第三部 第一章「世界に冠たる新興国」

第81話「偉大なる王タダシの日常」

 ベッドの大きさは、王の格を示す。

 タダシ王国の王城の周辺に城に勤める臣下達の城下町が形成されて、街が拡張していくに従ってキングベッドの大きさもさらに広がった。


 三百人が悠々と眠れるベッド。

 ギネス記録に挑戦しているのかと思うほどだが、これを使いこなしてしまうのがタダシ王国の国王である大野タダシである。


 白いベッドの大広間となっている寝室を後にするタダシの後には、ベッドでぐったりとする美姫があまたに点在する。

 タダシ王の抱える王妃の数は百人を超えて、さらに増え続けている。


「また負けたあ!」

「二人がかりでも勝てないとは……」


 今日は規定の相手を倒した後に、昨日のリベンジとばかりに獣人の勇者エリンと、公国の勇者マチルダがタッグを組んでかかってきた。

 確執が深かった二人だが、タダシを負けさせるために一時的に協力したらしい。


 二人が仲良くなったのはいいのだが、こんなことでなとタダシは苦笑してしまう。

 部屋を出たタダシは、お疲れ様でしたと妻たちの取りまとめ役であるエプロン姿の獣人マールから大きなガウンを渡される。


 マントのようにシルクのガウンをさっとまといながら、タダシは尋ねる。


「なあ、さすがにベッド大きすぎないか」


 生産王タダシの生活はまさに男の夢といったところだが、元が小市民すぎるのかどうも豪華すぎるのは落ち着かない。


「タダシ様は、すでに二国も従える王の中の王なのです。これくらいの規模は必要でしょう」


 そうなのだ。

 タダシ王国は、すでにアンブロサム魔王国とフロントライン公国の二国を従える大国。


 数多の国を従える北の帝国や西の聖王国に次ぐ列強国となっている。

 すでにただの王ではなく、大君や大王と呼ばれることも多い。


 しかし、ベッドが大きいほうが偉いというこの世界の風習はいまいちよく理解できない。


「そういうものなのかなあ。どれ、俺にも娘の顔を見せてくれ」


 マールを含めた、最初の九人の妻はすでにタダシの子を出産している。

 寝室から出ると隣は子供部屋だ。


 マールの側にいる、ミライと名付けられた女の子の赤ちゃんはマールの産んだ子供だった。

 タダシの最初の子供たちには、それぞれタダシの願いが込められた名が付けられているのだが、それはまた後で説明しよう。


 獣人であるマールの血を引く赤ちゃんは、小さい犬耳としっぽが生えている。

 本当にこれが自分の子かと思うほどに、タダシには可愛く見える。


「おぎゃあおぎゃあ」

「おー、よしよし」


 タダシが抱きかかえてあやすが、なかなか泣き止まない。


「お腹が空いているのですよ」

「そうなのか?」


 マールが上着を脱いで、赤ちゃんに乳を与えようとするのでさっと顔をそむけて赤ん坊を渡す。


「ふふ、タダシ様はいつまでも初々しいですね。夫婦の間で、恥ずかしがることなどないではないですか」


 先程、何十人という美姫を相手にしてきたタダシだ。

 それが子に乳を与えるのに、目を背ける必要がどこにあるのかとマールは笑う。


「それとこれとは、また別の話だろ。本当は、夫婦の営みをした後に子に顔を合わすのも恥ずかしいんだ」


 今は赤子だからいいが、もっと大きくなったら寝室とは離さないといけないなと思う。


「あら、でもすることはいたしませんと、子も産まれてこないではないですか」

「そういう問題じゃないからな!」


 やれやれとタダシは頭をかく。

 デリカシーがないというか、性におおらかすぎるマールたちの島の風習にはいつまでも馴染めないところがある。


「さて、ではタダシ様も朝食にいたしますか。なんなら、赤ん坊と一緒のものでもいいですけど」

「もちろん普通のご飯にする!」


 からかわれてはかなわないということもあるが、焼きたてのクロワッサンのいい香りにぐうっとタダシの腹が鳴る。

 さっそくテーブルについていただきますと手を合わせて、パンに食らいつく。


 うーん、サクサクでとても美味しい。


「マールの作るご飯は、いつも美味いな」

「ありがとうございます。でも、今日はパン以外はイセリナ様が作ったのですよ」


「そうなのか。それは楽しみだ」

「マールにはとてもかなわないですけど、タダシ様のお口に合うといいのですが……」


 銀髪の美しいエルフ妻は、そう言うと恥ずかしそうに笑う。

 朝はハタケシメジとほうれん草のソテーに、目玉焼きとクロワッサン。


 それにコーンスープと言ったごく普通に美味しい料理だ。


「うん、どれも美味しい。イセリナもやるじゃないか」

「良かった。おかわりもありますから、たくさん食べてください」


 嬉しそうに微笑むイセリナを眺めながら食べる食事も良いものだ。

 マールに初々しいなどと言われたが、イセリナこそ子供を産んでもまだ初々しい。


 それに、タダシの好みに合わせて気取らない料理を作ってくれるのが嬉しい。

 王の食事だからといって常に豪勢なものばかり食べていては、胃がおかしくなってしまう。


 貧しいこの世界の標準からいくとこれでも豪華な朝食なのだが、タダシ王国の食料事情は極めて豊かなので一般市民でもこの程度の食事はできる。

 この豊かな食事をできるだけ多くの人々に届けるために、今日も畑を耕さなければなと思うタダシである。


「タダシ陛下、ちょっと今日は城に居て欲しいニャ」


 タダシが食べ終わるのを見計らって、王国では宰相の役割をしている猫妖精ケットシーの商人賢者シンクーがそう言う。


「今日は畑に行こうかと思ってたんだが」

「そう言うと思ってたニャ。今日は、魔王のレナ陛下と公王ゼクター陛下がくる大事な会議があるのニャ」


「そうか。なら俺が居ないわけにはいかないな。そんなに大事な話なのか」


 三王会議と称して定期的に三人の王が顔を合わすことはあるのだが、今日はその日に当たっていないので特別招集ということになる。


「詳しくは後で話すニャが、聖王国がついに本気を出して制裁処置を仕掛けてきたニャ!」


 シンクーが説明していると、城の兵士が魔王レナと公王ゼスターの来訪を告げる。

 タダシたちは慌てて正装に着替えると、両国の王を迎えに行くのだった。

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