第77話「最後の戦い」
暗黒の魔王ヴィランの身体は砕け散り、全ては終わったかに見えた。
しかし、天駆ける星にその身を貫かれ、紅蓮の炎に焼かれても、まだ深々と空いたクレーターの底に漂う暗黒の瘴気は消えていなかった。
それどころか、ヴィランの焼け爛れた肉片は獄滅の炎すら吸収して禍々しさを増していくようだ。
再び寄り集まった瘴気の渦の底から、ズルっと崩れ落ちたはずのヴィランの腕が這い出てきた。
その右手に輝く暗黒神の加護の★は、もう五つでは済まなかった。
無数の★が次々に、数え切れぬほど浮かび上がり増殖していく。
地中から立ち上る邪悪な気配に、タダシですら背筋が凍るような怖気を感じて叫んだ。
「まだだ! 二人共、下がれ!」
タダシは、前に出ていたマチルダとレナに向かって叫んだが一瞬遅かった。
黒い瘴気の渦はまるで触手のような形に実体化して、マチルダとレナ姫を襲う!
「きゃー!」
意外に可愛い悲鳴を上げて、マチルダが暗黒の触手に絡みつかれて、暗黒の渦へと引き寄せられていく。
マチルダは聖剣を振るって必死に触手を切り払うが、あまりの数に飲み込まれてしまった。
「マチルダ!」
黒の渦から発生した無数の触手は、レナ姫にも向かっていく。
「いやぁ!」
必死に魔王剣を振るうレナ姫だが、迫る触手はいくら倒しても切りがない。
すぐに拘束されて、上方に発生したヴィランの本体の元に引き上げられてしまう。
「レナ様!」「姫様!」
グリゴリ団長やフジカが必死にレナ姫を助け出そうとするが、まるで暗黒の壁のような触手の群れに阻まれて、進めないでいる。
タダシは
「ディグアップショット! クソッ、触手が多すぎて
その暗黒の触手は瞬く間に膨れ上がり、数百、数千、瞬く間に万を超える数となる!
ヴィランは、タダシ達だけではなく川底で死に絶えた新生魔王軍の死体を飲み込み、まだ猛毒に苦しみながらもまだ生きていた味方の魔族までもその禍々しい触手で呑み込んでいく。
「クズどもよ、暗黒神ヤルダバオト様の
暗黒の瘴気がより一層濃くなると、所々で阿鼻叫喚が上がった。
もはや敵味方関係なく、近くにいる者から魔力を吸い上げているのだ。
むしろタダシ王国軍より、ヴィランの近場にいた新生魔王軍の方が触手の海に飲み込まれて被害が大きかったほどだ。
そうやってさらに膨れ上がった強大なヴィランの魔力は、さらに指数関数的に増加していく。
それにしてもなんて禍々しい肉体だ。
無数にうごめく気持ちの悪い漆黒の触手が、まるで世界を暗黒へと呑み込まんとしているように無限に増殖していく。
あまりのことに、タダシは叫ぶ。
「自分の味方まで殺すつもりか、ヴィラン!」
「ウハハハハッ、余の軍勢を水攻めで潰した貴様がそれを言うかよ、大野タダシ!」
タダシが繰り出す全ての攻撃を無限に湧き上がる触手で払いながら、ヴィランは愉快そうに高笑いを上げる。
「お前がこんな
「責めているわけではないぞ。貴様の言う通り、これは戦だ。クズどもがいくら死のうが気にすることはない」
「味方まで殺そうとするお前と一緒にするな!」
怒りをむき出しにするタダシを上から見下ろして、ヴィランは酷薄に笑う。
「むしろ、貴様にはよくぞやってくれたと褒めてやりたいくらいだ。おかげで、暗黒神ヤルダバオト様復活の最後の仕上げができたのだからな!」
「暗黒神の復活だと……」
「ここまでお膳立てしてくれた褒美に、全て教えてやろう。なあタダシ、アヴェスターの神々は天上におわすと言うが、では暗黒神ヤルダバオト様はどこにいると思う?」
「どういうことだ!」
「この下だよ。この辺獄の枯れ果てた大地に異常な猛毒、おかしいとは思わなかったのか?」
得意満面のヴィランは、立てた親指をぐっと下に落としてみせる。
「まさか、暗黒神は辺獄の地下にいるのか!」
「神々すら知らぬこと、気が付かなくても不思議はない。この呪われし辺獄の地下深くの冥府に暗黒神ヤルダバオト様は潜み、復活の日を待っていたのだ!」
「そんな……」
自分達の足元に、暗黒神ヤルダバオトがいたというのか。
「アハハハハッ、それだ! その
悪魔のような笑い声を上げてヴィランは、暗黒神ヤルダバオトの復活を宣言する!
「教えてやろう。もはや余は地中におわす暗黒神ヤルダバオト様と魂で繋がり、見ての通り完全体となった。お前ら転生者がどれほど足掻こうともう遅い、暗黒神の化身となった余はこの世界を滅ぼすまで止まらぬ!」
ヴィランの巨大な腕に輝く暗黒神の加護の★は、六百六十六。
もはやその身は暗黒神ヤルダバオトそのもの、ヴィランはまさに地上に置いて最強にして至高! 完全無欠の存在となったのだ!
