神々の加護で生産革命 ~異世界の片隅でまったりスローライフしてたら、なぜか多彩な人材が集まって最強国家ができてました~
風来山
第一部 序章「神様のチュートリアル」
第1話「異世界に転生する」☆
大野タダシは、深夜のオフィスでため息を吐いていた。
「はぁ……令和にもなって、なんでいちいち印刷しなきゃいけないんだろ」
古い会社のせいか、いまだに昭和とほとんど変わらないような非効率な仕事のやり方。
そんな会社だからいまだに自分のような不器用な人間が雇ってもらえてるんだとわかってはいるが、一人で残業が続くと悪態をつきたくもなる。
ともかく黙々とファイルに書類をまとめて、ようやく今日も仕事が終わりだ。
「やれやれ、なんとか終電までに帰れるか」
落とそうとしたノートパソコンの壁絵に、ふと手が止まる。
そこに映っているのは美しい田園風景。
「田舎でまったりスローライフか。遠い夢だよなあ」
タダシは、羨望の眼差しでそれを見ながら、田舎で暮らすためには開業資金が足りないと何度目かわからないため息を吐く。
もう四十歳なのに、このまま夢で終わるんだろうか。
「おっと、急がないと終電出ちゃうよな」
さあ仕事を終えようと、天井まで積み上げられた書類の上にそっと新しいファイルを載せた途端、ガタガタと書類棚が崩れ始める。
「イタ、イタタタッ……グエッ!」
山となって積み上げてある書類が、ダンボールごと頭の上に落ちてきた。
それどころか書類棚までばったりと倒れてきて、タダシの身体の上にズシッとのしかかってきて動けなくなってしまった。
一瞬、激しいショックで気絶してたようだ。
タダシは、重い書類棚の下でなんとか身を動かそうとしたが、全く動かない。
そして……。
「……嘘だろ、おい」
床に広がる血、生暖かい感触。
身体に鈍い痛みがある。どこからか、出血しているのか。
連日の残業で身体が弱っていたせいだろうか、タダシは重たい書類棚に押し潰されたまま起き上がることができなかった。
都会の片隅にある古ぼけた雑居ビルには誰もいないから、助けを呼んでも誰も来てくれない。
「ハァ、終電……いや、それ所じゃ、ないか。誰か、誰か……」
スッと意識が遠ざかっていく、もしかしたらこのまま死ぬのかなと思う。
「ああ、どうせ死ぬんなら、田舎で農業、やっときゃ、よかった……」
パソコンのディスプレイに煌々と浮かぶ美しい田園を眺めながら、大野タダシは力尽きた。
※※※
「あれ……」
母性と慈愛に満ちた海のように深い瞳、銀色の長い髪をなびかせたこの上なく美しい女性が目の前にいる。
「異界の心清き者よ。我が世界アヴェスターにようこそ」
「どうも」
「私は、アヴェスターの始まりの女神アリアです」
「はい」
タダシはぼんやりと答えるので、創造神アリアはその顔を覗き込む。
「現状はわかってますか。貴方は元の世界で死んで、異なる世界であるアヴェスターの天上界に招かれたのですが」
「あーはい。やっぱり俺は死んじゃったんですね。間抜けな死に方だったな」
そうすると、ここは天国かとタダシは周りを見回す。
壮麗な大理石の神殿が立ち並び、庭園には香り高い花々が咲き乱れている。
しかし、異世界?
