第101話 バラディア国首都ギルディア
バラディア国首都、ギルディア。
初代国王の名前から付けられたこの都市は、世界で最も栄えている都市の一つだ。
バラディア国は人間領のちょうど中央に位置する国であり、バラディア国騎士団はルドワイア帝国騎士団に次ぐ強力な戦力として広くその名が知られている。
冒険者への依頼の質も高く、また多岐に渡っており非常に人気が高い。
戦闘者としての道を極めようとする者はどうしてもルドワイア帝国を目指すことが多くなるが、冒険者はこのギルディアを拠点とし活動することを最終目標に見据える者も少なくない。
パンダもその内の一人だった。
まずは気ままに世界を巡りながらレベルを上げ、最終的にはこのギルディアを拠点にしようと考えていた。
が、まさかこれほど早期にこの地を訪れることになるとは思っていなかった。
「あれから一週間経ったけど、都市は全然落ち着く気配ないわね」
宿屋の二階の部屋から町を見下ろしながらパンダが言った。
「難民の受け入れは終わったらしいがな。まあ、とりあえず都市に人を詰め込むことを『難民を受け入れる』と表現するのであればの話だが」
それにそっけなく返す赤毛のエルフ、ホーク。
二人は先日のセドガニアの騒動で一気に名を上げ、今やハシュールのみならずバラディア全土においても時の人となった。
壊滅したセドガニアは復興の目途も全く立っておらず、生き残った難民をこのギルディアになんとか受け入れる作業を終了したところだった。
とはいえ既に栄えていた大都市。人口密度はもとから高く、空いている土地などほとんどなかった。
そのため都市の隅の一角に難民キャンプを設置し、そこにセドガニアからの難民をパンパンに押し込めているのが現状だ。
国が予算を投じ、食糧などの最低限の生活ができるだけの供給はなんとかされている状況だが、混迷の狂騒は連日続き、まったく収まる気配がなかった。
「あーんもう! 依頼受けたいのに!」
チョコスナックをポリポリと齧りながら不満を漏らすパンダ。
ギルディアはかねてからパンダも目をつけていた冒険者の聖地だ。そんな念願の場所に来たにも関わらず、パンダはこの一週間一度も依頼を受けられていなかった。
ギルディアに押し寄せた難民がまず求めたものは新たな仕事だった。
家も財産も職場も全て失い、身体一つでこの都市に逃げ延びてきた彼らは現在、丸裸も同然の状態だ。
季節はもうじき夏。今のうちに生活の地盤を固めておかなくては、僅かな食料の配給だけで来たる冬を越すのは厳しいだろう。
しかしこの大都市は新たに店を構えられるほどの余剰の土地もなく、仮になんとか店を開いたとしても既に多数存在する競合相手に太刀打ちできないだろう。
どこかの店に雇ってもらうのが一番早いが、それも難民を受け入れる以前から既に飽和状態。仕事にありつけた者など難民全体の一割もいないだろう。
そんなときに注目されるのが冒険者という仕事だ。
登録申請さえ受理されれば、名ばかりとはいえ冒険者を名乗れる。
あとは自分で自由に仕事を受けてこなせば、僅かではあるが報酬を得られる。
なまじレベルの高い冒険者が集まる都市だけに、レベル制限のない雑用のような仕事は無視されることが多かったが、今ではそんな依頼に、池の鯉に餌を放ったように人が群がる状態が続いている。
管理局に張り出された依頼書は数分と持たずに消え去り、掲示板の周りには常に人だかりが出来ているような状況。
これではまともに依頼など回ってくるはずもなく、今までこの都市で活動してきた冒険者もたまったものではない。
依頼を選り好みする余裕もなく、難易度の高い依頼も即受注されることが常となっている。
そのため、出来るだけ依頼は選り好みして面白そうなものを受けたい主義のパンダは、その激しい獲得競争に弾かれ依頼にありつけないでいた。
「腕に自信があるならバラディア軍に入ればいいのに。絶賛入隊募集中でしょあそこ」
「セドガニアの全兵士をドラゴンにぶつけて大損害を出したそうだからな。人員は不足しているだろう。ただ、バラディア軍に入ろうと思うならそれなりの実力が求められるが」
「はぁ~もう。ビィが余計なことしなきゃマリーも始末できてたでしょうし、そうすれば今頃セドガニアのビーチでバカンスだったのに」
もともと二人は、殺し損ねたブラッディ・リーチを追うためにバラディアまで来たのだ。
