第146話「砂漠の平定」

 敵の魔将を倒しても、未だ多くのミイラ兵が残っている。

 タダシが鍬を振るうたびに、ゴゴゴゴゴゴッ……と音を立てて大きな地割れができていく。


「なかなか上手く落ちてくれないな」


 しかし、全てを落とすのに苦労している様子。

 そこに猫耳賢者シンクーが声をかける。


「穴の中に押し込むのは、任せてほしいニャー! 知恵の女神ミヤ様! どうかうちにお力を貸してください! 怒涛の氾濫ハクティック・デリュージ


 洪水の魔法でタダシが作った地割れへと敵を押し流すシンクー。


「いやあ助かるよシンクー」

「これぐらい活躍しなきゃ商人賢者の名が泣くニャー! 怒涛の氾濫ハクティック・デリュージ!」


 最近はタダシの神技が凄すぎて、作戦参謀としてどうも思うように活躍できないシンクー。

 活躍の機会を逃してなるものかと、青い猫っ毛を逆立てて躍起になってあらゆる角度から洪水の魔法を放ち続ける。


 加護の☆が増して、魔力が上がっていたのも良かったのだろう。

 全てのミイラ兵を落として、あとはタダシが地割れを閉じれば百万のミイラ兵はまたたく間に処理される。


 ミイラ兵はもとが砂なのですぐ土に帰るだろう。

 ふと考えて、タダシは懐からヒノキやシイノキの種を取り出して風に乗せて、地割れへと落としていく。


「ミイラは、栄養があるらしいから肥料になるかもしれないね」


 そうして、祈りをこめて地割れを元に戻すと。

 果たせるかな、ニョキニョキと青々としたヒノキやシイノキが生えてきて、グリーンベルトができた。


 こうしておけば、荒れ地しかないアージ魔王国にも大きな実りをもたらすことができるだろう。

 さっそくミイラ兵を肥料にした土壌の改良を考え出したタダシに、シンクーは呆れたように声をかける。


「タダシ陛下。気持ちはわかるけど、農業は戦争のあとにするニャー」

「そうだったね。早くこんな不毛な戦争は終わらせなきゃな」


 こうして、遮る敵軍を全て潰したタダシ達は、敵の本拠地であるアージ魔王国の中央部にある広大なワース砂漠に向かうのだった。


     ※※※


 神聖アージ魔王国建国以来……。

 いや、それ以前から不眠不休の勢いで働き続けていた剣の魔将ナブリオは、眠ってしまっていたことに気がつく。


 超人的な力を持つアージデビルとて、休息は必要だ。

 たった一人で王国の全てを回していたナブリオは疲労困憊していたのだ。


「やけに静かだ……」


 魔臣ド・ロアに内務を預けて、忙しくなくなったのはいいが、連絡がないのも不安になるものだ。

 ふと後ろを見ると、白いすだれの内側からは魔王フネフィルの祈りの声が聞こえて、ミイラ兵が断続的に出現しているのが見える。


 その勤勉さには頭が下がる。

 だからこそ、魔王フネフィルにナブリオは賭けたのだ。


 結局のところ、この王国でまともに役に立っているのは魔王フネフィルと大宰相のナブリオだけと言える。

 だからこそ、種族の違いはあれど同じ魔人である魔臣ド・ロアの助けはありがたかった。


 これでナブリオの完璧な計略は、さらに完全さを増したはずだ。

 しかし、この妙な胸騒ぎはなんだ……。


「誰かおらんか。戦闘の状況はどうなっている?」


