第92話「聖姫様は魔族の村を視察する」

 ドラゴン平原からの帰り道。

 あの超音速ドラゴン飛行で王城まで帰るのは絶対嫌だという聖姫アナスタシアの懇願こんがんと、どうせタダシも新しい村を作る仕事があるからということでゆっくりタダシ王国を南下することにした。


 まずは魔族がどのような暮らしをしているのか、王国北西部に点在する魔族の村を視察してもらう予定である。

 タダシは、聖姫アナスタシアに魔族を知ってもらうために、護衛に魔族の騎士を派遣することとした。


「護衛を仰せつかりました。オーガ地竜騎兵団長グリゴリ・エスコバルと申します」


 護衛として、全長三メートル半もの巨大なオーガの騎士がやってきた。

 その悪鬼の図体もデカければ、連れている地竜もデカくて完全にビビってしまった聖姫アナスタシアはギュッと胸元の『封魔のペンダント』を握りしめる。


 まさか、あの地竜に乗れとでもいうのだろうか。

 竜貴族ドラゴン・ロードに運ばれるよりは、それでもマシとは思うけれども……。


「失礼ですが、貴方は本当にあの人食い鬼マンイーターと呼ばれるオーガなのですか」

「アハハ、人族にはそのように言われておりますね。我々オーガ族は悪鬼ですから、そのように言われてもしょうがないでしょう」


 爽やかな笑い声を上げるグリゴリに、何がおかしいのやらと聖姫アナスタシアは冷や汗をかく。


「オーガ族は、人間は食べないんですか?」

「聖姫様。人間を食べていたのは、それしか食べ物のなかった戦争中の話です。食糧の豊かなタダシ王国で、今更人の肉を食べるオーガはおりません」


「そうですか」


 団長と聞いたが、知性を感じさせるその相貌と、貴族や騎士特有のどこか紳士然とした雰囲気を感じさせる。

 それが分かる程度には、聖姫アナスタシアも魔族と話すのに慣れてきた。


「それで、タダシ様は何をなさってるのですか。あれは一体なんです!」


 タダシがくわを振る先、所々で、噴水のように水が吹き出し、衝撃波によって土が掘り返されていく。

 そういう事ができる人だということはドラゴン平原で学んだのだが、それでもその凄まじさに眼を見張る。


「新しくやってきた移民のために、井戸を掘り、畑を開墾かいこんされてるようですね」

「あれが、農業なんですか……」


 それはまるで大地との戦い、その姿はまるで聖者が祈りを捧げる如く厳かで、剣士が剣を振るうが如くの凄まじさだ。

 農地を作るだけの機械マシーンと化したタダシの後を、サポートチームが必死に追いかけて柵を作り種と肥料を撒いて、持続可能な農園へと整備している。


 凄まじい効率で開墾作業が進んでおり、近づいて観察というのも難しい。


「初めて見る人は驚くのも無理はありません。今日は、三時間で村を三つ作る予定だそうです」

「どういう計算ですか!」


 信じがたい話だと叫ぶ聖姫アナスタシアに、グリゴリは苦笑する。


「陛下は、一度ああなると終わるまで止まりません。今作っているあの畑が、その後どうなるのか。すでに出来てる村の農園をご案内します」

「……お願いします」


「よろしければ、私の地竜にお乗りになりますか?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 これも経験だろう。

