第78話「勝者と敗者」

 暗黒神の化身となったヴィランの最後は自滅であったとも言える。

 タダシに暗黒神との繋がりを断ち切られて、あまりに急速に膨れ上がった巨体を維持できずに自壊したのだ。


「良かった。浄化はもうできるのか」


 タダシは大地を浄化していく。

 辺獄のど真ん中に、こんな腐った肉片が大量にあったら邪魔で仕方がない。


 魚の餌にもなりはしないから、綺麗に浄化してしまうに限る。

 戦が終わるのを見計らって、王城に待機していたイセリナ達治療部隊が出てくる。


「さすがはタダシ様。あれほどの瘴気を一瞬で浄化されるとは、いつ見ても惚れ惚れしますね」

「イセリナ。負傷者の治療を頼む。わかってると思うが、戦争はすでに終わったから」


 タダシの言葉に皆まで言わずともと、イセリナは頷く。


「はい! 敵味方関係なく生きている者は全て救え、ですね」

「イセリナは無理するなよ」


 イセリナはタダシの子を身ごもっていて、すでにお腹が少し目立ち始めている。

 浄化を終えたタダシは、イセリナの治療を手伝って戦の後始末を終えた。


 世界が滅びるかもしれなかった惨状を目の当たりにして、新生魔王軍の傷ついた魔族達は呆然としていた。

 またヴィランは自分達もその生贄として利用しようとしていたと知り、怪我の手当を受けた魔族達は大人しく縛へとついた。


 ただ、従順ではない者も少数ながらいる。

 竜人達に囲まれて捕らえられた筆頭魔人将ド・ロアは、満身創痍になりながらも治療すら拒み頑強に抵抗した。


「さっさと殺せ! 主君をむざむざと討たれて生き延びたくはない」


 魔臣ド・ロアが抵抗していると聞いて、タダシが慌ててやってきた。


「いや、もう戦は終わったんだ。ド・ロア将軍! 聞けば、貴方は魔界でも随一と言われる有能な将だそうじゃないか。なぜ無益な争いを続ける!」

「ふん、どうせ自分に仕えろなどと言うのだろう。私などは、ヴィラン様をいさめられなかった愚臣だ。今更、忠臣を気取るつもりはないが、恥は知っているつもりだ」


 二君にまみえるつもりはないとでも言いたいのだろう。

 さあ殺せと、座り込んで首を差し出してみせる。


「めんどくさいから、殺せばいいんじゃない?」

「王様、この人は助命しても絶対従わないから殺したほうがいいよ」


 竜人の少年少女、デシベルとグレイドはわりと残酷なことを言っているのでタダシは慌てて止める。


「殺してはダメだ! これ以上争うなと説き伏せて、全員助けるんだよ!」


 これには、ド・ロアが驚いて顔を上げる。


「従わぬ者も、助けるだと?」

「もし有能な貴方のような人が魔王になるレナちゃんを支えてくれれば嬉しいけど、俺はヴィランのように力で無理やり従わせるようなことはしない。なあ、レナちゃん?」


「はい。お父さん」


 タダシに寄り添うレナ姫は、何故かタダシをお父さんと言うようになっている。

 まあ、別にいいかとタダシはド・ロアとの話に戻る。


「辺獄を治めるタダシ王よ。聞かせてくれ、魔王に従わぬ我々を解放すればまた敵になるかもしれない。それでも、殺さずに解放するというのか?」

「魔臣ド・ロア。グリゴリくん達に聞いたよ。貴方は、オーガ族を守ってくれたんだってね」


 オーガ族だけではない。

 筆頭魔人将であるド・ロアは、弱き種族全て族滅しようとするヴィランをなだめて、なるべく多くの魔族を生き残らせようとしてきたと報告に聞いている。


「それは、魔人族の利益のためにやったこと。有能な臣を生かしておけば、後でヴィラン様の役に立つと思ったからだ」

「俺は、貴方が救ってくれたオーガ達に助けられた。だから、貴方達のことも助ける。それだけだ」


 グリゴリ団長からも助命の声があったからこそ、タダシは魔臣ド・ロアを救おうと説得している。


「私はヴィラン様に従い、たくさんの魔族が族滅されるのを見殺しにしてきた。今更、助命されるといっても無残に殺された者は誰も納得すまい……」

「じゃあ、このまま魔人族も滅びるに任せるのか。それが貴方の忠義の道か?」


