第2話「神々からの加護を受ける」☆

 英雄の神ヘルケバリツと知恵の神ミヤの二人に責め寄られて、農業の神クロノスは顔を真っ赤にして怒り出す。


「何が反則じゃ! 不正などしとらん。今のを見たじゃろ、タダシは正真正銘、農業の天才なんじゃ!」


 声を枯らして叫ぶ農業の神クロノスに、英雄神と知恵神が呆れたように言う。


「そういうことじゃない。人間に与える加護は、最大でも☆五つまでと決まっているだろう」

「そや! いくらドマイナーな農業の加護でも☆☆☆☆☆☆☆セブンスターなんて人間に授けていいレベルやないぞ。世界の法則が乱れる。始まりの女神アリア様も、こんなんほっといたらいかんでしょう!」


「おのれぇ、黙って聞いておれば誰がドマイナーじゃ。その言葉取り消せ、農業は人の営みの基本なんじゃぞ!」

「爺さんは全然黙ってないやろ!」


 喧嘩しだす二人の間に入って、始まりの女神アリアは説明する。


「二柱とも聞きなさい。これには訳があるのです」

「聞かせてもらいましょか」


「知恵の神ミヤよ。さっき世界が乱れると言いましたね」

「そりゃ言いましたよ。人間に☆七つなんて与えたらいけません」


「では、ミヤから見て今のアヴェスターは乱れてはいないのですか?」

「それは……」


 様々な種族が無益な争いを続け、一部では発展している地域もあるものの多くの地域に飢餓に貧困、強国による圧政がはびこっている。

 信者の声を聞く神ならば、アヴェスター世界が荒れていることは理解している。


 世界に間接的な関与しかできない神々にとって頭の痛い問題だった。

 始まりの女神アリアは続ける。


「農業の加護を受ける転生者は、この大野タダシが初めてです。これまでの転生者二千二十四人のうち、ミヤが加護を与えたのは何人でした?」

「えっと、五百三十三人やったかな」


「英雄の神ヘルケバリツ。貴方が加護を与えた勇者はすでに八百人を超えてますよね」

「それはそうですが」


「少ない順から見ても、魔物の神オードの加護を望んで古龍となった変わり者が四人もいました。魔族の神ディアベルの加護を受けて魔王となったのが二十四人、鍛冶の神バルカンの加護を受けた名工が八十六人……」


