第4話「農作業を始める」☆
タダシが北の森の間近までいくと、遠目から見るとただの枯れた木に見えた魔木が凄まじいものであることに気がついた。
まるで地中から逆さまに根っこが生えているような黒い巨木で、幹が異常に太く凄まじく硬い。
そんな木でも枝が折れることはあるらしく、落ちていた魔木の棒を拾ってみたがまるで鋼の棒のようだった。
不気味な魔木と枯れ草しかない荒涼とした森ではあったが、神様の言いつけ通り入念に探してみると、様々な有用な植物の種を発見することができた。
「どうじゃ、探せば結構あるもんじゃろ」
農業の神クロノスが楽しそうに言う。
「ええ、驚きました」
タダシが拾い集めたのは、ヒノキの種、椎の実(ドングリの小さいやつ)、アブラナの種、タンポポの種、牧草の種、エリシア草の種、魔木に巻き付いていた黒いツタ、ハタケシメジ、動物の骨、黒く硬い石、魔木の枝、そして大量の枯れ草。
「いいかタダシ。植物は強いんじゃ。こんな荒れ果てた土地にも、植物の種は風や獣に運ばれてどこからでも飛んでくるもんじゃ」
「なるほど、それにしても農業の加護はすごいです。種の品種までわかるんですね」
一部、名前だけでどんな効果な物かわからないものもあるが、種を見ただけでどんな植物かわかるようになっているのに驚いた。
おかげで毒のあるものは避けられるからありがたい。
「高ランクの加護を持つ者が、専門分野の鑑定ができるのは当たり前じゃからな」
「このエリシア草というのだけわからないんですが」
「ああ、それは大当たりじゃな。癒やしの女神エリシアの名を冠する、最高級の薬草じゃ」
「そんなに凄いものなんですね!」
「うむ。そのまま使ってもいいし、薬師の手にかかれば万能薬エリクサーも作れる。本来ならこんな場所に種など落ちておらんと思うんじゃが、もしかしたら癒やしの女神エリシアが、助けてくれたのかもしれんのう」
「ありがたいことです。早速育ててみたいと思うんですが……」
「おお、そうじゃった。あまり農業らしい作物とはいえんが、最初はこんなもんじゃろ。まず、何かで土を耕して水をかけてみよ」
「そうですね。今あるもので、こんなもんでどうでしょうか」
黒いツタは、悪魔のツタとかいう恐ろしげな名前がついているのだが、丈夫でゴムのように伸び縮みして工作にはもってこいだった。
悪魔のツタを使い、魔木の棒に尖った黒く硬い石をくくりつける。
「ほう、器用なもんじゃな」
「自分でもこんなに上手く作れるとは思いませんでした」
手仕事などしたことないのに、思ったとおりの物が作れる。
「タダシには鍛冶の神の加護もあるからの」
「しかし、
掘り棒は、極めて原始的な農具だ。
まるでサバイバル。
「良いではないか。ゼロから農業を始めるのもまた醍醐味じゃ。さあ、一意専心。心を込めて最初の
「わかりました!」
記念すべき最初の第一歩。
タダシは、粗末な手製の掘り棒をザクッと地面に突き立てる。
その時だった。
地中に衝撃波のようなものがブワッ! っと伝わっていき、辺りの一面の土がザクザクザクザクっと一気にひっくり返った。
「な、なんと!」
「……あれ、これどうなったんですか」
「ワシのほうが聞きたい。今のどうやったんじゃ!?」
「心を込めろっていうから『耕す』って気持ちで掘り返したんですが」
「うむー」
掘り返された土を調べて、うーんと唸っているクロノス。
「神様。なにかおかしいですか?」
「正直なところワシにもわからんのじゃ。農神の加護
「俺のせいですか」
「ああ、純粋な人の願いは時に奇跡を起こすんじゃ」
「ずっと何十年も、こういうことがしたいなと思ってたんです」
「そうか、そのタダシの思いは無駄ではなかったということじゃろう。一瞬で枯れた土が農業に適した良い土へと変わった。さあ次は、水を撒いてみよ」
神様の言う通り、マジックバッグを逆さにして辺りに水をばらまいた。
「なんか赤茶けた土が、さらに良さそうな土色になってきましたね」
「そうじゃな。ではいよいよ種を撒いてみよう。まずは木材の確保からじゃぞ」
神様の言う通り、ヒノキの種をまず最初に撒く。
すると、撒いた途端にニョキッと芽が出てきた。
「神様! なんか芽がでてきたんですが!」
「さっきの衝撃波みたいなのはワシもびっくらこいたが、本当にタダシには驚かされるの」
「これは一体どうなってるんですか?」
二人の目の前で、ヒノキが見る見る若木へと成長していく。
