第107話 ジャンズ・レフト二号店
バラディア国首都、ギルディアにはなんとガンショップが三店も存在する。
……世界で最も栄えている都市にすら三店舗しか存在しないという言い方もできるが、それでも他国に比べれば十分だ。
その内の一店。『ジャンズ・レフト二号店』。
ハシュール王国の都市シューデリアに本店を構えるガンショップ、ジャンズ・レフトのギルディア支店ということになる。
本店の店主、ボルクハルトの実子であるジャンが店長を務める二号店は、銃士の間ではそれなりに高い評価を受けている名店だ。
そんなジャンズ・レフト二号店の扉が開けられ、来客を告げるベルが鳴り響いた。
「へいらっしゃい。――ああホークさん! いらっしゃいませ!」
店長のジャンはホークを見ると嬉しそうに破顔した。
ボルクハルトとは違いまだ若く健康的な身体を持ち、活力に満ち溢れた好青年といった印象を周囲に与える。
「こんばんはジャン」
「パンダさんも。よく来てくれました。……あー、もしかして例の件ですか?」
「そうだ。注文しておいた品は届いているか?」
「レッドスピアですね。すみません。親父がまだ作ってる最中みたいで」
「まあ仕方ないわよね。壊しちゃったこっちが悪いんだし」
ホーク達がこの店に訪れるのはこれが初めてではない。
ギルディアに到着したその日には、既にこの店を訪れていた。
セドガニアでの一件。サブタワーでバンデット・カイザーと激突したホークは、勝利はしたもののレッドスピアを破壊されてしまった。
レッドスピアは魔断を撃つために不可欠な武器だ。その喪失はそのままホークの戦力低下に繋がる。
新しい武器の調達のためこの店を訪れた二人だが、その期待を裏切りこの店にはホークが満足するような銃は置いていなかった。
仕方なく、本店にいるボルクハルトと連絡を取り、レッドスピアを一から新調してもらうように頼んでいたのだった。
「ボルクハルトの様子はどう? もう機嫌直った?」
「ええ、なんとか。レッドスピアが壊れたって話したときは烈火の如く激怒してましたけど、セドガニアを救うための戦いで失ったんだって説得したら納得してくれましたよ」
「黙って作れと言っておけ」
「ははは……」
「そんなこと言ったら嫌がらせに変なイラスト掘って寄越してくるかもしれないわよ。――ああそれと、魔弾も補充したいの。色々見せてくれる?」
「はい、喜んで!」
ジャンはカウンターの奥の棚を探し、目ぼしいものを漁り始めた。
「それにしても、あのガンショップに二号店があったなんて驚きだわ。案外儲かってたのね」
「いやぁ、この店は俺が無理言って建ててもらったんですよ」
「どうしてあの店を継がなかったの?」
「俺と親父って銃に対する考え方が違ってて。親父は「銃を本当に必要としてるのは駆け出しの冒険者だ」って言って聞かなくて。だからハシュールに店を出したんですよ」
「まあ分からなくはないわね」
ホークの魔法銃『サーペント』クラスの怪物的な銃であれば話は別だが、一般的な銃は高レベル帯になるほどに力不足に陥ってしまう。
駆け出し冒険者が集まるハシュールに拠点を構えたがるのは自然と言える。
「でも俺は違うんですよ。だって、駆け出し冒険者が使うには銃は値段が高すぎますって。駆け出し冒険者の稼ぎだと、依頼の度に撃ちまくってたら弾代だけでほとんど消えますよ」
「確かにな。銃は銃そのものより、とにかく弾が高すぎる」
ホークがしみじみと呟いた。
戦闘においてホークはほとんど弾をケチらない。そんな貧乏気質を戦闘に持ち込むことの愚かさを熟知している。
だがそのため出費が嵩む。サーペントの弾倉に入る魔石は五つだが、それを全て使い切ればそれだけで数万ゴールドが吹き飛ぶのだ。
二人が稼いだ報酬も、半分近くがホークの魔弾代に消えているという実情があった。ちなみに、残った内の更に半分がパンダの食事代だ。
「それに低レベルの内から既に銃士の才能を見出してる人って少ないんですよ。大抵は20とか30レベルになって、いろいろスキルの候補が出てくるにつれて自分に銃士の才能があるって気づくものなんです」
