第123話「闇に潰える」
暗黒騎士グレイブは、耐火の神技を持つため、街にいかほどに爆弾が投下されようとも傷つくことはない。
自分では何もすることなく、戦闘の様子を高みの見物で眺めていた。
暗黒神ヤルダバオトの丸薬で操った白騎士達が正気を取り戻し、農業都市ハーモニアを攻撃したグリフォン爆撃部隊が壊滅したのを見届けると、街の混乱に乗じてスッと闇に姿を消した。
「皇太子ゲオルグ、口ほどにもないやつだったな」
核兵器とか言う凄まじい爆弾を使えば、タダシとて一撃の元に倒せると豪語していたのにまったくの見掛け倒しだった。
帝国の初代皇帝が作った街そのものを地表から一発で消し飛ばせる異世界の究極兵器を使わせて、タダシもろとも爆散させる捨て駒に使う予定だったのだが上手くいかなかったようだ。
「まあいいさ。ダメなら次の手を考えればいい、まだ駒はいくらでも残っている」
皇太子ゲオルグが、派手にグリフォンで飛んで逃げたのも愚かだと思う。
あれでは、タダシに追いかけてくれと言わんばかりだ。
暗黒騎士グレイブは、決してタダシを甘く見てはいない。
おそらく、皇太子ゲオルグはやられたに違いない。
それも自分が逃げ延びるための
皇太子ゲオルグがタダシに殺られても、暗黒騎士グレイブはなにも何も困らない。
帝国だって、大した痛手とは思わないだろう。
皇帝フリードリヒの子供は、十数人を数えるほどだという。
あの愚か者が死んでも、次の皇帝候補はいくらでもいるのだ。
暗黒神ヤルダバオトの意を汲んで動いている暗黒騎士グレイブだって、次の駒に使えそうな人間はいくらでもピックアップできる。
そう……。
闇から闇へと静かに移動して逃げ続ける暗黒騎士グレイブは、もはや極限まで神力を高めたタダシと自分で戦う気などさらさらないのだ。
自分はこうして闇より仄暗き策謀を進めていく。
何回、いや何十回負けたって構わない。
何度でも逃げ延びて、最後の一回勝利すればいい。
暗黒騎士グレイブはそう考えて、暗黒神ヤルダバオトから新たに与えられた神力を全て、闇から闇を移動するこの
「暗黒騎士グレイブ」
女の声が聞こえる。
警戒しつつ、闇よりそっと顔を覗かせる。
「貴様は、アンブロサム魔王国のフジカ・イシュカだったか?」
魔境の王国にも、聖王国の暗部のように諜報機関が存在することは知っていた。
吸血鬼フジカは、不死王に仕える侍従長。
一国の諜報機関の長とも言うべき存在で、ある意味では一介の騎士にすぎないグレイブよりも上位の存在だ。
影の世界では、そこそこ名の通った人間でもある。
「ええ、ここで張っていれば必ず捕まえられると思っていました」
「捕まえるだと。俺は、わざと姿を見せてやったんだ。深い闇に隠れれば、お前ごときは俺の影すら見ることが出来ないだろう」
暗黒騎士グレイブは、今や英雄神の加護☆☆《ツースター》に加えて、与えられた暗黒神の加護
暗黒神の加護の星六つを
魔族の神ディアベルがこちらに寝返ったことによって、神力の強化もできなかった女などに何もできるわけがない。
このままこの女を襲って、敗北の
この女自体が罠で、のこのこ出ていったら暗黒騎士グレイブに勝る強者に囲まれる恐れもある。
聖姫アナスタシアを手に入れようとして危険を冒した皇太子ゲオルグのような愚か者ではないのだ。
「それもわかった上でです。まったく前回の聖姫様の暗殺未遂といい、今回の攻撃といい、よくもやってくれましたね。タダシ様の最大の脅威は、皇太子ゲオルグでも皇帝フリードリヒでもない。貴方です!」
「ほお、それは過分な評価ありがとうよ」
思わず暗黒騎士グレイブに笑みがこぼれて、影の気配が濃くなる。
