第116話「アラフ砂漠」
聖王国の中央部。
アラフ砂漠にやってきて、
「うわー、耕し放題じゃないか」
砂漠と言っても想像していたようなサラサラの土ではない。
サボテンなどがまばらに生えていて、
「きっとアラフ峡谷を見ればもっと驚かれますよ」
そう言う聖姫アナスタシアに言われて、さらに馬を進めると凄まじい峡谷が現れた。
「これは、凄い……」
「凄い絶景でしょう。アラフは、聖王国の古い言葉で、驚愕という意味です。今をさること一万年を超える太古、
しかし、聖地とされたアラフ峡谷も程なくして草木も生えぬ砂漠となり、やがては打ち捨てられ人も通わぬようになったという。
そうして、今では聖王国に迫害された魔族が隠れ住む土地になったというのは皮肉である。
「これは、まるでグランドキャニオンだな!」
「グランドキャニオン?」
聖姫アナスタシアは、タダシの言葉に、はてなと首を捻る。
「自分が転生する前の異世界にも、こういう場所があったんだよ。かなり有名な観光地だったよ」
そうは言っても、タダシもグランドキャニオンのあるアメリカに行ったことなどないのだけど。
忙しい仕事の合間に自然豊かな土地の写真を眺めるのがサラリーマン時代のタダシの息抜きだったので、グランドキャニオンのこともよく知っている。
「観光ですか?」
「うん、なんで聖王国はこの絶景スポットを観光名所にしないのかな」
豊かになり、観光業が盛んになっているタダシ王国なら、まず真っ先にそうしているだろう。
そう言われて、聖姫アナスタシアは目を丸くする。
「なるほど、そういう例を知っておられるから、タダシ様はこの無用な土地の活かし方も知っておられるわけですね」
「そう言うわけでもないけど……」
グランドキャニオンの渓谷は、コロラド川の浸水作用で出来たものだ。
このアラフ峡谷も、今は乾いて枯れ果てているが、おそらくずっと昔は川が流れていた。
今も探せば、地下水を掘り当てることもできるはず。
そう思って峡谷の下まで降りていき、水の匂いを探してクンクンと鼻を鳴らしているタダシであったが……。
「動くな、ツノぉおおお!」
バサバサバサと乾いた音を立てて、数百人の
褐色の鱗の肌、頭に大きなツノがあるのが特徴的な
手に粗末な槍や、
「この土地の
「そうだツノ! 聖王国の人間め、また我らの土地に攻めてきたツノ!」
タダシが、手を広げて叫ぶ。
「待ってくれ、俺は君達を助けに来たんだ!」
「何だとツノ!」
そこに、シンクーが割って入る。
「ちょっと待つニャー! お前らはツノトカゲ族だニャ? うちは、猫耳商会のシンクーだニャ。あのマークを見てわからんかニャ」
シンクーは、物資を運んできた
大陸全土にまたがる国際的商業組織、猫耳商会の名は伊達ではない。
猫耳商会の販路は、アラフ砂漠にも広がり土地の魔族ともこっそり取引したりしているのだ。
「猫耳商会ツノ?」
「そうだニャー。そして、この方こそが、タダシ王国のタダシ陛下ニャぞ!」
「あの魔族でも助けてくれるという生産王様かツノ?」
なんと、生産王タダシの噂は遠くアラフ砂漠にも届いていた。
「そうだニャー! タダシ陛下は、ここを開拓して豊かな土地にしてくれるニャー!」
しかし、ツノトカゲ族の若者は叫ぶ。
「そんなこと信じられるかツノ!」
「そうだツノ! 聖王国の人間もいるツノよ! もう絶対に騙されんツノ!」
シンクーが言っても、なかなか聞き分けない。
どういうことかとタダシがシンクーに聞くと、聖王国軍は魔族である
聖姫アナスタシアが顔をうつむかせて、苦しげに言う。
「聖王国は、魔族を同じ人とは思ってませんでしたから……」
「そういうことでしたか」
タダシもそれに納得して頷く。
相手を同じ人ではない異教徒や蛮族などと思えば、人は人に対して酷いことができるものなのだ。
「話し合いでは
タダシは、わかったと頷く。
どうせやろうと思っていたところだ。
タダシは、恥ずかしさをこらえて、わかりやすく芝居がかった口調で言う!
「ツノトカゲ族よ見るが良い! この枯れ果てた地に恵みをもたらす、農業の神クロノス様の加護の力を!」
タダシの体中にある加護の☆が輝きを増していく。
まばゆい光の中で、タダシは魔鋼鉄の鍬をサクッと土に叩きつけた。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
地中から激しい振動が起こり、みんなは腰を抜かすほど驚く。
そして、地中から大量の水が噴き上がってきた。
プッシャアアアアァァァァァァァァァッ!
次々と地中から噴き上がった激しい水流、雨となって降り注ぎツノトカゲ族達の乾いた顔を濡らして、天に虹を作る。
「砂漠に雨が降ったツノ!」
「こ、これは! まるで故郷にあった河だツノ!」
ツノトカゲ族は、手にした武器を取り落して、天にかかる虹を仰いだ。
次から次へと、地中から
アラフ砂漠は、太古の昔にそうであったように清らかな河が流れる住みやすい土地へと変わったのだ。
その光景は、かつてツノトカゲ族が棲んでいた豊かな湿地を思わせて、皆を涙させた。
シンクーは誇らしげに叫ぶ。
「どうだニャー! 生産王タダシ陛下の奇跡の神力は!」
ツノトカゲ族達は、慌ててタダシの元に駆け寄り、地面に頭をすりつけるようにして口々に叫んだ。
「噂に聞いた通りの生産王様だツノ! 疑って申し訳なかったツノ!」
「タダシ様! 救世主様! どうか我らをお導きくださいツノ!」
タダシは、ようやくわかってもらえたとホッとすると、従順となったツノトカゲ族にも協力してもらってアラフ砂漠の大開拓を開始するのであった。
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