 ノッシノッシと歩く地竜に乗せてもらって、魔族が住んでいる村を見学させてもらう。


 そこはトカゲ人間のリザードマンや、下半身が蛇になっているラミアの村だった。

 聖姫アナスタシアは、自分はよくよく爬虫類に縁があるなと笑うしかない。


「この村の特産品はメロンだそうで、メロン村って言われてますね」

「メロンってあのメロンですか!」


 糖度の高い果物、メロンは聖王国にもある。

 しかし、貴族の食べる果物として珍重されており、育てるのがかなり難しいはず。


 こんな辺鄙な村で、できるものだとは思わない。


「そうですよ。リザードマンの村人に話を聞くついでに、よかったらメロンも食べてみますか?」

「是非お願いします。お金ならお支払いしますので」


 グリゴリはお金はすでにタダシからもらっているからと断って、懐から銀貨を出して通りかかったリザードマンの村人にメロンを一つ注文する。

 スプーンや皿も借りて、近くにあった丸太のベンチに座って食べることにした。


「どうぞ」


 どうするのかなと思ったら、グリゴリは素手でパカッとメロンを割ってくれた。

 なかなか豪快だ。


「それでは、遠慮なくいただきます」


 美味しそうな赤肉メロンだった。

 甘い芳香、スプーンですくって一口食べると、ほっぺたが落ちそうになるほど甘い。


「恥ずかしながら私は初めて食べましたが、メロンは美味しい果物ですね」


 グリゴリは喜んでムシャムシャと食べているが、聖姫アナスタシアは考え込んでしまう。

 タダシ王国のメロンが、あまりにも美味しすぎたのだ。


 農業国である聖王国が誇る高級な特産品であるメロン。

 それと同じ品質のメロンをタダシ王国が作れることに、恐ろしさすら感じていた。


「グリゴリ様、さっきのお金はもらいすぎだったんで、もっとたくさん食べてください」


 麦わら帽子をかぶったメロン農家のリザードマンがそう言うと、他のリザードマンやラミア達が次々とメロンをかかえて持ってくる。


「銀貨一枚で、こんなにいただけるんですか」


 丸太の机の上に山のように積まれたメロンを見て、聖姫アナスタシアは驚いて尋ねる。

 聖王国では、一玉で金貨一枚してもおかしくないほどのメロンだ。


 これほどの立派なメロンを作るには、苦労もあっただろう。


「ええ、税としてメロンの半分は王城に納めてますが、それでも私等はすでに食べ飽きて余っとるくらいなんですよ。なにせ、あそこの畑で三日ごとに収穫できますので」

「三日ですって!」


 眼を見張る聖姫アナスタシアを、なんでこんな普通のことで驚くのかと不思議そうに見て、メロン農家のリザードマンは何気なく言う。


「まー交換の品として、メロンは人気があるのでうちの村では重宝しております。多く欲しいなと思う時は、肥料を撒けば二日で採れますから」

「その肥料というのは、ちなみにどのようなものを使っているのですか」


「動物の骨かなにかを砕いて撒けばいいんです。簡単なことです」

「なんですって!」


 詳しく話を聞けば、肥料の使い方もすさまじく雑である。

 聖王国では研究に研究を重ねて魚油をしぼった残りかすを肥料としてつかっているのだが、ここでは砕いた何かしらの骨を撒くだけなのだ。


 たったそれだけで、生産が一日早まるのである。

 特産品のメロンだけでなく、麦や米の畑もそうだというのだ。とても信じがたい話だ。


「何も驚くことはありませんよ。なにせ、生産王様が作られた畑ですから」


 リザードマンは、我がことのように自慢気に言う。

 いくら農業神の加護とは言え、苦労している聖王国の農政家が聞いたら理不尽だと泣きわめくことであろう。


 いや一国の指導者である聖姫アナスタシアとしては、泣きわめくだけではすまない。

 圧倒的な農業生産力の差は、そのまま国力の絶対的な差となる。


「リザードマンさんや、グリゴリさんにもお聞きしたいんですが魔族って肉食ではないのですか?」


 聖姫アナスタシアは、次々と運ばれてくるメロンを美味そうにたいらげるグリゴリに聞く。

 前から気になっていたことだ。


 そうすると、リザードマンとグリゴリは笑い出す。


「人族によくある誤解ですね」

「私等は、雑食ですからなんでも食いますよ。ただ、私等は川のあるところに住んでたんで魚のほうが好きですし、ラミアは鳥の卵が好きですが」


 それも、タダシが気遣ってリザードマンには魚を養殖できるように生簀いけす用の池を、ラミアには養鶏場を作ってくれたそうだ。

 そんな物をすぐ用意できるものなのかと尋ねると、生産王様に不可能はないと自慢げに言う。


「魔族である皆さんが、人間であるタダシ陛下に従う理由はなんなんですか」


 聖姫アナスタシアがそう尋ねると、リザードマンは小首をかしげて言う。


「難しいことはよくわからんですが、人間だろうがなんだろうが関係ないですよ。生産王様のところにいりゃあ安心して暮らせる、腹いっぱい食える。私等にとって大事なのは、それだけですわ」


