第72話 やめて!死にたくないっす!
「な、何を言っている……?」
喉元に突き付けられた剣を見遣り、ごくりと喉を鳴らすキャメル。
パンダは疑いようもなくキャメルが偽物だと分かっている。
が、その理由がキャメルには分からなかった。
確かに、パンダが魔人だというキャメルの答えはまずかったかもしれない。
だがそれだけでキャメルが偽物だという確証が得られるだろうか?
もし間違いだったとしても、笑えない冗談だと思われないものだろうか。
「もっと遊ぼうと思ってたんだけどね。歌唱力対決とか、グッド膝枕選手権とか、ホークがいつも穿いてるパンツ当てクイズとか」
「殺すぞお前」
「でもそんなことしてる場合じゃなくなったわね」
パンダはキャメルに突き付けた剣を更に一歩近づけ、
「キャラメル・キャメル」
迷うことなくキャメルの名を口にした。
「昼間に私と遊んだあの盗賊ね。変装スキルなんてレアな能力を持ってるとは思わなかったわ。それに、かなりいい演技だった。正直感心したわ」
「……じゃあ、なんで分かったんすか」
そこまでバレているのならもう観念するしかない。
キャメルは変装を解き、元の姿に戻った。
ホークとは初見だ。初めて見るキャメルの素顔をホークはじっと観察していた。
「……さっきの答えっすか?」
キャメルに失態があったとすればそれしか思いつかない。
先ほどのやり取りを反芻しても、キャメルとホークを見分ける決定的な要素はあれしかなかったように思う。
「いいえ。もっと前よ」
「前……?」
「そんな話は後だ。パンダ、こいつはお前のことを知ってる。その尋問が先だろ」
「ええ、分かってるわ。ねえキャメル、あなた……私が魔人だってどこで知ったの?」
「…………は?」
唖然とするキャメル。
「あ、あんた……魔人……なんすか? ほんとに?」
まさか正解していたとは思わず面食らう。
……いや、ならば疑問が増える。
つまり先ほどの問いに、キャメルは正解していたのだ。
パンダとホークしか知らないはずの秘密を言い当てた。なのに何故キャメルの変装が見破られたのか?
「……なんだこいつ? 知ってたんじゃないのか?」
「偶然耳にしたのよ。このことを知ってるのは私たち二人と……パイしかいない」
正確にはグレイベアやマリー、あとはビィやムラマサも知っているが、彼らに接触して情報など聞き出しているはずもない。
「大方、私に変装してパイに接触でもしたんでしょう? あの後私たちに何があったのか知らずに。そのときに、パイが何か言ったんでしょうね。『魔人のくせに』とか『魔人など信用できません』とか、そんな類のことを」
「……」
ズバリと言い当てられ言い淀むキャメル。
恐るべき洞察力。やはりこの少女は只者ではない。
「もう一度質問するわねキャメル。パイに何をしたの?」
「な、何も……」
キャメルの左肩に剣が突き刺さった。
「ガッ――!? あぐッ! ああああああああああ!!?? いだっ、痛いっす! 待ってッ! やめてください!」
「言う気になった?」
「なった! なったっす! 痛いっす! あぎいッ!」
「そ、よかった。じゃあ後五秒くらい我慢しましょうね」
「ちょ、まっ! ――ぎゃあああああああッ!!??」
パンダはそれからきっちり五秒間剣を突き刺し続けた。
ぐりぐりと刃を回転させて深くキャメルの肩を抉る。その度に肩から血が噴き出し、キャメルが絶叫した。
「あの子に何をしたの?」
「言う! 言うっすから! もうやめてくださいっす! 降参っす! 言う通りにするっす!」
「早く言いなさい」
「さ……攫ったっす!」
「どこへ」
「あ、アジト……っす。私たちの」
「どこ」
「あ、う……ぐ」
一瞬の躊躇。
そんな情報を喋ったことがバレれば、キャメルの命はない。