全ての儀式は終わり、地獄と化した辺獄で、神話の時代を思わせる大災厄が再び具現化しようとしている。
あとはこの世を滅ぼす前に心残りなくやっておこうと、ヴィランは邪悪な目つきでレナ姫を眺める。
「魔王ノスフェラートは手応えがなさすぎてつまらなかったからな。クックックッ、魔王の遺児よ、貴様はじっくりと苦しめて殺してやる」
「グッ……」
絡みつく触手に身体を蝕まれて、レナ姫は苦しんでいる。
同じように触手に捕まっているマチルダも、聖剣こそ手放していないものの触手に手足を拘束されて身動きすらできず苦しんでいる。
「お前も、いいざまだな公国の勇者よ。お前らの苦しみこそが余の愉悦よ」
「下種が……」
レナ姫ではなく自分に注意を引きつけるつもりか、マチルダはヴィランの顔に唾を吐きかけた。
ヴィランの顔が憤怒に歪む。
「言ってもわかるまい。魔王としてふさわしい力を持ちながら、ただ転生者の子孫ではないというだけで理不尽に認められなかった余の怒りが!」
「ぐはぁ!」
首に巻き付いた触手が、マチルダをギリギリと絞めあげて苦しめる。
このままでは、マチルダが危ない。
「貴方なんか、魔王に、ふさわしくない……」
今度はレナ姫がマチルダをかばおうとするのか、絞り出すようなレナ姫の挑発に、ヴィランは激怒して叫んだ。
「ほざけ! 何が魔王だ! 何が転生者だ! 力が全て。力こそ全ての世を余が作るのだ! 今それを、その身にたっぷりと思い知らせてやる!」
ヴィランがそう叫んだ、その時だった。
ディグアップショットを放つ手も止めて瞑目していたタダシは、静かな怒りを込めて大地に魔鋼鉄の
ザクッ……。
この世の終わりを前にして、タダシはいきなり農業を始めた。
そのあまりに滑稽な姿に、激怒していたヴィランがまた高笑いしだした。
「アハハハハッ、ついに万策尽きておかしくなったか大野タダシよ。何の真似だそれは!」
ザクッ、ザクッ、ザクッ……。
タダシは罵倒してくるヴィランを無視して、渾身の力で地を耕しながら全身からふつふつと湧き上がってくる神力を言葉に変えて叫んだ。
「
力いっぱい振り下ろしたタダシの
その激震にタダシの他は、誰も立ってはいられない。
完全体となり無数の触手に支えられたヴィランの肉体すら、大地の激しい揺れに耐えきれずガクリと斜めに傾く。
「な、なんだこれは! 何をやった?」
「暗黒神ヤルダバオトと魂が繋がったと言ったなヴィラン。だから、お前らの魂の繋がりを耕したんだ。二度と繋がらないようにグチャグチャにな」
そのタダシの言葉を、ヴィランは理解できない。
「ハァ? お、お前は、何を言っているんだ……」
ヴィランの理性は理解できなくとも、その肉体は何か取り返しのつかない事態が起きていることを察知していた。
「だから、繋がっている根っこを耕したと言った! 全部断ち切ってやった!」
タダシが知恵の神ミヤに与えられた『神の見えざる眼』によって、ヴィランの言う魂の繋がりとやらが全て見えていた。
ヴィランが暗黒の触手を地下に伸ばして、地中の冥府から養分を吸い上げる大木の根っこのように瘴気を吸い上げていたのだ。
だったら
規格外の農業神の加護を持つタダシならば、それは簡単なことだ。
「バカを言うな! たかが転生者ごときに、余と暗黒神ヤルダバオト様と繋がりを断ち切れるわけがない。もはや、この身は次元すら超越した神の化身なのだぞ!」
「だから、その暗黒神に繋がる次元ごと耕した!」
タダシの言うことはヴィランにとって理解不能!
理不尽極まりない!
しかし、ヴィランがいかに虚勢を張って叫んでも、大樹の根のように広がっていた暗黒の触手が先から力を失い崩れ落ちていく。
触手の拘束が緩まり、首を絞められていたマチルダが力なく笑って言う。
「ざまぁ、みろ……。タダシ様に、お前の常識なんて通用しないんだ……」
かつての自分のように、ヴィランもまたタダシに敗れるのだとマチルダは確信していた。
なぜなら、タダシは――。
「バカなッ、余と暗黒神との繋がりを本当に断っただと、お前は一体何者なのだ!」
「俺は大野タダシ! 農家だ!」
タダシの言葉に、ヴィランは血走った目を剥いて絶叫する。
「ふざけるなぁあああああ!」
ヴィランは残り少ない触手を殺到させて、タダシを全力で押し潰そうとした。
しかし、その攻撃が届くことはなかった。
「お父さんの仇!」
触手が弱まった一瞬の隙をついてレナ姫がヴィランの懐へと飛び込み、魔王剣
「まさか、余がこんなことで、ぐぁぁあああああああああああああああ!」
ただでさえ魔力の弱っていたヴィランは、悶え苦しみ絶叫する。
これみよがしな弱点である胸元の暗黒の魔石が魔王剣に貫かれて、見る間にひび割れガシャンと音を立てて砕け散った。
ヴィランの断末魔の叫びと共に、その膨れ上がった巨大な肉体が腐れ落ちていく。
「レナちゃんもよくやった、マチルダさんも!」
「お父さん……」「タダシ様……」
「俺達の勝ちだ!」
タダシは魔鋼鉄の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます