第5話「縄文土器を作る」☆

 闇夜を照らすキャンプファイアーを見ていると心が和む。

 パチパチと時折、火花が弾ける音。


 焚き火なんて林間学校でやったくらいだろうか。

 それなのに、とても懐かしい気持ちがする。


 日本人の心に刻み込まれた過去の記憶。

 タダシの祖先たちもずっとこうして生きてきたのだ。


 タダシと農業の神クロノスは、火を囲んで様々なとりとめもない会話を続けていた。

 日本の都会で暮らしながらタダシがずっと思っていたこと、農業への思い。


 そして、この世界で今後どうやって生活を向上させていくか。タダシはちょっと考え込む。


「うーん」

「どうしたタダシ」


「家とかはなんとかなりそうって思うんですけど、まずお湯を沸かせる鍋がいるなって」


 木は手に入ったのだが、加工できる金属がないというのは割と不便だ。

 マジックバッグはかなり自由な水の出し方ができるのだが、鍋の代わりにはならない。


「なんじゃ、そんなことか。そのためにさっき粘土を拾ったんじゃろ?」

「あ、そうか……土器ですね!」


 不器用だから無理だと思ってたけど、土器づくりとか一度やってみたいと思っていたのだ。

 鍛冶の加護がある今なら出来る気がする。


「粘土に少し砂を混ぜると割れにくくなるぞ」

「やってみます」


 タダシは粘土をこね回して、大小様々な器の形にしていく。

 神様の言いつけどおりに造形していったのだが、ちょっと思いついて悪魔のツタでなわを編んで、それで柄を付けていく。


「おお、その柄はなんじゃ」

「縄文土器です。俺の国の遠い祖先がこういう器を作ってたんですよ」


「面白い文様もんようじゃなあ。これがタダシの世界の土器か、見事な創意じゃ」

「これを作ってたのは、大昔の話ですけどね」


 大きな壺から小さなコップまで、楽しみながら土器を作って焚き火の周りで焼いていく。


「もう直火にかけて焼いてもいいぞ」

「真っ黒になってきましたよ」


「本来なら急激にやると割れてしまうんじゃが、タダシには加護があるからそれでいいんじゃ。もういいぞ」


 どうやら土器づくりも早く出来るらしい。


「もうできたんですか」

「あとは、砂をかけて粗熱を取れば完成じゃ。表面を石で磨くと見栄えも良くなるし水も染み込みにくくなるぞ」


「凄いな。どんどん焼いてみます」


 面白くなったタダシは、焚き火をたくさん作って各工程で生産していく。

 だいぶ余分に作りすぎてしまったが、たくさんあって困るものではないだろう。火焔型縄文土器も作ってみた。


「これはまた芸術的じゃな。タダシは物造りの才能もあるぞ!」

「アハハッ、これ何に使うんだって感じですけどね」


 タダシはやっていくうちにだんだんと楽しくなってきた。

 こうやってワイワイ楽しみながら仕事するのはいつぶりだろうか。


 来る日も来る日もデスクでルーティンワークを処理して疲弊していた昨日までが夢みたいだ。

 最高の土器を完成させて石で磨き上げたら、今この時こそが自分の人生なんだって実感がようやく湧いてきた。


「なんだかお腹が空いてきてしまいました」


 さっそく作った土器でお湯を沸かして飲んでみたが、これでは腹は膨れない。


「ふーむ。そういや、さっき取った大魚はどうじゃ」

「デビルサーモンなんて名前なんですが、ほんとに食べられるんですか」


 木材で大きなまな板を作って並べてみたが、ほんとにでかい


「食べられるかじゃと? タダシ、この魚の口元を見てみい」

「うわ、これさめみたいな」


「デビルサーモンは、船の底を食い破って人を襲って食うほどの魔魚じゃぞ」

「うええ!」


 こっちが食われるのか。タダシはビックリして後ずさりする。


「カッカッカッ、心配せんでも大丈夫じゃわい。この魔魚は農業神の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターの浄化を受けたんじゃ。だいぶと大人しくなっておる」