「なるほどね。確かにそういうものかも」
「だからこそ、俺はこのギルディアに店を出したいってずっと言ってたんですけど、親父が認めてくれなくて。それに店のコンセプトも親父とは合わないんですよ。親父は実弾銃を作りたいって言ってるんですけど、俺は魔法銃一本で行きたいんです」
そう、それこそが新たな実弾銃を調達しようとしたホークが、この店を諦めた理由だった。
二号店で取り扱う銃は九割以上が魔法銃だ。実弾銃も、ホークが使うようなハンドガンタイプはほとんどない。猟銃など、猟師が使うようなものばかりだった。
だがその選択は間違っておらず、ボルクハルトの店の銃が本人の趣味に傾倒した部分が大きいのに対し、ジャンの作る魔法銃はどれも実用性を重視したものばかりで、銃士の需要を強く意識していることが窺えるものばかりだった。
ただでさえ厳しいマイナージョブの武器を扱う店として、より一層客の需要を考えたジャンの経営方針が、銃士から高い評価を受ける要因だった。
「俺、銃士の未来は魔法銃にかかってると思うんです。実弾銃の威力は今の人間の技術力だとどうしても限界がありますけど、魔弾の威力は工夫次第でいくらでも上げられるはずなんですよ」
「まあ実弾銃を必殺技に使うのは世界広しと言えどホークくらいでしょうね」
「だからまあ、親父とは散々揉めて、結局親父がそこまで言うなら自分で店作りやがれって、初期費用だけ面倒見てくれたんですよ。いろいろ苦労はありましたけど、まあそういうのも楽しかったですね」
「分かるわぁ。こういうのってやり始めが一番不自由だけど一番楽しいのよね~」
「そうそう! まあそんなわけで、実弾銃に関してはお力になれないと思いますけど、魔法銃に関する仕事ならなんでも任せてくださいよ。――はい、こちら魔弾一式になります」
目ぼしい魔弾を集め終えたジャンは、それらをカウンターにずらりと並べた。
魔法銃に関する品揃えならば右に出る者はいないと豪語するだけあって、この店が取り扱う魔弾はどれも悪くない。
「……しばらく見せてもらうぞ」
「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」
並べられた魔弾をホークがじっくりと品定めしていく。
今まではこういう作業はパンダに任せていたのだが、最近はホークが自ら選ぶようになってきた。
バンデット・カイザーとの一戦では魔断が通じず、魔法銃が頼みの綱となった。更にその際に『氷結弾』や『閃光弾』のような特殊な効果を持つ魔弾が活躍した。
以降ホークも、魔法銃の真価はただの魔力弾を撃ち出すことではなく、多様な効果を持つ魔弾を巧みに撃ち分けて戦うことだと痛感し、自身で魔弾の選別を行うようになったのだ。
「それにしてもホークさんのおかげで、今魔法銃が凄く注目されてるんですよ。使う人の魔力量や技術にも寄りますが、性能だけなら魔獣とも渡り合えるとホークさんが証明してくれましたからね。本当に有難い話ですよ」
「でも『サーペント』並の魔法銃をホーク並に連射できる人なんているの?」
「うーん……あんな馬鹿げた威力の銃はそもそも親父にしか作れないですよ。今は喧嘩別れみたいな形になってますけど、やっぱ俺の親父ですからね。腕は一流ですよ」
「認めるところは認めてるのね。お店の名前も変えなかったくらいだものね」
「店の名前は、俺も結構気に入ってるんですよ。『ジャン』って名前までもらってるわけですしね」
「あ、やっぱりそれって関係あったんだ」
「そもそも銃が生まれるきっかけになったのが、昔ジャン・エイムっていう騎士が魔獣との戦いで左腕を失って、その腕に鉄の筒を装着して火薬で礫を飛ばして戦ったっていう逸話らしいんですよ」
「へー」
「それが人類初の拳銃だとか。親父はその話が好きで、『ジャンの左腕』という意味でジャンズ・レフトって名前で店を開いて、息子の名前もジャンにしたんですよ」
「よっぽど好きなのね」
