第100話 ディミトリの調査-ヴェノム盗賊団
バラディア国南方にある港町セドガニアが、大量のドラゴンによる襲撃を受けてから三日が経過した。
激しい戦闘によりセドガニアは完全に崩壊。まともに形が残っている建物がほとんどないほどの破壊の痕跡を空に晒している。
事件当時、セドガニアの民は全滅をも予感させる絶望の中にあったが、結果として数万人の人間が生き残った。
それには、町に紛れ込んでいた灰色の魔人とブラッディ・リーチとの共闘策を打ち出したアレックス・バロウンの英断と、ドラゴンを召喚する魔術式を破壊したホーク・ヴァーミリオンの英雄的功績によるものが大きかったと言えるだろう。
事件の犯人は、ヴェノム盗賊団。
謎の研究機関と手を組み、ドラゴンを召喚するための巨大な塔を二つ建造。セドガニアを襲撃した。
その試みもホーク・ヴァーミリオンの妨害に遭い、塔は二つとも倒壊。
その瓦礫の下から多数の死体が発見されており、生存者は確認されていない――
「アホ抜かせ」
助手からの報告を受けたディミトリは、その内容を一蹴した。
ディミトリは三十路前半ほどの中年男性で、伊達眼鏡をかけた糸目の優男だ。
一見して強そうにも知的そうにも見えないが、これでいて彼はルドワイア帝国の騎士だった。
「しかしディミトリさん……これはバラディア軍からの正式発表で……」
そんなディミトリの言葉に、困ったように資料を確認する女性。
ミサキ・ケインヒール。
まだ二十歳も超えていない少女であり、黒髪の三つ編みに大きな丸縁メガネ、発育の悪い小さな身体と、年齢以上に幼く見られがちなこの女性は、もう数年にわたってディミトリの助手を務めている。
「ドアホ。んなもん国民を納得させるためのおべんちゃらに決まっとるやろが。せやからワシらが引き続き、こうして原因を調査しとるんやろ」
二人は今、倒壊した塔の下にいた。
この塔がヴェノム盗賊団がアジトにしていたと思われる場所であり、同時に大量のドラゴンを召喚するための装置だったと推察されている。
現在も大勢の調査員たちが瓦礫を掘り起こし何か手がかりになるようなものはないかと探している最中だ。
「……いつも思いますけど、この作業って絶対ルドワイアの騎士がするようなものじゃないですよね」
ミサキが不満そうに言う。
「なんやミサキ、お前ドンパチの方が好きなんか。見かけによらず血の気多いやっちゃで」
「私のことじゃないですよ。ディミトリさんです。ディミトリさんはだって……エルダークラスの騎士なんですから、こんな雑用は……」
そう、このディミトリという男は見かけによらず、人類最高峰の騎士の称号である、エルダークラスを戴いているのである。
ルドワイア帝国が認める、人類最強の十二人の内の一人。それがこのディミトリである。
「かまへんかまへん。ワシはもともとこっち側の人間やからな。今でこそなんでか知らんけどエルダーやなんやって言われとるけど、本業は調査仕事や。せやなかったら誰がお前みたいな、へっぽこぴーを助手にするかい」
「誰がへっぽこですか。私がどれだけ雑務を一挙に担ってると思ってるんですか」
「そんなん助手やねんから当たり前やろアホ」
納得いかない表情でジト目を返すミサキを一瞥もせず、ディミトリは瓦礫の山を見つめた。
「……しっかし、ほんまにけったいな事件やでこれは」
「ディミトリさんはこの件で何が一番引っかかっているんですか?」
「うーん……なんやと思う?」
ディミトリはしばしば、こうして聞き返すことがある。
答えを言うよりも、まずはミサキに自分で一度考えさせるためである。
ミサキは顎に手を当てしばらく思案した。
「……ヴェノム盗賊団の目的……彼らは何故セドガニアを襲撃したのか、でしょうか」
「なんでそれが一番重要やと思う?」
「情報によると、召喚されたドラゴンはセドガニア近辺に潜伏していた灰色の魔人とブラッディ・リーチを優先して攻撃していたそうです。しかしその二人の情報はバラディア軍を含め一部の人間しか知り得ない情報でした」
ミサキは資料を確認しながら続けた。
「彼らはどうやって二人の情報を入手したのか。何故その二人を襲う必要があったのか。それらは今回の件において重要ではないでしょうか」
「疑問点としては当然出てくるところやわな。せやけど不正解や。それは一番やない」
「……では……」
ミサキは再び資料を確認し、思い当たる疑問点を模索する。
「――ドラゴンを大量に召喚する技術をどこで入手したのか、でしょうか。58レベル相当のドラゴンを一度に数千体も召喚するなど、人智を超えています。ただの盗賊団がそんな技術を持っているのは不自然だと思います」
「それもまあ、重要っちゃ重要やけど……お前、ほんまニアミス多いなぁ」
