第106話 ディミトリの調査-モニカ
「本当に申し訳ありません。折角エルダーの騎士様に遠方からお越しいただいたのに……」
「いえいえ、そんなもん気にせんとってください。ああこりゃお茶どうも」
出された薄味のお茶を一息に飲み干すディミトリ。
それに続いて隣の椅子に座ったミサキもカップに口をつけた。
次に二人が訪れたのはギルディアの一角にある小さな教会だった。
そこではセドガニアでの戦闘時に破壊された教会の人々が迎え入れられていた。
孤児院『白鳩』を運営していた教会の人々もここに避難してきており、その教会に勤務していたという一人の神官に用があったのだが、ディミトリは出鼻をくじかれることとなった。
「そうですか、パイさんは今はバラディアにおられへんのですね」
「はい。この都市を離れたのがほんの数日前の話でして……」
申し訳なさそうに頭を下げる女性は、モニカ・フィオルメと名乗った。
パイとは旧知の仲だそうで、パイの姉のような存在らしい。
「ところで、パイさんがどちらへ行かれたかはご存じですかね?」
「ああ、それはお聞きしました。確か、ハシュール王国のリビアという町に行くと仰っていました」
「……どこやそれ。知っとるかミサキ」
「私も詳しくは……まあハシュールと言えばルドワイアから最も遠い国の一つですし、我々にはあまり縁のない場所かと」
「ちなみに、なんで急にそんな所へ行かれたんですかね? つい先日セドガニアであんなことがあったばかりなのに。しばらく心を休めたいと思うのが普通やと思うんですけど」
「さあ……何故このタイミングなのかは私も知りません。ただ、ご友人に会いに行くと仰っていました」
「……なーんでまたこんな時に」
パイの行動原理が解せずに唸る。
まあいないものは仕方がない。今はこの女性から話を聞くしかないだろう。
「じゃあちょっと……代わり、と言ってまうと失礼かもしれませんが、モニカさんにお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええもちろんですぅ。私などでお力になれることがあれば、なんなりとお尋ねください」
ニコニコと人の好さそうな笑顔を浮かべるモニカに、誰もがこんな態度で接してくれれば情報収集はどれだけ楽だろうとディミトリはしみじみ思った。
「では早速。パイさんなんですが、ヴェノム盗賊団に拉致されたっていうのはホンマですか?」
「……はい、そのようです。本当に恐ろしい事です」
「ディミトリさん、情報によるとヴェノム盗賊団は以前から女性ばかりを狙って人攫いを続けていたそうです」
「常習犯ってわけか。下衆い連中やで。ほんで、なんでパイさんが拉致されたか、とか心当たりありませんか?」
「そうですねぇ……」
モニカはしばらく、うーんと頭を悩ませ、何かを思い出した様子で口を開いた。
「実はその日の昼頃なんですが、パイさんが盗賊に襲われたらしくて」
「……? つまり、拉致される前に一度盗賊団と争ったと?」
「はい。そのときはホーク様に助けていただいたそうで、大事はなかったのですが、」
「――はい? ホークって、最近勇者になったあのホーク・ヴァーミリオンでっか?」
「はい。あの方は盗賊に襲われ意識を失ったパイさんを教会まで運んでくださったんです」
「……」
ここでホークの名前が出るとは思っていなかったディミトリは僅かに眉を寄せた。
「それだけではなく、ホーク様は盗賊団に襲われたケリーも助けてくださったんです! 本当にあの御方にはなんとお礼を申し上げてよいか……」
「誰ですかそのケリーって?」
「ああすみません。うちの孤児院の子供です。あの子も同じ日に盗賊団に攫われそうになったらしく、ホーク様がまたしてもお救いくださったんです」
「……ミサキ、ヴェノム盗賊団は子供も攫うんか?」
「確認します」
ミサキは別の資料を取り出し、ヴェノム盗賊団に関するページを確認していく。
ヴェノム盗賊団は以前からバラディアで暴れていたことに踏まえ、セドガニア襲撃の主犯格とされている組織だけに多くの情報が集まっていた。
ミサキは入念に資料を確認していき……やがて首を横に振った。
「いいえ、子供を攫ったという例はないようです。疑いがかかっている件が数件ありますが、ヴェノム盗賊団の犯行と裏付ける証拠はありません。基本的に、彼らはある程度成長した女性しか狙わなかったようです」
「……でもそのときは子供を攫った、か」
「もしかすると、パイさんを拉致するための道具に使おうとしたのでは? 同じ場所で暮らす子供ですから、取引材料になると考えた可能性があります」
「そう考えるのが自然か……そこまでしてパイさんを狙う理由は……」
「口封じ、でしょうか。昼に一度争ったので余計なことを周囲に喋られないように」
「じゃあなんで拉致してんねん」
あ、そうか。とミサキは顎に手を当てて思案を巡らせる。
口封じが目的なら、わざわざ拉致などせずその場で殺してしまえばいいだけだ。
しばらく考えてみるが、納得のいく答えは出ずに首をかしげるしかなかった。
「確かホークさんも盗賊団に狙われたんやったっけ?」
「はい、そのようです。襲ってきた盗賊団を返り討ちにし、その人物からヴェノム盗賊団のアジトを聞き出したそうです。……今のお話ですと、おそらくそのタイミングでケリーさんが囚われている場所も聞き出したのではないでしょうか」