同じ諜報機関のよしみということもあったが、暗黒騎士グレイブとて好きで日陰者をやっているわけではないのだ。
むしろ、称賛を強く望んでいる。
目の前でしてやられたとフジカが悔しがってくれるのだから、これほど嬉しいことはない。
そのほんの僅かな心の隙が、暗黒騎士グレイブの油断だった。
ありえないことが起きた。
「な、なんだ!」
闇より、暗黒騎士グレイブの身体がズルッと引っ張り出されたのだ。
「意外に簡単だったね」
「暗黒神の加護を持ってるのが自分だけだと思って油断したな」
暗黒騎士グレイブの身体を引っ張り上げたのは、
そうなのだ。
神の加護は、たとえ裏切ったとしても奪うことなどできない。
その暗黒神の加護の星の数は、合わせれば七個。
暗黒騎士グレイブが
「暗黒騎士グレイブ! 前回の屈辱、晴らさせてもらう!」
そう言いながらドンッと、巨体がぶつかってきた。
二人の竜人の少年少女にガッチリと掴まれた暗黒騎士グレイブの胸を、オーガ地竜騎兵団長グリゴリが長槍で突き刺したのだ。
「お、お前みたいな雑魚がっ!」
その瞬間。
暗黒騎士グレイブの両手をガッチリ固めていた拘束が取れた。
暗黒騎士グレイブは、腰の魔剣を引き抜いてグリゴリの巨体を一気に斬り裂いた。
はずだった――
「ぐぶっ!」
剣を引き抜いた暗黒騎士グレイブの腕は
普通の人間ならば致命傷。
しかし、暗黒騎士グレイブにとって不幸だったことに、暗黒神ヤルダバオトの加護により強化されたその肉体はそれでも滅びない。
簡単には死なない、いや死ねない。
「うーん痛いよね。ちょっと可哀想だけど。でも、逃がすわけにはいかないから、ごめんなさい」
赤茶色のツインテールを可愛らしく揺らしながら、
可愛らしい少女に見える(何度も言うが本当は少年)のデシベルは、こう見えて爪裂き侯の異名を持っているのだ。
「グッ! グェェ!」
凄まじい激痛にやめてくれと言う暇もなく、暗黒騎士グレイブの四肢が細切れに切断されていく。
闇に逃げようと伸ばした手も、サイコロステーキになっていく。
朦朧とする意識の中で、暗黒騎士グレイブは必死に叫んだ。
「アガッ、嫌だ。俺は、こんな場所で終われない! 終わりたく、ない……グゲッ!」
「しつこいなあ! いい加減、終われよ!」
元気な少年に見える(何度も言うが、本当は少女)
暗黒騎士グレイブはその身を八つ裂きにされ、粉々に打ち砕かれながら、いつしか過去の走馬灯を見ていた。
教会の暗部に生まれ落ちた俺達は、産まれた時から日陰者だった。
聖王国のためにどれほど命がけで働いても教会貴族や白騎士達に疎まれ、卑劣な暗殺者として蔑まれる日々。
過酷な任務の中で、次々死んでいく同じ境遇の仲間達。
俺達、暗部を日の当たる場所に出してくれると言った大宰相リシューが希望の光にも思えたが、それも程なくして潰えた。
それでも、暗黒騎士グレイブは終わらなかった。
せっかくこの手に掴んだ
終わってしまった仲間達のためにも、俺はたった一人でも、栄光を手にしてみせる。
誰を犠牲にしても、どんな卑劣な手を使っても、そうしてみせる。
暗黒騎士グレイブは、冷たくなった仲間を見送ったあの日にそう誓ったのだ。
それが、なんでこうなった。
俺はただ、褒められたかった。
薄暗い闇から出て、日の当たる世界で評価されたかった。
ただ、それだけなのに……。
その願いが一瞬の隙となって、暗黒騎士グレイブの命取りとなったのは皮肉という他はない。
何度も何度も頭を打ち砕かれ、グチュと音を立てて暗黒騎士グレイブの頭が完全にすり潰された時、ようやくその意識は仄暗い闇へと消えた。
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