 呼べば応えるはずの従卒がいない。


「弓の魔将アリモリは、槍の魔将ブラッドマンはどうなった。誰かおらぬか」


 ようやくその声に答えて、入ってきた人間の男が答えた。


「彼らは、二人とも死んだよ」

「はあ、人間だと……」


 なぜ人間がこんな場所に、寝起きのぼんやりとした頭を押さえる剣の魔将ナブリオ。


「君が魔王か? このピラミッドは完全に包囲させてもらった。悪いことは言わないから降伏してくれ」


 突然現れた人間の男に引き続いて、魔臣ド・ロアがやってきて言う。


「タダシ王、その男は剣の魔将にして大宰相のナブリオです。その奥の間にいるのが、魔王フネフィルです」


 魔臣ド・ロアの言葉に、血のように赤い目を見開いて驚くナブリオ。


「タダシだと!? 冗談ではない! なぜタダシがこんなに早く、百万のミイラ兵はどうした! なぜ私に報告が来ない!」


 完全に不意を突かれたナブリオの頭は混乱するばかりだ。

 それを哀れんだ目で見つめて、魔臣ド・ロアが応える。


「報告は、私が止めさせてもらった。従卒を呼んでも無駄だ。みんな包囲されたのを見て降伏している」

「魔臣ド・ロア! 貴様、裏切ったなぁああ!」


 ここでようやく、剣の魔将ナブリオは謀られていたことを悟った。

 しかし、それでも心の何処かで、ありえないという気持ちが拭いきれない。


 あの、誇り高き魔臣ド・ロアが人間ごときに協力するなど信じられなかった。

 そんなナブリオの気持ちを知ってか知らずか、魔臣ド・ロアは言う。


「私は、我ら魔族にもっとも犠牲が少ない道を選択しただけだ」

「それが、誇りある魔人族を裏切り、人間に協力することだとでも言うのか!」


 魔人族が、人間に膝を屈するなどあってはならない。

 そう叫ぶ剣の魔将ナブリオに、哀れんだ目で言う魔臣ド・ロア。


「元はと言えばお前のやり過ぎが原因だ。勝てない相手を敵に回した、己の不明を恥じて降伏しろ」

「降伏だと! ふざけるな!」


「もう戦は終わりだ。ナブリオ、彼我の戦力差がわからないほど、お前は愚かではなかったはず」

「黙れ裏切り者が! 私は、お前とは違う!」


「この期に及んでどうするつもりだ」

「そこで見ていろ! 魔人族に敗北などあってたまるものか!」


 剣の魔将ナブリオは、魔王フネフィルがいる白いすだれのなかに押し入る。


「フネフィル! 死者の書ペレト・エム・ヘルゥを貸せ!」

「何をするのだ。乱心したかナブリオ! これは、冥神アヌビス様の大事なる神器なるぞ!」


「こうするのよ」

「うあああ!」


 突如として禍々しい瘴気が爆発的に広がり、白いすだれが弾き飛ばされた。

 弱々しい老神官である魔王フネフィルは、その場に倒れてジタバタしている。


 フネフィルの魔王としての威厳のないその姿。

 おそらくそれがためにすだれの奥で身を隠していたのだろうが、それはこの際どうでもよい。


 その老人の手から死者の書ペレト・エム・ヘルゥを奪い取った剣の魔将ナブリオは、見る間にその黒々とした肉体を巨大化させていく。


「フハハハッ、もう止められんぞ! このピラミッドの中で私を敵に回したのは間違いだったと知れ!」


