第125話「生産王、大陸各地を耕す」

 帝国側とタダシ王国側で真っ二つに割れて紛争を始めた自由都市同盟諸国。

 タダシ王国側で参戦した、西南側の諸国連合軍の防衛の中心となる城塞都市ロイセンブルクで、タダシはその神力を発揮した。


 防衛拠点となる街や城塞の中で次々と出来ていく畑に、民や兵士は喜び歓喜した。

 しかし、西派に加え南派都市も含めて二十四都市を統括し、総軍の大将となったテレサ・ナーセル市長は、むしろ身が震えるほどの恐ろしさすら感じていた。


「生産王陛下が、これほどの神力をお持ちとは。これでは、公国や聖王国が勝てぬはずだ……」


 この神力は、天恵や神の御業などというレベルではない。

 戦略上の常識を一変させ、あらゆる世界の均衡を崩すバランスブレイカー。


 生産王タダシは、城の中庭や街の外壁の中に無尽蔵に食糧を生み出す畑を作ることができるのだ。

 しかも、生産される種類は多岐に渡り、怪我の治療に使えるエリシア草から材木、弾薬の原料となる硝石にまで及ぶ。


 それが、二日に一回収穫できるというむちゃくちゃな生産速度である。

 タダシ王国の側についた街は、もはや兵站へいたんの心配はいらない。


 やろうと思えば、十年でも二十年でも籠城戦を展開できる。

 これがどのような結果を生むか。


 市長でありながら自ら剣を取って戦う、女傑と呼ばれた経験豊かな将であるテレサにはそれがよくわかっていた。

 これはまさに、全ての軍略を覆す生産革命だ!


 たまたま自分達がタダシ王の傘下にあった幸福を喜ぶしかないだろう。

 一仕事終えてやってきたタダシを見て、テレサは慌ててひざまずく。


「テレサ殿。畑はここまでで良かったのかな」

「はい。これで、この城塞都市ロイセンブルグはタダシ陛下を守る無敵の壁となりましょう」


「テレサさん達も、どうか大陸の平和のために力を貸してください」

「それはもちろんのこと! 度重なる温情、感謝の言葉もございません。しかし、本当に良かったのですか?」


 顔を上げて注進するテレサに、何のことかと小首を傾げるタダシ。

 もし、この無限の収穫を得られる畑を手に入れてテレサ達が裏切れば、タダシ王国は不利になるという意味で言ったのだが、軍事のわからぬタダシには伝わっていない。


 そこにフロントライン公国軍を率いて、防衛に協力している姫騎士マチルダが言う。


「テレサ殿の懸念はもっともだ。タダシ様の参謀であるシンクーは、本来なら後方の公国を兵站基地にするということも考えたようだが……タダシ様は信用してくださっているのだ」


 マチルダの言葉に、ハッとしてタダシに頭を下げる。


「誠に、ありがたきこと! このテレサ。必ずやタダシ陛下の信頼応えて、一刻も早くこの無益な戦を終わらせましょう!」


 この信頼は重いとテレサは感じる。


「それは、こちらとしてもありがたいことです」


 タダシとしては、味方を信頼するなど当然のことだった。

 その方が、被害が少なくなるのだから。


 帝国側についた自由都市は、この戦争は乗り気ではないようだ。

 最新の火器を持った帝国軍が督戦とくせん にやってきているとも言うが、向こうの士気は低い。


 その上で、タダシは、帝国が世界を滅ぼそうとしていると相手側に鞍替えを呼びかけている。

 こちらが無限の籠城戦ができるとわかった段階で帝国側はやる気を失い、この後の戦争はタダシ王国の側についた都市の圧勝となるだろう。


 マチルダもタダシに言う。


「こちらが片付き次第、私はタダシ様の応援に向かいます」

「ああ、マチルダもよろしく頼むよ。俺は次に行かないといけないから」


 やってくる時と同じように、タダシはクルルに乗って疾風のように去っていった。


     ※※※


 タダシ達が次にやってきたのは、アンブロサム魔王国だ。

 すでに他の魔王国の軍と戦争状態に入っている魔都は、戦々恐々としており、魔王城には紅蓮の旗が翻っている。


「タダシ様、お待ちしておりました」


 いまだ幼い少女でありながら、魔王として即位したレナがタダシを出迎える。


「レナ。食糧支援のための畑は、ここに作ればいいのか?」

「はい、この魔王城のある魔都を策源地さくげんちとして、前線へと食糧を送りますから」


「そうか、心得た。それはそうと、フジカ。あの帝国の暗殺者を倒してくれたんだってね」


 魔王レナの隣で控えている侍従長のフジカをお手柄だねと、タダシは褒める。

 それにフジカは、手を左右に振って言う。


「いえいえ、私など何もしておりません。暗黒騎士グレイブを倒したのは、オーガ地竜騎兵団長グリゴリ様と竜公ドラゴン・ロード グレイド様と、小竜侯ワイバーン・ロードデシベル様の御三方ですから」

「そのデシベルくん達が言ってたんだよ。フジカの策がなければ、倒すことができないほど手強い敵だったとね」


 ちなみに、グレイド達が率いるドラゴン軍団は、タダシ王国軍でも凄まじい機動力を誇っているので、各地の戦況を偵察したり戦線を支えたりするのに八面六臂の大活躍をしている。

