第6話「魔鋼鉄の道具を作る」

 タダシは農業の神クロノスに勧められて、鍛冶の神バルカンの神像も粘土で造ってお供えをしてみる。

 すると即席の祭壇さいだんに、バルカンが現れた。


「思ったより早い呼び出しじゃの」

「おお、バルカン。さっそくタダシが作ってくれたお供え物をいただこうぞ」


「ふむ、これは魚の汁か」


 バルカンはズズズッとデビルサーモンのスープを吸って、具を木のスプーンでかき込む。


「バルカン様、どうですか?」

「悪くはないな」


 どうやらバルカンの口にあったようで、タダシはホッとする。

 せめて塩があればもっと美味しくできるだろうに、いずれ塩作りも考えるべきだろう。


「さてバルカン、食うものを食ったら仕事じゃ」

「なんだ。ゆっくり食事もさせてくれんのか」


「食いながらでも話くらいは聞けるじゃろ。問題はこれなんじゃ」


 タダシにスープのお代わりをもらいながら、バルカンは黒い石を受け取る。


「ふむ、これは魔鉱石じゃな」

「そうじゃ。この鋼より硬い石しかこの地域には存在せん。これはワシの力でも加工が無理じゃ。鍛冶の神力で、パパパパっと加工できるようにするのじゃ!」


「おいクロノス、無理を言うんじゃない」

「なんじゃお前も、ミヤみたいにケチなことを言うのか!」


「待て待て、ふーむ……神力など使わずとも、これは加工可能じゃ」

「ふぁ!? いや、魔鉱石を加工したなんて話は聞いたことがないぞ!」


 この地域の山脈の地肌はみんな魔鉱石なのだ。

 普通の木材などで溶かして加工できるなら、有用な材料として利用が広がっているはずだ。


 そうであれば、今みたいに神の恵みに見捨てられた土地みたいな扱いもされていないはず。


「そりゃ、やり方が広まってないだけじゃの。タダシよ。まず加工の道具をこしらえよ。炉と鉄床かなとこ、それにハンマーに火ばさみじゃな」

「結構難しそうですね」


「まず簡単なものでいい。いずれは金属を溶かす坩堝るつぼや、綺麗に成形できるように鋳型いがたも欲しいところじゃが、徐々に揃えていくべきじゃの」


 今度は指導役がクロノスからバルカンに変わり、拾い集めた魔鉱石を並べて炉の建造からスタートする。


「ハハ、ようやくできた」


 炉を組み立てて、一息つくタダシ。


「タダシ。疲れてはおらんか?」


 土器に入れた水を差し出してクロノスが聞く。


「いや、やってみると楽しくて。身体も頑強にしていただいたおかげで、まだまだ働けますよ」

「そうか、しかしあんまり無理をするのはどうじゃろう」


「クロノス! 今は鍛冶の神の領分じゃぞ。タダシに教えてくれと頼んだのはクロノスではないか!」

「しかし、もう夜も更けて来た。タダシは今朝からずっと働き詰めじゃ。神である我々とは違うんじゃから、そろそろ休ませてはどうじゃ?」


 心配するクロノスに、腕組みするバルカンは一息溜めて言った。


「素人は黙っとれ」

「なんじゃと」


「鉄は熱いうちに打てというではないか。クロノス、あのタダシの燃える瞳を見てみい」


 タダシはやる気に燃えていた。


「クロノス様。俺は二日三日寝ないでも全然平気です!」

「そうは言ってものう」


「これまでやりたかったことがやれて楽しいんです!」

「クロノス。タダシが満足するまでやらせてやれ。こんだけやる気がある弟子なら、ワシも教えるのが楽しいわい」


 タダシは、再び斧を振るって薪をたくさんこしらえて持ってくる。


「よし、まず徹底的に薪を燃やして、風を送って限界まで温度を上げるんじゃ」

「はい!」


 黙々とした作業はタダシの得意分野であった。


「よーし。こんなもんでええじゃろ、あとはこの魔木を焚べる」

「えっ、魔木って燃えないんじゃないんですか?」


 確かそう聞いたはずだが。

 その反応を見て、バルカンはニヤリと得意げに笑う。


「そういう風にこの世界では誤解されているが、実はガンガン燃やせば燃えるんじゃ。かなり長時間燃やしても燃え尽きないから、燃えないと誤解されてるじゃろうな」

「確かにべても燃えてるようには見えませんね」


「だが、ここからが大事なところじゃ」

「あ、炎の色が赤から青に変わりました。まるでガスバーナーみたいだ」


 燃える魔木は、鮮やかな青色に変わっていく。


「そうじゃ。もしかして、もうわかったのか?」

「はい。魔木は普通の薪より高温で燃えるんではないですか。そして、魔鉱石を溶解ようかいさせるにはそれほどの高い温度が必要とか」


