第4話 私に任せて!
六○○年前。地上は魔人に支配されていた。
容姿は人間種と似ているが、内包する力は他種族を遥かに凌駕している。
闇に生息し、他者の痛みと絶望を愉悦とする魔性の種族。
全ての生物は魔人の家畜と成り果て、死と暴虐の満ちる暗黒の世界だった。
人間もまた例外ではなく、魔人によって玩弄されるだけの奴隷としてのみ存在していた。
魔人の強さは生まれ持った肉体の強靭さによるものだけではなく、魂を操る能力こそが魔人の強さの根幹にあった。
地上のあらゆる生命は魂を内包しており、魂は肉体の死亡と共に生命エネルギーへと変換されやがて消滅する。
――魔人はその生命エネルギーを用いて自らの魂を強化する能力を有していた。
数多の生命を殺し強化された魂はより強靭になり、その影響を受け魔人の力は増していく。
この能力によって、魔人は圧倒的な超越種として地上を支配する権利を得た。
それは魔人だけが持つ最強の能力だった。
――事態が急変したのが三○○年前。
魔人だけの固有能力だったはずのこの力を、一人の人間が会得することに成功。
のみならず、それを体系化し、全人類が使用可能なようシステムを構築した。
それが今の世に伝わるレベルシステムである。
レベル1から始まり、最高で100。そこまで上り詰めれば、もはや一介の魔人では相手にもならないほどの力が手に入る。
人間は他種族の中でも脆弱な肉体を持つ種族だったが、レベルを上げることで魔人にも対抗しうる力を得ることができるようになった。
そこから終わることなく繰り広げられた魔人と人類との壮絶な戦いは、未だ幕を見ることなく続いている。
だがそれでも人類は家畜からの脱却を果たした。
独自の文明を築き、危ういながらも繁栄の道を歩んでいる。
数日後。
昼下がりにロニー、フィーネ、トリスの三人は再び集合し買い物をしていた。
トリスのレベル上げに付き合うため、リビアに滞在中はこの三人でパーティを組むことにした。
生物は他種族を狩る度、生命エネルギーを体内に蓄積する。
それを用いて自らの魂を自在に強化できるのは魔人と人間だけだが、エネルギーの蓄積自体はどの生物も行っている。
そのため永く生きた生物、強い生物を倒すほど、獲得できる魂も多くなる傾向がある。
強い魂を持つ魔物を、無理なく大量に狩ることができれば、それだけ効率的にレベル上げが行える。
そういったレベル上げに優れた地域を俗に『狩場』と呼ぶ。
人類と魔人との戦争はもう三○○年前から続いているが、その多くが、この狩場を巡っての争奪戦によって発生する。
今や有力な狩場はどちらかに占拠されている。
しかし弊害もまた存在する。有力な狩場に人が集まり、その地の生物を殺し尽くしてしまうと、せっかくの狩場が死の土地になってしまう。それは絶対に避けねばならない。
狩場を失うことは兵士の効率的なレベル上げを阻害することになり、それは魔人との戦争に甚大な影響を与えてしまう。
狩場は適切に管理、運営されることが望ましい。
そういった事情から、『国営ダンジョン』が設けられた。
名の通り国が運営するダンジョンで、中には魔物が多く生息している。
正確には、魔物が生息しやすい環境を国が保っていると言うべきだろう。
いずれその命を刈り取られるためだけに繁殖する魔物たち。それは家畜の新たな形態の一種とも言える。
国や地域によって国営ダンジョンの目的は様々だが、新米冒険者が集うリビアにおいては、冒険者のレベル上げと戦闘経験を積むことを目的としている。
冒険者が無理なく、しかし実用的な経験を積むことができるよう管理されたダンジョン。比較的安全でありながら、様々な経験が積めることから、リビア出身の冒険者の冒険はまずこの国営ダンジョンから始まると言っても過言ではない。