 忙しく動き回っているのはタダシもであるが、だから移動中に竜族の二人と会ってその話を聞いたのだ。


「少しでもタダシ様のお役に立てたなら、何よりです」

「なにか褒美をやらなきゃならないな」


「それでは、今夜はよろしくおねがいします」

「ええ……ああまあ、そうか」


 そう返されるとは思わず、タダシは意表を突かれた。

 妻なのだからそう言うおねだりもあるよなあ。


 フジカは、恥ずかしそうに頬を染めている。


「あー王様! 私達もがんばったんですよ!」


 そう言って、駆け寄ってくる金髪ショートカットの女の子は、フジカ様直属の諜報チーム所属担当の吸血鬼カゲツキだ。

 他にもぽっちゃりとした健康的な吸血鬼女官のアマミツや、内気そうな黒髪の吸血鬼女官のエリナも来る。


「私達も、ご褒美くださいよ。美味しいお菓子でもいいですけど」

「……私は、夜のほうがいいかな」


 なにせ、百人を超える吸血鬼女官を妻としているタダシだ。

 こうなっては、もうもみくちゃにされてしまう。


「わかった、わかった! まず大事な仕事があるから、それをまず済まそう。全ては、その後に」


 みんなして「は~い」と答える吸血鬼の女官達。

 タダシは、つい勢いに押し切られて言質を取られてしまった。


 戦争中だと言うのに、こんなにまったりとしてもいいのかとも思う。

 しかし、吸血鬼の妻達にもみくちゃにされながら、みんなわざとこうして陽気に振る舞っているのかもしれないと思うのだ。


 この中で、戦争で命を落とす人間もいるかもしれない。

 タダシだってどうなるかはわからない。


 だからこそ、人は子を作り次世代へと命をつなごうとするのだろう。

 仲睦まじいタダシ達を見て、魔王レナは口を尖らせる。


「フジカ達だけズルい。私も、タダシ様のお役に立ちたいです。あとご褒美も欲しい……」


 いやいや、まだレナちゃんは小さすぎる。

 タダシはそれでも、レナちゃんが疎外感を感じないように肩を抱いてごまかすように言う。


「レナちゃんは、ここに魔王として居てくれるだけで、みんなの役に立っているよ」

「そうでしょうか。それならいいんですけど」


 魔王となったレナ自身も、魔王剣紅蓮ヘルファイアを使いこなせることもありかなりの戦力になる。

 だが、タダシの本音を言えば、できればこの子には戦場には出て欲しくないと思うのだ。


 ともかく今は一刻も早く補給のための畑作りだ。

 タダシは、早速と鍬を振るって畑を作り始める。


 戦争用の兵糧なので、効率重視となる。

 後方担当女官のアマミツが言う。


「米は、最近になって配給されましたが美味しいと好評です」

「そうか、カロリー的にも効率がいいもんな」


 畑の構成はカロリーを考えて、米を多めに生産して、あとは麦や野菜なども織り交ぜておく。


「戦況報告もありますが……」

「耕しながら聞くよ」


 すでに、アージ魔王国軍と、アダル魔王国軍。

 そして今のアンブロサム魔王国の反対勢力である、暗黒の魔王ヴィランに仕えていた筆頭魔人将魔臣ド・ロアの軍による連合軍が攻めてきているようだ。


 戦力差でいえば二倍以上の軍勢が攻めてきていることになる。

 しかし、面白いことに魔臣ド・ロアは、タダシに助けてもらった借りを感じているらしく、それとなくこちらに情報を漏らしてくれている。


 そのために、敵軍の動きは筒抜けであり途中にある川の橋を落としたり罠にハメたりして、なんとか侵攻を遅らせることに成功している。


「タダシ様が、先々の禍根ともなりそうな反対派のド・ロアを助けよと言った時、なぜそんなことをするのかと思いました。しかし、ここまで見越していたのですね」


 アマミツは、まさに神の如き先読みだと惚れ惚れとしたように言う。

 畑作りを手伝っているみんなも、凄い凄いと言っている。


「いや、そこまでのことになるとは思っても見なかったんだよ」


 タダシはただ、死を目の前にしても実直なド・ロアに自分に似たものを感じて、その律儀さを信じてみたいと思っただけだ。

 フジカが言う。


「その信義を貫けるのが、タダシ様の人徳というものでしょう」


 みんなそれで納得してしまった。

 褒められすぎて恥ずかしくなったタダシは、話を転じる。


「それより、同じ魔族の神ディアベル様を信じる民の救助の方はどうかな」

「はい、それは進んでおります。これは我がアンブロサム魔王国もですが、アージ魔王国もアダル魔王国も様々な種族がおり一枚岩ではありません」


「上手くいきそうか」

「魔族の神ディアベル様の信者は、来たるべき世界最終戦争ラグナロクまでには全て救うつもりで動いております」


「では、それを信じて俺も自分のできることをやろう」


 難民の受け入れにも、何にも増して食糧の増産だ。

 タダシは、黙々と日が暮れるまで一心に畑作りに熱中した。


「さてと、今日はこんなもので良いだろうか」

「遅くまでお疲れさまでした」


 艶っぽい声でそう言うフジカに寄り添われるのはいいのだが、タダシもちょっと気になって言う。


「汗臭くはないかな」

「あら、一働きされた男性の匂いも良いものですわ。それが好きになった男ならば特に……」


 それに、これからまた一緒に汗まみれになるだろうと言われてしまう。


「うーん、そうだね」

「お城の方でお風呂の準備ができておりますので、まずはゆっくりとお休みください」


 どうやらこれは、夜も休めそうにもないなとタダシは苦笑するのだった。

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