微笑ましい話を聞いて笑うパンダ。
ボルクハルトはいかにも強面なイカつい男だが、ああ見えて案外ミーハーなタイプのようだ。
「ボルクハルトが火薬の銃に拘るのもそれが理由なのかしら」
「あー、そういう事なのかもしれませんね。まあ俺は絶対に魔法銃派ですけどね。魔法銃の知識なら親父にだって負けませんよ」
「あら頼もしい。じゃあそんなあなたにもう一つ依頼しようかしら」
パンダはそう言うと鞄から布袋を取り出してカウンターの上に置いた。
すると袋の中からゴロゴロとした重厚な音が聞こえてきた。ジャンにも聞きなれた音だった。
「魔石が手に入ったの。既に魔法が込められてるわ。これを魔弾用に加工してほしいの」
「承りました。お安い御用です」
この依頼はジャンにとってもよくある仕事だったので快諾した。
魔弾は中に込められた魔法によって様々な効果を発揮する。店にもそれなりの種類があるが、客によっては自前で魔石を用意して、それを魔法銃用に加工してくれと依頼してくる者もいる。
魔石や、その中に込められた魔法の種類によっては加工の工程が異なるが、基本的には慣れた仕事だと袋から魔石を取り出し……ジャンは驚いたようにその魔石を眺めた。
「これは……いい魔石ですね」
「でしょ? 特注品よ」
「それにこの色……見たことがありません。どんな魔法が込められているんですか? それによっては特殊な加工が必要かもしれません」
「それは気にしなくていいらしいわよ。サーペントの弾倉の形に削って、魔力伝達用の雷管だけ作ってくれればいいって。その機材だけないらしくて」
「なるほど。ではほとんど加工の工程は終わっているんですね。素晴らしいです。よほど腕のいい人に頼んだんですね」
「まあね」
何を隠そう、この魔石を用意したのは毒沼の魔女オリヴィアだ。
オリヴィアはマジックアイテムを作らせたら天才的な腕の持ち主だ。本来彼女の専門外である魔弾一つとっても、彼女に作らせればオンリーワンの効果を持つ特殊弾が作れる。
せっかくの機会ということで、パンダはオリヴィアにホーク用の魔弾制作を依頼した。最初は渋ったオリヴィアだが、彼女にしてもパンダからデスサイズを返してもらうためには順調に物事を進めてもらう必要がある。
パーティの主戦力であるホークの戦闘能力を上げることはオリヴィアの利益にも繋がるのだと説得すると、渋々ではあるがこの魔石を作って譲ってくれた。
「おい、選んだぞ。会計してくれ」
「あ、はーい! えーっと……こちら二五点のお買い上げですね。魔石の加工費用と合わせて、二〇万ゴールドで結構ですよ。ホークさんはお得意様ですからね」
「…………確認してくれ」
ホークがゴールドの入った袋を渡し、ジャンが中身を確認していく。
シューデリアで魔族討伐の依頼をいくつか受けてきたためそれなりに蓄えがあるが、こんな具合にホークの武器を揃える度にどっさり持っていかれるので、パンダとホークは万年金欠状態だった。
普通の魔法銃の魔弾ならここまでの値段はしないのだが、ホークが扱う魔法銃『サーペント』はほとんど専用弾さながらに加工する必要があるため非常に高価になってしまうのだ。
代金を支払う時、ホークはいつもうんざりしたような顔をする。
「しばらくステーキ食べれないわね」
「それは別にいいんだが……」
依頼をこなし、報酬を受け取り、その報酬で装備を整え、余った金で生活する。
そういう生活をしていると、自分が本当に人間の冒険者社会で生きているのだと実感して、ホークはなんだか複雑な気分になってくる。
ホークはそもそも人間の貨幣制度が好きではなかった。閉鎖的な森で生きてきたホークには無縁だし、ただの金貨を有難がってかき集める人間たちには侮蔑の念を覚えたものだ。
それが今では、こうして買い物をするときに金を気にして、その増減にいちいち気を配らなければいけない自分の今の在り方がいかにも人間臭くて、ホークはどこか屈辱感にも似た苦い気持ちを味わっていた。
二号店を後にした二人はギルディアの冒険者管理局までの道を歩いていた。