そうしてロニーパーティは国営ダンジョンへと向かう準備を進めているところだった。
「よし、装備一式は大体揃ったな」
ロニーがメモを確認しながら言う。
いくら国営ダンジョンが比較的安全とはいえ、準備を怠ることはできない。
ロニーもフィーネも、この数年の旅で準備不足で何度泣かされたことか。
リビアの町で手に入る装備のほとんどは、もはやロニーとフィーネには必要ないものだ。それよりもよほどランクの高い武具を二人は装備している。
今日買い揃えているのはトリスの装備だ。
本来、薬師は戦闘に参加するような職業ではない。
が、レベル上げのためには戦わなくてはならない。基本的な装備は当然必要だ。
「ごめんね本当に……お金まで払ってもらうつもりはなかったのに」
申し訳なさそうに謝罪するトリス。
トリスの装備一式の費用は全てロニーが出していた。まだ家を正式に継いでいないトリスには月々の小遣いしかなく、冒険者の装備などとても買えるものではなかった。
本当は家を継いだ暁には父から装備を買ってもらう約束だったのだが、その計画はロニーとフィーネの帰郷で前倒しになった。
結局「いいからいいから」と笑うロニーがなし崩し的に払ってしまった。
「気にするな。たまにしか戻ってこれないんだ。これくらいさせてくれ」
「出世払いでいいわよトリス。あなたなら優秀な薬草師になれる可能性あるし、投資しとくわ」
意地悪そうに笑うフィーネに、トリスは苦笑いを返した。
「さてっと……あとは回復アイテムさえあれば準備はオーケーかな」
「そうね、白魔導士がいない現状だと、回復アイテムだけが頼りだしね」
「そういえば……二人は白魔法を使える仲間はいなかったの?」
ふと浮かんだ疑問をトリスが口にする。
ロニーは剣士。フィーネは黒魔導士。回復役がいない。
回復役のメンバーがいないパーティはほとんどいない。特に冒険者パーティでは必須とも言える職業だ。
「いや、いたよ。ただ他所の出身だから、今回の帰郷には連れてこなかっただけだ。あいつはあいつで自分の故郷に戻ってるさ」
「ああ、そういうことなんだ」
「だから今回のレベリングは白魔法なしでいこうと思う」
「他の冒険者を雇うってのもありなんだけど、ここのダンジョンなら必要ないでしょうしね」
トリスのレベルはまだ4。十分リビアの国営ダンジョンの恩恵を受けられるだろう。
一方でフィーネのレベルは16。ロニーに至っては24レベルだ。
もうこのダンジョンで何百匹魔物を狩ろうともレベルは上がらない。そういう意味では、二人がこのダンジョンに潜る意味はほぼ皆無と言っていい。
代わりに、トリスは強力な支援のもと、より安全にレベル上げを行える。
俗にパワーレベリングと言われている方法だ。
そしてもう一つ。倒した魔物から得られる魂は、その戦闘に参加した者たちにそれぞれ分け与えられる。
その分、人数が多いほど得られる魂は減ってしまうため、効率だけを考えるのであれば少人数で望むほどより効果的となる。無論、リスクとは兼ね合いとなる。
二人がトリスに付き合える時間は限られている。少しでもトリスのレベルを上げようと思うならば、少人数で挑むという選択肢は悪くない。
そのため、不必要に白魔導士を補充するつもりはなかった。リビアの国営ダンジョンならば一般的なポーションだけで十分事足りるはずだ。
「あ、それなら、ポーションの代わりにうちの薬を持っていこうよ。お代はいいから」
「え、いいのか?」
「もちろん。装備を買ってもらったんだし、それくらいさせて。お父さんの薬ならそこらのポーションなんかよりよっぽど効くよ」
「そうか……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
トリスは嬉しそうに頷いた。
「え、在庫切れ!?」
