第128話「帝国艦隊出撃」

 帝都ヴェルダンに、七大神をまつる大神殿が完成した。

 暗黒神ヤルダバオトへの生贄のため、殺した敵国の兵や民の死体を大量に積み上げて燃やし、それでも足らぬとばかりに戦に反対した属国まで滅ぼしてそれらも全て捧げた。


 その残虐行為に、猛々しい帝国臣民は酔いしれていた。

 憎き敵国や敗北主義者を滅ぼし、ついに最後の決戦の時は来たと盛り上がった矢先。


 皇帝フリードリヒの下に悲報が届いた。

 皇太子ゲオルグの大敗北と、戦死の報告である。


「まさか、グリフォン部隊を使い潰し、初代皇帝の残した貴重な人工遺物アーティファクトを全て使い切って何の成果もなしということはありえんだろう。タダシの首まで取れずとも、幹部の一人くらいは殺したのであろう。なあ、そうであろうなあ!」


 怒りに手を震わせる皇帝を恐れながらも、実直な伝令は決死の覚悟で報告する。


「そ、それが、敗残して戻ってきたグリフォンの生き残りの話では……残念ながら、爆弾は街を無意味に焼いただけで、核兵器に至っては起動にすら失敗。皇太子殿下は、なすべもなくタダシによって倒されたとのこと!」

