してもいいだろう。プティ、美味しかったか?」


「甘くておいしいー」


 満面の笑みのプティ。

 獣人の子供はとても可愛い。


 俺も甘い父親になりそうだなと、タダシは苦笑するのだった。


     ※※※


 さて、全ての準備は整った。

 百人程度だった村の人口はすでに数百人に増えて、小さな街と言ってもいい規模になっている。


 その数の住人みんなが分けて食べられるくらいの大きなウエディングケーキは、かなりの力作だ。

 ただイチゴが手に入らなかったので、桃のケーキとなったが。


「タダシ様、イチゴという物がどうしても手に入らず申し訳ありませんでした」

「いや、フルーツなら良かったんだよ。上巳の節句だったか。桃も、俺の故郷ではお祝いに使われる果物だから合ってないこともない」


 各々、お祝いのために着飾り、この日のためにガラス職人のアーシャが腕によりをかけて作ったクリスタルガラスの神像を並べて、神棚に料理を揃える。


「それにしても、素晴らしい料理が揃ったな」


 前菜には山菜のサラダ。

 デビルバルチャーの鳥肉、デビルサーモンの魚肉が素材としてあったので、それをそれぞれ大鍋で野菜やキノコと一緒に煮込んで山の幸スープと海の幸スープを作った。


 まるまると太った魔牛のうち、雄はミルクを出さないので繁殖に使う分を残して絞めさせてもらって、メインディッシュとしてローストビーフやサーロインステーキも作った。

 魔牛の肉は尻尾まで鍋のスープの出汁にも使えるし無駄がない。


 焼きたての香りのいいパンもある、野菜や伊勢海老の天ぷらなどの揚げ物もある。

 そして、デザートには大きな桃のウエディングケーキ。


 華やかなウエディングドレスを着て、エルフが結婚に使う色とりどりの百合の花を手に持ったイセリナが言う。


「私達も、揃いました」

「お、おう。確かに揃ってるな」


 一体何人来るのか直前までわからなかったのだが、蓋を開けてみると海エルフの方からは元女王のイセリナ、兵士のリサ、ガラス職人のアーシャ、お針子のローラ、農家のベリーの五人。

 島獣人の方からは、大工の棟梁のシップ、醸造家じょうぞうかのマールの二人。


 つまり、タダシが知り合った人間ほぼ全員だった。

 一気に七人と結婚か。


「それにしても王様は懐が深いですよね。親睦を深めたら誰とでも結婚してくださるって」


 ベリーがそんなことをつぶやいているのでタダシは慌てて言う。


「いやだから、誰とでもとは言ってないからな。そう言う噂は広めるなよ……でも、お前らはいいけどな」


 なんだかんだで助け合ってここまで来たのだ。

 求められるのも嬉しいことだ。


 幸いなことに、エルフの女の子はみんな美しいし、獣人の女の子も可愛い。

 男だったら拒否する理由がない。


 これだけの人数と一気に結婚するって倫理的にどうなんだということが若干引っかかるが、それも島の風習のようだから受け入れよう。


「では、神々に供物をささげましょう」

「そうだな。まず神様に温かい物を食べてもらわないと」


 タダシたちが、神棚に料理を並べていくと、空から強烈な光が差し込む。


「おうタダシ、元気にしとるようで何よりじゃ」


 農業の神クロノス様が降臨した。


「はい、おかげさまでこんなに仲間も増えました」


 続いて、鍛冶の神バルカン様も降臨した。


「おお、ようやく酒ができたんじゃなあ。待ちわびたぞタダシ!」

「はい。お口に合うといいのですが」


 バルカンは、待ちきれないとばかりにラム酒の器をひったくって一息で飲み干す。


「これバルカン、行儀の悪い!」

「ぷはぁ、いい酒じゃ。ハハッ、クロノス。酒の席で細かいことはいいっこなしじゃぞ」


 イセリナたちは絶句している。


「た、タダシ様。この方たちは……」

「神様だがどうした? このためにずっと準備をしてきたんじゃないか。神棚に供物を捧げたんだから、神々が食べに来るのは当然だろう」


「当然じゃないです!!」


 どうやらまた行き違いがあったようだ。

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