驚きの声を上げるトリス。
「悪いなトリス。ここんところ連日ルドワイアから大量の発注依頼が来てて、もう品切れ状態だ」
トリスの父、エドガーは店の商品棚を指さした。
数々の商品が並んでいるはずの棚には、今や一つたりとも薬は置いていない。見事なまでにすっからかんだった。
「新魔王登場の混乱でルドワイアは今とんでもねえことになってるらしくてな。予備の在庫まで全部くれときた。今作ってる分もすぐに掃かなきゃならねえ。だからお前らに譲れる薬は悪いけど一つも残ってねえ」
「そんなぁ……」
項垂れるトリスの肩をロニーがポンと叩く。
「ないものは仕方ないさ。自分たちでなんとかしよう」
「うん……」
「ロニーも、悪かったな……装備まで買ってもらったらしくて。今度必ず返すからよ」
「気にしないでください。それより、今度また薬を買いにくるんで、そんときはマケてくださいよ」
「もちろんだ」
軽く挨拶を交わして店を出る三人。
意気込んでいたトリスは目に見えて落胆していた。
「ごめんね二人とも……何から何まで……」
「いいって。それより、ポーションを買いに行こう」
そう言うロニーにトリスが渋々ついていこうとしたとき。
「……ねえ、薬がないんなら、私たちで材料を集めればいいんじゃない?」
フィーネがぽつりと提案した。
ロニーも、ほう、と息を吐いた。
「なるほど、それはいいかもな。材料になる薬草ってこの辺にあるのか?」
「うん。お父さんはいつもエルフの森の近くで薬草採取してるみたい」
「その辺なら大して強い魔物も出ないはずだし、なんだったらそこで少しトリスのレベル上げを兼ねてもいいかもな」
「で、集めた薬草を使ってトリスに薬を作ってもらえば一石二鳥ね」
「わ、私なんかで作れるかなあ……」
「何言ってるのよ。あなた薬草師目指してるんでしょ? 薬草師がパーティにいるのに店でポーションを買うなんて本当は恥ずかしいことよ?」
「うぅ……」
「はは、まあフィーネの言うことも一理ある。せっかくだしトリスの薬草師としての腕前を見せてもらおうじゃないか」
からかうようにロニーがトリスの背中を押そうとしたとき、
「薬の材料が必要なの?」
不意に背後から声がかけられた。
三人が振り向くと、そこには身に覚えのある顔があった。
「あんた……!」
露骨に嫌そうな顔をするフィーネ。
そこにいたのは、いつかの飲食店のウエイトレス、パンダだった。
「あっちの方にある森で採れるのよね?」
「そうだが……」
「何の用よチビッ子ウエイトレス」
「残念だけどもうウエイトレスじゃないのよね」
肩をすくめるパンダに、フィーネが眉を寄せる。
「どういう意味よ。あの店辞めちゃったの?」
「辞めたというか、クビになった」
「どうして」
「二日連続で無断欠勤したらクビになったの」
「無断欠勤? なんでまた」
「うーん、純粋にその日は出勤する気分じゃなかったからゴロゴロしてたのよねぇ。でもまさかそれだけでクビになるとは思わなかったわ」
呆れを通り超して頭を抱えるフィーネ。
常識のなさそうな娘だとは思っていたが、これほどとは思わなかった。
「やっぱりあれよね、毎日同じ時間に何時間も働くってダメね。私に向いてない。やっぱり日雇いの仕事が一番スパッと働けるわ」
「…………あっそ、じゃあこれからも頑張って」
おざなりに言い捨てて踵を返すフィーネ。
「薬草採取なら、私が行ってあげるわよ」
「……は?」
「で、採ってきた薬草をあなた達に売ってあげる。ね、いいでしょ?」
「つまり……君に薬草採取を依頼しろ、と?」
ロニーの質問に大きく頷くパンダ。
逆にフィーネは視線をさらに冷たくして鼻で笑う。
「なんでそんなことしなきゃならないのよ。そんなことしなくても自分たちで採取できるわよ」