 そう言われると、ド・ロアは言いよどんでしまう。

 先程まで主君にじゅんじて徹底抗戦ののちに死ぬつもりであったのに、残された魔人族を束ねるにはド・ロアしかいないだろうというタダシの言葉には頷くしかない。


「……わかった。だが、私は情けをかけられようと決して二君にはまみえぬぞ」

「それでいいよ。次期魔王となるレナ姫に従いたくない者もいるだろう。魔界でいろんな考えを持つ魔族達が争わずに共存していくには、そちらにもちゃんと話がわかる人間がいるからね」


 最初から反対勢力が生まれることを予想して、ド・ロアにはその取りまとめをやって欲しいというのだ。

 確かに、力ずくで魔界の全てをねじ伏せようとしたヴィランの取った覇道とは全く違う。


 まるで、我が意に沿わぬ者も温かく包み込むような統治。

 この不思議な男をなんと評したら良いか、魔臣とまで呼ばれたド・ロアですら言葉に困った。


「タダシ王よ。貴方は、何というか……変わった人だな」

「よく言われるよ」


「タダシ王の言うとおり、魔人族の血脈を残せるならば残したい。礼は言わぬが、これは借りとは思っておく」


 縄を解かれた魔臣ド・ロアはタダシに向かって静かに黙礼すると、レナ姫に従わぬ残党を引き連れて魔界へと去っていった。

 戦後の処理や、いまだ辺獄の底に潜んでいる暗黒神ヤルダバオトへの対処など、問題は山積みだが、とりあえず戦は終わった。


 タダシが小さくなっていくド・ロア達の背中を見送っていると、崩れかけた公王の馬車を神輿みこしのようにして担いだオルドス達がやってくる。


「タダシ陛下!」

「おお、公王陛下にオルドス殿もご無事でしたか」


 公国の騎士が掲げるズタボロになった公王の旗が激戦を物語る。


「ハッハッハッ、大勝利だったな。さすがは、ワシが見込んだ婿殿だ」

「大きな被害が出てしまいましたけどね」


 神話のような超常バトルが繰り広げられた結果、王城の前に巨大なクレーターが空いてしまっている。

 戦争で失われた命やこれからのことを思えば、勝ったと喜んでもいられない。


「しかし、これで長らく続いた魔族と人族の戦は終わった。ワシが生きている間にそれが見られるとは思わなかったわ」

「そうですね。そう考えれば、無駄ではなかった」


「後のことは後で考えればいい。今はともかく、共に勝利を祝おうではないか。あの美味い酒も、タダシ陛下の王城にはたんまりとあるのだろう?」

「万が一に備えて城に物資は備蓄してます。公国軍にも頑張っていただきましたし、とっておきの美酒を放出しますか」


 それを聞いて、公王ゼクターは嬉しそうに笑う。


「うむ、めでたい! これで生きている間にマチルダの花嫁姿どころか、子供の顔まで見られそうだしのう」

「お父様。何をおっしゃるんですか!」


「なんだ、結婚式もやるのだろう。そうしたら後は子作りぐらいしかやることはないではないか。この際だから、ワシが生きてる間に孫の顔も見せてくれ」

「そ、それはタダシ様が決めることです!」


 真っ赤な顔をして怒っているマチルダと、公王ゼクターの間にまあまあとタダシは割って入る。


「そうですね。結婚式は、勝ったらやろうと言ってましたし、せっかくですから公王陛下にもご出席願いましょう」

「決まりだな。では、まずは祝杯といこうではないか」


 元気な公王ゼクターに、老賢者オージンが言う。


「公王陛下。お体に障りますから、料理はともかくお酒は控えてもらいませんと。長生きしていただかなければなりませんからな」


 目配せするオージンに、マチルダが嬉しそうに言う。


「さすが、よくぞ言ったぞオージン! お父様が言い出したことですので、孫の顔を見るまでは禁酒です。まだまだ長生きしていただかないといけませんしね!」

「オージンにマチルダまで、せっかくの戦勝の祝いにそれはないではないか!」


 情けない声を上げる公王ゼクターに、みんなは朗らかに笑い声を上げるのだった。

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