第114話「三国連合」

 帝都ヴェルダン。帝宮の広間。

 偉大なる皇帝フリードリヒは、帝宮の大きな庭に集結する禍々しき魔王国の軍団を見て、自慢の口髭を揺らしながら大笑していた。


「フハハハハッ、見よゲオルグ。あの強大な軍勢を! これならば、タダシ王国に勝てるぞ!」


 皇帝達の眼下に居るのは、鷲の上半身とライオンの下半身を持つ最強の魔獣グリフォンの軍団。

 そして、おどろおどろしいドラゴンゾンビと、それらを使役する屍兵の軍団であった。


 息子の皇太子ゲオルグが金髪の前髪をかきあげながら不満げに言う。


「確かに強そうだけどよぉ、陰気な魔族どもの力を借りようなんて、俺は気に入らねえけどな。帝国の超兵器があれば、余裕じゃねえのかよ」

「そこの聖王国の暗黒騎士グレイブが申したであろう。この戦いはもはや、世界最終戦争ラグナロクであるのだと!」


 側に控えている暗黒騎士グレイブが追従する。


「ハハッ! 闘神ヴォーダン様を始めとした六神が、暗黒神ヤルダバオト様を柱として地上から世界を変革する。その偉大なる神々の執行者としてフリードリヒ陛下は選ばれたのです!」


 その壮大なる言葉は、派手好きの皇帝フリードリヒを満足させるものであった。

 世界最終戦争ラグナロクという大義を示すため、この広間には帝国の支配下にある大海の神ポセイドン様の神殿司祭、幸運の女神フォルトゥナ様の神殿司祭も呼ばれている。


 立派な口髭を揺らしながら言う。


「聞いたかゲオルグ。我ら最強のヴェルダン帝室こそが、地上における唯一の支配者となるのだぞ! ほどなく、アダル魔王国やアージ魔王国の魔王も来られる。すでに三国連合は決定事項なのだ。気に入らぬなら、下がっておれ」

「へいへい……」


 政治などに興味がないゲオルグは、ハーレムの女達が待つ自分の宮殿へと帰っていく。


「ふんっ!」


 不満げに鼻を鳴らすフリードリヒのもとへ伝令が走る。


「歓喜の魔王ボルヘス陛下! 腐敗の魔王サムディー陛下! ご到着!」

「おお、いらしたか」


 おどろおどろしい瘴気を放つ二名の魔王が、魔族の神ディアベル様の神殿司祭を引き連れて広間に入ってきた。


「どうもお初にお目にかかります、アダル魔王国を治めます魔王ボルヘスと申します」


 優雅に胸に手を当てて礼をしてみせるのは、紳士的な燕尾服に身を包んだ男であった。

 まるで執事のような上品な雰囲気だが、その頭は白い鷲である。


 魔王ボルヘスは、最強の魔獣の一つグリフォンが人化したグリフォン・ロードなのだ。


「腐敗の魔王サムディー。神意により参った……」


 そう言うのは、黄土色のローブを身につけたピエロの仮面の男。

 ローブと仮面で身を包んでいても、強烈な腐臭だけは隠せない。


 アージ魔王国を治める魔王サムディーは、最強の種族ドラゴンですら恐れるというあらゆる種類のゾンビを統べるゾンビ・ロードである。


「よ、よくぞ来てくれた。さあ、どうぞこちらに腰掛けてくれ」


 強大な魔王二人に、さすがに皇帝フリードリヒも若干声が震えながらも椅子を勧める。

 帝宮の兵士などは足を震わせて、腰を抜かすものすらいるのだから無理もない。


 鷲の顔をした魔王ボルヘスは黄色いくちばしを鳴らしながら言う。


「カカカッ、皇帝陛下。そう緊張なさらず……といっても、無理ですかなあ。腐敗の魔王サムディーときたら、凄まじい腐臭ですから。花まで萎れるとはこのこと」


 そう言って、鼻を白い手袋をはめた手で押さえて見せる。

 確かに、魔王サムディーの瘴気で、大テーブルの上に飾られた花はみんな萎れてしまっていた。


「むっ……」


 不満げに唸る魔王サムディーに、皇帝フリードリヒは怒らせて大丈夫なのかとさらにビクビクする。

 実のところを言えば寡黙な魔王サムディーは、これでも時と場所を考えており、人間に一番気に入られそうな陽気なピエロの仮面をかぶってきているのだが、それが余計に不気味さを増していたりする。


 人間に全く通用しない魔族ジョークで、魔王ボルヘスが笑いながら言う。


「場を和ます冗談はさておき、こうしてタダシ王国に対抗する連合がまとまったのはめでたいことです」

「うむ……」


 魔王ボルヘスに、魔王サムディーも頷くのをちらりと見て言葉を続ける。


「我がアダル魔王国としても、帝国とほとんど事情は変わらぬのですよ」

「と、言うと?」


 皇帝フリードリヒが聞き返すのを見て、魔王ボルヘスは手を広げて言う。


「我らグリフォンは、歓喜都市バッカンテで我らだけが豊かに楽しく暮らせればいい。魔王サムディー達アージ魔王国とて事情は同じ、我々はタダシ王国の唱える平和など望んでいない」