「……き、北に。大きな河が流れてて、その近くに塔が立ってるっす。そこがアジトっす……」
だがキャメルに選択肢などない。
パンダが魔人だとすれば、彼女はいとも容易くキャメルの命など握り潰すだろう。
――まだだ。まだチャンスはある。
キャメルは痛みに耐えながらじっと機を待った。
パンダの体内にはまだ毒が残っている。
あれが効果を発揮すれば、一気に活路は開ける。
パンダの殺害はもう無理だ。失敗だとカイザー報告するしかない。それはそれでキャメルの命の危機ではあるが、パンダとホークの情報を持ち帰ればカイザーも許すかもしれない。
今はとにかくパンダの尋問に耐え、パンダが痺れ薬で動けなくなるのを待つしかない。
「何故あの子を攫ったの? 路地裏であなたが盗賊だとバレたから?」
「そ、そうっす……それでボスが怒って」
「あなたヴェノム盗賊団? ここ最近バラディアで暴れ回ってるそうね」
「う……ぐ……」
ボスという一言だけでキャメルが組織に属していること、そしてそれがヴェノム盗賊団である可能性に辿り着いたようだ。
「そ、そうっす」
「他のメンバーはどこにいるの? あなた一人でここに来たわけじゃないでしょ?」
「……そ、の……」
口ごもるキャメルを、パンダの目がギロリと睨み付ける。
ひっ、と息を呑むキャメル。
「そ、倉庫! この宿屋の近くに倉庫があって、そこに全員待機してるはずっす! あたしが変装してあんた――あ、あなたを、その、殺したらここに来る手筈になってたっす」
「詳しく場所を教えて」
「西に三〇〇メートルくらい行くと、使われてない倉庫街があるっす。そこの一つっす。番号は32番」
「数は?」
「一二人……っす。全員男で、盗賊っす」
「人質はいないの?」
「え、ひ、人質……!? な、なんでそう思うんすか?」
確かに、パイに対する人質として攫った少年、ケリーが同じ倉庫にいる。
が、何故それをパンダが知っているのか?
キャメルの問いにパンダは自嘲気味に笑った。
「私も同じようなことをしてるのよ。パイは悪に屈するくらいなら死を選ぶような堅物よ。人質くらい用意してるんじゃないの?」
「…………そう、っす……。いるっす。同じ倉庫に、男の子が一人」
「ホーク」
パンダがホークに声をかける。
「皆殺しにしてきて。人質を解放してあげて」
「一つ貸しだからな」
平然と言い放ち部屋を出ようとするホーク。
「まッ……! ちょっと待ってくださいっす!」
慌てて呼び止める。
いくらなんでもここで彼らを殺害されたら、キャメルも後戻りできなくなる。もうヴェノム盗賊団には戻れない。
「こ、殺すことないじゃないっすか! ね!?」
「あら、大切な仲間が殺されるのは嫌かしら? じゃあ仲間のためにあなたが死ぬ?」
「え、いや、ぜ、全然大切じゃないっす。あんな奴ら嫌いっす。奴ら酷い悪党なんす、死んで当然っすよ、え、えへへ……!」
「じゃあ問題ないわね」
「で、でもやばいっすよ! あいつら滅茶苦茶強いっす! 一人じゃ太刀打ちできないっすよ!?」
時間だ。時間を稼ぐ。
あと数分。いや一分。パンダに毒を盛ってからそれなりの時間が経過している。もういつ薬の効果が現れてもおかしく――
「――え?」
その直後、キャメルの身体がガクンと崩れ落ちる。
全身から力が抜け、どんなに力を込めても指一本まともに動かせなくなった。
この症状は……紛れもなく、キャメルが用いる痺れ薬の症状だ。
「な、え……? なん、で……」
「やっと効いてきたみたいね。即効性の薬を使わないところがあなたらしくて好きよ」
「な、なにを……くすり……なんで……!?」
パンダはあの紅茶に薬が盛られていることに気づいていた?
ならば何故飲んだ……いや、飲んでいない?
毒入りの紅茶を飲んだのは、自分なのか……?