まるで絵本の『ジャックと豆の木』みたいだ。
「ワシの中で、農業の神としての神力がみなぎってくるのを感じる。これだけの神力と、タダシの加護の力をもってすれば、どんな植物でも三日で収穫できるじゃろう。このようなヒノキであっても、三日で大木へと成長するわけじゃ」
「神様ありがとうございます! これはすごく助かりますよ!」
正直、燃料もなくこんな寒々としたところで野宿するのかと思っていたのでタダシは喜んだ。
「なに、これはワシに力を与えてくれたタダシのおかげでもある。それに驚くのはまだ早い。さっき拾った動物の骨をすり潰して撒いてみよ」
黒く硬い石をすり鉢にして、タダシは骨粉を作って伸びつつあるヒノキに撒いた。
すると更に若木が勢いをまして伸びていく。
まるで凄まじい速度で成長する様子を見ているようだ。
「これは凄い!」
「肥料になるものを撒いて更に成長を加速させることもできるのじゃ。この勢いならきっと、二日で大木まで成長するぞ。ささ、他のものも植え付けてみよう」
神様の勧めるままに、タダシは熱心にザクザクと耕して
水と肥料を撒いて、持っている種を全て植え付ける頃には日が暮れだした。
「これは、すごく楽しいです」
植物の成長が自分の眼で見られるのだ。
こんなに面白いことはない。
「さて、そろそろ材木の確保をせにゃならん」
「まだ大きくなりそうなのに、伐るのは忍びないですね」
そうはいっても木材は必要なので、タダシはごめんねと手を合わせると、さっきの要領で石斧を作ると思いっきりヒノキの幹に打ち付けて倒した。
神様に言われずとも、手頃な大きさに伐りそろえていく。
「だんだん要領がわかってきたようじゃな」
「でも神様。木材って乾燥させないと、薪にならないんじゃないですか」
「よく知っとるの。伐ったばかりの木は大量の水を含んでおるので、材木や薪にはならん。本来なら天然乾燥が必要じゃが、それもタダシなら三日でできるじゃろう」
「そうなんですが、三日でできるのはとてもありがたいんですが……」
すでに辺りも暗くなってきている。
できれば、今すぐに薪が必要なのだ。
「そんな心配そうな顔をするでない。そこの薪を一本とって絞ってみよ」
「絞るですか?」
「うむ、ゾウキンを絞るようにな」
言われるままに、タダシは思いっきり力を込めて絞ってみた。
すると、ビシャビシャビシャと引き絞られた薪から水が落ちていく。
「こ、これ、どうなってるんですか」
すぐにカラッカラの薪が出来上がった。
タダシは、自分でもなんでこんなことができるのかわからないのでびっくりする。
まるで魔法のようだ。
「カッカッカッ、今更何を驚いておるんじゃ」
「凄い。これも神様の加護の力というものですか」
薪を絞るなんて、何度やってみても不思議だ。
タダシは、目の前の神技を確かめるように乾いた薪を作って、どんどんと積み上げていく。
「そうじゃ。タダシよ、元の世界の常識で物事を図ってはいかんぞ。ここは神の恵みのある世界じゃ」
「まるで魔法みたいですね」
タダシもほんの短い時間でできた畑を眺めて、改めて不思議な世界なんだなあと感じ入る。
「いや、魔法なんてつまらんもんじゃないぞ! お前には、無限の可能性を秘めた神技が備わっておる。ワシだけではなく、神々の加護に守られておるのじゃからな」
「神々の加護。ありがたいことです」
天上界では神様たちが農業神の加護
「よし。じゃあ、次は火起こしじゃな」
「あのすみません。自分で火なんて起こしたことがなくて」
「なに心配はいらん。そこの枯れ草をよく解きほぐして
「こうですか」
「そして、黒い石と魔木をすり合わせて火花を飛ばすんじゃ」
ザラザラとした硬い表面がこすれあって火花が飛び、すぐに火口が点火した。
「おお、できます!」
「その火種を大きくして、小枝から薪へと火を移していく……」
見事に燃え上がった薪の周りに黒い石を並べれば、キャンプファイアーの完成だ。
「文明の光ですね」
「先程あれ程の神業を見せておいて、ただの火起こしで喜んでおるのか。タダシは面白いやつじゃな」
「そりゃ感動しますよ。キャンプファイヤーとか、こういうことをずっとやってみたかったんです」
「そうか、こうしてともに火を囲むのも良いものじゃからな」
焚き火を囲んで丸太の椅子に腰掛けた二人は、そう言って笑いあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます