第四部 第一章「傷ついた帝国の威信と世界新秩序」

第111話「聖都アリアナ平和条約」

 タダシ達一行は、聖王ヒエロス・アヴェスターに招かれて、聖都アリアナへとやってきていた。


「聖王様、お招きいただきありがとうございます」

「タダシ陛下に来ていただいて、こちらも嬉しい限り。ともに手を携えることで、新たなる平和な時代の第一歩としよう」


 タダシ達だけではく、聖都アリアナには大陸の多くの国の代表が集まり、新しい平和条約が締結されようとしていた。

 人族発祥の地であり最古の大国である聖王国と、もっとも新しき大国であるタダシ王国とが共同で、アヴェスター大陸におけるあらゆる種族の平等と種族の違いによる争いを根絶しようと宣言するのだ。


 そこに、もとよりタダシ王国に従っていたアンブロサム魔王国の魔王レナ、フロントライン公国の公王ゼスターも加わる。

 そしてもう一つ、平和条約に加わった集団があった。


 大陸の第三勢力たる自由都市同盟を形成する都市の半分、かつて聖王派都市と呼ばれていた西派、南派の市長達だ。

 南派の代表であったド・ブロイ市長が大宰相リシューの命令でタダシ王国との国交を断絶させようとして、革命によって討たれた。


 その混乱を、公王の娘でありタダシの妻であるマチルダ・フォン・フロントラインが率いる公国軍が治めてくれたために自由都市同盟の西派、南派の都市はタダシ王国へと従うことを決めたのだ。

 タダシは、大任を終えたマチルダをまず褒める。


「マチルダ。よくやってくれた。おかげで助かったよ」

「はい! お役に立ててよかったです」


 金髪の巻毛を揺らした聖騎士マチルダは碧い瞳に涙を浮かべて、万感の思いを込めてタダシに跪く。

 これでようやく、いくらかでも過去の汚名をそそぐことができた。


 タダシは、自由都市同盟の代表に向かって挨拶する。


「ナーセルの市長テレサさんでしたか。よく来てくださいました」


 二十四の都市国家を代表する、鉱山都市ナーセルの市長テレサは、三十代半ばの女性である。

 都市代表としてはかなり若く、自ら剣を取って戦う苛烈な女性であるため、女傑テレサと呼ばれている。


「こちらこそ、タダシ陛下がドラゴンの被害を抑えてくださっている事に、感謝しかありません。この度の南部の乱の平定と、都市国家の自由独立の保証も重ねて感謝いたします。我ら自由都市同盟の二十四都市は、タダシ陛下の平和宣言に従います」


 タダシの差し出した手を握手して、テレサは笑う。


「こちらこそ、よろしくおねがいします」

「自由都市同盟の残りの二十四都市、帝国に加担している北派、東派都市の代表は来ておりませんが、こうして手紙だけよこしております」


 タダシは、手紙の束を受け取る。


「なるほど……」


 その場で手紙を読もうとするタダシを止めて、テレサは苦笑して言う。


「その手紙はみんな一緒で、北派、東派は帝国の手前もあって平和宣言には加われないが、タダシ王の平和を望む尊いお心には同意するとの内容です。状況によっては、こちらの味方になるかもしれませんよ」


