第16話「森をつくる」

 俺が耕した畑にジョウロで水を撒いたベリーが素っ頓狂な声を上げた。


「タダシ様、ほほほ、ほんとに芽が生えてきてますよぉ!」

「だから言っただろう。水を撒いたあとは肥料だ。アーシャ、ローラは肥料となる貝殻の粉末を用意してくれ」


 タダシがくわで耕して、そこに種を植える。

 試しに、畑仕事が得意だというベリーに水や肥料を撒くのを任せてみたのだが。


「す、すごい。木がニョキニョキって生えてきますよぉ!」


 他人が肥料をやっているのを見るとよくわかるが、ほんとにニョキニョキ生えてきて面白い。

 このペースなら、ちゃんと二日で大樹まで成長するだろう。


 これで、タダシが耕した畑なら他の人間が肥料を撒いてもいけるということがわかった。


「ベリーよくやった。続けて頼むぞ」

「はい!」


 アーシャ、ローラ、ベリー、エルフ三人娘は役割分担してテキパキと働く。

 誰かと一緒に働くというのも良いものだ。


 ほんの一時間ほどで持っていたヒノキの種と椎の実を全部植えて、肥料も撒き終えた。

 これで、あと二日すれば海岸から少し離れたところに森ができて、食糧と木材の供給源となってくれるはずだ。


「これだけでは彩りが寂しいから、ハタケキノコやタンポポも適当に撒いておくか」


 今の所、食べられる菜っ葉がタンポポしかないのだ。

 タンポポはお茶にしたり、根を焙煎ばいせんしてタンポポコーヒーにしたりと意外な活躍を見せてくれるのだが、できればそろそろまともな野菜が欲しいところだ。


「ふーむ、この辺りまで内陸ならどうかな」


 タダシが思案しているので、ベリーがやってきて尋ねる。


「肥料やり終わりました。タダシ様は、次に何をなされるのですか」

「うむ、いちいち川に水を取りに行くのが面倒だから、この辺りに井戸が欲しいと思ってな」


「それなら私にお任せください。島で井戸掘りをしたこともありますから!」

「いや、必要ない」


 タダシがズボッとくわを振り下ろすと、ズボボボボボボボッと衝撃が走って地揺れが起こった。


「ななな!」

「当たりのようだな。少し離れていろ」


 地中の水脈に当たったのを感じたので、そろそろ来るなと思ったら大量の土砂とともに水がバシャッと逆流して吹き出してきた。

 これで一気に穴が貫通したわけだ。


「これ、どうなってるんですかぁ」

「地中の水脈を探して耕しただけだ。そうすれば井戸になるだろう」


 ベリーがフリーズした。

 ちゃんとわかりやすく説明したつもりが、タダシの説明はわかりにくかったようだ。


「……タダシ様のおっしゃってることが凄すぎてよくわかりませんが、ともかく井戸から水を汲み上げる道具が必要ですね」

「これで足りるか?」


 道具ならすでに作ってある。

 ツタと木のおけと、支柱になる木材。あとは井戸に落ちないように周りを固める魔鉱石。


「十分です。早速みんなで組み立てていきますね」

「俺も手伝おう」


「いえ! 私達にもやらせてください。これくらいのことなら私もできますので、タダシ様はどうかお休みを!」

「そうか。井戸を造ったことのあるベリーに任せたほうが良さそうだな。では、俺は少し早いが食事の準備をしよう」


 どう言っても休まないタダシに苦笑すると、三人のリーダー格のアーシャが、「井戸は私とベリーで造るから、ローラはタダシ様を手伝って」と手配した。


「クルルル!」

「おお、よしよし。よくやったなクルル」


 浜辺に戻ると、クルルが大量の伊勢海老やアワビ、サザエなどを穫ってきてくれていた。

 ほんと気が利くやつだ。


「よし、塩もできてるな」


 土器の底に溜まっている塩をちょっと舐めてみると、ほんのりと甘さすら感じるいい塩だ。

 自分で作った物だと思うと、美味しさも一入ひとしおといったところか。


「タダシ様、私は何をやったらいいでしょう」

「そうだな。イセリナたちが残していってくれた昆布やワカメを取ってきてくれるか。出汁を取るから、昆布を大鍋の水に浸しておいてくれ」


