第122話「皇太子ゲオルグとの決戦」
聖姫アナスタシアをさらって、遠く離れた位置から農業都市ハーモニアが壊滅する姿を見てやろうと思っていた皇太子ゲオルグであったが、期待していた大爆発は一向に起きない。
「不発だった? いや、タダシのやつが阻止したのか。アナスタシアはどう思う?」
「んーんー!」
「おっと、そうか」
聖姫アナスタシアの猿ぐつわを外してやる皇太子ゲオルグ。
プファっと、息をつくと聖姫アナスタシアが叫ぶ。
「貴方の悪しき野望など、タダシ様に通用するわけがありません!」
「ふん。核爆発に巻き込まれて死ねばいいと思っていたが、まあいい。そのタダシは帝国までは助けにこれないだろう」
皇太子ゲオルグが駆っている一際大きなグリフォンは、特別優秀な個体なのだ。
数時間もあれば、帝国へ戻ることもできる。
これも皇太子ゲオルグが帝国の宝物庫から持ち出した強力な呪縛の能力がかかった魔導紐に縛られている聖姫アナスタシアは、キッと睨みつけて言う。
「タダシ様は、必ず助けに来てくださいます」
「言ってろ。帝都に帰ったらたっぷりと可愛がってやるからな。帝都には、代々帝室が使っている秘蔵の媚薬もあるんだぜ。お前の反抗的な態度が、いつまで続くか楽しみ……」
嫌らしい笑みを浮かべて、下品に手をこねくりまわす皇太子ゲオルグは、最後まで言えなかった。
突然、乗っていたグリフォンの羽根が両断されたのだ。
そのまま、空から落ちていく皇太子ゲオルグと聖姫アナスタシア。
「あっ……」
縛られたまま落ちていく、聖姫アナスタシアをクルルに乗るタダシが空中でガッチリキャッチした。
「大丈夫かい」
「は、はい……。必ず助けに来てくださると信じてました」
そのまま、クルルは地上へと降り立つ。
タダシは、聖姫アナスタシアの縄を解いてやると、クルルから降りる。
地上では、黄金に輝く長槍を構えた皇太子ゲオルグが待っていた。
「タダシ。まさか、これで勝ったとは思ってないよな!」
「……」
タダシは、黙って目をつぶり、魔鋼鉄を振り上げて見せる。
「ふ、ふん……まあいい、勝負はこれからよ!」
「……」
無視するタダシに憤って叫ぶ皇太子ゲオルグ。
「見るがいい! 闘神ヴォーダン様より授けられし
バチバチと紫電が走る両手で長槍を掴んで、振りかぶる皇太子ゲオルグ。
「……最後の念仏は終わったか、ゲオルグ」
「ほざけ! 死ぬのは貴様だぁああ!
皇太子ゲオルグの一撃は、雷撃となってタダシに飛び、大爆発を起こした。
だが、それほどの攻撃を受けてもタダシは微動だにしない。
「これで終わりでいいのか?」
神槍の一撃を受けても平然と立っているタダシに、皇太子ゲオルグは焦る。
「なっ、バカな。これは闘神ヴォーダン様より与えられし神槍なんだぞ! うああああ!
二度、三度と闘神の雷を飛ばすが、タダシはそれでも微動だにしない。
たかだか二十個の加護の星で、七十個もの加護を受けるタダシに勝てると思ってしまったのは、おごれる皇太子ゲオルグの失態だった。
静かな怒りに震えるタダシは、力の差を見せつけて絶望させるためにあえて皇太子ゲオルグの攻撃を全て受けてみせたのだ。
それほどまでにタダシは怒っていた。
「皇太子ゲオルグ。この世界に来て、消し去りたいと思ったのはお前が初めてだ」
「や、やめろ! この俺を誰だと思っている! 二神の加護を受けしこの俺は、最強のぉおお! 世界の覇者となる男だぞ! ヒィィィ!」
タダシは、静かに魔鋼鉄の鍬を振るった。
思わず黄金の槍を取り落して、無様に頭をかばう皇太子ゲオルグであったが……。
「……
タダシは静かに唱える。
しかし、何も起こらない。皇太子ゲオルグは、声を震わせて言う。
「な、なんだ。何も起きないではないか。グボゲッ!」
その瞬間、皇太子ゲオルグの足に激痛が走ったかと思うと――
「なんだこれは、俺の足がぁ!」
皇太子ゲオルグの両足が、樹木に変わっていた。
どれほど動かそうとしても。もはや皇太子ゲオルグは、二度と歩くことはかなわない。
「皇太子ゲオルグ。お前は、このアラフの地をいらない土地だと言ったな」
「それがどうした!」
「その場で永遠に突っ立って、お前がいらないといったこの地がどう変わっていくのか見続けるがいい」
「やめろ、なんだこれは! こんなのはいやだぁ、助けてくれぇ! 俺は、こんな、ぐえっ……」
上半身も樹木へと変わっていき、ついに口までが樹木へと変わる。
皇太子ゲオルグは涙を流してやめてくれと訴えるが、その青い瞳も樹木へと変わる。
あとに残ったのは、一本の
その場を一陣の風が吹き抜けて、沙羅双樹の白い花がまるで涙を流すようにひらりと舞う。
二神に最大の加護を受けし転生者ですら、この世から滅せられて一本の樹木へと姿を変える。
これぞ、七十個もの農業神の加護を持ったタダシの掛け値なしの全力であった。
肩を震わせるタダシに、聖姫アナスタシアが声をかける。
「タダシ様……」
「怒りのままに神力を振るってしまった」
やるしかなかったと思ったが、自分の感情だけで神力を振るうのは良くないと反省するタダシである。
「タダシ様が怒って当然だと思います。皇太子ゲオルグは、許されないことをしたのですから」
そうタダシを慰める聖姫アナスタシア。
それに賛同するように、クルルも「くるるるるる!」と吠えるのだった。
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