第33話「商人賢者シンクー」

 今日も今日とて、どりゃー! と畑を広げているタダシ。

 なにせ島からの移住者が五千人を越えて、さらに毎日増え続けてる状況なのだからいくら広げても足りない。


 幸いなことに辺獄に土地はたくさんある。

 タダシが井戸を掘るたびに、そこが新しい村になってさらに耕作地が広がるといった調子だ。


 カンバル諸島の住人たちはみんな資材を持ち寄り、例のテントを張って生活しているのでとりあえずの生活は平気だが早くしっかりした暮らしをさせてやりたい。

 そのため日中は、タダシも走り回っている。


 そして夜は……。


「……子供もいるのにとか、マールはいちいちエロすぎるんだよなあ。おっと、いけないいけない」


 ブルブルと頭を振る。真面目一辺倒だったタダシも、最近は頭がピンク色になりつつある。

 何をするにも凝り性でやりだすとハマってしまう性格なので、そっちの方も忙しくほとんど寝る暇がない。


「まあ、クロノス様に元気な身体をもらってるから少々忙しくても平気だけど、これもおかげさまだよな」


 神様たちへのお供え物も、さらにレパートリーを増やさなきゃなと思うところだ。

 そのためにも頑張って働かないと。


「タダシ様! 大変です!」

「おーイセリナ、どうした」

 

 なんと、イセリナはクルルに乗ってやってきた。

 クルルがタダシ以外の人を乗せるのは珍しいから、よっぽどのことなのだろう。


「新しい移住希望者が来たんです!」

「なんだそんなことか」


 移住者なら、カンバル諸島から毎日のように来ているではないか。


「それが、北方からドワーフとケットシーの集団が相次いで来たんです、大変なことですよ!」


 それがエルフや獣人とどう違って何が大変なのか、タダシにはよくわからないのだが。


「じゃあ、とりあえず会いに行ってみようか」


 タダシがそう言うと、ヒョコと猫耳の少女がどこからともなく現れた。

 猫耳少女は髪も瞳も尻尾も、目が覚めるような深い青色をしている。


「貴方がこの国の王様、大野タダシ陛下ですかニャ」

「そういう君は?」


「タダシ様、この人がケットシーのキャラバンを率いてこられた商人賢者の社長さんですよ。いつの間に!」

「ニャハハ、そりゃフェンリルに乗れるなんて機会そうそうあるもんじゃないから、うちも便乗させてもらいましたニャ」


 なんと、クルルの背中にくっついて来たらしい。

 近頃またクルルは身体が大きくなったから、そりゃ小柄な猫耳少女ぐらいなら紛れて乗ることはできるだろう。


「それにしても、知らない魔獣の背に乗るなんて思い切ったことをやるね」

「それくらい派手にやらないと、この世界では生き抜いていけないですからニャー。お初にお目にかかります、猫耳商会社長のシンクーですニャン」


 可愛らしくお辞儀する猫耳商会のシンクー社長。


「面白い名前だね。猫耳商会」

「そりゃ、お客さんにすぐ覚えてもらえるように。うちらのトレードマークは、この愛らしい猫耳と尻尾ですからニャ」


 ケットシーは猫妖精という種族らしい。

 猫耳を揺らして、お尻の尻尾をくるりんと巻いてみせる。


「なるほど可愛らしいね」

「気に入っていただけて恐悦至極ですニャ。ところで、タダシ陛下は転生者ニャ?」


 ズバッと言い当てられて、タダシは二の句が継げなくなる。


「驚いたな。知恵の神ミヤ様が役に立つ信者を紹介すると言ったのが君なんだろうけど、ミヤ様に詳しく教えてもらったのかい」

「いや、驚いたのはこっちの方ですニャ。そう言われるからには、神様に直接会ったことがあるってことですニャ!」


 さすがは商人賢者を名乗るだけのことはある。

 タダシの会話だけで事実を推測していき、話がどんどん先に行く。


「もちろんミヤ様にも会ったことはあるよ。えっと……それじゃあ、なんで俺が転生者ってわかったのかな?」

「そりゃ、近頃まで人も通わない辺獄を浄化して、こんな凄い村と畑を瞬く間にお作りになるなんて転生者じゃないと無理ニャア。しかし、本当に新しい転生者が現れるなんて直接確認に来てよかったニャ、百聞は一見にしかずニャ」


 ちなみに、シンクーは知恵の神ミヤ様と会ったことはなく、お告げが聞けるだけのようだ。

 シンクーに転生者の知識があるのは、猫耳商会の初代社長がそうだったからだ。


 その血を色濃く引き継いだシンクーも、知恵の神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを与えられた商人賢者としてケットシーのキャラバンを率い、大陸全土を股にかけた大商いをしているそうだ。


「なるほど、それでシンクー社長はここで何をするつもりなのかな」

「もちろん商売ですニャア。今日はお近づきの印にこれをお持ちしましたニャ」


「なんだい。何かの種のようだが」


 シンクーが袋から取り出したのは、緑色の豆である。


「コーヒー豆ですニャ。転生者だったら欲しがるという伝説があるから持ってきたんニャけど、こっちのお茶の方が良かったかニャア」

「ああそうか。この豆はまだ焙煎ばいせんしてないから緑色なのか」


 タダシのイメージするコーヒー豆は、黒い豆なのだがそれは焙煎してあるからで生豆は緑色なのだ。


「これはありがたい。もしかしたらここでも育つんじゃないかな」


 早速、耕した畑に植えてみるとニョキッと芽が出て伸び始めた。


「ハニャァアア! これはどうことニャ!」

「ああ、聞いてるかもしれないけど農業神の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターを持ってるから、何でも三日で育てられるんだよ」


「しかしコーヒーの木は生育環境が限られていて、この緯度では育たんはずニャ!?」

「俺の農業の加護は、どうやらそういうの全部ひっくるめて育てられるみたいなんだ。ほら、肥料をやると二日で収穫できるまで育つよ」


 パラパラと粉にした貝殻を撒くと、更にニョキニョキっとコーヒーの木が伸び始める。


「そんなんありニャ!」

「お茶の木も種があるんなら育ててみるけど」


「ハニャア、遠路はるばるコーヒーとお茶を運んできたうちらの努力は……いや、これは凄いビジネスチャンス! 王様、この辺りの村々も調べさせてもらっていいかニャ」

「それはいいけど、俺はドワーフさんたちの接客もしなきゃと思うんだが」


 そこにイセリナが口をはさむ。


「タダシ様。私がシンクー様の案内をしておきますので、手分けしませんか。ドワーフさんたちは川沿いをずっと北に行ったところをこちらに向かって歩いてきてます」

「よーしわかった。シンクーさんはイセリナに任せたよ」


「はい!」

「じゃあ俺はドワーフさんたちのところにいく。お客さんをあまり待たすわけにいかないから、クルル頼むぞ」


 タダシは、クルルに飛び乗ると全力で嘆きの川を北上した。

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