「はい、ただいま」


 時間があるので、今日はちょっと手間をかけよう。

 俺は、石臼でゴリゴリと椎の実を粉にし始める。


「もしかして、パン作りですか?」


 海鮮スープの下準備を終えたローラがやってきて尋ねる。


「よくわかったな。椎の実の粉でもパンやクッキーを作れると聞いたことがある」

「私はパン作りならやったことがあります。ぜひお任せください」


「なるほど。俺も学びたいから一緒にやろう」

「はい!」


 二人してゴリゴリと、粉にしたものをこねてパンにしていく。


「おっと」

「椎の実の粉だけだと崩れやすくなるから、本当は小麦粉を混ぜたほうがいいんですけどね」


「なるほど。イセリナは、小麦を持ってきてくれるかな」

「きっと持ってきてくれますよ。これでも大丈夫ですよ、塩があるだけでも大変助かります」


 そうか、ここで塩が生きてくるか。

 自分で作ったものが役に立つと嬉しくなる。


 塩は人間の生活に必要不可欠だから、もっと増産しておこう。


「あとはオーブンで焼くだけですね」

「ふっくらとはしてないが、主食にするにはちょうどいいかもしれない」


 熱した魔鋼鉄の板の上で、平べったいパンを焼く。

 ちょっと味見してみたが、砂糖がなくてもよく噛み締めていれば天然の甘味が出てきて美味しい。


「砂糖があれば甘い菓子もできるんだがな」

「サトウキビは、島にありますよ。きっとイセリナ様が持ってきてくださいます」


「そうか、それは楽しみだ」

「はい」


 やはり島はある程度文明的なところなのだな。


「次は、海鮮スープだ。沸騰する前に昆布は取り除こう、エグみが出てしまうから」

「よくお知りなんですね」


「これでも一人暮らしが長かったからな」


 さばいた伊勢海老の身や、殻を取り外したアワビやサザエ、あとワカメもガンガン入れていく。

 豪快すぎて笑ってしまう。


 こんなに新鮮な食材ばかり、元の世界のことを考えると本当に贅沢な漁師鍋だ。

 ローラと二人の料理が終わる頃、井戸造りを終えたアーシャとベリーも戻ってきた。


「よーし食事にしようか」


 海鮮スープに箸をつけると、エルフ三人娘は「美味しい、美味しい」と口々に言ってくれた。

 主食のパンができたのもありがたい。


「クルルル」

「そうかクルル、パンも美味しいか?」


 椎の実を食べ慣れてるせいか、クルルはパンもお気に入りのようだ。

 クルルは、落ちてる骨でもなんでも美味しいって食べるんだけども。


「昆布で出汁をとられてワカメまで食べられるなんて、タダシ様は私達、海エルフと同じですね」

「他人とは思えませんよ」


 一緒に鍋を囲むとより仲良くなれるというものだ。

 しっかり働いてくれた労をねぎらうため、俺はタンポポを刻んでお茶やコーヒーにして出してみた。


「これは苦い、お茶のほうがいいです」


 ベリーとローラは、タンポポ茶は飲めるがタンポポコーヒーは苦手のようだ。


「タンポポコーヒー美味しいです」

「そうか、アーシャはいける口か。ノンカフェインだから、物足りない感じもするんだけどな」


 元の世界ではコーヒー飲みまくりだったから、少しさみしくもある。

 聞いてみたが、島にもお茶やコーヒー豆は存在しないそうだ。


「ところで、カフェインってなんなんですか?」

「うーむ、そうか。カフェインはわからんよな。気にしないでくれ」


 どこかで手に入れられるといいんだけどな。

 うっとりした顔でタンポポコーヒーを飲み終えたアーシャが言う。


「タダシ様、午後はどうされますか」

「うむ。やはり、今日中にガラスを作れるところまでやってみたい」


「はい! お手伝いさせていただきます!」


 自分の得意分野になると嬉しいのか、ガラス職人のアーシャは喜んで張り切りだすのだった。

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