第7話 仲間ができたわ!
かくしてパーティを結成した四人は、引き続き薬草の採取を行うことにした。
国営ダンジョンに挑むための薬の材料の確保もあるが、その前にパンダの装備を整える金も必要になった。
余った薬草はトリスの父、エドガーの店の卸す。それでひとまず最低限の装備は手に入るだろう。
「本当に薬草採取のお金は私の防具に全部当ててくれるの?」
「ああ。流石に四人で分けるとまともな装備を揃えられないからね」
「進んでタダ働きしようだなんて、あなた達ほんとお人好しね」
「その分国営ダンジョンでは思いっきりこき使ってやるわ。覚悟してなさい」
フィーネの刺々しいセリフを、ロニーが翻訳する。
「要は先行投資みたいなものだから気にするなって言いたいのさ彼女は」
「私も早くフィーネ語覚えないとね」
「……うるさい!」
フィーネは顔を赤くして力任せに薬草を引き抜いた。
それを見て楽しそうに笑うパンダを、横目で観察するロニー。
パンダのことを完全に信用できたわけではない。
むしろ疑問は未だに多く残っている。
先ほどパンダが話した彼女の過去がどこまで本当かは分からない。
――だが少なくとも、この少女は悪人には見えない。
ロニーも別に、そういうつもりでパンダに注目しているわけではない。
単に、このパンダという少女が放つ異質さの説明ができないのがもどかしいだけなのだ。
ロニーはちらりと、パンダが腰に下げている薬草袋を見やった。
ロニー達と合流するまでに、パンダは既に半袋分ほどの薬草を採取していた。
その中に効能のないものは一つもなく、正確に薬草を見分けていた。
ハシュールの薬は他国でも有名だ。だが何の知識もなければその材料まで正確に見分けることはできない。
彼女は明らかに、どこかで薬草の知識を手に入れている。
ハシュール出身の冒険者は薬草採取も一つの登竜門だ。薬草の知識も得られるだろう。
だがパンダは流れ者で、冒険者になったのもつい先日。薬草の知識はあるくせに冒険者としての知識は全く持っていなかった。
冒険者としての場数は全く踏んできていない証拠だ。
なのに卓越した短剣術を有している。
……いや、卓越した、などという表現では収まらない。
あの一瞬で見せたパンダの剣技は尋常ではなかった。
ロニーはルドワイア国の騎士になることを夢見て日々努力を重ねてきた剣士だ。一度だけ、ルドワイア騎士の剣術を見たこともある。
ルドワイアと言えば、魔族と最前線で百年以上戦い続けている、人類最強の軍隊が存在する強国だ。
そんなルドワイアの騎士と比較しても、パンダの剣技はなお冴えわたっていた。
人は、レベルが上がれば攻撃速度は上がる。威力も。
ロニーには視認もできないような速度で敵を七つの肉片に分断するスキルも存在する。
だがパンダの攻撃はそういう類のものではない。
レベルシステムの恩恵によらない、純粋な技術だけで描かれた斬撃の軌跡は――ただ美しかった。
「……パンダ」
「なぁに?」
「……………………いや」
ついいくつも質問を投げかけたくなる。それをなんとか自制して、ロニーは咳払いで誤魔化した。
「君に預けた短剣だが、ちょっとした特殊効果がある。ルーンが彫られていてね」
「知ってる。魔法抵抗力減衰のルーンね」
「え……」
適当に話題を逸らすだけのつもりだったが、またしてもロニーはパンダの言葉に驚かされることとなった。
「……なぜ知ってるんだ」
そう問うロニーの方こそ分からないとでも言うかのように、パンダは短剣を鞘から抜き、彫られたルーンを指さした。
「何故って、ルーンが彫ってあるじゃない。ほらここ」
「……読めるのか」
「ええ、もちろん。あなたも読めるでしょ? 冒険者なんだから」
「……」
ロニーはもはやお手上げとばかりに肩をすくめて笑った。
「少しだけならね」
……また訊きたいことが増えてしまった。
「これってどれくらいのお金になるの?」
薬草袋を二つ満杯にした頃にパンダがトリスとフィーネに尋ねた。