「ど、どういう意味ですか」
「そこまで分かっとったら、この件で一番『意味わからん点』に思い至りそうなもんやけどなぁ」
「……」
なんとか正解に辿り着こうと考えるミサキ。
だが難しい課題だった。なにせ、この一件は不可思議な点が多すぎる。そのくせ一つ一つが大きな謎で、そのどれもがこの件の核心に迫る手がかりのように感じる。
その内からどれか一つを選べと言われても、ミサキには分からなかった。
「……すみません、分かりません」
「なんでヴェノム盗賊団が壊滅してんねん」
「……? それは確か……勇者のホーク・ヴァーミリオンがこの塔を襲撃して……」
「せやから。こんな大事件起こしたら、遅かれ早かれアジトが襲撃されんのなんか目に見えてたやろ。せやのにこの瓦礫の下から次々と死体が発見されとる。こいつらなんでさっさと逃げへんかってん」
「……それは……」
言われてみると確かに奇妙な話だが、何故ディミトリがそこに強く拘るのかは見えてこなかった。
「逃げられなかった……のでしょうか」
「なんでや」
「……不測の事態が起こって……」
「戦闘痕があったってな?」
「あ、はい。塔の残骸を調べたところ、戦闘の痕跡が発見されているようです。おそらくホーク・ヴァーミリオンとの戦闘で……」
「銃で撃たれても人はぺちゃんこにはならへんで」
ディミトリはミサキの手の中に資料をポンポンと指さした。
資料には、回収された死体の多くは原型がほとんど残っていないほど、押し潰されるようにして死んでいたとある。
倒壊した塔の瓦礫に押し潰されたのだろうと推察されているが……言われてみれば、瓦礫に潰されたにしては不自然な死体にも見える。
まるで巨大なこん棒を上から振り下ろされたかのようにも見えた。
「もう一個の塔の方からは、逆に死体が出えへんかったらしいな?」
「いえ、一人。ヴェノム盗賊団の頭領と思われる、バンデット・カイザーの死体が発見されています。こちらは瓦礫に下半身を押しつぶされており、頭部に大きな銃創があることからホーク・ヴァーミリオンに倒されたものと思われます。それ以外の死体は発見されていません」
「……それもおかしいよなぁ。まあええわ。――で、や。ヴェノム盗賊団が壊滅してることの何がそんなに気に喰わんかっちゅうとやな」
言葉を区切るディミトリ。その隙にミサキはメモを取り出し、書き留める準備を始めた。
「まずお前がさっき言ってた、『何故セドガニアを襲ったのか』『どうやってドラゴンを召喚したのか』。そして『何故ヴェノム盗賊団は壊滅したのか』。この三つは関連してるようにワシには見えるからなんや」
「……どういう意味でしょうか」
「鈍いやっちゃな。つまり、別の誰かの仕業やっちゅうことや」
『真犯人が別にいる可能性』とミサキはメモを記した。
「……根拠はなんですか?」
「勘や。あと、さっき言った疑問点に一応納得のいく形で答えが出る。メモしとけよ?」
ミサキは一度頷くと、次のページをめくってペンをあてがった。
「つまりこういう流れや。誰かがこの塔に乗り込んでヴェノム盗賊団を襲撃。そしてこの塔を乗っ取って、勝手にドラゴンを召喚。で、セドガニアを襲撃。そして口封じのためにヴェノム盗賊団を始末。……要するに、この一件で起こった騒動は、なんもかんもヴェノム盗賊団の予期してなかった出来事や、っちゅうことや」
確かにその流れであれば、今列挙された疑問点には説明がつく。
「……何者かが、ヴェノム盗賊団に罪をなすりつけた、と?」
「そもそもワシはヴェノム盗賊団がこの事件の犯人やなんて毛ほども思とらんよ。有り得へんやろ、ただの盗賊団が大量にドラゴン生み出して町を襲ってしかも壊滅しとるとか。アホか」
「しかし、そのお話ですと、ホーク・ヴァーミリオンがこの塔に到着した頃には既にヴェノム盗賊団は壊滅していたことになるのでは? それでは辻褄が……」
「そのホークとかいう勇者は、ドラゴンを召喚する魔術式を破壊したって言うただけで、ヴェノム盗賊団を全滅させたとは明言しとらんやろ」
ミサキは慌てて資料を確認した。
『ホーク・ヴァーミリオンが単身でヴェノム盗賊団のアジトである塔に乗り込み、ドラゴンを召喚する魔術式を破魔の力で破壊した』と記載されている。
事件の首謀者であるヴェノム盗賊団のアジトに乗り込み、魔術式を停止させて帰還したのだから、当然そこにいたヴェノム盗賊団と戦闘になったと解釈するのが普通だが……確かに、『ヴェノム盗賊団を倒した』とは明記されていない。
「ホーク・ヴァーミリオンには、その時の情報を詳しく聞く必要がありそうですね。それで、真犯人の目星はついているんですか?」
「まだなんとも。せやけど、とりあえずバラディア軍は臭すぎるわな」