 ふむ、どういうことだろうと考えるタダシに、商人賢者のシンクーが耳打ちする。


「どうした、シンクー」

「テレサさん達は、タダシ陛下の意向を汲んで平和に向けて尽力してくれたニャー」


 タダシの知恵袋であるシンクーの説明では、自由都市同盟が半分に割れるのはいつものことで、それによって戦力の均衡を保って無駄な争いを止めようとしているそうだ。

 まさに、いまタダシ達がやろうとしていることもそうであるので、それこそタダシ達が望む平和の意図を正しく理解していると言えた。


「なるほど、わかりました。テレサさんも都市代表の皆さんもありがとうございます! では俺達は、大陸の平和協調を宣言して世界に呼びかけていくこととしましょう!」


 タダシがそう言うと、各国の代表は万雷ばんらいの拍手を送る。

 終始和やかな雰囲気で、アヴェスター大陸の南半分をまとめる平和条約は滞りなく結ばれた。


 同時に各国の友好と経済的な相互援助も約束された。

 その手始めとして、聖都アリアナにはタダシ王国の国力を見せつけるように莫大な食糧や物資が届けられている。


 これにより、明日の食べ物に困っていた難民達や下層民達が救われ、街は活況に湧いていた。

 タダシが連れてきたフェンリルのクルルや、大人しく言うことを聞いて物資の輸送を手伝っているドラゴンやワイバーン達の姿も評判となっている。


 それは何にも増して、人族と魔族がともに共存できる新しい平和の時代が来たのだと示すものであった。

 しかし、それを快く思っていない者たちもいる。


 各国の代表が集まる会場の端っこに追いやられている、かつての教会の主流派であった白騎士達であり支配者であった教会貴族達だ。

 その代表たる神聖騎士団のマズロー騎士団長と、教会貴族の保守派の代表格であるダカラン大司祭は、ホストとして歓談する聖王ヒエロスに声をかけた。


 新たな聖王となる聖姫アナスタシアに取り入ろうにも、周りは新しい方針に従う新閣僚や月狼族の騎士達に取り囲まれており、取り付く島もないので聖王ヒエロスにすがるしかない。

 しかし、そんな嫌味をグチグチと言われても聖王ヒエロスも辟易へきえきするばかりだ。


「このめでたき日に、そなたらはまだそのようなことを言っているのか!」

「しかし聖王陛下! 流れ者の獣人を騎士にして側に置くという聖姫様のなさりよう、あんまりではありませんか……」


「何が不満なのだマズロー。お前達白騎士には、引き続き神殿の警護を任せておるではないか」

「しかし、しかし! 勝手に人族以外を兵士として神聖なる聖王国軍に雇い入れるなど、これでは我ら神聖騎士団の名誉はいかがなります!」


 憤然と言うマズロー騎士団長の言葉に頷き、ダカラン枢機卿も続ける。


「さよう、マズローの申す通りです。聖姫様のこたびの改革。我らとて趣旨は理解しました。しかし、古来よりの人族主義を急に変えると言われましても、国内がついていけません」


 それに対して、聖王ヒエロスは毅然と言う。


「難事は百も承知である。だが、世界がより良い方向に変わることを創造神アリア様は望み、タダシ王はそうなさろうとしている。その壮挙に我らも加わらねばならぬと、何度も話してきたことではないか」

「しかし、聖王国は古き国でありますれば……」


 いつまでもグチグチと言い募るダカラン大司祭達を、聖王ヒエロスは一喝した。


「その結果が、聖王国の艦隊と騎士団の半分を失う大惨事となったのだぞ。もしやそなたらは、大宰相リシューの愚行を繰り返す気ではあるまいな!」


 そう言われると、マズロー騎士団長もダカラン大司祭も「滅相もない!」と平伏するしかない。

 しかし、保守派は聖姫アナスタシアが掲げた改革路線にとてもついていけない。


 それに、保守派の代表格であるダカラン大司祭などは、リシュー派が消えたのだから自分が次の宰相になれるとばかり思っていたのに当てが外れて面白くはないのだ。

 話を打ち切るように、聖王ヒエロスは決然と言う。


「余は、人族と魔族がともに平和に暮らすタダシ王国を直接見てようやく目が覚めたのだ。そなたらも心を入れ替えることだ。そうでなければ、聖王国は神々の恩恵を失ってしまうぞ!」


 アヴェスターの神々を引き合いに出され、聖王ヒエロスにそう言われてしまえば、教会貴族達は平伏するしかない。

 良く言えば温厚、悪く言えば教会貴族達の言いなりだった聖王ヒエロスの変わりように、二人は顔を見合わせてトボトボと退出するしかなかった。


 こうして国内の抵抗はありつつも、古き聖王国は徐々に変わろうとしている。

 そして、タダシ達の大陸の平和と協調を高らかに謳う宣言は、大陸の北側にある帝国や魔族の国にも伝えられることとなった。

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