第113話「神々の黄昏」
聖都アリアナに留まっていたタダシ達に届いた帝国からの返答は、和平交渉を拒否してタダシ王の首を差し出すなら許してやるという無茶苦茶なものだった。
これはまあ、弱みを見せたら一気に常勝不敗の伝説が崩れる帝国の対応としては予想通りだとも言える。
しかし、不思議なのは平和条約には賛同して魔国との休戦には応じると言ってきたことだ。
意味がわからない。
「シンクーこれって、どういうことなんだ?」
タダシにわからないことは、商人賢者であるシンクーにでも聞くしかない。
シンクーは猫耳を可愛らしく伏せて言った。
「わからないニャー。それこそ、帝国と魔族は五百年ずっと争ってるはずニャー。いきなり休戦なんてできるはずもニャいのに」
「まあいいか、戦争が減るならそれに越したことはない」
それこそが、タダシ達が求めていることなのだ。
そこに、聖王ヒエロスと、聖姫アナスタシアが血相をかえてやってくる。
「タダシ陛下、大変なことが起こった」
「アリア様が! とにかく奥の聖堂へと来てください!」
二人の尋常でない様子に、タダシ達は腰を上げて奥の聖堂へと入る。
聖都の象徴たる大神殿の奥の院、そこは本来、
荘厳なる古き聖堂は、人類発祥の時より変わらず維持されていると言われる。
その静謐な姿に、タダシ達各国首脳も自然に頭が下がるが、今はそれどこではなかった。
「アリア様が泣いている……」
創造神アリアの像が、涙を流していたのだ。
「タダシ様」
「ともかく、神様達に聞いてみよう。マール、準備を頼む」
タダシの妻であり料理長である妙齢の獣人マールは、神降ろしの儀式をすべく、調理場を借りてさっそく料理を始める。
「はい!」
「まさか、お土産を買ってたのが役に立つと思わなかったね」
少し時間があったので、聖王国の豊富な作物を市場調査してお土産を買い漁っていたところなのだ。
いずれ神々にも捧げようと思っていたが、こんなにすぐ役に立つとは思わなかった。
聖王国産の清酒をお神酒として持ってきて、せっかくなら地のものをと思い聖都アリアナの名物であるタコを使った料理を並べる。
タコの酢漬けから始まり、刺身、天ぷら、タコ飯を作っていく。
タダシは明石焼きまで作っていく。
いきなり料理大会が始まり、各国の代表者は驚きを隠せない。
しかし、これが噂のタダシ王の神降ろしなのだと聞くと、みんな神妙な顔つきになり料理の手伝いを申し出た。
「しかしアナスタシア、聖王国の宗教儀式とかは全く違うの」
「これがタダシ様のやり方なのです」
面食らっている聖王ヒエロスではあったが、その言葉に本来の神への供物の捧げ方はこうであったのかとも思う。
長い歴史の中で忘れさられてしまった儀式なのだ。
料理の準備が整い、タダシが手を合わせると。
アリア様の神像に光が降りてきて、農業の神クロノス様が神妙な顔で現れた。
「おお、タダシよ。よくぞ変事に気がついて呼んでくれた」
続いて、憂鬱そうな顔の鍛冶の神バルカン様、癒やしの神エリシア様。
「まったく酒でも飲んでおらんとやりきれんのお」
「食べながら、今後の方策を考えますか」
知恵の女神ミヤ様、英雄の神ヘルケバリツ様。
二人とも、怒り狂っている。
「ウチとしたことが、失敗やったわ」
「まったく、恥知らずどもめが……」
最後に、魔物の神オード様と、始まりの女神アリア様が現れる。
「ガルルル」
「タダシよ。この度は、迷惑をかけます」
いきなり、創造神であるアリア様に頭を下げられてタダシは驚く。
「どうされたんですか、アリア様」
言いづらそうな始まりの女神アリア様を慮ったのか、農業の神クロノス様が言う。
「それは、ワシから説明する。天界で、神々の反乱が起こったんじゃ! 帝国に味方した闘神ヴォーダンを始めとした六神が、新たに暗黒神ヤルダバオトを柱として
「なんと……」
神々の戦争が起こったのか。
タダシ達には、想像を絶する話である。
「そればかりか、口惜しいことにその反乱に魔族の神ディアベルも加わっておることじゃ! あいつタダシへの恩を仇で返しおって!」
魔族の神ディアベルが裏切ったと聞いて。
この場にいる魔族の神の信徒である魔王レナ達は、真っ青になった。
農業の神クロノス様は、思い出すとムカムカしてくるのか今にも暴れだしそうで、英雄の神ヘルケバリツ様が押さえつけて、知恵の女神ミヤ様がなだめように酒を飲ませた。
「まあまあ、爺さん。まずは一杯やれや」
「酒なぞ飲んでおる場合か!」
「落ち着けや。向こうには魔国が二国もあるんや、ディアベルは、敵方に魔族の三分の二が取られた形なんやからどうせ脅しでもかけられたんやろ。爺さんかて、タダシを人質にされたらどうする?」
「グッ、それは……」
「悔しいのはウチらも一緒や。これまで一緒に戦ってきた仲間なんやから、心まで向こうに寝返ったわけやないやろ。おい、ここにディアベルの代理人がおったよな」
そう言われて、魔族の神を奉ずるサキュバス。
シスターバンクシアが、知恵の神ミヤ様の前にひれ伏す。
「ここにおります」
「ディアベルが向こう側にいったとして、お前ら魔族も帝国の側に寝返るか?」
「いえ、私達はもうタダシ陛下と一蓮托生です。そうあるようにと、ディアベル様にも言われております」
魔王レナ達、アンブロサム魔王国の人々も当然それに続く。
「よっしゃ。お前らは、それでええとも。ディアベルも、タダシの敵側についてもお前ら魔族には危害を加えられんと思ったから向こうに行ったんやろ。考えようによっては、獅子身中の虫を送り込めたとも言える」
知恵の神ミヤ様がそう言うと、神々は酒を酌み交わしながらあーでもないこーでもないと相談を始めた。
いまだに困惑するタダシに、始まりの女神アリア様が言う。
「此度のこと、このアヴェスター世界の主神としての私の不徳の致すところにて、タダシには申し訳ないことをしました」
「いえいえ、アリア様が謝らないでください。俺は、何があってもこの世界に呼んでいただいてよかったと思ってますから」
そのおかげでタダシは、幸せに生活することができているのだ。
「
神代戦争とは、神の代替わりを求める戦争でもあり、神の代理人による地上での戦争でもあるのだろう。
だんだんと、タダシにも話が読めてきた。
「それは構いませんが……」
「ええ、平和を愛するタダシには申し訳ないとは思います」
商人賢者のシンクーが目配せしてきたが、言われなくてもタダシにもわかる。
タダシが天の神の代理であるなら、地の神の代理は北の帝国の皇帝となるわけだろう。
天界の神々が二つに別れたように、地上の大陸も北と南で真っ二つに割れた。
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