第112話「敗北の帝国」

 数多くの領邦国家を束ねるアヴェスター大陸随一の強国。

 北の帝国を治める偉大なる皇帝フリードリヒは、自慢の口髭を揺らしながら絶叫していた。


「あれは、絶対に負けられない戦であった。なのに、どうしてこうなるのだぁああ!」


 帝国の権威の象徴であるたった二隻しかない超弩級戦艦の一隻を沈められて、這々の体で帝都ヴェルダンまで逃げ帰ってきたのだ。

 まさに文字通りの敗北である。屈辱の極みだ!


 実は、もう一隻の超弩級戦艦ヤマトの方には皇帝自らが乗り込んでいた。

 当たり前だ。


 帝国の命運を分ける一戦のつもりで、出し惜しみはなしで総力戦で行ったのだから。

 帝国の戦は常にそうだ。


 叩くと決めたら、最大戦力を叩きつけて一気に粉砕する。

 帝国には圧勝しかありえぬし、圧勝しか許されぬ!


「それなのに負けた……」

「だから、逃げずにあのまま全艦突撃させようって言ったんだ」


 息子の皇太子ゲオルグが、不満げに金髪をかきあげながら言う。


「バカを申すな! あそこで突撃させて勝てたとて、万が一超弩級戦艦ヤマトまでが落とされれば帝国の盛名は地に落ちていたのだぞ!」


 圧倒的な力を誇る超弩級砲。

 その脅威があってこそ、帝国は数多の領邦国家を支配下に治められているのだ。


 その一隻が落とされたというだけで、属国は動揺している。

 帝国は、本当に世界最強なのかと疑われている。


「帝国の盛名なんざどうでもいい! 俺の名誉はどうしてくれる! タダシとか言うどこの馬の骨かもわからんやつに、大事な許嫁を取られたんだぞ!」


 このバカ息子が! と、罵りたくなる言葉をなんとか抑えた。

 この皇太子は、久しぶりに帝国に生まれた神に愛されし転生者なのだ。


 その価値に比べれば、生れつき粗暴で口が悪く、強欲であることなどまったく問題ではない。

 若くして、酒色に溺れ正妻もおらんのにハーレムを作りまくっていることもかまわん。


 皇室の血筋を残すのは皇帝の仕事であるし、闘神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターの力を振るって、城下で暴れまわっているのは頼もしいぐらいだ。

 しかし、次期皇帝であるのに、国家の経営というものがわかっていないのは困る。


「聖姫アナスタシアの件は、こちらから聖王国の方に正式に抗議の使者を送っているところだ」

「その、聖王国から連絡が来てたぞ」


 なんだと、手紙を取り上げると皇帝フリードリヒは、読んで怒りに震える。


「なんだこれは……。アヴェスター大陸の南半分がまとまる大同盟だと! こんなこと許せるはずがない!」

「帝国にも、タダシ王国との和平交渉の誘いがあったがどうする?」


「ふざけるな! そもそもが偉大なる帝国はタダシ王国などという国の存在は認めておらぬ! 逆賊タダシの首を持ってくるなら、服属には応じてやると言っておけ!」

「しかし、親父。このままじゃ苦しいな」


 それは、皇太子のゲオルグに言われずともわかっている。

 タダシ王国の側は、すでに大陸の南半分を味方としている。


 しかし、帝国はいまだに魔族との戦いもあり、タダシ王国と聖王国の両方を敵に回して戦うのは無理だ。


「ああ、クソ! クソ! なんでこんなことになった」


 皇帝フリードリヒは金髪の頭をかきむしる。

 指にはごっそり髪の毛がついていた、最近どんどん薄くなってきたというのにこのままではハゲてしまう。


「オヤジ、超弩級戦艦ムサシを轟沈させたあのやり方は、航空戦術というやつだ。対空砲火もない戦艦は、空からの攻撃に弱い」

「お前は、なんでそれを先に言わんのだぁあああ!」


 皇帝フリードリヒは、怒りのあまり骨董品の机を拳で叩き割ってしまった。

 この皇帝も息子と同じく、闘神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを受けており、かなりの強者である。


「俺だって口惜しいが、あの場で言って、どうにもなるものでもないだろ。それに、力押しではどうにもならんってのはオヤジの判断だったんだろうが!」

「それは、そうではあるが……」


「超技術を出し惜しみする帝国の家訓は、なんとかならんのか。俺と同じ世界からの転生者らしいタダシは、力の出し惜しみなんかしてないじゃないか。このままじゃ本当に負けるぞ!」


 帝国の力の源は、過去に転生者を大量輩出しており、盛んに神に愛されし転生者を集めたためにできた技術的格差であった。

 しかし、これはおそらく魔国の側もそうであろうが、転生者が作った優れた技術を外に出してしまうと、技術的優位性は失われてしまう。


 だから、次第と出し惜しみするようになったのだ。

 聖王国などには、武器や船を売ってもいるが、それも二段階ほど落とした物のみを許可している。


 これが、いくら神々が世界に転生者を送っても世の中が良くならない要因の一つとなっている。

 しかし、そんなことは帝国にとって知ったことではない。


 自分達が絶対的支配者として君臨できれば、下々の者などどうなろうが知ったことではないのだ。

 しかし、あの大野タダシという辺獄の王となった転生者は違った。


 転生者の技術を惜しみなく民に教え、自分の能力をフル活用して大量の食糧をばらまいて民を救っている。

 おおよそ、これまでの戦争の常識を根底から覆す危険な存在。


 このまま生かしてはおけない。


「わかった、この危機に対処するには、考え方を変えねばならんということだな」

「話が早いぜオヤジ。この俺の転生者としての知識と、帝国の遺産である超兵器があれば、あんなやつにいいようにはさせねえよ!」


 皇太子ゲオルグはそう請け負って見せるが、それだけでは心もとない。

 闘神ヴォーダンのように、帝国に味方してくれる神もいるが、創造神アリアを始めとした多くの神々がタダシに加護を与えているという。


 この不利な盤面を覆すのに、まだ駒が足りぬであろう。


「暗黒騎士グレイブを呼べ! この状況を一変させる暗黒神ヤルダバオトの神意とやら、話させてみようではないか」


 藁にもすがる思いとはこのこと。

 本来ならば、そんな怪しげな男の話すことなど皇帝フリードリヒは一切耳をかさないのだが。


 あのタダシに二度も敗北しながらも生き残り、暗黒神ヤルダバオトとやらの神意を受けたという男の奇妙な言葉を聞いてみることにした。

 それが帝国の、いやアヴェスター世界そのものの命運を変えることになるとは、神々ですら知る由もないことであった。

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