第91話「ドラゴン平原」
魔界、アヴェスター大陸の中央に位置するドラゴン平原。
人気がなく、鹿や猪などの獣が生息するだけのだだっ広い平原がどこまでも続いている。
魔族にとっても人族にとってもかなりの一等地で、本来ならば街や村がいくつもできていてもおかしくはない。
一つの王国ができてもおかしくないほどだ。
しかし、この地を最凶最悪のドラゴンやワイバーンが縄張りにしていることを知っているため恐ろしくて誰も近づかない。
「水の匂いはするが川はなしか……」
いち早くグレイドと共に到着したタダシは、土を調べたりしている。
そこに……。
「お姫様ついたよー。ありゃ、大丈夫?」
淑女が出してはいけないような酷い絶叫を上げながらここまで運ばれてきた聖姫アナスタシアは、抱えていたデシベルに放り出されると青い顔でがっくりと崩れ落ちた。
「ハァハァ……」
一気に大陸の南から中央付近まで運ばれてきたのだ、おおよそ人間が飛んでいい速度ではなかった。
聖姫アナスタシアが、とっさに無詠唱で
あるいは、首にキラリと光る『封魔のペンダント』が守ってくれたのかもしれないとも聖姫アナスタシアは思う。
「アナスタシアさんは、顔色悪そうだね。デシベルくん?」
「お、王様。僕は、丁重に運びました!」
そうなのだ。
常人ではおおよそ耐え難い亜空間飛行であったが、デシベルはかなり気を使って丁重に運んだつもりなのだ。
むしろ、グレイドはかなり乱暴に運んだのに、平気な顔をしているタダシのほうが疑問なのだが……。
そこはタダシが神々に強化された肉体を持っていることと、そもそも現代人なので絶叫系アトラクションくらいにしか感じず動じなかった。
「ふふん~♪」
機嫌良さそうに鼻歌を歌うグレイドは、実はこの飛行によってタダシを本当に竜種を統べるに値する主か見極めようとしていた。
音速を超えソニックブームを撒き散らしながらアクロバティックに飛び回ったその動きは、
竜種はお互いに踊るように飛び回りながらお互いの力量を測る習性があるのだ。
グレイドが試すように何度も加速して、ついにトップスピードを超えてもタダシは平然としてむしろ小さく笑ってすらいた。
グレイドはそんなタダシを主として認めて、機嫌よく尻尾を振っている。
そんなことを知らないタダシは、聖姫アナスタシアに言う。
「ちょっと待っててね」
タダシがサクッと鍬を振るうと、ドビューと水が吹き出た。
いきなり水が飛び出て、誰もが唖然としている中、タダシはそこらの石をコンコンと削って石のコップを作る。
コップで湧き水を汲み自分でも飲んでみて大丈夫だと確認してから、聖姫アナスタシアに「どうぞ」と差し出す。
「あ、ありがとうございます」
地下水なのでひんやりと冷えていて美味しい。
清らかで冷たいお水を飲んで、聖姫アナスタシアもようやく落ち着いた。
デシベルやグレイド達は、滾々と湧き出す水を見て喜んでいる。
「やった、冷たい湧き水だ!」
「プファー美味い! 王様やるじゃん!」
グレイド達は溢れ出てくる水に頭を突っ込んでごくごくと飲み干している。
この土地には川が流れていないため、ドラゴンたちは水に困っていたらしい。
忽然と泉を湧かせる。
高位の魔術師か聖者による奇跡のようだと思いながら、聖姫アナスタシアは尋ねる。
「タダシ陛下。これは、何の魔法なのですか?」
「魔法? 俺に魔法は使えないよ。地下水脈の匂いがしたから、ちょっと
地底に地下水が溜まっていたので掘ったら圧力で水が吹き出した、それだけの自然現象だ。
「地下水の匂いですか……」
むしろ魔法じゃないほうが凄い。
つまりこれは、何の魔力の消費もなく起こっているということになる。
「きゃー!」
「ク、クルル様! やめ、ぎゃあ!」
のっそりと現れた銀色のもこもこの獣。
タダシの飼っているフェンリル、クルルが突然やってきた。
フェンリルを苦手としているグレイド達は阿鼻叫喚の叫びを上げて逃げ惑うが、ガブッとグレイドが噛みつかれた。
「きゃあ!」
これには聖姫アナスタシアも驚いて、思わずタダシに抱きついてしまう。
「大丈夫だよ。クルルは、見た目よりも大人しいから」
「で、でも、噛んでますよ!」
グレイドが足からガブガブやられている。
最強最悪の
「いやー食べないでぇ! 王様助けて!」
「ハハハッ、じゃれてるのかな。クルル、それくらいにしてあげなさい」
グレイド達からしたら笑い事じゃない。
「グルルル!」