「薬草袋は全部で一五個くらい持ってきてるけど、全部売ってもたぶんパンダちゃんの装備全部は揃わないかな」
「私たちが使う分もあるんだから尚更よ」
「だったらフォレストウルフを狩ったほうがいいんじゃない? そっちの方が儲かりそう」
「難しいでしょうね。フォレストウルフみたいな野生動物は彼我の戦力差を見切れるわ。私とロニーがいたら警戒して隠れて出てこない可能性が高い」
「さっきは戦えたじゃない」
「あれはもうあんたとの戦闘が始まってたってのもあるけど、なにより数が多かったしね。もう少し少数ならあいつらはさっさと逃げ出してたわ」
「ふぅん、それだとあの子たちの巣でも見つけないと確かに美味しくないわね」
「そういうこと。わかったら黙って薬草採取しなさい」
「飽きてきたのよねぇ」
「……あんたさ」
呆れ顔で睨み付けるフィーネもどこ吹く風。パンダは唇を尖らせて抗議する。
「一度で揃わないってことは明日も明後日も来るのよね?」
「そうよ。あんたの装備のためにね。ここ重要」
「面倒ね……。ダンジョンに潜れる分手に入れたらもう切り上げない? 装備はほどほどでさ」
「だめよ。装備とアイテムを妥協してダンジョンに潜るなんてご法度よ。ただでさえ最低限の装備しか揃えないんだから、最低限はきっちり揃えるわ」
「慎重ねぇ。そんなに私のこと心配?」
からかうように笑うパンダの鼻先に、びし、と指を突き刺すフィーネ。
その表情は至って真剣だった。
「これは冒険者としてのポリシーよ。何年も冒険者やってるとね……ポーションを一つ無駄遣いしたから、武器の手入れを怠ったから、スキルを一つ習得していなかったから……そんな理由で死んでいった人の話をうんざりするくらい耳にするの」
その言葉で、傍で話を聞いていたロニーも沈鬱な表情でうつむいていた。
「私は誰かの命がかかってることで手を抜きたくない。……私の怠慢であんたが死んだら寝覚め悪いなんてもんじゃないわ」
「でも飽きない?」
「飽きないわ。そもそも楽しんでた瞬間なんてないから」
「飽きた作業を続けるのって拷問よね。それも明日もだなんて、まさに地獄だわ」
「あのね、あたし達はその拷問をあんたの装備を買うために手伝ってあげてるってこと忘れんじゃないわよ? 半端な準備のまま国営ダンジョンに入って怖い思いしたくないでしょ?」
「退屈よりも恐ろしいことなんてないわ」
「……」
フィーネは苛立ったような……あるいは羨むような眼差しでパンダを見つめる。
「……そう思えるのは、あんたが本当に怖いものを見てないからよ」
「例えば?」
「……さあ? 魔人とか?」
そう言うとフィーネはそっぽを向いて薬草の採取に戻った。
そこにはこれ以上の会話の継続を拒む姿勢が表れていた。
「そうだ、じゃあ少し森の奥まで入ったらどうかな」
若干重苦しくなった空気を嫌うように、トリスが両手を叩いて提案する。
「ここは森が浅すぎるし、採れる薬草も安いものばかりだから」
「奥に行くほどいい薬草が生えてるものなの?」
「というより、エルフの森に近づくほど薬草の質は段違いに上がるの」
「ああ、なるほどね」
「ただ進むほど迷路のようになっていて、慣れてない人が無暗に深入りすると迷って出てこれなくなっちゃうから注意が必要なの。だから無理にとは言わないけど……」
「いいんじゃないか?」
話を聞いていたロニーもトリスの提案に賛同した。
「奥に行けば魔物も多少は強くなるだろうけど、俺とフィーネがいればたぶん大丈夫だ。パンダも、別に構わないよな?」
「もちろん。一番奥まで行きたいくらいだわ」
三人の視線がフィーネに集まる。フィーネも賛成すれば満場一致だが、逆に一人でも拒む者がいれば実行には移せない。
フィーネは顎に手を添えてしばし考え込んだ。
「……危険が少しでも上がるなら、私は正直行きたくない。魔物の危険だけじゃなくて、今度は遭難する危険もあるんだし」
「それなら安心して。私はお父さんの手伝いでたまに奥に行くことがあるから、案内できると思う。そこまで奥まで行くつもりもないし」
トリスの説得でフィーネがまた少し黙考する。