 魔臣ド・ロアの説得を見守っていたタダシも、いきなり目の前で起こった仲間割れに驚いて叫ぶ。


「どういうことだ!」

「お前がタダシだったな! 冥界の神アヌビスに加護を受けた我が身は、この中心部でこそ最強となる!」


 瞬く間に巨大化していった剣の魔将ナブリオの巨体は、ピラミッドの天井を突き抜けていく。

 当然ながら、バラバラとピラミッドを形作っていた巨石が崩れて落ちていく。


「あいつ! なんて迷惑なことをするんだ!」


 念のために、ピラミッドの中に仲間を入れてなくて良かったとタダシは思う。

 安心してもいられない。


 バラバラと崩れ落ちるピラミッドから、タダシ達も慌てて退出する。

 そんなタダシ達と一緒に、「ひー!」と叫び声を上げて、古代エジプト風の神官服に身を包んだ白髭の痩せた老人が逃げていく。


 あんなのが、魔王フネフィルだったのかと呆れている間もない。


「ディグアップウエイブ!」


 タダシが、崩れてくる巨石を土の波で器用に跳ね除けて、崩落に巻き込まれないようにアーチ型の退避ロを作り出す。

 ついでだから魔王フネフィルも潰れないように助けてやろう。


 こうして、なんとかタダシ達はピラミッドからの脱出には成功したが……。

 赤い花崗岩かこうがんで彩られた美しいピラミッドは、無惨にも完全に崩れてしまった。


 ちょっともったいない感じもする。

 そうして、そのピラミッドの残骸を踏みつけるように、更にその身体を巨大化させたナブリオが叫んだ。


「計画が完全に崩れてしまったは仕方がないが、ここにタダシがやってきてくれたことを僥倖ぎょうこうと思うこととしよう!」


 勝ち誇って叫ぶナブリオに、タダシは叫び返す。


「むちゃくちゃをするなあナブリオ!」


 味方ごと圧死させかねない巨大化をいきなりやるとは、とんでもないやつだ。


「タダシよ、聞け! 私は、用意周到な腐敗の魔王サムディー様が密かに遣わされた使徒の一人なのだ」


 どうやら腐敗の神ゲデは、腐敗の魔王サムディーの予備として、ナブリオにも力を分け与えていたらしい。

 まだそんな者を残していたとは、なかなか神というのもしぶといものだ。


「生産王タダシよ! ここでお前を討ち、幽閉された神々を救い出し! 新たな新秩序を創り出してやるぞ」

「勝手なことばかりを言うな!」


 さすがに、争いを好まないタダシもナブリオを降伏させることは諦めた。

 もうやっつけてしまおうと、さっと鍬で土を耕して何かを地面に撒いた。


「貴様は、ここでその礎となるがいい!」


 巨大化したナブリオの、ビルほどもある巨大な拳がタダシに向かって強く叩きつけられる。

 ただ膨れ上がった巨大なる神力を全力で乗せたパンチ。


 単純にして無比!

 タダシは、どれほど強い神技を使えようがただの人間!


 不意を突かれたタダシは、何の行動もできずにその巨大な拳の前に圧し潰されるはずであった。


「言いたいことはそれだけか」


 ナブリオの拳の下から、タダシの声が聞こえる。


「な、なぜ生きている!」


 ナブリオが慌てて拳を上げてみると、なんとタダシの周りをなにかの樹木が生えて守っている。


「樹木だと! ただの樹が、私の拳を止められるなど!」


 ドスン! ドスン! 