「そう言わずに。時間をお金で買うと思ってさ。安くしとくわよ?」
「そういう問題じゃ」
「白魔導士いないんでしょ? なら回復アイテムは多いに越したことはないわよ」
ピクリ、とロニーの肩が揺れる。
「……どうしてそう思うんだ?」
確かに今この場にはいないが、別の場所にいる可能性も当然ある。
なぜ断言できるのかが気になった。
「そこの子は汚れ一つない新品の装備、それも初心者向け。でもあなた達のは随分使い慣れてるし質もいい。レベル差は明らかで即席のパーティっぽいけど、昨日今日で出会った仲でもない。そこの子をパワーレベリングする予定なのかしら?」
「……」
「パワーレベリングしようっていうのに回復アイテムを買い込もうってことは、白魔導士がいないってことでしょ? ポーションじゃなく薬の材料を欲してるところを見ると、そっちの子が薬草師ってところかしら。作れるならポーションよりずっと安く済むものね」
するするとこちらの事情を言い当てるパンダに、何か言い知れぬ不気味さを感じてロニーは押し黙った。
「あんた、どんだけ私たちの会話盗み聞きしてたのよ」
「いやね人聞きの悪い。これくらいちょっと見ればわかるわよ」
そう、パンダはこちらの会話など盗み聞きしていない。
もしそうならもっと早く声をかけてきていたはずだ。
「……」
ロニーは変わらず無言。冒険者としての勘が、何か強烈な違和感を訴えかけている。
「分からないのは、どうして一から材料を集める必要があるのかってところなのよね。材料なんてそこの店で買えばいいじゃない。あれ薬草屋でしょ?」
「あ、あの、あれは私の家で……今はその、大繁盛してて在庫も材料も残ってなくって」
「あら!」
パンダが嬉しそうに目を輝かせた。
「なら尚更私の力が必要じゃない。何ならあなたの家に材料を卸してもいいわよ?」
そうなるとかなり真っ当な取引の話になってくる。
この少女がどれだけの薬草を採取するつもりかは知らないが、もしロニーパーティだけで使うには過剰な量でも、最悪トリスの店で買い取ってもらえるだろう。
「まあ、そういうことなら……」
「よし、じゃあ決まりね! 採ってきたらちゃんと取引してよね!」
言うや否やパンダは颯爽と駆け出して行った。
慌てて呼び止めようとするロニーの声も遅く、あっという間にパンダの姿は見えなくなってしまった。
「なんて子よ、まったく」
「ま、まあなんというか……逞しく生きていけそうな人だったね」
「……」
「? どうしたのよロニー」
「……いや」
やはりパンダが淀みなくこちらの情報を言い当てたことが気になった。
彼女の推測は紛れもなく正解だ。それに至るための推理も、ロニーには全て納得できる。もしロニーがパンダの立場でも、同じ推理を構築しただろうからだ。
それは冒険者として過ごしてきた経験則からくるものだ。
何故それを持たない彼女があっさりと答えを導き出せたのか。
単に図抜けた洞察力の持ち主と考えることもできるが……彼女はつい先日冒険者になったばかりだと言っていた。不自然さは払拭できない。
ましてやレベル1の少女になど、
「……ん?」
ロニーの脳裏に別の懸念がよぎる。
「彼女、今薬草採取に向かったんだよな?」
「え、あー……そうなんじゃない?」
「装備は?」
フィーネの双眸が僅かに開く。
「……してなかったように見えるけど」
「彼女、この前レベル1だって言ってなかったっけ?」
「……言ってたかも」
「……トリス。エルフの森近郊って、魔物は……」
ハッと口元を手で押さえるトリス。
「……出るよ。普通に」
三人はしばし見つめ合う。
やがてフィーネが重苦しい溜息を吐いた。
「……あのバカ」
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