「えっと、グレイドさんがタダシ陛下に生意気で試すような真似をしたことに怒って、懲らしめたと言ってます」
聖姫アナスタシアの通訳するような言葉に、タダシが驚く。
「あれ、アナスタシアさん。クルルが言ってることがわかるの?」
「ええ、私は聖女ですので動物の言葉がわかるのです。フェンリルを動物と言ってしまっていいのかどうかわかりませんが」
太古の昔、竜神を噛み殺したと言われる魔獣フェンリルは獣人達には神獣と崇められている
獣人と偏見なく付き合っている聖姫アナスタシアも、その事はよく知っている。
「よーしよし。お前どうしたんだこんなところで」
クルルが撫でてくれと頭を擦り寄せてくるので、タダシは銀色のもこもこの毛をすくように撫でてやる。
「クルルル……」
「タダシ陛下の言いつけどおり、ドラゴン達がドラゴン平原から出ないかどうか監視してたそうです」
聖姫アナスタシアの通訳を聞いて、タダシは嬉しそうに頷く。
「そうだったのか。お前はいつも俺を助けてくれるなあ。よしよしいい子だ、いま餌をやるからな」
タダシは、クルルのペットフードになっている椎の実をやる。
クルルは喜んでガブガブ食べている。
「あの、タダシ陛下はフェンリルを飼っておられるのですか」
「そうだけど」
とても信じがたい。
しかし、最強最悪のドラゴンを抑え込んでいる王者なのだ、神獣を飼っていたとしてもおかしくはない。
聖姫アナスタシアは、自分の不明を痛感していた。
タダシは、一般に言われているような生産に秀でただけの王ではない。
人族にも魔族にもどうしようもできない最強最悪のドラゴン族を従え、神獣すら飼いならす存在。
それだけでもう、大陸最強クラスの武力を有していると言っていい。
飢えたドラゴンによる被害は、人族側の街や村に多大な被害をもたらしている。
ドラゴン達は腹が減ると、大陸中央の自由都市同盟の街や村が家畜を襲うついでに潰されたりする。
その被害をタダシは抑え込んでしまったことになる。
これはとんでもない功績と言えるだろう。
「クルルルル」
「クルル様が言うには、この地のイノシシやシカが減ってるのは、木の実や草が足りないからだそうです」
聖姫アナスタシアの通訳に、タダシは頷く。
神獣であり頭のいいクルルは、ドラゴン平原だけでドラゴン達が暮らせるように獲物を平原に追い込んでやっていたのだが、それで木の実や草が足りなくなってしまったようだ。
「なるほど。それなら解決は簡単だ」
すでに水は確保できたので、あとは耕してイノシシやシカの餌となる木や草を植えればいいだけだ。
「アナスタシアさん。ちょっと下がってくれるかな。そら行くぞ!」
タダシは、手に持った魔鋼鉄の
地中に衝撃波のようなものがブワッ! っと伝わっていき、辺りの一面の土がザクザクザクザクっと一気にひっくり返った。
「よし、じゃあ種を蒔こうか。クルル、ちょっと手伝ってくれるか」
「クルル!」
タダシは、クルルに乗るとマジックバッグから取り出した種を蒔き始めた。
「次は肥料だな」
「クルル!」
種に続いて肥料を撒いていくと、ニョキニョキと椎の木が生え始めた。
「なんなんですか、これぇ!」
「農業ですが」
聖姫アナスタシアの知っている農業と違う。
「草はせっかくだから怪我も病気も治るようにエリシア草にしておくか」
聖姫アナスタシアが、耳を疑うようなことを言っている。
聞き間違いかと思ったが、タダシが種を蒔くと本当にエリシア草の芽がニョキニョキと生えてきた。
「エリシア草を、シカの餌にするんですか!」
「味もいいから野生動物も食べるかなと」
そりゃシカも喜んで食べるでしょうよ。
食べるだろうけども!
タダシ王国では万能薬エリクサーがものすごい安価で売られていると聞いたが、こういうことだったのか。
シカの餌にするくらいエリシア草が取れるなら、それはエリクサーの量産も可能だろう。
農業大国の聖王国でも希少な植物として大事に育てられているエリシア草が、シカの餌としてまるで芝生のように生えていく。
これまでの自分の常識がガラガラと音を立てて崩れていく音がする。
「こ、これが……」
これが、生産王大野タダシ。
ドラゴン平原に広がっていく苗木とエリシア草の畑を見て、聖姫アナスタシアはショックのあまり立ち尽くすのだった。
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