第131話「最終決戦」

 座礁した超弩級戦艦ヤマトの甲板では、慌ただしく海軍士官達が走り回り調査している。

 甲板に上がった皇帝フリードリヒに、技術士官が報告する。


「船を押し留めたこの柱は、辺獄へんごくに生える魔木です」

「あの鋼鉄よりも硬いという呪われた樹木か。地中に埋まる暗黒神ヤルダバオト様の影響によるものとも聞いたが……」


 味方であるはずの暗黒神ヤルダバオトの力を利用されてやられたとは、皮肉なものだと皇帝フリードリヒは渋い顔をした。

 これで、帝国艦隊は敵の目前で航行不能に陥った。


 ヤマモト提督以下帝国軍の士官達は、皇帝フリードリヒの前に集結し決意を持って叫ぶ。


「かくなるうえは帝国海軍の意地にかけて、全員でボートを漕いででも海岸にたどり着いて、敵戦線に突撃を仕掛けます!」


 士官達も提督の言う通りだ、特攻だと叫ぶ。

 しかし、それに対して皇帝フリードリヒは手を振って冷淡に言った。


「ヤマモト提督。もう良い」

「しかし、我らでもおとりぐらいにはなります!」


 いいや、囮にすらなれないと皇帝フリードリヒにはわかっていた。

 敵は海岸線に大砲を並べて、強固な防衛網を張っている。


 そこに小舟で漕ぎ寄せるなど、無駄死にでしかなかった。


「もう良いと言った。艦艇が動けずとも、こちらには各艦に搭載した数百匹にも及ぶドラゴンゾンビどもがある。そして、二人の魔王と、神々より加護を受けし百人の一族郎党がおる」