「……そうなるな」
「そしてケリーさんを救出後、ヴェノム盗賊団のアジトに単身乗り込んで行こうとした途中で、ドラゴンがセドガニアを襲撃する事件が発生。ホークさんはヴェノム盗賊団を壊滅させつつ、ドラゴンを召喚するための魔術式を破壊。また、同じ塔に囚われていたパイ・ベイルを救出した、とのことです」
「素晴らしいですね! さすがはホーク様です!」
モニカはホークの武勇伝をうっとりとした目で称えた。
この教会の人間はたった一日でホークに三度も救われたことになるし、それどころかドラゴンの襲来という未曽有の危機すら退けた。紛うことなき英雄譚だ。
「…………」
が、ディミトリはモニカとは真逆の感想を抱いていた。
――出来過ぎている。
二度も同じ人物を救い出し、その人物の家族も救い出し、騒動の原因である盗賊団を壊滅させ、ドラゴンも消し去った。
それらの出来事は全て同じ日に起こっている。
調査によれば、なんとその日はホークがセドガニアに到着した当日だったというのだ。
その日、偶然ホークはセドガニアを訪れ、偶然盗賊団に襲われている少女を助け、その結果自身も盗賊団に狙われた。
単身ヴェノム盗賊団のアジトに向かおうとした矢先、偶然ドラゴンが大量発生する事件が起き、それが偶然今から向かっているヴェノム盗賊団の仕業で、その塔には偶然、昼間助けた少女が囚われていた。
……そんなことが有り得るだろうか?
あまりにも考えづらい話だ。そんなにも偶然は重ならない。ならばどこかに必然が紛れ込んでいるに違いない。
全てが一本の『糸』で繋がるかは分からない。本当に偶然そうなった部分もあるのだろう。だがどこかに、間違いなく必然的に起こった出来事があるはずだ。
――そしてその場合、ホークは必然を偶然だと偽って報告したことになる。
知られたくない『何か』を隠すために。
「……ホークさんは何か仰っていませんでしたか?」
「いえ、特には。寡黙な方で、是非お礼をと言った私に「気にするな」と一言言って去ってしまわれたのです。……激しい戦闘があったことは、とても傷ついたあのお姿を見れば容易に想像できます。しかしホーク様はそのことを誰に誇るでもなく、ただ静かに去っていかれました。あの時の後ろ姿は、今思い出しただけでも眩しく……」
「分かりました分かりました。ホークさんが素晴らしい方だというのは十分伝わりました。ほんなら、ホークさんは特に変わったことは何もおっしゃらなかったと」
「そうですねぇ、強いて言いますと、お守りを一つくださりました」
「ほう、どんなものです?」
ディミトリが尋ねると、モニカは嬉しそうに自身の服のポケットに手を入れて探し始めた。
どうやらホークからもらったお守りを誰かに見せられるのが嬉しいらしい。
モニカはポケットから何かを取り出すと、それを掌の上に乗せてディミトリに見せた。
「これです。セドガニアで私たちが誰も欠けずに生存できたのも、きっとこのお守りにホーク様のご加護が込められていたからでしょう。今でも肌身離さず持っているのです」
「…………これが、お守り、でっか?」
「? はい。――あ、ただホーク様が直接お守りだと仰ったわけではなく、私が勝手にそう思っているだけなのです。元々はパイさんに、と預かったものなのですが、パイさんがいらないと仰るので、私がお預かりしております」
「ディミトリさん、これって……」
「どう見てもただの魔弾やな」
モニカの手の平の上には、明らかに魔法銃用に加工された魔石が乗っていた。
銃という武器にはディミトリもミサキも詳しくはなかったが、それでもそれが魔弾であることは理解できた。
「どう思う、ミサキ」
「勇者が使う武器の一部と考えれば、お守りとして渡すのはまあ、分からなくもないですね」
「……」
ミサキの意見を聞いても納得のいかない様子のディミトリ。
とはいえ他にこの魔弾が意味するところが思いつかず、しばらく沈黙が流れた。
するとその間にモニカが何かを思い出したのか、ぽん、と手を打って口を開いた。
「ああそういえば、パイさんはこのお守りを見たとき凄く驚いていたようでした」
「まあ、驚くのも無理はないかもしれませんな」
「それから少ししてからでしょうか。パイさんが急に外出すると仰って……そうです、そのときのパイさん、何かとても思いつめたような様子でした」
「ほう、どんな風に?」
「ええっと確か……『私が留守の間、誰が来ても扉を開けるな』とか、『子供たちをお願いします』とか、そういうことを仰っていたと思います。そしてその後……」
「盗賊団に拉致された、と」
そのときのことを思い出したのか、モニカは辛そうな表情で静かに首肯した。
「……」
パイの発言から察するに、自分が何者かに狙われていることを確信していたとしかディミトリには思えなかった。
誰か、というのはつまりヴェノム盗賊団ということになる。
とすれば、セドガニアのバラディア軍基地にでも保護を願いに行ったと考えるのが妥当だろう。そして基地に着く前に攫われた。
パイを攫うための人質として事前にケリーも監禁。
そして同時期に盗賊団はホークも襲い、返り討ちに遭った。その時にホークはケリーが囚われている場所を知り救出……。
「……」
――本当にそうか?
