第9話「異世界の海を見る」
もはやちょっとした森というくらい畑も広がってきている。
まだ種類は少ないものの、食糧の備蓄もかなりできた。
調味料や野菜など、健全な生活を送るにはまだ足りない物がたくさんある。
そろそろ周辺地域を探索すべき時だろう。
目指すは海だ。
「これだけ食べ物があれば旅をしても大丈夫だろう。何があるかわからないから準備はしておかないと」
まず川によって水をマジックバッグにたっぷりと補給する。
「お前大きくなったな。大型犬だったのか?」
「ぐるるる」
川に顔を突っ込んでジャブジャブと水を飲んでいる。
こんなにすぐ大きくなるなんて、やはりクルルは特別な犬なのだろう。
異世界の犬だからな。
「今日から海に行くからな」
「くる?」
「向こうの海にいって塩を作るんだ。何日かかるかわからないけど、これ以上塩なし生活は厳しいから。わかるか?」
「くるる!」
なんだ、クルルが背中に乗れって言ってるような気がする。
「いや、いいよ歩けるから、うわ!」
股から頭を突っ込んできて、ヒョイッと背中に乗せられてしまった。
「くるるる!」
「お前すごいな。俺を乗せて走れるのか!」
すごい勢いでクルルは風のように走る。
「くるる!」
「早い早い。うわーもう海が見えてきた」
必死にしがみついていたら、もう海が目の前だ。
海岸線まで到達するのに、徒歩で数日かかると思ってたのに。
「くるるる!」
「よーしよし。よく連れてきてくれたな」
疲れてるだろうから、マジックバッグから水樽を取り出して、木製のボウルに水を汲んでやる。
クルルはボウルに顔を突っ込んでガブガブ飲んで、煮た椎の実をバクバク食べる。
現在主食になっている椎の実は、クルル用のドッグフードみたいなものだ。
「ほんと海だな」
砂浜が広がっている。
なんか嘆きの川を最初に見た時のように水が黒く濁っているように見えたので、さっさと手を触れて浄化しておく。
「これでよしっと、しょっぱ!」
舐めてみると塩辛い。
日本の海と塩分濃度はほとんど変わらないようだ。
「そうすると、この世界は地球とほとんど変わらないってことなのかな。まあ、塩が作れたらなんでもいいか」
タダシは海水を汲んだ製塩土器を並べて、薪を焚べて煮込み塩を作る。
最も原始的な塩作りの方法だ。
「いずれは塩田なんかも作ってみたいけど、とにかく早く塩が欲しいからね」
「くぅん」
海でバッシャバッシャ遊んでると思ったら、クルルは何かを咥えて持ってきた。
「うわ、これサザエじゃないか。よくやった!」
「くるる」
クルルは頭を擦り付けて、喉を鳴らして喜んでいる。
こっちに来いと言うので行ってみると、磯にサザエやアワビが取れるポイントを見つけたようだ。
「うわ。これは凄い海の幸だ。こんなにたくさんあるなんて、誰も採る人いないからかな」
暇があれば釣りでもしようかと思っていたが、こっちのほうがずっといい。
タダシはズボンをたくし上げて、磯で収穫にかかる。
バシャバシャと海に入って戻ってくると、また口に咥えてきた。
「うわ、これは凄いぞ伊勢海老だ!」
いや、伊勢じゃないから異世界海老とでも言うべきなのか。
異世界海老、異世海老?
いや、名前はどうでもいいか。
ともかく大きな海老をクルルがどんどん捕まえてくるので、タダシは浜でかまどを作って網を敷いて調理の準備にかかることにした。
「これは美味そうだな。アハハッ安心しろ、クルルが採ってきたんだから最初に食べさせてやるからな」
「クルル!」
サザエやアワビ、伊勢海老を網焼きにするとジュージュー音を立てて、めっちゃ美味そうに焼けてきた。
「お前は熱いの大丈夫なのか」
「くぅん! くぅん!」
いいからさっさとくれとジャンプするので、皿によそって出してやることにした。
「おお、いい食いっぷり。どれ、俺も食べてみることにするかな。うわ、ぷりっぷりだ!」
採れたて海老にかじりついてみると、身がぎっしり詰まっていて美味すぎる。
もとからの魚介類の甘味に天然の塩味がついてるから、調味料なんかいらない。
「こっちのアワビも、美味ええええ!」
「くぅん! くぅん!」
クルルはよっぽど美味いのか、尻尾ブンブン振りまくって喜んでる。
これまで食べてたのは、味の付いてない椎の実ばっかりだったもんな。
「おお。わかったわかった。ほら、ガンガン焼くから、どんどん食え!」
「くぅん!」
「サザエも美味い。先っぽはちょっと苦味があって、ああこういう味だったよなあ」
これまで足りなかった栄養素が身体に染み渡るような思いだ。
やっぱり人間には海の恵みが必要なのだろう。
「クルルル!」
「あーよしよし。どんどん焼くからな。喉が渇くから、ちゃんと水も飲んでおけよ」
ぷりっぷりの海老も、サザエも、アワビも、目の前の磯で採り放題なのだ。
もうもうと煙を上げて、浜で魚介パーティーを繰り広げるタダシとクルルは、一艘の船がゆっくりと浜に近づいてくることに気がついていなかった。
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