第14話「寝る」

 そろそろ夜も更けてきたので、イセリナはタダシに声をかける。


「タダシ様。そろそろお休みになられてはいかがですか」

「俺は平気だが、ああそうか。すまん、アーシャも働き詰めだったな」


 普段は大人しいガラス職人のアーシャは、いつになく強い口調で言う。


「あ、いえ! 私は楽しいです。ちょっとお教えしたら、タダシ様が全部上手になさいますし!」

「うん。アーシャのおかげで助かった。ガラス炉は完成したのだから、ここらへんで区切りとしよう」


「大丈夫ですよ。力仕事には慣れてますから、こう見えても意外に丈夫なんです」

「気持ちは嬉しいが、あんまり力みすぎても続かないからな」


「はい! あの、いつでも言ってください……」


 仕事のことになると、ハキハキするのは職人らしい。

 アーシャは喜んで手伝ってくれているが、エルフの体力がどのようなものかもわからないのに無理させるのもよくないだろうとも思う。


 農業の加護のおかげで、タダシは異常な体力を誇るようになっているのだ。

 相手が神様ならともかく、いかにも線が細くか弱そうなアーシャを二晩ぶっ続けで付き合わせるわけにもいかない。


 海草が育つにもまだ少し時間がかかるし、木材も補充に戻らないといけないかと考えるとここで休憩を挟んでおくとちょうどいいだろう。


「クルルル……」


 終わったのかという感じに、クルルがやってきた。


「お前も今日は海老獲りに大活躍だったな」

「クルルル!」


 身体が海水まみれで塩を吹いてしまっているので、俺は入念に水をかけてから焚き火で乾かしてクシを通してやる。


「ふわっふわになったな。ハハハッ、俺も水浴びするから邪魔しないでくれよ」


 イセリナによると、クルルはフェンリルという伝説の魔獣らしい。

 あの森にいた動物なので、そんなこともあるだろう。


 図体は大きくなっても、ふわふわモコモコの柔らかい白毛は変わらない。

 俺もバケツに水を汲んでさっと身体を流すのだが、視界の端に同じく水浴びしているエルフや獣人の女の子が見えて、慌ててクルルの陰に隠れる。


 異世界ファンタジー世界はおおらかというか、あまり気にしないんだな。

 文化の違いでタダシは気になるので、脱衣所を早急につくるべきだったと思う。


 実際にやってみると、いろいろ至らぬ点もでてくるものだ。

 それでも、初めてこの世界の文明の端緒たんしょに触れられたのはよかった。


 たとえばタダシが使っているタオルも、身体を洗う水バケツの代わりにイセリナからもらったものだ。

 衣類をどうするかという問題があったのだが、イセリナたちのおかげで一気に解決しそうだ。


 イセリナたちは恩を受けたというのだが、タダシとしても得るものは多くあった。

 それに何より、人が近くにいてくれるのは寂しくなくていい。


「タダシ様。天幕においでください」

「いや、俺はクルルと野宿でいい。見たところ、テントの数もギリギリみたいだし、俺はここで火の番でもしているよ」


 クルルの毛は柔らかいので、一緒に寝れば天然の羽毛布団になるのだ。


「私の天幕なら、空いてますから」


 そう言って、イセリナに腕を引っ張られる。


「いや、マズイだろう」


 男女で同衾どうきんするとか冗談じゃない。


「何がマズイんですか」

「それは……」


 身体を水で洗い流したイセリナはさすがに水着姿ではなく、ゆったりしたワンピースのネグリジェを着ていたのだが、それも十分艶かしいというか。

 それを言うのもなんか恥ずかしい気がする。


「私達たちが天幕で寝て、タダシ様を野宿なんてさせられませんよ!」


 そう言われてテントに引きずり込まれる。

 イセリナのテントは、一際大きい作りになっていた。


「あーご主人様も来たんだ」

「その呼び方は誤解を招くからやめろって言っただろ、エリン」


 イセリナのテントは、イセリナとエリンが寝る用らしい。

 スペースにかなり余裕があるのは、二人とも族長であり特別な存在だからということなのだろう。


 確かに、タダシ一人くらいなら十分入れる。


「じゃあ、俺は端っこで寝るから」

「ご主人、じゃなかったタダシ様は真ん中で寝なよ」


「いや、それだと絶対寝れないから」

「えーなんで寝れないの。一緒に寝ればいいじゃん」


 ゴロゴロしているエリンは、端っこにうずくまってくるタダシに絡んでくる。

 テントの布は、エリンたちの衣服と同じ耐水性のあるもので丈夫だ。


 ただ床がないので改良の余地はあるな。

 床は、タダシが牧草を生やした上に毛布が敷いてあるので寝心地は問題ないが、日本のアウトドア用のテントみたいに床も布が敷けるタイプに改良したらもっと良くなるのではないか。


 そんな事を考えて気をそらしていたのだが、やっぱり悶々として眠れない。

 テントの中に、いっぱい甘ったるい匂いが漂ってるし、エリンがすり寄ってくるので眠れるわけがない。


「あー、やっぱ俺は外で寝るわ。クルルも心配だし!」

「えーなんで」


 その時だった。


「クルルル!」


 ズボッとテントの入り口からクルルが顔を突っ込んでくる。


「なんですかこのフェンリル!」

「うわー!」


 クルルが突っ込んできたおかげで、俺の隣でゴロゴロしていたエリンは、イセリナの方に吹き飛ばされる。


「よーしよし。俺の窮状を察して来てくれたのか」

「クルルル!」


 クルルが、隣に来てくれたおかげで、タダシはようやくテントで安眠できるのだった。

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