「驚いた! タダシは、かなり頭がいいの!」

「いや、学校の理科でそれくらいのことは学んだことがあるので」


 細かいことは忘れたが、温度の違いで炎の色が変わることくらいは覚えている。


「ふむ、見事な洞察どうさつじゃ。さすが、ミヤが横取りしようとした逸材じゃな。知恵の神の加護なんぞなくとも、賢者レベルの賢さを併せ持つか」

「いやいや! そんな大したことじゃないですよ!」


「謙遜せんでもええじゃろ。のうクロノス」


 バルカンが笑っていうと、クロノスは我が事のように喜んで言う。


「タダシは天才じゃからな。ただ、農業の天才じゃぞ。そこは忘れてはいかん!」

「ハハハッ、ワシは横取りするほど信者には困っておらんからな。さて、タダシ」


「はい!」

「どうすればいいかわかるなら、自分の創意工夫でやってみよ。間違ってたら教えてやるからの」


 じっくりと熱した黒い魔鉱石を炙っていくと、不思議なことに段々と青く色が変化していく。

 これでいいのかと思って、タダシは青くなった魔鉱石を鉄床かなとこの上に置くと、手製した魔鉱石のハンマーで叩き始めた。


「タダシ」

「はい!」


 鋭く言われて注意されるのかと一瞬身構えるが、バルカンはニヤッと笑う。


「合格じゃ。熱して溶けた魔鉱石は柔らかくなり、手製の魔鉱石のハンマーでも叩いて加工できる。よくそこに気がついた。お前ほど優秀な弟子は取ったことがない」

「ありがとうございます。でも、ここからどうしたらいいでしょう」


 とにかく、昔の鍛冶屋さんがやってたように見様見真似で叩いてるだけだ。


「あとは、自分がどういう形に仕上げたいかだけじゃ。最初は鉄床に使う平板か、ハンマーの頭部でも作るのがええじゃろうな」

「なんとかやってみます!」


 失敗したっていい。

 こうやって、自分の手を動かして未知の領域にチャレンジするのはいつぶりだろうか。


 タダシは、出来上がりをイメージして一心不乱にハンマーを振るい続けた。


「よーし。満足できたら水をかけて冷やすのじゃ」

「はい!」


「魔鉱石は溶けて不純物が抜けると魔鋼鉄となる。魔鉱石より硬くなるから、加工用の道具としてはより使いやすくなる。これなら、最初としては上出来じゃ」

「魔鋼鉄のハンマー、凄くかっこいいですね!」


 水で冷やしてみると、青く輝く美しい光沢のハンマーと平板が出来上がった。


「ほう、わかるか!」

「不格好ですけど、自分の作ったものなので、なんて言ったらいいのかな愛着がわきます」


「素晴らしい! 技術なんかより、それが一番大事なことなんじゃ」

「これを使ってもっと精巧な道具を作ってみようと思います」


「ほう! まだ頑張るか!」

「はい。よかったらご指導願います!」


「よーし。次は大量に溶かしてなんとか金床をこしらえてみるか。しかし、坩堝るつぼに使えそうな素材がな」

「土器の壺じゃダメですよね」


「この高温になるとどうじゃろうな」

「えっと高温に耐える土ってなんだったかな。確かそういうのがあったんですよ、セラミック? 陶土だったかな?」


「ふむ。磁器の坩堝るつぼを作るわけじゃな。それも、試してみるか。坩堝るつぼを作るなら焼成窯しょうせいがまから作らんといかんな」


 バルカンも鍛冶の神である。

 当てずっぽうで安請け合いをしているわけではない。


 始まりの女神アリアによって創世された世界には、きちんと意味がある。

 神の恵みに見捨てられた土地と呼ばれている、この辺獄ですらそうなのだ。


 魔鉱石を溶かせる魔木がここに生えているのだから、高温に耐えるセラミックの坩堝るつぼを作るための陶土もあるに違いない。


「はい、ここまできたら徹底的にやってみたいです」

「よーし! タダシが満足する物ができるまで何度でも付き合うぞ!」


 盛り上がったバルカンとタダシは、超人的なスピードで何度も何度も試行錯誤を繰り返し、ついに高温にも耐えるセラミックの坩堝るつぼと鋳型まで完成させることとなる。


「あのー。二人とも、もうとっくに日が昇ってしまったんじゃが」


 クロノスは、タダシが疲れ切ったらいつでも休めるようにと、枯れ草のベッドをこしらえてやっていたのだが、どうやらまだまだ必要ではないようだった。

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