「そこにどうか、我々もお加えください」


「くどい! 小舟で突撃など足手まといになるだけだと言ったのだ。無駄に兵を殺すことなど、皇帝である余が許さぬと知れ!」

「承知、致しました……」


 皇帝フリードリヒの言葉は常に正しい。

 だが、この最後の決戦で自分達は命をけることすらできぬのかと、悔しげに白い海軍帽を取ってグシャッと握りつぶすヤマモト提督。


「ヤマモト提督。全艦隊に空中突撃戦に移行すると通達せよ。帝国海軍は、ここから我々の援護射撃をするのだ。良いな?」

「ハッ! 了解致しました!」


 こうして、海からは帝国艦隊のビーム掃射、陸からはタダシ王国の魔鋼鉄の砲弾が飛び交う中で、アヴェスター大陸の命運を分ける最後の空中戦が始まった。


 おどろおどろしく一際巨大なドラゴンゾンビ。

 その上に、身にまとう暗黒の瘴気で色あせた黄金の甲冑に身を包み神槍を携えた皇帝フリードリヒが乗って超弩級戦艦ヤマトの甲板よりゆっくりと飛び立つ。


 そして左右を守るように、優雅なるグリフォン・ロード歓喜の魔王ボルヘスと、ドラゴンゾンビ軍団を操るゾンビ・ロード腐敗の魔王サムディー。

 二人の魔王達が飛ぶ。


 さらにそれに前後して、皇帝フリードリヒを守るように皇帝の一族郎党が乗るドラゴンゾンビが帝国艦隊の甲板から次々に飛び出し、タダシ王国の空を黒く染める。

 タダシ王国の側も、それを迎撃すべくカラフルなドラゴンやワイバーンに乗った勇者達が多数飛び出して、両者は空で激突してすぐに乱戦となった。


「皇帝家長女、ガルシアである! 全ての者は道を開けよ!」


 ブンブンと鎖付いた超巨大なトゲトゲの鉄球を振り回しながら、皇帝家最強の腕力を持つ長女ガルシアがドラゴンゾンビに乗って進む。

 そこに小型のワイバーンに乗った獣人の勇者エリンが、青白く輝く魔鋼鉄の剣を煌めかせて飛び込んできた。


「獣人の勇者エリンだ!」

「ふんっ! 殲滅の神鉄球フェアニヒテン・ガンツ!」


 ガルシアは、冷静に鉄球を飛ばす。

 小回りの利くエリンのワイバーンにそれはかわされるが、この攻撃の本命は別にあった。


 ガルシアがクィと柄を握った手を引くと、鉄球の鎖がまるで生き物のように動き、エリンの剣をガッチリと鎖に巻き込んでしまう。

 鉄球をぶつけるのではなく、神器の鎖を使って相手の武器を折るのが本当の目的なのだ。


 この鎖にはくしの歯のような深い切れ込みが入っており、一種のソードブレイカーの役割をしている。

 豪快に見えて繊細なからめ手。まさに、陰険なガルシアの性格を表している武器だ。


 神器の鎖が相手の剣に絡んだ以上、ガルシアは勝ったと確信する。

 いかなる武器であろうと、この神器の鎖に巻かれれば折れてしまう――


 ――はずだった。


「負けるかぁ!」


 そう叫んだエリンは、鎖に巻かれた魔鋼鉄の剣を離さずにそのままガルシアに突っ込んでくる。


「バカなっ! 神鉄の鎖だぞ、折れろ! 折れないかぁああ!」


 いくら鎖を引いても、エリンの剣は折れなかった。

 それどころか、これでは逆にガルシアの動きが封じられてしまう。


「折れるものか! この魔鋼鉄の剣は絶対に折れない! これは僕達の絆だから!」

「小癪な獣人の、ガキがぁあああ!」

 

 二人は空中で火花を散らして激突し、一進一退の攻防を続ける。

 こうして両軍は空中で正面からぶつかって、次々に激しい空中戦が繰り広げられていた。


 ドラゴン部隊を率いるズボンの元気そうな少年(に見える竜人の少女)竜公ドラゴン・ロードグレイドとスカートの可愛らしい少女(に見える竜人の少年)小竜侯ワイバーン・ロードデシベルが奮闘している。

 ぶつかり合うドラゴンの軍団は、タダシ王国の側が百匹のドラゴンに千匹ものワイバーン部隊が随伴しているだけあって数では有利。


 だが、厄介なのはドラゴンゾンビの強さと、それぞれに乗っている☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆テンスターの加護を与えられている皇帝家の一族郎党だ。