 何度も拳を打ち付け、そのたびに地面はめちゃくちゃに崩れるが、それでもタダシはびくともしない。


「無駄だ。これは、世界樹なんだからな」


 タダシが先程撒いたのは、世界樹の種だった。

 イセリナ達、海エルフのみんなが、何かの役に立つかもと丁寧に拾い集めて持たせてくれた種だった。


「世界樹を生やしただとぉ!」


 何度拳を振り下ろしても、タダシを守る世界樹の根は枝はビクともしない。

 イセリナ達がタダシの安全を願って集めてくれた世界樹が、悪しき神の神力などに負けるわけがないのだ。


 タダシは、イセリナ達の思いをありがたく感じて叫んだ。


「お前の負けだナブリオ!」


 ビルのように巨大なナブリオの足にも、世界樹の枝がまとわりついてきた。

 まるでそれ自体が意思をもっているかのように、世界樹はタダシを守りその敵を飲み込もうとしている。


「バカな! 私は、腐敗の神ゲデ様の力をぉおおお!」

「だから、かなわないんだ」


 腐敗の神ゲデの汚泥の神力は、植物の持つ命の力の前には肥料となるだけ。

 まさに、タダシの存在こそがナブリオの天敵であった。


 ここで、ようやくナブリオは思い出した。

 自分が剣の魔将であったことに。


「見ているがいい! こんな枝など、我が剣でぇえええ!」


 幾重にも枝に絡みつかれてもがきながら天高く抜剣したナブリオであったが、そこまでだった。

 結局その剣は振るわれることなく、急成長する世界樹の樹木に飲み込まれてその巨体は圧し潰されてしまった。


 巨大化した魔人であっても、若い世界樹の生命エネルギーには敵わなかったのだ。

 あまりの神話的な光景に、全員絶句している中……。


 魔臣ド・ロアが、タダシに声をかける。


「先程は、お助けいただきありがとうございました」


 タダシは、応える。


「あ、ああ。こちらこそ助かった、魔臣ド・ロア。あなたのおかげで、最小限の犠牲で戦争を終わることができた」


 それに対し、静かに頭を下げる魔臣ド・ロア。

 商人賢者シンクーと魔臣ド・ロアは、以前から連絡を取り合っていて、魔族に与えるダメージを最小にするために共同作戦を取ったのだ。


 魔臣ド・ロアからすれば、裏切りと蔑まれる行為であっても、魔人族の犠牲が最小で済むのであれば協力して見せる。

 そのように柔軟な考えを持てるようになったのは、もしかすると目の前にいるタダシのせいかもしれないと魔臣ド・ロアは苦笑する。


「有能なド・ロアがうちに来てくれれば、事務仕事が楽になるのにニャー」


 魔臣ド・ロアがまとめてくれていた完璧なアージ魔王国の内政資料を受け取りながら、そう愚痴るシンクー。


「タダシ王の言う魔族と人族の融和。本当に成せるかどうか、私は外から見守らせてもらうとしよう」


 タダシがどれほど強大な神力を持っていようと、剣の魔将ナブリオのように決して恭順しない魔族が多くいることも事実だ。

 魔臣ド・ロアは、争うことはせず、恭順もせず、タダシに逆らう魔族を集めて大人しくさせておこうと考えていた。


 それは百年、あるいは千年、一万年かかるかもしれない。

 いつか本当に融和が成せるその時まで、魔臣ド・ロアは命ある限り魔族のために尽くしていくのだ。


「えっと、魔王フネフィルさんだったか?」


 そうタダシに呼びかけられて、ビクッ! と、震え上がる魔王フネフィル。

 その正体は、冥神アヌビス様に仕える弱々しい老神官であった。


 無限にミイラ兵を作り出せるという神技を持ってはいるが、それ以外には何もできない無力な老人。

 こうなってしまえば、逃げることすらできない。


「わ、私はどうなるんでしょう」


 シンクーが安心させるように言う。


「タダシ陛下は寛大ニャ。降伏して恭順するのであれば、命は取らないニャ」


 おそらく戦後は、タダシに恭順してきたアージマッドベアマン族の族長ベオガとアージアントマンの族長アンタレスなどを中心に収めることとなる。

 しかし、それらの人員だけでは国の運営は難しいだろう。


 タダシ王国ももちろん援助はするが、急速に拡大した支配領域を治めるために今は手一杯の状況なのだ。

 一度でも魔王の地位にあったフネフィルが降伏してくれれば、新生アージ魔王国の魔族も降伏しやすい。


 降伏してくれれば、それらの人員もそのまま統治に利用できる。

 それに魔王フネフィルは、ミイラ兵を無限に創り出すという神技を持っている。


 これを利用しない手はない。

 戦後のあれこれをシンクーが考え込んでいる間に、タダシが魔王フネフィルに言う。


「農業神クロノス様の伝言でね。冥神アヌビス様も、新たなアヴェスター十二神に加えようという話があるんだ」

「なんと!」


 驚きに、魔王フネフィルは顔を上げる。

 この世界へと流れ着いた冥神アヌビス様にとっても、その地上の代理人たる神官フネフィルにとっても、アヴェスター十二神に認められることはまたとない機会であった。


「このアージ魔王国の地を復興して、平和に治める手伝いをしてくれるならば、その働きは十二神の一柱として認められるに足るものになる」


 魔王フネフィル。

 いや、冥神アヌビス様に仕える敬虔なる神官フネフィルは、タダシの言葉を聞いてその場にひざまずいて言う。


「その儀が成るのでしたら、私はこの場でタダシ陛下に恭順を誓い。粉骨砕身、務めさせてさせていただきます」


 剣の魔将ナブリオにたぶらかされて魔王などというものに担ぎ上げられていた老神官フネフィルの目的は、冥神アヌビス様の神力をこの地に示して神格を上げることであった。

 それが成せるのであれば、タダシに使われることもいとわない。


 戦争に負けた新生アージ魔王国の魔王であるフネフィルには、それ以外に選択肢がないということもある。

 使われる相手が、今度はタダシになるだけの違いであった。


 ともかくも、こうして新生アージ魔王国は、タダシの下に平伏した。

 大陸の平定まで、後は旧アダル魔王国の支配領地を残すのみとなった。

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