「貴方には私の世界に転生する機会が与えられます。しかも、心清き魂を持った貴方には幸運なことに神の加護が与えられます。諸神よ、いでませ!」
アリアは少しいたずらっぽく笑うと、小さく手を振って見せた。
すると、神殿に様々な神々が出現する。
「わが眷属アヴェスター十二神です。貴方には、この中より自らの信仰する神を一人選んでいただきます」
厳つい鎧を着込んだ猛々しき神様。
その他様々な神様がいるが、みんな個性が強いと言うか……。
そもそもが人型でない巨大な竜とか、邪悪なオーラを発している紫の眼をギラリとさせた悪魔のような恐ろしげな神様までいる。
竜神や魔神ってやつなのかなとキョロキョロとタダシが見回すと、一人場違いな普通の老人が隅っこで座り込んでいた。
ゆったりとした野良着を着て、麦わら帽子をかぶった優しそうなおじいさんだ。
タダシは、思わず声をかける。
「あの、貴方は」
「ワシか。ワシは、農業の神クロノスじゃ」
「おお、農業の神様なんですか」
「あー言わんでもわかっとるよ。せっかくの異世界転生なのに農業なんてつまらんっていうんじゃろ。勇者になりたいならそっちじゃぞ、男はたいてい英雄の神ヘルケバリツの加護を欲しがるからのう」
農業の神クロノスは、しわがれた声でいじけて言う。
「いえ、俺は農業の神様を信仰したいと思います」
「それとも知恵の神ミヤか。最近の異世界の若いもんの間には、最強賢者というのも流行っとるらしいのう。そりゃ知恵の神の加護があれば魔法を使い放題じゃからな」
「いえ、俺は農業したいんで」
「……いま、農業したいと言ったか? ワシの聞き違いではなく?」
「ええ、ちょうど余生は田舎で農業したいと思ってたんですよ。農業の神様の加護がいただけるなら、何かと便利かなあと」
「ほ、本当にワシでいいのか。正直に言って、物作りでもそちらの鍛冶の神バルカンの加護の方が汎用性が高くて人気なんじゃが……」
「クロノス様は何ができるんですか」
そう聞かれて、クロノス老神は目を輝かせる。
「農業は、生物の営みそのものじゃ。農業と言っても畑を耕すだけではない、それに加えて林業、漁業、畜産業、酒造り料理などの農産加工物など幅広く網羅しておる!」
勢い込んで農業の素晴らしさを語るクロノスの話をじっくりと聞いて、タダシは選択した。
「では俺は、農業の神クロノス様を信仰します。もう一度生き直せるなら、田舎でゆったりと自然と共に暮らしたいなと思ってたんです」
タダシがそう言うと、他の神々がざわざわと騒ぎ出した。
選ばれた当の農業の神クロノスは、その場に崩れ落ちるとブワッと泣き出した。
「ううう、うわあぁあああああ……」
「ど、どうされたんですか神様」
農業の神クロノスは、助け起こそうとするタダシにすがりつき、泣き叫ぶ。
「これが泣かずにはいられようか! そうか、お前は知らなんだな。これまで
「そうなんですか?」
食べるに困らないというのはいいことだと思うのだが、農業の神様を選ぶ人がこれまでいないとは意外だった。
タダシがいいなと思う農家は、勇者や賢者より見劣りする職業らしい。
「そ、そうじゃ! お前の名前を聞いておらなんだ」
「大野です。大野タダシ」
「おお、なんと良き名じゃ。大野タダシか、まるで農業をするために生まれてきたような男じゃ!」
「そうですかねえ」
そう言われると悪い気はしないが、そんな風におだてられてもいまいちピンとこない。
「それにしても、異世界に来てまで農業をしたいとは、今どきなんと稀有な若者じゃ! これを逃してはなるものか、始まりの女神アリア様よ!」
「なんですかクロノス」
「こんな機会、もう二度とないかもしれん。一生の頼みじゃ、どうか大野タダシにワシの全てを懸けさせてくれぇ!」
真剣に頭を下げて願うクロノスに、始まりの女神アリアも「良いでしょう」とうなずいた。
「ではタダシ。お前にワシのありったけの力を授ける!」
クロノスが、タダシの右手を掴むと世界が虹色に輝き出した。
「うわ、手の甲に何かでてきました。入れ墨?」
「ワシも転生者に加護を与えるのは初めてで驚いた。しかし、やはりタダシこそが、この世界の救世主となるべき男だったようじゃぞ。農業神の加護
タダシの手の甲に、七つの星が浮かび上がってきたのだ。
躍り上がって喜ぶ様子のクロノスに、どうやらこれはすごいことのようだと気がつくタダシ。
しかし、それに他の神々が異を唱えだした。
「ちょっと待てクロノスの爺さん。いい加減にしろ!」
「そうや爺さん。これはちょっと黙っとれんで、☆七つは反則やろ!」
血相を変えて取り囲んだのは、猛々しき英雄の神ヘルケバリツと知恵の女神ミヤであった。
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