 一対一でぶつかるとドラゴンゾンビの方が戦力として強いので、グレイド達がその分頑張って敵を落とさなければならない。


「アハハハッ、落ちろ落ちろ! 俺様の輝ける竜の剣閃、竜光剣ドラゴンライトニングソードを喰らえ!」

「ぐはぁあああ!」


 さすがは、竜公ドラゴン・ロードグレイド。

 光の剣閃でブンブンと振り回して、神々の加護に勝る皇帝一族が乗っているドラゴンゾンビを相手にしても、次々に叩き落としている。


「グレイド、遊んでちゃダメだよ」

「だって、星十個って言っても拍子抜けの雑魚ばかりで歯ごたえがなくって」


「その雑魚を潰すのが僕達の目的なんだよ。ここで一匹でも多く落とさなきゃ勝てないんだから!」


 デシベルは赤茶色の長いツインテールの髪を振り乱すようにして飛び、敵に爆弾を投げつける。

 激しい爆発に怯んだところを、鋭い爪でドラゴンゾンビの羽をザクザク斬り裂いて一度に十数匹も落としている。


 いかに上に乗っている皇帝一族の神々の加護が強くても、騎乗しているドラゴンゾンビさえ潰してしまえば海に落として無力化できる。

 皇帝一族はドラゴンゾンビに騎乗するのに慣れていない一方で、グレイド達は空中戦に熟達している。


 この差は、空の戦いにおいては絶対的だった。

 ドラゴン軍団を率いる二人は悠々と快進撃を続けていたのだが、そこに進撃を阻む者が現れた。


「オラァ! 竜のガキども! おイタがすぎると、いてこましたるぞ!」


 小柄な娘なのに、めちゃくちゃ乱暴な叫び。

 その小さな身体の二倍もあるハルバート、粉砕の槍斧イビル・ハルバードをブンブンと振り回して皇帝の次女ジョアンナが鬼の形相で突っ込んできた。


 普段は心優しき回復術士のジョアンナだが、やはり皇帝家の一族の娘。

 一度戦となると、興奮して我を忘れてバーサーカーと化すのだ。


 お互いに高位の神の加護を受けている者同士の戦闘では、デシベルの投げる爆弾は虚仮威こけおどしにしかならず、次女ジョアンナの捨て身の突進を止めることはできない。


「うわわ! 何このお姉さん、怖い!」

「チッ、矢まで飛んでくるぞ。デシベル油断するなよ!」


 次女ジョアンナの後ろからは線の細い優男である次男オズマが、紫の前髪をかきあげて矢継ぎ早に千本矢タウゼント・プファイルという魔法の矢を放ってくる。

 兄妹の巧みな連携攻撃に、さすがのドラゴンロードの二人も苦戦することとなった。


     ※※※


 一方、乱戦に陥った戦いを一変させるべく、戦略兵器とも言える存在が静かに皇帝フリードリヒに近づいていた。

 飛翔するドラゴンの上で聖剣を静かに引き抜いて、精神統一を完了させた公国の勇者マチルダ。


「ほう、あれはちょっと厄介ですね」


 歓喜の魔王ボルヘスは、莫大な神聖力の高まりを感じて、皇帝フリードリヒを守るように前に飛ぶ。

 その瞬間。


 マチルダは聖剣、天星の剣シューティングスターを青眼に構えて叫ぶ。


「天駆ける星よ。我に仇なす敵に滅びを、真・天星の剣トルゥー・シューティングスター!」


 マチルダとて、これまで何もやってこなかったわけではなかった。

 自分の虎の子である天星の剣シューティングスターがタダシにあっけなく破れたその日から、鍛錬に鍛錬を重ねてきた。


 そしてさらに英雄の加護☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆テンスターを与えられたことで、パワーアップしたマチルダの神聖力は一つの極みに達した。