 魔界にいた頃、比較的弱い種族であるリザードマンやラミアは、強い魔族から襲われて常に食い物にされていたそうだ。

 そして、アンブロサム魔王国で起こった内乱で滅ぼされそうになって、難民としてここまで逃げてきたそうだ。


 聖姫アナスタシアにとっては、初めて聞く情報ばかりである。

 うーんと唸っていると、逆にグリゴリが尋ねる。


「聖姫アナスタシア殿下。つかぬことをお伺いしますが、生物は何のために争うと思われますか」

「何のために争うですか?」


 大食漢のグリゴリは、メロンの最後の一個を美味そうにぺろりと平らげてしまってから言う。


「生き物は、まずは腹いっぱい食いたいということ。そして、他の者よりいい暮らしがしたいという欲望のために争います」

「そこに魔族も人も変わらないと?」


 グリゴリは頷く。


「私は、人族の社会のことはよくわかりません。しかし、戦争のさなかで人族の街を見たところ、人族も魔族と同じような理由で相争っているように見えました」

「それは、そう言われればまったくそのとおりです」


 為政者の一人としては恥ずかしいことだが、人族の世界でも国同士が争い獣人のように虐げられてる種族もいて、そういう現実があることを認めざるを得ない。

 そこは、人族も魔族も違いはないだろうとグリゴリは言っている。


「タダシ陛下は、魔族である我々を難民として受け入れて、有り余るほどの食べ物を授けてくださった。その上、我がオーガ族のように騎士として仕えて手柄を上げれば、高い地位を与えさらに良い暮らしができるようにもしてくださる」

「お話はわかります。しかし、その合理だけで長らく続いた人族と魔族の恩讐を越えられるものなのですか?」


 そう尋ねられると、グリゴリはしばし瞑目してから答える。


「……我々魔族にも誇りがある。殿下のおっしゃるとおり、魔界には人間であるタダシ陛下に従えないという魔族もたくさんおりますよ」

「ではグリゴリさんたちは、なぜタダシ陛下に従っているのです」


 かつての戦いを懐かしむように、グリゴリは言う。


「アンブロサム魔王国で起こった内乱のさなか、滅びの危機にあった我らオーガ族はタダシ陛下に救われました。陛下を頼れという父の遺言があったから、私はここにいるのです。アナスタシア殿下は先程、恩讐とおっしゃった。それもまた然り。私にとっては、陛下に種族の違いを越える程の恩があるということです」


 そこに、野良仕事を終えたタダシが戻ってきた。

 リザードマンやラミアたちは、生産王様がやって来たと慌ててタダシに跪く。


「グリゴリ団長、ご苦労さま。それで何の話をしていたのかな?」


 直立して、騎士の敬礼をしたグリゴリは恭しく言う。


「ハハッ! タダシ陛下が、騎士として仕え甲斐のある偉大な君主だと、お話しておりました」


 そう言うと、タダシは恥ずかしそうに頭をかいて言う。


「いや、俺はそんな大した者じゃないだろう。むしろ、君たちに助けられてばかりだよ」


 タダシがそう言うと「いやいや、ご謙遜を」と、グリゴリたちは愉快そうに笑い声を上げた。


「安心して暮らせる、腹いっぱい食える。種族を越える恩……」


 魔族と人族が種族の違いを越えて打ち解ける様子を見て、聖姫アナスタシアはグリゴリたちに聞いた言葉を口の中で転がすのだった。

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