その足取りも掴め、あと一歩というところまで迫った段でスノウビィの妨害が入り全てが狂ってしまった。
パンダは別にセドガニアという港町には思い入れはなかったが、リゾート地としても有名なあの町をもっと堪能したかったという悔しさは捨てきれなかった。
「なんだったら管理局に直接言えばいいんじゃないのか? 仕事をよこせって」
「言ったわよ。そしたらすっごい笑顔で『畏まりました。ホーク様に相応しい依頼を確認次第、お知らせに参ります』って」
「私に相応しい依頼?」
「魔族関連の依頼のことでしょうね。セドガニアがあんなことになっちゃって、ベアとかマリーみたいな強力な魔族も発見されたから警戒レベルも上がっちゃってるのね。そういう魔族を見つけたらすぐに対応してもらえるように、むしろそれ以外の依頼は止められてるわよきっと」
不満げに語るパンダ。一方でホークとしては別に不満はなかった。
ホークは冒険者稼業そのものにはさして興味がない。パンダがしたいというから付き合っているような形だ。
二人の旅の目的はあくまで魔王討伐。冒険者活動はその通過儀礼に過ぎないとホークは認識している。
管理局がパンダへの依頼の斡旋を止めているのならそれでも別にいい。
ホークにとって重要なのは、むしろ全く別のところにあった。
「はぁ~……せめてキャメルが何か有力な情報でも掴んでくれたら私達も動けるのにね」
今ホークが思っていたことと同じことをパンダは口にした。
キャラメル・キャメル。
先日までヴェノム盗賊団に所属していた盗賊で、現在はパンダと血の盟約を結び魔獣という立場にある。
血の盟約によりパンダの命令には絶対服従となったキャメルは、以降パンダやホークの代わりに情報収集に奔走する日々を送っていた。
潜入も変装もお手の物なキャメルは諜報員としてはなかなかに優秀であり、ホークにすら開示されないような機密情報も入手してきた。
しかも仕事が早い。おそらくヴェノム盗賊団時代にも、頭領であるバンデット・カイザーに同じように素質を見出され、こんな仕事ばかりこなしてきたのだろう。
その手腕だけは、キャメルを嫌悪して止まないホークも徐々に認め始めてきたところだった。
そんなキャメルは今、パンダの命令を受けてブラッディ・リーチとグレイベアの情報を調べているところだ。
セドガニアで一度、歯車が一つ噛み違えていたら二人は邂逅していただろう、というところまでブラッディ・リーチに迫ったホークではあったが、それも今では完全に足取りが途絶えてしまった。
セドガニアの中で、多数のドラゴンを相手にグレイベアとブラッディ・リーチが戦闘を繰り広げたと知ったホークの悔しがり様を、パンダは今でもはっきりと覚えている。
ちょうど二人がパイを救い出すためにヴェノム盗賊団のアジトへ向かった頃だ。ほとんどすれ違うような形でブラッディ・リーチを取り逃がしてしまったのだ。
なんとかしてその手がかりを掴もうとキャメルを走らせているが、未だ有力な情報は得られていない。
「サボらせていないだろうな」
「まさか。ティーブレイクもさせてないわ。盟約に命じたから安心して」
セドガニアの一件でキャメルがホーク達にした数々の仕打ちを考えれば、彼女がどれほど酷使されたとしても全く同情の余地はないとホークは思った。
そんなキャメルも今ではアンデッドの身体だ。どれだけ酷使しようと死ぬことはないのだから、文字通り死ぬほど働けと思うばかりだった。
「しかし依頼もない、情報もないとなると、出来ることはないな」
「ええ。だから暇で死にそうなの」
「殺しても死なんような奴が何を言ってる」
「私は退屈が弱点属性なのよ。神器でお腹ぶっ刺されるより効くわ」
暇だ暇だ、とベッドの上で転げ回るパンダ。
パンダと違いホークは退屈を全然苦に感じない性質なので、パンダと同じ苦しみを共有してやることはできないため、静かに見守っていた。面倒なので放置を決め込んだとも言う。
その時、部屋のドアがノックされ来客を告げた。
「――むっ! 面白い依頼の気配!」
そんな馬鹿な、と嘆息するホークだが、パンダは何やら予感めいたものがあるらしく嬉々としてベッドから飛び起きて扉を開けた。
「はいはーい、どちら様ぁ?」
扉の向こうには、一人の女性が立っていた。
青いショートヘアに、かっちりと軍服を着こなした女性。
瞬時にパンダとホークの視線が鋭くなる。その軍服は、人類最強の軍隊であるルドワイア帝国騎士団のものだったからだ。