「ほんとですか?」


 見るからに恐ろしい、肉を食いちぎられそうなほどやばい牙なのだが。


「加護を解いたら元の凶暴な魔魚に戻るぞ。まだピチピチに生きておるし、いっちょ戦闘訓練でもやってみるか」

「嫌ですよ! 俺は平凡な農夫になるつもりなんですから怖いことはしたくありません」


「冗談じゃよ。まあ、加護で大人しくならん魔物もおるからのう」

「そんなのもいるんですか」


「うむ、あの森にも魔獣なんかが住んどるはずじゃぞ。加護の影響を受けても、まだ凶暴な性質を捨てられん凶悪な魔物もおるじゃろ」

「えええ……」


 どこからがいけてどこからがダメなのか、ちゃんと線引きしておいて欲しい。


「今夜はワシが付いておるが、畑には柵も作って家を建てて寝るようにしたほうがええじゃろな」


 その時、森からギョエーと恐ろしげな鳴き声が聞こえた。


「い、今のはなんですか」

「魔鳥の鳴き声かの」


「ぶ、武器を作らないと」

「そう慌てんでもいいじゃろ。武器はお前の手元にあるじゃないか」


「あ、これですか」


 タダシが所持しているすきには、尖った石もついており鋼のように硬い。


「その魔木も魔鉱石も、鉄よりも硬いんじゃから。それで殴ったら鋼の棍棒より強いじゃろ」

「なるほど。これは武器になりますね」


 しかし、そんな環境だからこそ強い魔獣がいるとも言える。

 森に動物の骨があったから獣なんかはいるとはわかっていたが、今後はより警戒は怠らないようにしようと胸に決めた。


「英雄の加護だってあるんじゃから、そこらの戦士よりも武器は扱える。今のタダシは強いんじゃから、そんなに心配することもないのじゃ」

「そうですか。でも、何か準備しておかないとと思います」


「ふむ。じゃあ、エリシア草をいくつか引っこ抜いてくるのじゃ。念の為に、それを使った治療法を教えておく」


 心配性だなと神様に笑われながら、タダシは真剣に治療の方法を聞いた。


「しかし、慎重なのはいいことじゃな。こうして学んでおけば、いずれ自分だけでなく多くの人を救うことにもなるかもしれん……」

「神様?」


「いや、なんでもない。さあ飯を作るんではなかったか」

「あ、はい。じゃあ、デビルサーモンをさばきますね」


 神様が大鍋を持ってくるので、石包丁でデビルサーモンを調理する。

 あんまりいい道具ではないのでほとんど身をぶつ切りにする形になるが、煮れば食べられるだろう。


 これだけじゃ具材が寂しすぎるなと、タダシはせめてキノコでも入れようとハタケシメジを持ってきた。

 肥料を撒いたせいか見事に根が張って小さいのはたくさんできていたが、なんとか食べられそうなのはまだ数本だけだった。


「うーん、美味しいんだけど。魚なら醤油か味噌、せめて塩がないとなあ」


 味見をしてみるとサーモンやキノコの旨味は出ているのだが、現代の食生活に慣れたタダシの舌には寂しく感じる。

 調味料の確保が、今後の課題となるだろう。


「タダシ、ちょっともったいないがエリシア草を刻んで入れてみい」

「やってみます。……あれ、味が良くなりました」


「そうじゃろ。万能薬の材料なんじゃから、薬味にもなるって寸法じゃな」


 神様は、そんな冗談とも本気ともつかないようなことを言って笑う。


「神様は食べないんですか」

「ワシは神じゃから、お供えしてもらわんとな」


「ああそういう話がありましたね。どうすればいいんですか?」

「本来なら石像でも作ってもらうところなんじゃが、ここで使える道具となると……」


 タダシは、農業の神クロノスの神像を造って、その前にお供えすることにした。


「はあ、これで食えるわい」


 クロノスは供えられたお椀をとって、木のスプーンで美味しそうに食べる。


「お味はいかがですか」

「タダシが作ってくれたものがマズイはずもあるまい。こんな美味い供物は久しぶりじゃ」


「それはよかった」


 誰かが食べてくれるというのは張り合いもあるものだ。

 タダシは、これもついぞ味わうことのなかった喜びだと思った。


「これなら、鍛冶の神のやつも呼んでも良いな。あいつの神像もこしらえてやってくれんか」

「バルカン様ですか?」


「うむ。やはり道具はいい物を揃えたいじゃろ。そろそろ、あいつの出番じゃ」


 そう言うと、神様はデビルサーモンのスープを啜って楽しそうに笑った。

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