「正直、薬草採取に時間を取られすぎるのも考え物だ。ただでさえ俺たちがこの町に滞在できる時間は限られているんだ。それほどリスクもないんだし、悪くない話だと思う」
「……そうね、分かったわ」
最終的にはロニーの口添えでフィーネは納得した。
「じゃあ早速向かいましょ。今日の夕飯はお肉にするって決めてるんだから、それまでには戻らないと」
奥に進むほど森は闇に覆われるものだとパンダは思っていたが、このハシュールの森に限ってはその理屈は通用しないようだった。
今や世界に一つしかないエルフの森は、他のどの森よりも美しく快適だ。
森の奥に進むということは、そのエルフ領に近づくということ。
高くそびえる木々たちが太陽光を完全に遮ってしまうことは決してなく、周囲に木々が生い茂っているにも関わらず視界は広い。
軽く数十メートル先まで見渡せる上に地面は進みやすく、平地を進むのと変わりないほどだった。
遭難を危惧していたフィーネだったが、これならば問題ないだろうと安心した。
それよりも道中で見つけた果実を食べていたパンダが、奥に行くほどに美味しい果実があるのかとトリスに尋ねていたことに肩をすくめていた。彼女は何をしにきたのだろうか。
「あなた達の滞在期間ってそんなに長くないんでしょう?」
果物の芯をそこらに放り投げてパンダが尋ねた。
「まあそうだな。長くて一月ってところだろう」
「それだけ経てば少しは新魔王誕生騒動も収束してると思いたいわねね」
「一月ねぇ……じゃあそんなにがっつりレベル上げもできそうにないわね。どれくらい上げるつもりなの?」
「俺たちの滞在期間に関わらず、リベアの国営ダンジョンで上げられるのは10まで……どれだけ欲張ってもせいぜい13までだろう。それ以上はもう効率が悪すぎて無理だ」
「普通なら三カ月がかり。大急ぎで一カ月ってところね」
「じゃあひとまずレベル10が目標ってことね。思ったより上がらないものなのね」
「リビアの国営ダンジョンはレベリングを目的とした施設じゃないからな。あくまで冒険に必要な基礎的なことを学べるダンジョンだ。国柄だろうね。ルドワイア国の国営ダンジョンはガチガチのレベリングダンジョンらしい。毎年何人も死者が出てる」
ルドワイア帝国は魔族と長きに渡って戦争を続けている国だ。兵士一人とっても信じられないほどレベルが高いことで知られている。
そんな国の国営ダンジョンを一度でも味わえば、リビアの国営ダンジョンなどピクニックも同然に思えるだろう。
「10まで上げればトリスに本当に薬草師としての素質があるかもわかるわね」
「怖いこと言わないでパンダちゃん……」
「トリス、それはあなただけじゃなくて、全人類が抱える不安よ」
その人物がどのようなスキルを覚えるかは、実際にレベルを上げてみるまで分からないが、目安としてレベルが10になればその人物の適正職業が判明してくるとされている。
ちょうどその辺りからレベルが一段階上がりづらくなるので、レベルが10を超えているかが冒険者としても最初の目安にされる。
「もしトリスに重戦士の適正があったらどうしよう……私きっと笑っちゃうわ。ごめんなさいね」
「ひどいよパンダちゃん!」
「いや、それは笑っちゃうかもしれない」
「フィーネまで!」
「はは、まあその辺にしとこう。薬草師なら最悪スキルがなくても薬は作れるしな」
魔導士や神官などはスキルを覚えられなければ成りようのない職業だが、薬草師に必要なのは何よりも薬に対する理解だ。
膨大な知識を永く学び続けていけば、薬自体は作ることができる。
一流の薬草師になるためには、作成した薬の効能を上げるスキルなどが欲しいところだが、仮にあらゆる薬草師のスキルが取れなかったとしても、知識だけで薬草師になることは不可能ではない。
「スキルなしでもハイポーションくらいなら作れるわよね? なら別に問題ないんじゃない?」
「そうだね。ただポーション系はレシピが簡単だし、どこの国でも大量生産されてるからハイポーションが作れるくらいじゃ薬草師はやってけないと思う。それよりは幅広くいろんな薬が作れたり、調合の技術とかを学んだ方がいいと思う」