 魔王ボルヘスの言葉に、魔王サムディーも頷く。

 聡明な皇帝フリードリヒは、その言葉だけで察した。


「そうか、魔王国の側も、我が帝国と事情はほとんど同じだったのだな。もう少し早くこういう会談を持つべきであったか」


 それに、鷲の頭を左右に振って魔王ボルヘスが言う。


「こんなことがなければ、我々は大陸を分割統治するプレイヤーとして相争ったままでよかったのですよ。しかし、タダシという男はそのバランスを崩そうとしている」

「神意に逆らうもの許すまじ……」


 その言葉に、皇帝フリードリヒは勢い込んで言う。


「そこだ! 神意は我らにある。余は、この帝都ヴェルダンに暗黒神ヤルダバオト様を中心とした、七神の大神殿を建てることにした。そのために、こうして司祭の方々にも集まってもらったのだからな!」


 魔王達もそれに頷く。


「それでだ! 帝国中から民を集めて信仰力を集めて神々の力を高める。それと同時に、軍勢を整えて神々の力を得た我らが、三方から一気にタダシ王国を包囲殲滅する!」


 魔王達が拍手した。


「素晴らしい大戦略かと。それこそ歓喜の神ディオニュソス様も望むところ。我らも全力で協力いたしましょう」

「それこそ、腐敗の神ゲデ様の神意……」


 こうして、三国連合の方針は決した。

 皇帝フリードリヒは、勢い込んで手を振りかざした。


「それでは、大陸の北半分を掌握する連合はここに成った! 神意に基づき! 余らが力を結集して世界最終戦争ラグナロクを成就するものとしよう!」


 こうして三国連合は予定通りにまとまり、皇帝フリードリヒは勝利を確信するのだった。

 

     ※※※


 そんな地上の会議の姿を眺めている神々の姿がある。

 地上とは別の次元に存在する、暗黒神ヤルダバオトの作った暗黒神の神殿。


 そこに集まった六神の一人。

 金髪金眼で黄金の鎧を身にまとい、闘神の大斧を持つ闘争の神ヴォーダンが言う。


「上手く行ったな。これで世界最終戦争ラグナロクが始められる!」


 淡い金髪の髪に鮮やかな花の冠をつけている歓喜の神ディオニュソスは、微笑みながら言う。


「まったくです。これでまた面白いことが起こりますよ」


 黄土色のヘドロにまみれた腐臭を漂わせる死神、腐敗の神ゲデが言う。


「グブブ……平和など、我ら神々には何の得もなし」


 暗黒神の宮殿の中央にいる、黒い塊に向かって闘争の神ヴォーダンが言う。


「暗黒神ヤルダバオトよ! お前の封印を解くのに、一番手柄があったものが次の世界の主神でいいのだな?」


 黒い塊から、そうだという声が返ってくる。

 歓喜の神ディオニュソスは言う。


「私が勝てば、世界を真っ赤な薔薇で埋め尽くしてやりましょう」


 腐敗の神ゲデが言う。


「グブブ……美しき花を育てる土は、腐敗あってのもの。戦争もまた同じ、命は循環されねばならぬ」


 闘争の神ヴォーダンが言う。


「戦争はまず勝つことが肝要よ。世界の主神たるも魅力的だが、何よりも憎き英雄の神ヘルケバリツに、眼にものを見せてやろうぞ!」


 闘争の神ヴォーダンは、英雄の神とキャラかぶりしており、そのせいで信者が向こうに取られてしまって逆恨みしているのだ。

 三神はそれぞれに創造神アリアの統治に反発する理由があり、それが故に暗黒神ヤルダバオトの誘いに乗ってしまった。


 そして、そこから少し離れて三人の神々がいる。

 こちらはどちらかと言えば理由があって巻き込まれた形だ。


「魔族の神ディアベルも大変よの。ワシと同じく信者が人質に取られた形なのだから……」


 そういうのは、長い白髪に髭の大男。

 大海の神ポセイドンだ。


 荒ぶる神として日本でも有名だが、もはや神としても年老いた彼はいまさら世界の主神になろうという野望などなかった。

 今は、穏やかなアヴェスター世界の大海を行き交う海の民を守れればそれで良かったのだが、それら信者の多くが帝国の支配民とあっては従う他なかった。


「仕方があるまい、神は信者の祈りに動かされるもの。平和を望む者も、乱を望む者も、我らの信者よ……」


 そう応える魔族の神ディアベルに、大海の神ポセイドンは大きな肩をすくめるようにしてぼやく。


「しかし、主神の代替わり、世界最終戦争ラグナロクか。ワシが元いた世界でもあったことだが、幸運の女神フォルトゥナはどう思う?」


 ウエーブのかかった桃色の長い髪に、青い瞳をした大変美しい女神フォルトゥナは歌うように応える。


「全てはこの運命の輪の示すとおりに」


 幸運の女神フォルトゥナの持った運命の輪の付いた杖は、勝利を指し示すという。

 そこに、闘争の神ヴォーダンがやってきて、幸運の女神フォルトゥナの肩を抱こうとする。


「もちろん、運命の輪は我らの勝利を指し示すよなフォルトゥナ!」


 それを、するっとかわして幸運の女神フォルトゥナは運命の輪を回しながら言う。


「運命は引き寄せるもの。だから、私も引き寄せられてここに来たのですよ」

「なるほど。これも運命の定めであるなら、やはり我らの勝利は間違いないということだ! フハハハ!」


 そう高笑いする闘争の神ヴォーダンを、幸運の女神フォルトゥナは面白そうに眺めるのだった。

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