第150話「敵を待ち伏せる」
クルルの背に乗って、勢いのままに走り出してしまったタダシと商人賢者シンクー。
「さてと、敵は付いてきてるかニャ」
シンクーがそう後ろを振り向くと、巨大な竜の群れが遠くに見えた。
「避難民の保護が優先だからな」
囮になれて良かったと、タダシは言っている。
まったく、一国の王自らが、しかも自分の王国の民でもない魔族を助けるために囮になるとは前代未聞だとシンクーは苦笑する。
それでも、そんなタダシだからこそ、みんなが付いてきてここまでこれたのだ。
そのタダシの甘さをシンクーは嬉しいものだと思う。
だからこそ、足りない部分を自分達が支えていこうと思うのだ。
それは、他の仲間も同じだった。
「ヤマモト提督は、今回の作戦を聞いたら喜んでたニャ。拡散超弩級砲もどこまで使えるかはわからニャいが、助けにはなるはずニャ」
「事前に作戦を話してくれたらよかったのに」
タダシに秘密にする必要があったのだろうか。
「こういう状況になるとは限らないニャ。最初から超弩級戦艦ヤマトを使うといえば、タダシ陛下は反対してたんじゃないかニャ」
「なるほど、そうかもしれない」
あの歓楽都市バッカニアの虐殺を見るまでは、滅竜帝ガドーとも話し合えるのではないか。
タダシは、まだそんなことを考えていたのだ。
その段階で聞かされていたら、時期尚早だと反対したかもしれない。
そうしていたら、きっとさらに犠牲は多く出たに違いない。
「タダシ陛下に内緒で、勝手に作戦を立てた罪は後で償うニャ」
「俺はシンクーを信用している。内緒にして、作戦を進めたことも必要なことだと納得しているよ」
「そうかニャ」
「あるいは、こうして俺がそれを追認することも作戦のうちかな」
最近、シンクーの考え方にも慣れてきたタダシがそう言うと、シンクーが恥ずかしそうに言う。
「そう先回りされると困るニャ。うちだって、そんなになんでもは考えてないニャ」
そのセリフも、二手三手先を考えての発言に聞こえるから、シンクーの知恵は恐ろしい。
さすが、知恵の神マヤ様の加護を受けた賢者だけのことはある。
「そのシンクーの良い頭で考えてほしいんだが、滅竜帝ガドーの軍勢がガイラス湾に誘い込まれる可能性はどのくらいかな」
それに対して、シンクーは小首をかしげて即答する。
「わからないニャ!」
「そうか、シンクーにわからないならば、俺にわかるはずもない」
下手な考え休むに似たりという。
上手くいくと信じて、決戦に備えて休ませてもらった方がいい。
タダシがそう思うと、シンクーが抱きしめてきて……。
「膝枕するニャ」
「え、そこまで疲れてはないんだが」
「いいや。タダシ陛下には、万全の体制で戦ってほしいニャ」
それに、タダシを独り占めできるチャンスはそう多くないとシンクーは笑う。
「くるるるるる!」
自分もいると、クルルがいなないた。
「あーすまんすまん」
タダシが背中を撫でてやると、クルルは嬉しそうにもう一度くるるると、いなないた。
いっそ、走りながら食事していた魔王ケイロンに見習ったほうがいいかもしれない。
あれくらい単純に物事を判断したほうが、却って臨機応変に動けるというものだ。
移動しながら肉を焼いて食らいついた魔王ケイロンほど大胆にはなれないが、タダシはマジックバッグからパンと水袋を取り出してちょっと食べておく。
マジックバッグの中に入っているものは、時間が止まった状態なので、朝に料理長のマールが焼いたパンは、今でも焼きたての状態でとても美味しい。
「シンクーも食べるか?」
「あーんしてあげるニャ」
その瞬間に、またクルルの身体が少し揺れた。
どうやら食欲を刺激されたらしい。
「ずっと走り詰めだもんな、クルルにも後でやるから。とりあえず、今はガイラス湾まで超特急で頼む」
「ガイラス湾には、この道を一直線でいけるはずニャ!」
歓楽都市バッカニアを救援すると決まった時に、この作戦を立てたとは思うのだが。
一体シンクーはどこまで計算して動いていたものか。
タダシが囮として敵を引き付ける方向が、そのまま超弩級戦艦ヤマトの待つガイラス湾であった。
※※※
一方ガイラス湾では、超弩級戦艦ヤマトがスタンバイを終えていた。
ヤマモト提督が、艦の乗組員全員に呼びかける。
「諸君! 時間がない中、よくここまでやってくれた! 今はなき帝国の魂を見せる機会が与えられたことを、私は嬉しく思う!」
ヤマモト提督も、この超弩級戦艦ヤマトも一度は死んだようなものだ。
この戦いが、新たな再生への道標となってくれるかもしれない……。
傍らにいるマキノ参謀が言う。
「まだ、作戦通りに敵の古竜軍団を誘い込めるとは限りませんけどね」
「できると私は信じている。なぜなら、シンクー殿の作戦だからな」
作戦を重視するヤマモト提督は、タダシの知恵袋である商人賢者シンクーを高く評価している。
帝国は、シンクーの叡智によって負けたとすら思っている。
そのタダシも、シンクーも今や味方だ。
「我が国はタダシ王国に従い、装いを新たにした。それは、苦難の道であろうが新たな時代を築いていけるということでもある。この作戦は、その始まりとなるのだ!」
ここで、超弩級戦艦ヤマトの力を見せつけることができれば、タダシ王国でも元帝国海軍は存在感を示していける。
