第34話「ドワーフの名工オベロン」

 嘆きの川を北上していくと、いかにも移住希望という感じの荷物を担いだ集団がキャンプしていた。

 すごい数だ、ざっと見て二、三千人はいる。


 クルルに乗って駆けてきたタダシに「おーい」と手を振っている。


「おお、ほんとにドワーフだ。普通の人間も混じってるなあ」


 人間とはまるで違う、ドワーフは背の低い筋肉質の屈強な男たちだ。

 エルフを見た時も面白かったが、こうしてドワーフを間近で見ると面白い。


 若干不安げにこちらを見つめる人たちから、一際立派な体格のドワーフが進み出た。


「イセリナさんより話は聞いとるよ。あんたが、この国の王様の大野タダシさんか」

「そうだ。貴方がこの一団の代表か」


「そうじゃ。ワシはフロントライン王国の大鉱山より参った、この鉱夫や鍛冶師の集団の統領を務めとるオベロンじゃ」

「貴方は少しバルカン様にも似ているな」


「王様は鍛冶の神様に会ったことがあるのか」

「バルカン様には直接教えてもらったよ」


「そりゃたまげたわい。ワシも、鍛冶の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを持つドワーフの名工とは呼ばれておるが、直接神の教えを受けたことはない」

「それでもオベロンさんは俺の大先輩だよ。ほら、俺は鍛冶の加護は☆一つしか持ってないから」


 タダシは手の甲の星を見せる。


「なんと、これは星の数が多すぎじゃわい!」

「農業の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターの他に、鍛冶の加護と英雄の加護の☆を一つずつもらっているから」


「神に直接教えを受け、複数の加護を持つとは……にわかに信じられんことじゃが、ワシ自身バルカン様のお告げでこちらに来ておるから信じるしか無い」


 ケットシーのシンクーと同じく、通常の最高ランクである☆☆☆☆☆ファイブスターともなると、バルカン様よりお告げを受けられるそうだ。

 ありがたいことに、バルカン様はタダシの下に最高の職人を遣わしてくれたらしい。


「どのみち公国にはもういたくなかったんじゃ。辺獄は人が住めんところと言われておるが、もう一か八か賭けてみようと思っての」

「そんなに追い詰められているのか。オベロンさんたちも、公国で酷い目に遭ったのか」


 イセリナたちのことがあるので、タダシも公国にはいいイメージを持っていない。


「ワシらは戦争の武器を作ることができるからそこまで酷い目にはあっておらんのじゃが、間近で近くの村のもんが虐げられているのを見ると虚しくなってな」


 イセリナたちは人間じゃないから酷い目に遭わされたのかと思っていたのだが、亡命者の中には人間の鉱夫や鍛冶師もいる。

 話を聞けば、同じ人間でもエルフや獣人と変わらず酷使されているという。


「公国はそんなに酷い状況なのか」

「正直、もう公国は先がない。かといって魔族に支配されるのもたまらんわい。どうかお頼み申す、ワシらをここに受け入れてはくれんか」


「わかった。幸いなことに、ここは土地が余っているから自由に住んでいいよ」

「しかし、自由にと言われてもワシらは鉱物がないと生きておれん。鍛冶が生きがいじゃから」


「それはよかった。ここの山は面白い鉱物があるんだ」

「魔鉱石のことじゃろ。もちろん存在自体は知っておるが、燃やしても溶けんしあまりに硬すぎて加工ができん」


「それが、そこで取れる魔木を木で延々と燃やせば融解するまで温度を上げられるんだよ」


 そう聞いて、オベロンは目玉が飛び出るほど驚く。


「なな、なんと! 魔木が燃えるじゃと。そうか、そういうことじゃったのか」


 タダシが来るまで辺獄は猛毒の川が流れ、魔獣が徘徊する大魔境であった。

 それゆえ魔鉱石も魔木も、超希少な物質で研究が進んでなかったのだ。


「これが、それでできた魔鋼鉄のくわだ」

「この青い金属がそうなのか。これは、伝説のオリハルコンの輝きを思わせる光沢じゃ。少しでもいいから、それを触らせてくれ!」


 わなわなと震える手で、魔鋼鉄のくわを受け取るオベロン。


「魔鋼鉄なら、俺も自分で作ったのがあるからこれを詳しく調べるといい」


 ドサドサと、マジックバッグから取り出すとオベロンは魔鋼鉄の地金に飛びついて頬ずりした。


「おお、これほどのものがこんなに!」

「ほとんど素人の俺でも加工できたんだから、オベロンたちならもっといいものが作れると思うぞ」


 さっそく工具を取り出して、何やらガチガチと調べだしている。


「ミスリルの工具ですらまったく歯が立たないとは、これだけの硬さの金属があれば工具や部品に革命が起きるぞ。こんな素晴らしい金属に恵まれて、なんという幸せか!」

「木や食糧なら俺がいくらでも生産するから、オベロンたちはそこの山に鉱山村を作って生活するといいんじゃないかな。魔鉱石を掘っていくと宝石もでるみたいだぞ」


 魔鋼鉄のつるはしがあれば、魔鉱石は掘り進めることができるから大丈夫だろう。


「魔鋼鉄の製造法に加えて宝石が取れることまで、そんな重大な秘密をワシらに教えてしまっていいのか!」

「これもバルカン様の導きなのだろう。それに、オベロンさんは信じるに足る男だと思った」


 ドワーフの名工オベロンは、その場に跪いて涙を流し始めた。


「なんと言う度量どりょうの広い王様じゃ! そこまで見込まれてはワシも誓おう! この両腕は、生涯タダシ王のために使おうぞ!」

「大げさだな。オベロンさんたちは大先輩なんだから、むしろ俺のほうが物作りを教えてほしいくらいだよ」


 オベロンは泣きながらガバっと立ち上がった。


「聞いたか皆の衆! 王様はワシらに教えを請うと言ったぞ!」


 後ろで聞いていた皆から「聞いた!」と声が上がった。


「この謙虚さこそが本当の王じゃ! タダシ王のために腕が振るえんような職人はおらんよな!」


 皆から「おるわけがない!」と言う声があがる。

 なんだか知らないが、話はまとまったようだ。


「そうか。じゃあ早速、鉱山村を作ってみんなが落ち着ける場所を作ろう。これからよろしく頼む」

「タダシ王、こちらこそよろしく頼みます!」


 タダシとドワーフの名工オベロンは、固い握手を交わすのだった。

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