目下のところ一番の課題は、濃度五〇〇以上の魔石を用意することだ。
シィムにも協力を頼んであるが、どれくらい期待できるか不明なためパンダ達の方でも魔石に関する情報を集めることにしたのだ。
その手の情報はまず冒険者の情報網を頼るのが手っ取り早い。
ギルディアともなればそれなりの情報が集まっていると期待できる。
「結局レッドスピアが届くのは二週間後くらいになるらしいわ。まあ一から作るんだから仕方ないかもしれないわね」
「それまでは魔法銃一丁で戦うことになるわけか」
「まあ魔断は魔族と黒魔導士以外にはあんまり使い道ないから、そういうのと遭遇しないことを祈りましょ」
そう言うパンダではあったが、言葉ほど心配はしていなかった。
魔断がほぼ役に立たないバンデット・カイザーとの戦闘でも、ホークは魔法銃一つで十分に互角に渡り合った。
今回はその魔法銃の効果を最大限に高める魔石も手に入れたし、よほどの魔人でも現れない限りはなんとかなるだろう。
「――ん?」
そのとき、不意に足元にリンゴが転がってきた。
見ると、坂の上から数個のリンゴが転がってきており、一人の女性が慌てたようにこちらへ向かってきていた。
「すみませーん!」
手に持った紙袋には他にも様々な果物が入っていた。どうやら坂の上から落としてしまったらしい。
「拾ってあげましょ、ホーク」
「面倒だな」
「いいから、ほら」
パンダに言われるままに、ホークも渋々リンゴを拾い集めた。
やがて女性がホーク達のところまでやってくる。
「拾っていただいてありがとうございます。すみません、不注意で」
「いいのよ、気にしないで」
「気を付けろ」
そう言いながらリンゴを袋に戻すパンダとホーク。
――二人にだけ聞こえるような小さな声で女性は囁いた。
「オリヴィアから伝言っす。ギルディアの近くに魔力溜まりっぽい場所を見つけたらしいっす」
「っ……」
思わず動揺を表情に出してしまうホーク。
見た目はただの一般人だが、この口調と話の内容は、間違いなくキャメルのものだった。
「どこ?」
「ギルディアから北東に二時間くらい行ったところに遺跡があるらしいっす。でもなんか奇妙なところらしくて、よく調べてから行った方がいいって言ってたっす」
「そう。了解。――それじゃ、これで全部かしら」
「はい! ありがとうございました!」
何事もなかったかのように言葉を交わすパンダとキャメル。
女性は最後に礼を述べると、とてもキャメルとは思えないような朗らかな笑顔を残して去っていった。
その後ろ姿をホークはじっと見つめていた。
「……奴の変装スキルだけは、確かに大したものだ」
「凄いわよね。あそこまで精巧なものはなかなかないわ」
キャメルは元ヴェノム盗賊団の一員であり、今はアンデッドの肉体を持っている。
そんな者がホークと同じパーティで共に活動しているなど知られるわけにはいかない。
なのでこういう人目のある場所でパンダやホークに接触するときは、ああして何らかの形でキャメルだとバレないような方法で接触するように命令していた。
たとえどんな姿に変装しようとも、パンダの魔眼があれば一目でそれがキャメルだと認識できる。
なのでスムーズに会話を行えるのだが、ホークは度々それがキャメルの変装だとは見抜けずに驚いていた。
キャメルのパーティ加入には反対していたホークは、もしキャメルが役に立たなければいつでも殺すとパンダに告げていた。……が、あの変装スキルと情報収集能力は強力な武器になる、と今では認めざるを得なかった。
せめてあの性格さえもう少しまともであれば、と惜しまずにはいられなかった。
「遺跡に魔力溜まり、ね。ちょうどいいわ。管理局で情報収集しましょ。オリヴィアが言うんだから何かあるでしょ」
「これだけ栄えた都市の近くにある遺跡なんて、とっくに調べ尽くされてそうだがな」
「まあまあ、物は試しよ。さ、レッツゴー!」
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