 こうして神の神たる始まりの女神アリアに数え上げられては、二人も怒りのほこを収めるしかない。

 明らかにアヴェスターはバランスを欠いているのだ。


「うーん。そう言われるとしゃーないっちゅうことなんかな」

「戦闘力に関わりない農業の加護なら、☆七つでも大きな混乱は起きないでしょう。むしろ食べ物が満ちれば、世界はその分だけ平和になるはずです」


「いくらアリア様にそう言われても、やっぱり納得いかんけど、なあ大野タダシとか言ったな」

「はい」


 なんでこの女神様関西弁なんだろうと思いながら、タダシが答える。


「今からでも、ウチんとこに乗り換えんか。タダシの魂は素体としてはいいもんもっとるみたいやし、地味な農業神なんかよりウチの方が特典美味しいで」


 なんと知恵の神ミヤが引き抜きをかけてこようとした。

 これに対して、農業の神クロノスが怒り出すかと思えば――


「それじゃ!」


 ポンと手を叩いて、笑みを浮かべるので周りの神もキョトンとする。


「何やクロノス」

「知恵の神ミヤ。それに英雄の神ヘルケバリツ。あーあと農業には道具もいるから、鍛冶の神バルカンもじゃな。お前らもタダシに加護を与えるんじゃ!」


「はあ、何言っとんや爺さん! ついにおかしなったんか?」

「タダシはこの世界の希望じゃぞ。農業の加護だけでは不安がある。モンスターと戦う力も、道具を作る力もいるじゃろ!」


「いやいやいや、あかんに決まっとるやろ。複数の加護とか、前代未聞やろ!」

「農業の加護を受けた若者が出るのが初めてのことなんじゃ! 前代未聞どんとこいじゃわい」


「あかん。うちは絶対反対やぞ! ☆七つだけでも世界を壊しかねんのに!」

「このケチんぼ! アヴェスターで強く生き抜くには戦闘力も必要じゃ。英雄の神ヘルケバリツ。お前ならわかってくれるよな、これはこの世界のためでもあるんじゃ!」


「いやしかし、爺さん」

「ヘルケバリツ頼む。この年寄りの一生の願いじゃ」


「お、おい爺さん。仮にも神が、土下座なんて情けない真似をするんじゃない!」

「神力の弱いワシには、タダシのためにこれぐらいしかしてやれんのじゃ」


 なんと農業の神クロノスは、膝をついて土下座をした。

 神ならば、魂の強そうな転生者は己の神力を高めるために独占しようとするもの。


 それをクロノスは、膝をついてまで助けを乞い願っているのだ。

 己を顧みず、この世界のために尽くそうとする誠意。

 

 ヘルケバリツもこれには唸らされた。


「わ、わかった。わかったから頭を上げろクロノス」

「わかってくれたか!」


「ただし、英雄の加護☆一つだけだからな。もう二度とやらんぞ!」


 ヘルケバリツはタダシの右手を取って、さらに英雄の星が一つ刻まれる。


「さあ次は、鍛冶の神バルカンの番じゃ」


 どっしりとした背の低いドワーフの特徴を持つバルカンは、頬髭をさすりながら言う。


「まあ、クロノスとワシの仲じゃ。☆一つくらいならくれてやっても構わんがの」

「よっしゃ!」


 鍛冶の神バルカンは、どしどしとタダシの前にくる。


「問題は、お前の方じゃ。タダシとかいったな」

「はい」


「ワシら神が加護を与えるということは、信仰するってことじゃ。これは契約なんじゃから、それなりの見返りはもらわなきゃいかん」

「あ、あの。お金は持ってないんですが」


 どうせ死んだのでお金は持ってこられないのだが、元の世界にも貯金はほとんどなかったタダシだ。

 これを聞いて、バルカンは髭を揺らして笑い出した。


「ブハハハッ、こりゃ面白い男じゃなクロノス」

「そうじゃろ。将来有望の若者じゃぞ!」


 ひとしきり笑うとバルカンは言う。


「おい聞けタダシ。見返りと言っても難しいことじゃない。ワシらの祭壇さいだんを作ってそこにお供えしてくれればいいんじゃ」

「ああ、なるほど。神棚にお供えすればいいんですか」


 それなら元の世界にもあったものだから、タダシにもわかりやすい。


「お供えは、ワシなら酒とツマミが好みじゃが、上質な貢物みつぎものを期待しとるぞ。なにせこの世界で初めての農業の神クロノスに愛されし転生者なのじゃからな」


 そう言うと、タダシの手を取り鍛冶の加護☆を一つ与えた。


「ありがとうございます。えっと、英雄の神ヘルケバリツ様にも、ちゃんとお供えをしますね」


 そう言われて英雄の神ヘルケバリツは、キョトンとした顔をしたがプイと向こうを向いてしまう。


「ふん、私は望んで加護を与えたわけではない!」

「それでも余裕ができたら、必ずお返ししますので」


 率直なタダシの返答に、意固地になっているヘルケバリツもバツが悪そうにバリバリと頭を掻いて言う。


「律儀なのは良いことだ。望まぬこととはいえ、お前には英雄の星を与えたのだ。己の心に照らして、恥ずかしい真似はするなよ」

「ご忠告ありがとうございます」


 その様子を微笑んで見守っていた始まりの女神アリアが、パンパンと手を叩いた。


「さあでは、大野タダシよ。こんなところで良いですか」

「はい、えっと始まりの女神様。ありがとうございます」


「与えられた加護を手に、下界へと転生しなさい。良き人生が送れることを祈ってます」


 始まりの女神アリアがパチンと指を鳴らすと、タダシの身体がふわりと風に乗って浮き上がって天上界から下界へと降りていく。


「うわああ!」


 激しい風にあおられながら降りていく大野タダシの眼下に広がるのは、巨大な大陸が一つに無数の島が広がる異世界アヴェスターであった。

 その中の、他の地域から隔絶した辺獄へんごくと呼ばれる亜大陸へとタダシは落ちていくのだった。

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