「そうなの。薬草師も大変ね」
「スキルなしで作れる薬でいうと、エリクサーが最高峰だね。ただ調合に必要な『虹陽草』っていう薬草がほとんど見つからないから全然出回らないんだけど」
「にじびそう?」
「暗いところだと普通の薬草に見えるんだけど、太陽光を浴びると葉っぱが七色に輝くの。ポーションは使用者の自然治癒能力を劇的に高めるけど、エリクサーはそんなものじゃなくて、自然治癒では簡単には治らないような、骨の再生とか四肢の欠損とかまで短時間で治せちゃうの」
「俺も噂では聞いたことがあるな。腕がニョキニョキ生えてくるレベルの治癒効果があるらしい」
「私も聞いたことある。70レベルの神官の白魔法に匹敵するそうよ。売れば一財産築けそうね」
「すごい値段で取引されてると思うよ。まあ肝心の虹陽草の発見例が全然ないから、そうそう手に入るものじゃないけど」
「あれじゃないの?」
不意に足を止めて一点を指さすパンダ。
三人がそちらを向くと、そこには一房の薬草が生えていた。
朽ち果てたようにボロボロで、苔だらけで幹までびっしりと緑に包まれた巨木の頂点部分に生えたその薬草は、ちょうど木々の隙間から漏れ出た陽光を浴びて輝きを放っていた。
――その輝きは紛れもなく七色。
「……」
「ねえ、あれよね? にじびそう」
パンダの質問にトリスは唖然としたまま答えなかった。
「…………どうなの、トリス」
フィーネが肩をつついて、ようやくトリスが我に返る。
「……うん、たぶん」
「やっぱりそうよね! 私たちとっても運がいいわね! どうするの?」
興奮気味に尋ねるパンダ。
パンダは珍しいものが見つかってラッキーくらいに思っているのだろうが、冒険者として永くポーションと付き合ってきたロニーとフィーネは、エリクサーがどれほど市場に出回らないかを知っている。
そんなものがこんなにあっさり見つかるというチャンスに、二人とも動揺を隠しきれなかった。
「どうって……どうする?」
混乱の中、正常な判断ができなさそうだと自制したフィーネは、決定をロニーに委ねた。
あまりのことに驚いているのはロニーも同じだが、それでも答えはすぐに出せた。
「まあ……見つけたんだから採ろう」
「そうこなくっちゃ!」
年相応に無邪気に喜んでいるだけだろうと思ったロニーは、だが次のパンダ行動で眉をひそめた。
パンダはロニーから貸し与えられた短剣を鞘から抜き払うと、逆手に持ち直して姿勢を下げた。
それはフォレストウルフとの戦闘の際ではちらりとも見せなかった、パンダの戦闘態勢だった。
「パンダ……?」
「おでこについてるからちょっと取りづらいかもだけど、まあなんとかなるわよね」
「おでこ? 何を……」
言ってるんだ。
そのロニーの言葉が発せられることはなかった。
腹に響く重苦しい地響きが起こり、その最中、ロニーの目線が徐々に上がっていった。
ロニーの視線は先ほどから常に虹陽草に向けられていた。目線が上昇したのは、紛れもなく虹陽草自身が上昇を始めたからだ。
――いや、正確には虹陽草が生えている巨木自体が、上昇していた。
地響きの正体は、その巨木の身じろぎによるものだった。
一本の木に見えたそれには、よく見れば腕も頭もあった。脚に該当するであろう部位で上体を起き上がらせた頃には、はっきりとその全容が窺えた。
それは周囲の木々よりも尚高い、全長一三メートルにも及ぶ木の巨人だった。
「うそ……」
「ロニー……あれって」
「ああ、間違いない」
呆然と立ち尽くす三人と、楽しそうに笑うパンダ。
その笑みはただの少女の笑みではなかった。
強敵を前にした、その戦闘を味わいつくそうとする、獰猛な魔人の笑みだった。
「ジャイアント・トレントだ」
――魔人の眷属にも匹敵する怪物が、じろりと四人を見下ろしていた。
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