そもそもヴェノム盗賊団はホークの力を侮るだろうか。ホークがシューデリアに出没したS-70相当の吸血鬼を一人で討伐した話はバラディアにも届いていたはずだ。
バラディアに根を張っていた盗賊団がその情報を知らなかったとは考えづらい。
ホークは容姿も武器も特徴的だ。見間違えるとは思えない。
敵対したとしても、並の戦力では簡単に返り討ちに遭うと予想できるものではないだろうか。
それに、盗賊団がホークの尋問を受けたとして……ケリーの情報を喋る必要などあっただろうか?
ホークは当然、ケリーが囚われていることなど知りもしないだろう。盗賊団も話す必要のない情報だ。ホークを襲ったこととケリーの監禁は全くの無関係のはずだ。
ケリーを監禁しているという話題に移るような、そんな尋問の流れは存在するだろうか?
「……」
……おかしい。
やはりどう考えてもおかしい。
ホーク・ヴァーミリオン。
この女は絶対に何かを隠している。
ディミトリのそれはほとんど確信に近かった。
「……分かりました。もう結構です。貴重なお話をありがとうございました」
「結局、事件の真相に繋がりそうな話は聞けませんでしたね」
教会を後にした二人は、モニカから入手した情報をまとめながらギルディアの都市を歩いていた。
「まあ、事件に深く関わったのはパイ・ベイルさんの方ですから、やはりこの人に詳しく事情を聞かない事には…………ディミトリさん? どうしました?」
「……」
ディミトリは深く思案を巡らせているようで、普段の飄々とした雰囲気からは想像もできないほど鋭い顔つきをしていた。
こういうときのディミトリは本気で推理を行っていると知っているミサキは、下手に声をかけるべきではないと黙ってディミトリの後ろを歩いた。
「ミサキ。ホーク・ヴァーミリオンについて情報を集めてもらえるか」
「え? それならここに……」
「いや、もっと徹底的に調べた奴や。勇者になる前は何しとったとか、セドガニアに至るまでのスケジュールとか、とにかくホークに関して集められる情報を、限界まで細かく調べてくれ」
「……はい、分かりました」
ミサキとしてはホークに何か不審な点は思いつかなかった。
むしろ人々を救うために精力的に活動する、勇者に相応しい人物像だとすら感じた。
ディミトリが一体なにをそこまで拘っているのかミサキには分からなかった。
「それと、一緒にパーティ組んでる子供がおるんやったな」
「はい。『パープルパンダ』の通り名で知られている少女ですね」
「そいつについても徹底的に調べてくれ。こいつも相当怪しい」
「え、何故ですか? これまでの調査でもほとんど名前が出てきませんでしたけど……」
「アホ。だから怪しいんや。これだけ派手に動いてるホークと一緒に行動してるのに、なんでこいつの名前だけ全然出てけえへんねん。ホークがヴェノム盗賊団のアジト襲撃してるとき、こいつは何しとってん」
「それは……私には分かりませんが」
「せやから調べろ言うとんじゃ。こいつとホークはどこで出会って、なんでパーティを組むに至ったか。そもそもどういう人物でどんな経歴があるか。全部調べろ」
「――畏まりました。数日以内に調べ上げてみせます」
ミサキも久しぶりに見る程真剣なディミトリの口調。
彼がここまで頑なに命じる以上、一切の手抜かりは許されない。彼が徹底的に、と言ったらとにかく徹底的になのだ。
「頼むで。俺の勘やけど……こいつらは何か重要なことを隠しとる気がすんねんなぁ……絶対暴いたるからな」
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