「突然の訪問、お許しください。私は――――ひぃっ!?」
名乗ろうとした女性は、パンダの顔を見るや否や悲鳴をあげて勢いよく飛びのき、廊下の壁に背中を打ち付けた。
何事かと目を丸くするパンダの――まさにその目を凝視しながら、女性は恐怖に声を震わせながら呟いた。
「――す、スノウビィ……!?」
瞬間、パンダとホークの双眸が見開かれた。
「……なんですって?」
五代目魔王、スノウビィ。
この女性が何故その名を知っているのか。二人は警戒を強めた。
「はっ――はあ……は、あ……あっ……す、すみません……み、見間違いでした。その……ある人物に、瞳が……とても似ていたもので。失礼いたしました」
「……いえ、気にしないで」
むしろ気にしなくてはならないのはパンダの方だ。
パンダとスノウビィを単純に容姿で見間違えるのはかなり無理がある話だが、『目が似ていた』というのは逆にかなり説得力がある。
なにせ、二人は互いの魔眼を一つずつ持っている間柄だ。
まず間違いなく、この女性はスノウビィをその目で見た事があるのだ。
「それで、あなたどちら様かしら」
「は、はい。ルドワイア帝国騎士団ゴード部隊所属、シィム・グラッセルと申します。本日はホーク・ヴァーミリオン殿に、依頼のご相談に伺いました」
「……まあ。ルドワイア帝国騎士団の方からのご依頼だなんて、光栄です~。どうぞ中へ」
パンダにとってルドワイア帝国騎士団は、最も関わりたくない相手の一つだ。
追い返したいところではあるが、彼女はスノウビィの名を口にした。何も聞かずに帰すわけにはいかない。
ひとまず話を聞いてみようと、パンダはシィムを中へ招いた。
丸テーブルを三人で囲む形で座り、パンダは適当に紅茶を出した。
「ルドワイアの騎士が私に何の依頼だ」
いの一番にホークが尋ねる。
今の一幕があったことで、ホークもかなりシィムを警戒していた。
シィムは本当にホークに何か頼みごとがあるようで、値踏みするようにホークをじっと見つめ、やがて声を発した。
「ホークさん、貴女のお噂はかねがね」
「前置きはいい。その手のアイドリングトークは嫌いなんだ。用件だけ話してくれ」
「ごめんなさいねシィムさん、ホークって誰に対してもこうだからあまり気にしないでちょうだい」
「……では、単刀直入に。ホークさん、貴女の破魔の力は、魔を退ける力があるのですよね?」
「……? まあ、そうだな。そう解釈してくれても構わないが、それが?」
「その力があれば、その……たとえば、呪いを受けた人間から、その呪いだけを消し去るようなことも可能なのでしょうか」
「呪いによる。魔力的なスキルであれば解除は可能かもしれないが、単純に『呪い』ということであれば多岐に渡る」
「……でも、魔力を……魔の支配を、消し去れるんですよね……?」
「物分かりの悪い女だな。だからその魔力の、」
「まあまあ」
ハッキリとしない物言いを続けるシィムにホークが早くも苛立ち始めてきたので、パンダが仲裁に入った。
こういう交渉事はホークの不得手とする分野であり、パンダの得意分野でもある。
今までもクライアントとの交渉はずっとパンダがやってきたのだ、今回もパンダの出番のようだ。
「まずは依頼内容を話してもらえるかしら。可能かどうかはこっちで判断するわ」
「……」
シィムはしばし躊躇する様子を見せた。
対処可能だという確証が得られるまでは、出来る限り情報を開示したくないようだった。
だがパンダはあえて追及しなかった。
シィムの様子から、彼女なりに逼迫した事情があると推測できたからだ。今は少し悩むだろうが、どうせいつかは決断すると予測した。
「……助けてほしい人がいるんです」
「誰か呪われたの?」
「……正確には分かりません。呪いなのか、洗脳なのか……ただその人は今、本人の意思に反し破壊を行い、人を襲っています」
「よく分からないわねぇ。もう少し具体的に教えてもらわないと、こっちも答えを出せないわ。ちなみにその人は、貴女の同僚かなにかかしら?」
「……私の……元、上官です」
元、と口にしたとき、シィムは傍目にもそれと分かる程はっきりと怒りと悲しみの表情を浮かべた。
「お願いします。どうか隊長を……ラトリア・ゴードを救ってください」
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