 タダシがかつて使った流星破壊農家砲スターバースト・ディグアップショットをも参考にしてさらなる進化を遂げた、その名も真・天星の剣トルゥー・シューティングスター


 その極限まで高められた神聖力によって召喚される流星群は、もはやただの流星ではない。

 凄まじい勢いで降り注ぐ流れ星は、あらゆる角度から的確に皇帝フリードリヒのいる一点に集中している。


 やはり、大気圏外からの大質量攻撃はいつの時代も最強なのだ。

 このまま一気に敵を押しつぶしてしまう。


 しかし、その前に立ちふさがる歓喜の魔王ボルヘスがそれを許さなかった。


優雅なる魔王の絶界グリフォンロード・クロスフィールド、越えられるものならば越えて見せなさい!」


 優雅に華麗に、空を踊るように舞う白い鷲頭の魔王は、あらゆる流星の攻撃を見事に防ぎきって見せた。

 そうして、最後の一際大きい流星をなんとか弾き飛ばそうとしたその瞬間。


 ニヤッと笑ったマチルダの後ろから、ひょこっと飛び出た魔王レナ姫が、魔王剣・紅蓮ヘルファイアを引き抜いて叫んだ。


「獄滅の炎よ、我に仇なす敵を焼き尽くせ、紅蓮ヘルファイア!」


 まさに反則技。

 最後の流星に獄滅の炎の神力が加えられて、歓喜の魔王ボルヘスの身体に紅蓮の光球となって突き刺さった。


「うぁあああああーっ!」


 この不意打ちにはさしもの歓喜の魔王ボルヘスもたまらず、断末魔の叫びを上げて爆散した。


「やった!」


 敵を倒すためならば、騎士道に外れる不意打ちすらいとわない。

 これがマチルダの真の成長であった。


 協力して魔王を一人倒したと、喜び手を取り合う二人。

 しかし……。


「命拾いしたと、言っても良いんですかねえこれは……」


 爆散したはずの魔王ボルヘスが、ぼやきながら爆炎の中から姿を表す。


「肉体は我が死術で、保ち得た、ゆえ……」


 腐敗の魔王サムディーの力により、歓喜の魔王ボルヘスはアンデッドとなって蘇る。


「さあて、一度殺されちゃいましたが、そちらも大技を使い切ってしまったようですね。どうします?」


 切り札を失ってもなおマチルダは、毅然として聖剣、天星の剣シューティングスターを振りかざして言う。


「もちろん、ここは通さない!」


 魔王レナも、魔王剣・紅蓮ヘルファイアを構えて叫んだ。


「……わたしだって、不死の魔王レナだ!」


 腐敗の魔王サムディーは、ピエロの仮面の下の崩れた顔で、「良い覚悟だ……」と笑い、再び魔王同士がぶつかり合う空中戦が始まった。


     ※※※ 


「撃つニャ! 撃つニャ! とにかく撃つニャー!」


 青い猫耳を逆立てて叫ぶ商人賢者シンクーの叫びで、辺獄へんごくに接近するドラゴンゾンビ達に魔鋼鉄の砲撃が襲いかかる。

 タダシの新しい妻として、それぞれに神々の加護☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆テンスターを与えられた二百人の親衛隊。


 商人賢者シンクーは、彼女らを砲手として海岸線に配置し、絶対防衛ラインを形成することとした。

 神々の加護を使って砲撃すれば、前線といえど比較的安全に敵を討ち果たせるであろうというタダシの知恵袋、商人賢者シンクーの作戦である。


「ハァ、疲れるけど、もう少しの辛抱ニャー」


 タダシには一人たりとも親衛隊を殺すなと厳命されているので、シンクー自身は絶対無比の空絶アブソリュート・フィールドで防衛に徹している。

 もし怪我人がいれば、聖女王アナスタシアが即座に治療してくれるので心配は要らないと思いつつも、やはり防衛には神経を使う。


 そうして、親衛隊がドラゴンゾンビの多くを撃ち落としたその時、海中から海上へと上がりフェンリルに乗って海岸まで戻ってきたタダシが姿を見せた。


「みんなお疲れ様!」

「はぁ、ホッとしたニャー」


 全体の戦況を見守り神経を張り詰めていたシンクーは、その場にへたり込んでしまう。


「後は任せてくれ! アナスタシア! そして、みんなも力を貸してくれるか!」

「はい! もちろんです!」


 妻である聖女王アナスタシアと、そしてノエラ達親衛隊もタダシの元へと集まってくる。

 知恵の女神ミヤから神の見えざる目を与えられているタダシには、シンクー達がだいぶ数を減らしてくれたおかげもあって、皇帝フリードリヒの乗るドラゴンゾンビが黒い瘴気のように見えていた。


 これまで、ずっと暗黒神ヤルダバオトの化身と戦い続けて来たタダシだ。

 あれを辺獄へんごくに近づけてはいけないとわかっていた。


 タダシと、皇帝フリードリヒの加護の数は互角。

 だが、タダシには二百人を超える妻達の助けがある。


「くるるる!」

「そうだな。お前も力を貸してくれ」


 そして、自分も忘れてくれるなと可愛らしく鳴くフェンリルのクルルがいる。

 聖女王アナスタシアが言う。


「タダシ様のお力ならば、必ずや悪しき者達を討ち果たせます!」

「ああ、そうだね。俺にはそう言ってくれるみんながいるから、アヴェスターを守る神様達。どうか世界を守るための力を……最終農家砲ファイナル・ディグアップショット!」


 ピュキューン!


 タダシが静かに祈るように魔鋼鉄のくわを振るうと、青白い浄化の光が天空へと放たれる。

 その光は、次第に大きく広がっていく。


 ズゴォオオオオオオオオオオオオン!


 やがて、それは天空を震わせる巨大な光の奔流ほんりゅうとなってドラゴンゾンビの軍団を飲み込んでいく。


「綺麗……」


 思わず、聖女王アナスタシアはそうつぶやいた。

 その光は、まばゆい虹となって皇帝フリードリヒを含んだドラゴンゾンビの軍団を全て粉々に消し飛ばしてしまった。

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