「うぁあああああ! 許さぬぞタダシめ!」


 皇帝フリードリヒの雄叫びに、伝令はビクッと身を震わせる。

 しかし、それどころではなかった。


「こ、皇帝陛下! 大丈夫でありますか!」


 玉座から立ち上がろうとした皇帝は、そのまますっ転んで倒れてしまったのだ。

 慌てて駆け寄る伝令。


「ええい! さわるな、大事ない!」

「し、しかし血が……」


 あまりのショックに倒れて頭を強かに打った皇帝は、額から血を流しながらそのまま伝令の手を振り払ってフラフラと歩きだしていく。


「愚かな、バカ息子め……」


 異世界の知識を持つ皇太子ゲオルグは、核兵器は超弩級砲にも勝る兵器であり、確実にタダシを倒せると豪語したのだ。

 驕り高ぶり、どこか間の抜けた息子だからそこまでは期待していなかったが、それでも神に愛されし転生者だ。


 まったくの成果なしで戦死とは、あまりにも報われない最後。

 魔獣グリフォンの軍団を使い潰したのも大きな痛手ではある。


 だが、それよりも爆弾や核兵器は初代皇帝が作った人工遺物アーティファクトで、異世界の知識を持たぬ者では同じ物は二度と作れない貴重な超兵器だったのだ。

 皇帝フリードリヒは、後継者と共に切り札を失った。


 あれから暗黒騎士グレイブも、消息を断っている。

 おそらく、その暗黒騎士グレイブも皇太子ゲオルグと同じくタダシの手によって討ち取られたのだろう。


 思い返せば、あんな下衆な男の口車に乗らなければもっと違った結果があったかもしれないと考えるが、今更そんなことを悔やんでも仕方がない。

 ……果たして、これで勝てるのか。


 深い苦悩に足をふらつかせながら大神殿へと歩いていく皇帝フリードリヒの下に、皇帝の子供達がやってきた。


「おお、愛しき父上。お怪我をなさっているではないですか。何をしておるか衛兵どもは!」


 長女のガルシアが、そう叫ぶ。


「父上、このハンカチを使ってください」


 次男のオズマが、差し出すハンカチを受け取り額に当てる皇帝フリードリヒ。


「父上!」

「話は聞きましたぞ、皇帝陛下!」


 皇帝の十二人の子供達が次々にやってくる。

 いや、子供だけではない。


 それに続き、皇帝家にゆかりのある公爵家の人間達も列をなしてやってきた。

 その数は百人を超える。


 みんな初代皇帝の血を引きし神の加護の強い者達で、皇太子ゲオルグが死んだのであわよくば自分が次期皇帝になれないものかと集まってきたのだ。

 それはあざといとも取れるが、今の皇帝フリードリヒにはそのあざとさすら心強く感じた。


 皇帝の子供達は、口々に皇太子ゲオルグを罵る。


「なんと愚かな兄だ。自分が作ったわけでもない超兵器を、自分の力だと勘違いして敗れるとは……」

「ガルシア姉さんの言う通り。兄は転生者としての知識があっただけの愚物。我らのほうがずっと戦力となりますよ父上」


 次女のジュアンナに癒やしの魔法を受けながら、皇帝フリードリヒはしみじみとつぶやく。


「その通りだ。まだ我らは負けてはおらぬ。お前達がいるのだからな……」


 皇帝の温かい言葉に、子供や皇帝家の一族の者どもは感激して叫ぶ。


「父上! そうです、我らがおりますとも!」

「皇帝陛下! どうか我らの力をお使いください!」


 そう言いながらも皇帝フリードリヒは、子供や一族の人間を盤上の駒としか見ていない。

 いくらでも使い潰せるし、一番優秀な子が残ればそれでいいとすら考えている。


 そう思うのは父としての情がないわけではなく、大陸最強の帝国の皇帝としての責任なのだ。

 皇帝フリードリヒは、最強の帝国を束ねる為政者である。


 そう、帝国は常に最強であらねばならない。

 皇帝フリードリヒは、帝国を勝利させるために自らの命すら駒にして捨てる覚悟を持って叫ぶ。


「さあ、お前達。時は来た! 初代皇帝の血を引く選ばれし者達よ! 神々の加護を受けに行こうではないか!」


 帝国の総力を結集し、神官達に大神殿を作らせて国民総出で祈らせている。

 皇帝の子供達や一族の者は、皆それぞれ信仰する神から☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆テンスターの加護を受けて、国民に大きなどよめきが起こっている。


「帝国万歳!」

「偉大なる皇帝陛下万歳!」


 怒号のような歓声が上がり、絶対の勝利を確信した帝国民達が踏み鳴らす足がまるで地響きのように響き渡る。

 皇帝フリードリヒは、まるで誘われるように暗黒神ヤルダバオトの大神殿へと足を踏み入れた。


「皇帝フリードリヒよ……」


 暗黒神の像の前に跪く皇帝フリードリヒの耳に、地の底からささやくような声が聞こえる。


「暗黒神ヤルダバオトよ! 私の持つ全てを捧げよう! 我が身も、帝国の将兵も、臣民の命も、好きなだけ持っていくが良い!」


 皇帝フリードリヒの血を吐くような決意。

 暗黒神ヤルダバオトは言う。


「皇帝フリードリヒよ。そこまでの覚悟をして、我に何を望む」

「勝利を! 望みは、我が帝国に勝利のみ!」


 邪悪なる神の嘲笑が、地の底から響き渡った。


「よかろう……ちょうど依代に選んだ男が死んで困っていたところだ。お前の身体と魂を余さず、我が復活のため使う。それで良いのだな?」

「帝国の皇帝に、二言はない!」


 その瞬間、皇帝の腕に禍々しき黒き星が十個刻まれた。

 それだけでは済まなかった。


 皇帝の身体が、黒い瘴気に包まれた。

 それはたちまちに膨れ上がり、大神殿そのものを黒く染めるほどのおぞましき瘴気であった。


 大神殿から湧き上がった恐ろしい叫びに、皇帝の息子達は慌ててやってきたが、皆一様に絶句する。


「ち、父上」


 先程までの皇帝フリードリヒとは、雰囲気がまるで違う。

 闇よりも深い瘴気をまとうその姿は、まるで邪神がそのまま地上に顕現したかのようであった。


 皇帝の息子達は、恐ろしくて目を合わせることすら出来ずにその場に跪いた。

 そこに歓喜の魔王ボルヘスと、腐敗の魔王サムディーがやってくる。


「ほほう、まるで我らより魔王のようではありませんか。これは、頼もしき限り!」

「それでこそだ……」


 皇帝フリードリヒは、恐ろしげな魔王二人を平然と睥睨へいげいして言う。


「暗黒神ヤルダバオトより神意が下った! そなたら魔王二人も軍とともに、帝国最強の超弩級戦艦ヤマトに乗り込め。辺獄へんごくにあるタダシ王国に強襲上陸をかけるぞ!」


 魔王の二人が、まるで上位者を相手にするかのように深々と頭を下げる。

 皇帝フリードリヒは、魔王の軍勢と皇帝の一族と全ての将兵を引き連れて軍港へと向かう。


 そこには超弩級戦艦ヤマトと、一千隻を数える帝国艦隊が待っていた。

 皇帝フリードリヒを迎える、真っ白い軍服に身を包んだ将兵達。


 なぜかはわからぬが初代皇帝が決めた風習により、代々海軍の司令長官は黒髪黒目の者に限り、就任と同時にヤマモトの姓を与えられる事となっている。

 そのイサム・ヤマモト長官が、敬礼して言う。


「皇帝陛下! ご命令通り、超弩級戦艦ヤマトに対空兵装を装備致しました!」

「ヤマモト長官、一千のドラゴンが襲いかかってきたとして勝てるか?」


「もちろんであります! 艦艇の前方に取り付けましたるこの拡散超弩級砲は、広範囲へのビームの放射を可能としております。ドラゴンの群れなど、一撃のもとに叩いて見せましょう!」

「そうか。ゲオルグが申していた、対空砲火が出来たか」


 皇太子ゲオルグの戦死は将兵達にも届いていた。

 皇帝フリードリヒの言葉に、ヤマモト長官は涙を流して声を詰まらせて言う。


「皇太子殿下の敵討ち、必ずやこのヤマトが成してくれましょう……」


 皇帝フリードリヒは、それに頷いて言う。


「よし、総軍出撃! 今よりタダシ王国への強襲を行う!」


 こうして、大陸全土を戦火に巻き込む最後の決戦が始まった。

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