「あっ……あの、とき……!」
キャメルの脳裏に蘇る先程の一シーン。
キャメルがホークに化け、パンダに紅茶を差し出したとき。
――あのとき、パンダは喜んだ様子でキャメルに勢いよく抱き着いてきた。
……あの一瞬。あの隙に、紅茶を入れ替えたのだ。
二つのカップを握っていたキャメルに、その手の中のカップがすり替えられたことすら気づかせない早業。
昼間にパンダが見せたスリの技術……あんなものとは比べものにならない難易度。スリの達人であるキャメルですら、こんな真似はできない。
「馬鹿な……! じゃあ、初めから……!? 初めから私が偽物だって気づいて……!?」
紅茶のくだりは、キャメルがこの部屋を訪れて最初期の出来事だ。
そんな段階でキャメルの変装を見破れるわけがない。
「ホーク、さっきの質問の答えを教えてあげて。『私たちしか知らない秘密』よ」
パンダに頼まれ、ホークは面倒くさそうに答えた。
「こいつは魔眼を持っている。魔力を見通す魔眼だ。貴様の変装が魔力的なスキルなら、こいつには通じん」
「なっ――!?」
愕然とするキャメル。
それが本当なら……パンダは一目見たあの時に既にキャメルの変装を見抜いていたことになる。
その上でキャメルの演技を、内心で笑いながら遊んでいたのだ。
本物のホークが現れたときなどはたまらなかっただろう。
キャメルの必死の演技を見て、それはもう愉快な気分だったことだろう。
「……」
負けた。
完全に弄ばれた。この少女は……いや、この魔人は、決して舐めてかかっていい相手ではなかった。
「その様子なら私が出ても問題なさそうだな」
「ええ。この子には聞きたいことが沢山あるから、もう少しお話するわ」
ホークは納得したように部屋から出て行った。
倉庫に待機している盗賊団員の戦闘力はキャメルも把握している。全員が束になってもホーク一人に一撃すら与えられないだろう。
彼らが死ねば、次はキャメルの番だ。
この場でパンダに殺されるか……もしそうならなくとも、盗賊団を裏切った罪でカイザーに殺されるだけだ。
「ねえ、どうしてパイを攫ったの? 殺せばいいじゃない」
パンダの尋問が再開された。
キャメルの窮地はまだ終わらない。
「……それは」
研究のことだけは話すわけには……。
そう考え躊躇したキャメル。その一瞬の隙を見逃さず、パンダが剣を肩に突き立てた。
「ガ、アアアアアアッ!? ま、待って! イギッ!? な、なんで!?」
「ああごめんなさい。あなたが今から嘘吐くみたいだったからフライングしちゃったわ」
「そ、そんなことないっす! 全部正直に話すっすから、もうやめてくださいっす!」
「何故攫ったの?」
「実験っす! 実験のために攫ったんす!」
「何の実験?」
「……れ……」
「れ?」
もう言い逃れはできない。
キャメルは腹を括った。全てを話すしかない。
「……レベルを、強制的に上げる実験っす」
「……興味深いわね。どうやるの? ――いえ、いいわ。それは後でいい。どうしてパイを選んだの?」
「あの人が被験者の条件に合致してたんす。そういう条件があるんす」
「最適なモルモットが欲しかったのね。その実験を受けると副作用があるの?」
「そう……っす。大抵は廃人になるっす。でも、もう実験はかなり完成してて……だからあの人も、今度は多分無事だと……はい」
「私も実験のために生け捕りにしろって言われてたのね」
「ち、違うっす!」
「……」
パンダが剣を握る手に力を籠めたことがキャメルにも伝わり、キャメルは半狂乱になって否定した。
「ほんとに違うっす! あの実験は子供には耐えられないから、あなたは候補に挙がってなかったっす!」
「生け捕りにするための痺れ薬でしょ?」
「ち、違うっす! あれは……あたしが、その……!」
「ああ、なるほど。もういいわ。そういうことね」
悶え苦しむパンダを見て楽しみたかっただけだと気づき、パンダも呆れたように肩を竦めた。
「ボスに伝えておくっす!」
「何を?」
「あなた――パンダさんを見逃すようにお願いするっす! もう絶対パンダさんを狙わないと誓うっす! 絶対っす! 今度はほんとっす! パンダさんには敵わないっすよお!」
「あなたにそんな権限ないでしょ?」
「説得するっす! 死に物狂いでお願いするっす! だ、だから……殺さないでぇッ!」
涙ながらに懇願するキャメル。
ウソ泣きは彼女の得意技の一つだが、今回ばかりはマジ泣きだった。
パイが危機にあると理解するほどに鋭くなるパンダの視線を見るだけで、ともすれば失禁しかねないほどの恐怖がキャメルを襲った。
「パイを救い出す。協力しなさい」
「え……?」
