第121話「核攻撃を阻止せよ」

 ドラゴン軍団と戦いどんどん落とされている前方の五百匹のグリフォン爆撃部隊とは違い。

 一際高度から迫りくる、後方の五百匹のグリフォン爆撃部隊がいた。


 タダシを乗せるフェンリル、クルルは聡明である。

 何も言わずとも、だいたいの当たりをつけてそっちに向かって駆けてくれていた。


「一発か」


 あの後方のグリフォンの群れが抱えるどれか一発に核爆弾がある。

 皇太子ゲオルグの言った言葉がどこまで本当かもわからない。


 しかし、今はその敵の言葉を今は信じるしかない。

 疾走するクルルの上で、タダシは魔鋼鉄の鍬を握って、目を閉じた。


 ハーモニアの街に向かって飛んでくるグリフォンの持つ五百発の爆弾の中から、一発だけある核爆弾を探し出そうなんてことは人間には不可能だ。

 だから、神々に祈りを捧げるしかなかった。


 目を閉じたタダシは、クルルとともに一陣の風となる。


 ドカァァン! ドゴォオオン!


 次々と放たれる爆弾の轟音も、集中したタダシには聞こえなくなる。

 感じるのは熱だ。


 地表のすべてのものを焼き尽くさんとする、グリフォン達が抱える爆弾の熱。


「神様、どうか俺に力を貸してください!」


 五月雨のように降り注ぐ爆弾の中を、タダシを乗せたクルルは駆ける。

 奇跡は起きた。


 神々の願いを一身に受けたその肉体は光りを増し、七十もの農業神の加護はその神力をオーバーフローさせる。

 タダシが振るう鍬は虹色の閃光を放ち、その光に巻き込まれた爆弾はなんと美しき華へと姿を変えた。


 しかし、その美しき花びらを散らせんと迫る暗黒神ヤルダバオトの禍々しき力の波動を感じる。

 それが故に感じ取れた。


 あの禍々しき渦の向こう、たった一発で全てを吹き飛ばす恐ろしき威力を秘めた爆弾の熱量を!

 カッと目を見開くと、タダシは叫んだ。


「クルル、あそこだ!」

「くるるるる!」


 タダシの指を指した方向に、思いっきり地面を蹴って飛ぶクルル。

 ドラゴンですら恐れる、伝説の魔獣フェンリル。


 まるで弾丸のようにギューンと超音速で飛ぶクルルの勢いに、グリフォン達も思わず怖気づいてよけるほどであった。

 五百匹のグリフォンの、一番上にいた一際大きな羽根を持つグリフォン。


 今まさに放たれたその大きな黒い爆弾こそが、原子爆弾であった。

 下から飛び上がったタダシ達と、原子爆弾がすれ違う瞬間、タダシは祈るように鍬を一閃する。


 キンッ!


 音を立てて、禍々しく黒光りする大きな爆弾が真っ二つに割れて落ちていく。

 タダシが切ったのは、極めて原始的なガンバレル方式と言われる原子爆弾である。


 ウランを臨界量に達しない程度に二つに分けて筒の両端に入れておき、それを爆弾によって合体させて超臨界させて起爆させる極めて単純な構造。

 そうであるから、ウランが合体しないように真っ二つに切れば起爆しない。


 前世はただのサラリーマンだったタダシが、その理屈を知っているわけもないのだが……。


「あのアニメ、見といてよかった」


 タダシがそれをなせたのは、子供の時に見たアニメの知識であった。

 なんとなく真っ二つにしたら起爆を阻止できるだろうという感覚だけでやったのだ。


 それで、たまたま何とかなってしまったのは、まさに神々の加護としか言いようがない。

 真っ二つに割れた原子爆弾は、農業神クロノスの神力によりまたたく間に堅き樹皮で固められて封印される。


「王様! 助けにきたよ!」

「俺達に任せろ!」


 そこに小竜侯ワイバーン・ロード デシベルと竜公ドラゴン・ロードグレイドが応援に駆けつけてくれた。

 少年少女の見かけに関わらず、凄まじい力を持つ二人は、竜の咆哮を上げてグリフォンに襲いかかる。


 頼もしい二人の活躍によりグリフォン爆撃部隊は散り散りとなり、一気に総崩れとなった。

 最大の脅威であった核爆弾を片付けて、ハーモニアの街へと帰還したタダシ達であったが……。


「聖王様!」


 待っていたのは、胸から血を流して倒れていた聖王ヒエロスであった。


「す、すまぬ。タダシ陛下、娘が……」


 こちらも、満身創痍のシンクーが説明する。


「皇太子ゲオルグに、聖姫様がさらわれてしまったニャ! この騒ぎに乗じてそうすることがあいつの目的だったニャのに、うちとしたことが!」


 不甲斐ないと涙を流して謝るシンクーに、タダシは言う。


「シンクー達は、傷ついたみんなの世話を頼む」

「タダシ陛下はどうするつもりニャ?」


「大丈夫だ。あいつの行き先はなんとなくわかる。逃げたのは向こうだろ」

「そ、そのとおりニャ。悪魔の兵器の阻止といい、タダシ陛下の神力には驚かされるニャー」


 普段知る優しいタダシとは様子が違った。

 シンクーですら、総毛立つほどに今日のタダシは怒っていたのだ。


「よし、後は俺に任せてくれ。行ってくれるな、クルル!」

「くるるるる!」


 タダシは、再びクルルに飛び乗ると、シンクー達に叫んだ。


「必ずアナスタシアさんを取り戻してくる!」


 皇太子ゲオルグは、許されないことをしたのだ。

 タダシは、魔鋼鉄の鍬を持つ手に力を込めて怒りに震える。


「くるるる?」

「ああ、大丈夫だクルル……」


 気遣うように鳴くクルルの頭を撫でて、タダシは心を鎮めようと努力する。

 抑えがたい怒り、これほどの怒りを感じたのはタダシも初めてだった。


 天の神々もタダシとともに怒っている。

 だから、皇太子ゲオルグが逃げた方向をタダシは感じられるのだ。


 神々に成り代わって、必ずやあの男を討ち果たして見せるとタダシは心に誓うのだった。

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