海の平和を守る海軍力は必要、そう思ってもらえる。
そうなれば、自分達もその子孫も、誇りを持って生きていける。
マキノ参謀が報告する。
「提督、魔導炉の準備は完了しました。いつでも稼働できます」
「よし……あとは待つだけか。ん、あれは?」
「提督、あれはもしや」
ヤマモト提督は、双眼鏡を降ろして言う。
「あれ程のスピードで移動する物体、タダシ陛下に違いない。魔導炉のエネルギー充填」
ヤマモト提督の命令で、魔導炉が稼働し拡散超弩級砲にエネルギー充填が行われる。
果たせるかな、はやり走っているのはタダシの乗っているフェンリルであった。
そして、後ろから追ってくる黒い点が徐々に大きくなってくる。
マキノ参謀が言う。
「あれは、目標の古竜のようですな。以前倒したドラゴンよりも、さらに大型です」
「あれから、技術部もさらに改良を続けてくれている。拡散超弩級砲の出力を百二十パーセントまであげろ!」
ヤマモト提督の命令に、砲撃手が「出力、百二十パーセント!」と応える。
超弩級砲がシュンシュンシュンシュンと音を立てて青白い光を収束させた。
敵はその間にも、凄まじい勢いで近づいている。
空を黒く染めるかのごとき光景で、クルーがざわつく。
「うろたえるな! むしろ好都合ではないか!」
あたりには村もなく、砲台の射程範囲内にいるのは敵のみ。
クリティカルな状況だ、作戦を立てたシンクーは本当によくやってくれた。
「タダシ陛下とシンクー様の乗ったフェンリル、甲板に着艦!」
「よし! 砲撃手、よく狙って一匹も撃ち漏らすなよ」
強大なるビームを発する代わりに、大きく拡散する超弩級砲の照準をあわせるのは至難の業だ。
敵を一匹も撃ち漏らさないとなれば、数百の針の糸を一度に通すような繊細さが要求される。
滝のような冷や汗をかきながら、砲撃手は敵の目測を続けて、ついに照準を決めて言う。
「提督、発射準備完了しました!」
「よし、タダシ陛下に超弩級戦艦ヤマトの力をご覧に入れろ! 前方の敵、古竜に向けて拡散超弩級砲、発射!」
ドシュウウズゴゴゴゴゴゴオオオオオン!
青白い閃光が前方の砲門から発射される、そのビームは敵を前にして散弾状に拡散して、分散しているドラゴン群を全て爆散させた。
凄まじい威力に、ヤマトの艦内が大きく揺れた。
「目標、命中しました! 敵古竜群、消滅!」
発射した海軍士官は、喜びの声をあげる。
安堵のあまり、その場にガックリと膝をついたほどだ。
空を一面に黒く覆っていた古竜は、一撃のもとに殲滅できた。
敵消滅の報告に、クルー達も一斉に湧いた。
しかし、ヤマモト提督は双眼鏡を構えて言う。
「まだだ、一匹残っている……」
普段は冷静なマキノ参謀が叫んだ。
「あの威力の砲撃を食らって消し飛んでいないとは、信じられない!」
そこに、
ヤマモト提督を始めとした海軍士官達は、一斉に敬礼する。
「ヤマモト提督、それに他のみんなも良くやってくれた」
「しかし、撃ち漏らしが……」
「あれは、滅竜帝ガドーだ」
最後に残った一匹となれば、そうでないはずがない。
そう簡単に倒せる敵ではないのだ。
「タダシ陛下、いま一度機会をお与えくだされば!」
マキノ参謀が言う。
「提督、連発は無理です」
改良された拡散超弩級砲の出力を、百二十パーセントまであげていたのだ。
あんな物を連発しようものなら、砲身も船体も保たない。暴発の危険すらある。
「艦が壊れてでもやる! 後一撃!」
勢い込むヤマモト提督を、タダシが止める。
「いや、もういい。あれだけの数の古竜を倒してくれただけでありがたかった。あとは、俺の仕事だ」
「ハッ!」
今のあるじであるタダシにそう言われてしまえば、根っからの軍人であるヤマモト提督は逆らえない。
シンクーは自信ありげに言う。
「ヤマモト提督、あとはタダシ陛下に任せておけばいいニャ」
そうシンクーに言われて、タダシは頭をかく。
格好を付けて俺の仕事だと言ってみたところ、シンクーのように深い作戦があるわけではない。
ただタダシは、関係のない民を虐殺した滅竜帝ガドーのやりようが許せない。
それだけであった。
ヤマモト提督は、感極まって言う。
「タダシ陛下、どうかご無事のお戻りを……」
ヤマモト提督達は、かつて同じような形であるじであった皇帝フリードリヒを失っている。
また、同じようなことにならないかと不安に思ったのだろう。
タダシは、それに笑って言う。
「心配するなヤマモト提督。俺に深い考えはないが、シンクーが大丈夫だと言ってるんだから大丈夫だ」
そう言って、シンクーの頭を撫でる。
拡散超弩級砲でも倒せない強敵を前にして……なんという人達だと、ヤマモト提督は思わず笑ってしまった。
そこに、
無事だったのかと、タダシは喜ぶ。
「バッカニアの民の避難は成功した。タダシ王に深く感謝する」
「ケイロン! お互い無事で良かった。見ての通り、滅竜帝ガドーはまだ生き残っているが……」
魔王ケイロンは、爽やかに笑っていう。
「タダシ王、俺に滅竜帝ガドーを倒す秘策がある!」
「ええ……」
普段から何も考えてなさそうな魔王ケイロンが口にした秘策とは?
逆に、大丈夫なのかと思うタダシであった。
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