第86話「聖姫アナスタシア、タダシ王国に行く」
国交断絶状態のタダシ王国に移動するのに聖姫アナスタシアが取った方法は密航であった。
難民キャンプで接触した猫耳商会のツテを頼って、商船に便乗させてもらったのだ。
「船に便乗させていただき感謝します」
「いやいや、聖姫様に乗船していただき光栄ニャー」
揺れる猫耳。首に可愛らしい鈴をつけた赤毛の
小柄な可愛らしい猫少女が船長服を身に着けていても、コスプレにしか見えないがこれでもベテランの船乗りだと主張している。
「王族を乗せるような船じゃないけど、タダシ王国へ追い風。しばらく我慢して欲しいニャア」
そして、猫耳がもう一人出てきて言う。
商人服を着た少し困り顔のこちらは、黒毛の
聖王国方面を担当する支店長という地位にあるらしい。
「いえ、立派な船に思います」
聖姫アナスタシアの乗り込んだ乗客定員は六百人ほど。
三本マストの立派なガレオン船は、代表者の二人の名前を取ってクリスピー&フレーク号と言うそうだ。
このクリスピーとフレークという、どこか美味しそうな名前の
だが、
そう思って安心して船に乗り込んでいたのに、聖姫アナスタシアはすぐにとんでもないものを目にする。
「あれは、海賊船ではないですか!」
航海素人の聖姫アナスタシアにもわかるほど、デカデカと黒いドクロマークの旗がはためいている船が三隻も接近してくる。
「そうニャーねえ」
船長のクリスピーはのんきに笑っている。
「そうニャーじゃないですよ!」
聖姫アナスタシアは健康優良で、視力がとてもいい。
船の大きさはざっとみて、こちらと同等レベル。しかも、向こうは帆船のこちらとは違いガレー船タイプで機動力は上だ。
「聖姫様。あれは、ガレアス船っていうんだニャー。海賊にしては、いい船使ってるニャー」
「言ってる場合ですか!」
こちらを包囲するように三隻ものガレアス船が、近づいてきた。
船の甲板には、殺気立った大量のならず者たちの姿が見える。
「しょうがないニャー。姫様が怖がっておられるようだから、みんなさっさと片付けるニャー」
「あいあいさーにゃ!」
可愛らしい猫耳の操舵長が舵をグルングルン回すと、船が横付けになった。
「にゃー! にゃー! にゃー!」
可愛らしい猫耳船員たちが尻尾を揺らしながら、各自バタバタと配置についているのを見守っていると、いきなりドーン! と大きな破壊音が聞こえた。
聖姫アナスタシアは、驚いて尋ねる。
「今の音は!」
「当船に設置されてる、魔鋼鉄砲って自慢の武器ニャ」
ドーン! ドーン! と空気を破裂させるような轟音が鳴り響くたびに、立ちはだかっていた海賊のガレアス船から黒々とした煙が上がる。
一発は海賊船の船倉に大穴を開け、もう一発は甲板にいた海賊たちに直撃して吹き飛ばしたようだ。
「大砲ですか!? 帝国の船が撃っているのを見たことがありますが、こんなに飛距離があるものなんですか?」
「まだまだこんなもんじゃないニャー! 見てるがいいニャー。敵はあと五分保たないニャー」
全弾命中!?
聖姫アナスタシアの目には、かなりの距離を凄まじい精緻で命中させて沈めたように見えた。
彼女が知る大砲の威力ではない。
得意げなクリスピー船長が説明するには、魔鋼鉄砲は普通の大砲と違って超硬度の魔鋼鉄という素材でできているので火薬をどれだけ使っても砲身が割れないそうなのだ。
それでこの威力と、聖姫アナスタシアは息を呑む。
船長の予言通り、目の前で三隻の立派なガレアス船がボコボコになって沈んでいく。
戦勝に湧くクリスピー船長たちを他所に、困り顔のフレーク支店長が小首をひねている。
「クリスピー
「なにがニャー」
「ここらの海賊は、もう猫耳商会に手を出してこないはずニャア」
さんざん魔鋼鉄砲でボコボコにしてやったため、各地の海賊は猫耳商会の旗が立ってる船には近づいてこなくなった。
「うーん、まあバカはいるんじゃないかニャー。それよりフレーク、積荷とか奪っておくかニャー?」
まともな海賊団に所属している船なら絶対に襲いかかってこないと思うのだが、どこにもハグレモノというのはいるものなので、知らない人間がいても仕方がない。
しかし、知恵者のフレークにはずっと考え込んでいる。
ハグレ者の海賊があんなにいい船を用意できるだろうか。
まだ聖王国の沿岸部だというのに、堂々と襲ってきたのも不可解だ。
何やらきな臭い感じがしたフレークは言う。
「いや、クリスピー姉。あそこに近づくのは止めておくニャア。どうせあの人数の海賊船だとろくな積荷もないので、関わらないのが一番ニャア」
「フレークがそう言うなら、そうするかニャー」
海の藻屑と消えた船の残骸にすがって、多くの海賊たちが何やら喚き散らしている。
横を通り過ぎる時、その姿を哀れに思って聖姫アナスタシアが言う。
「助けては差し上げないのですか」
「申し訳ないけどそれはできないニャア。姫様が乗っているからこそ、余計な面倒事はごめんだニャア」
「そうですか……」
そう言われると、聖姫アナスタシアとしてもどうにもできない。
フレークは面倒事になりそうな予感にビンビンに毛を逆立てていたし、そもそもが猫耳商会は聖王国から寄港停止命令が出ているのだ。
すでに立派な密航船である。
海賊を捕まえて聖王国の官憲に引き渡そうとしたら、逆に逮捕されてしまう恐れもある。
その時、望遠鏡を覗くクリスピー船長は言った。
「どうやらフレークの判断は正しかったようだニャー」
後ろからまた怪しげな船が接近している。
のんきに散乱する積荷なんぞ拾ってたら、挟み撃ちにされていたところだ。
「きゃー! また海賊船ですか!」
今度は後ろから、五隻の高速船が迫ってくる。
ドクロマークの旗がひらめいてるものの、もはや海軍が使うような高性能艦艇に見える。
「ひゅー。いい船ニャー。フリゲートってやつニャー。沈めるのがおしいニャー」
「言ってる場合ですか!」
「大丈夫ニャー。タダシ王国の魔鋼鉄砲は無敵ニャー!」
さっそく船を横向きにして、魔鋼鉄砲を撃ちまくる猫耳商船。
敵の立派なフリゲート艦がまたたく間に一隻沈み。慌てて艦首から大砲を撃ったが、大砲の飛距離の違いかこちらには全然届かない。
「よーそろー! このまま距離を取りつつ撃ちまくって撃沈するニャー」
「あいあいにゃー!」
大砲を載せた最新鋭艦ですらクリスピー&フレーク号の戦闘力には敵わず全て沈み、その後は順調な航海を経てついに聖姫アナスタシアはタダシ王国の港へと足を踏み入れることになるのだった。
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