「今からあなたのアジトに乗り込んでパイを救い出す。あなたにはそこまで案内してもらうわよ」
そんなことをすれば盗賊団と完全に敵対してしまう。
確かにパンダは恐ろしい。ホークも恐ろしいし、キャメルよりも圧倒的に強い。
――だが、カイザーはもっと恐ろしいのだ。
おそらく、純粋な戦闘力ではホークを凌ぐ。
そして冷酷非情。キャメルの裏切りが発覚すれば何の躊躇いもなくキャメルを殺すだろう。
「あ、あの……でも、パンダさんと、パイ、さんは……お二人は、その」
何とかパンダの気を変えられないかと、キャメルは必死に頭を捻った。
「仲間じゃ、ないんですよね?」
「……」
その質問にだけは、パンダは少しだけ表情を曇らせた。
「あの子がそう言ったの?」
「そ――そうっす! そうなんすよ! あの女、あたしがパンダさんに変装して近づいたら、後ろから魔法で襲ってきたんす!」
「……」
「とんでもない女なんすよ! パンダさんのことなんて仲間と思ってないっす! むしろだからこそあたしもキレちゃったっていうか。あたしの大好きなパンダさんに何すんだって感じで! あんな女助ける価値ないっすよ絶対! 」
「……そう」
パンダの沈黙を見て、彼女がパイの救出を悩んでいると見たキャメルが安堵の表情を浮かべる。
しかし――。
「大切な人のために、危険を顧みず敵と戦う。それが……あの子の答えなのね」
パンダはどこか悲しそうに目を伏せた。
だが次にその目に映っていたものは、揺るぎない決意。
「アジトまで案内して。あの子を助ける」
「な、なんで……」
パンダの動機が全く解せず狼狽えるキャメル。
そんな彼女を更に追い詰める事が起こった。
――銃声。
遠くからでもはっきりと聞こえる連続的な魔法銃の銃声がセドガニアに響き渡り、キャメルの顔が引きつる。
ホークだ。
彼女がたった今、盗賊団員たちが待機している倉庫へと乗り込み、戦闘を開始したのだ。
それも長くは続かなかった。
時間にして二〇秒も立っていない。それだけで、銃声はぱったりと止んだ。
「あ……ぁ……」
銃声が止まったということは、彼らの心臓も止まったことだろう。
それは別にどうでもいい。問題は、次はキャメルの番だということだ。
「聞こえたでしょ? あなたはもう後戻りできない。私に協力しなさい。そうしたら、生かしてあげてもいい」
「……あ、あたしは……」
生唾を飲み込む。
パンダの言う通り、もうキャメルに退路はない。
生き残る道は、ただ一つ。
「――あたしは、あなたのような人をずっと待ってたんす!」
ついに心を決めたキャメルが、完全に開き直った瞬間だった。
「ヴェノム盗賊団はクソみたいな奴らの集まりっす! 最低のカスどもっすよ! 罪もない人々を攫って、実験に使って殺してるんす! 許せないっす! ――でもあたしは違うっす!」
「……」
「あたしはそんなことしたくなかった! ずっと心を痛めてたんす! でも命令されて仕方なく従ってただけなんす。だから、チャンスを待ってたんす……奴らを倒してくれる正義のヒーローを!」
「……で?」
「お願いします、ヴェノム盗賊団を壊滅させてくださいっす! そのためならこのキャラメル・キャメル、協力を惜しまないっす! 一緒に正義の鉄槌を食らわせて、悪を滅ぼしましょう!」
ヴェノム盗賊団に戻れないのなら、完膚なきまでに壊滅させる。
それだけがキャメルの生き残る道だ。
この時、キャメルはパンダに完全に寝返ることを決意した。
「…………ふふ」
耐えきれずパンダは噴き出した。
「あなた、ほんとに面白いわ。いっそ清々しいほどよ。でも、きっとろくな死に方しないわね」
パンダはキャメルに突き付けていた剣を鞘に納めた。
「ホークが戻ってきたら出発よ。その前に、実験について聞いておくわ」
「は、はい! なんでも聞いてくださいっす!」
キャメルにとっても一大決戦。
あのバンデット・カイザー率いるヴェノム盗賊団に弓を引き、壊滅させる。
そのためにはパンダに全面的に協力するしかない。
「例の実験について教えてちょうだい。『強制的にレベルを上げる』って言ってたわね。どうやるつもりなの?」
そんな試みがもし成功すれば、これは人類にとってレベルシステムの習得に次ぐ偉業だ。
ヴェノム盗賊団ごときに成し遂げられるとは思えないが、どんな理論で挑むのかには興味があった。
「冥府の門を開けるんす」
「……なんですって?」
思いもしなかった方法を提示され、さすがのパンダも面食らった。
だがキャメルは構わずに続けた。
「冥府に溢れる大量の死者の魂……それを吸収して、レベルを上げるんす」
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