「バラディア軍……ですか?」
「盗賊以外に、研究者っぽい奴らの死体も見つかったんやろ? ただのはぐれにしては魔術式がデカすぎるからなぁ、元は大きな組織に所属してた連中が独立っていう方が自然やわな」
「バラディアは新技術の研究開発に力を入れている国ですからね。その可能性はあると思います。では、バラディア軍がこの塔を襲撃して乗っ取り、ドラゴンを召喚してセドガニアを襲った、と? ……それは、少し飛躍しているように思えますが」
「セドガニアがドラゴンに襲われた際、セドガニアの軍事基地はほとんど無傷やったそうやんけ。バラディア軍が噛んどるならその説明もつく。……ただ、なんでドラゴン達が灰色の魔人とブラッディ・リーチを狙ったんかはわからんけどな」
ディミトリはミサキから資料をひょいと奪うと、事件発生前の状況が記されたページを確認した。
「ドラゴンが襲来する直前に、灰色の魔人とブラッディ・リーチと思しき魔力反応を占星術が捉え、討伐隊が編制されとった。わざわざドラゴンなんか寄越さんでもよかったはずや。……ほんまに訳わからんわこの事件。なんやねんこれ」
苛立ったような口調とは裏腹に、ディミトリはどこか楽しそうだとミサキは感じた。
挑む謎が大きいほど燃える。ディミトリはそういう男だ。
頭脳仕事が天職なはずのこの男が何故、エルダーなどというクラスに就いているのか、ミサキは改めて不思議でならなくなった。
「これ以上は今考えても分からんわな。――よっし、ほんなら今から調べることまとめんで」
「はい」
ミサキはメモを取り出し、『調査予定項目』のページを開いた。
「まず、現段階で一番怪しいんわバラディア軍に属する研究機関や。瓦礫から回収された研究員の身元洗って、そいつが昔どっかの研究機関に所属してなかったか調べろ」
「はい。多少時間がかかるかもしれませんが、よろしいですか」
「ワシの名前出してもええから絶対割り出せ。次に、河の下流調べさせろ。もう一個の塔から死体が見つからへんかったんはどう考えてもおかしい。河に捨てられとったら死体が流れついとるはずや。それが見つかれば、ヴェノム盗賊団以外の組織が塔を襲撃した可能性大や」
「わかりました」
「ヴェノム盗賊団の活動履歴も調べとけ。瓦礫の下から、こいつらが奪ったと思われる魔導具がいくつか見つかっとる。こいつら、お宝奪ったくせに売りもせず溜め込んどる」
「武器として使っていたのではないでしょうか」
「盗賊が戦士や黒魔導士用の魔導具なんかわざわざ奪ってまで使うかい。研究者が仲間におったってことはなんか研究に使っとったんちゃうか? そもそも盗賊がこんなデカくて目立つ塔を根城にするのも変や。こいつらの活動履歴を追えば、ほんまの目的が見えてくるかもしれん。それがドラゴンの召喚と違うかったら、やっぱりセドガニアを襲ったんは別のやつの思惑やったってことになる」
「……分かりました。調べます」
「そういえば、ヴェノム盗賊団は人攫いもしとったそうやな。ほんで、なんや事件のときに誰か女の子が救出されたらしいな」
「はい。セドガニアに住んでいた神官の方ですね。名前は確か、パイ・ベイルだったかと」
「じゃあまずはその子に事情聴取やな。それから、ドラゴンと一緒にセドガニアを襲撃したエルダー、ラトリア・ゴード……こいつのことも調べなあかんわな」
ラトリアの件はルドワイアの威信に関わる大事件なため、ディミトリだけではなく多くの調査部隊が調査にあたっている。
ディミトリの担当ではないが、それでもこの件と切り離して考えることはできない要因だ。これも調査する必要があるだろう。
「確かラトリアの部隊は壊滅したらしいけど、一人生き残りがおったはずやな。そいつにも話聞かなあかんな」
「シィム・グラッセルですね。彼女は今バラディア本国で待機しているとのことです」
「よっしゃ。後でこっちにも話聞きに行かなな。あとは――やっぱホーク・ヴァーミリオンにも話は聞かなあかんよな。……ミサキ。このホークについては念入りに経歴調べとけ」
「……? 話を伺うのであれば、その時に訊けばいいのでは?」
「いや、その前に情報を集めときたい」
ディミトリは資料をめくり、ホークのことが書かれている個所を見つめた。
資料の内容はドラゴンの襲撃事件に関することが多く、ホークに関する情報はあまり見当たらなかったが……そのわずかな記述からでも、ディミトリは大きな違和感を覚えていた。
「俺の勘やねんけど……こいつと、その相方のじゃりん子。パンダとか言うたか。――こいつらもなんか臭いねんなぁ……」
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