第110話 ディミトリの調査-ホーク
ルイスパーティと協力関係を結んでから二日が経過した。
決行日を翌日に控え、それまでは各自準備期間ということになっていた。
既に必要そうな装備も揃え終えたパンダは、引き続き遺跡に関する情報を集めていた。未知の遺跡だ、情報はどれだけあっても困らない。
しかし、ルイス達が半年に渡って集めた情報を上回るような有力なものは、たった二日では全く集まらなかった。
これ以上粘っても仕方がないと、パンダは情報収集を打ち切った。
時刻は夕方。ギルディアのオープンカフェで適当な食事をしながら、明日のスケジュールをホークと確認していた。
「お前はこの遺跡についてどう考えてるんだ?」
小皿に乗ったサラダを少しずつかじりながらホークが尋ねた。
「そうねぇ、実際に見てみないとなんとも言えないけど、ルイス達が言っていた亡霊の仕業っていうのは、まあ悪くない予測だと思うわよ」
何者かが生息している形跡はなく、調査隊を瞬時に全滅させるだけの能力を持っている。
彼らが集めた情報を鑑みるならば、妥当な推理だと言える。
「魔人の可能性はないのか? 魔人なら食事も必要としないし、遺跡に長期間留まり続けることもできるだろう」
「占星術にかかってないみたいだから、その線は薄そうね。もし占星術にかからない程度の魔人の仕業なら、それはそれで問題ないでしょ。……それより、『魔力溜まり』があるっていうことの方が不思議よね」
ホークも頷いた。
それは、ルイス達から提供された情報では説明できない謎の一つだった。
パンダ達がその遺跡に挑むのは、そこに魔力溜まりがあると聞かされたからだ。
オリヴィアからの情報だ、信憑性は高い。だがルイス達の話では、そこには魔力溜まりが生まれるような要因はなさそうに感じた。
既に数多くの調査隊が内部に進入した事実もある。最深部にまで到達し帰還してきた者たちも大勢いる。
しかし魔力溜まりに関する話は一度も出ていないし、魔石も発見されていない。
もし遺跡に本当に魔力溜まりがあり、その影響で高濃度の魔石が存在しているのであれば、とっくに明らかになっていていいはずだ。
しかしルイス達はそのことについては一切触れなかった。報奨金目当てで遺跡に潜る冒険者たちだ、高濃度の魔石の存在を知っていれば、全てパンダに渡すなどという契約は結ぶはずがない。
「魔力溜まりがあるのなら、何かしらそれだと気づけるような物があると思うんだけど……」
「情報は集まらなかったな」
パンダがこの二日間調べていたのも、主にそれに関する情報だ。
だがルイスがもたらした情報以上の者は入手できず、内部には魔力溜まりを生み出す原因となるようなものは発見されていない。
何から何まで奇妙な遺跡だ、としか言いようがなかった。
「まあ明日行ってみれば分かるわ。さ、そのためにも今日はしっかり食べてゆっくり眠りましょ――」
パンダが次の料理を注文しようとしたその時。
「――すんませーん! ちょっとよろしいでっか?」
背後から声をかけられた。
椅子に座りながら振り返ると、二人の男女が立っていた。
眼鏡をかけた長身で糸目の男に、大きな三つ編みの少女。
見覚えのない風体だが、男は明らかにパンダとホークに声をかけてきていた。
「何かしら」
パンダが返答すると、男は二人のテーブルまで歩み寄ってきた。
「いやぁいきなりすんません。実はワシら、先日のセドガニア襲撃事件の調査をしとる者なんですが、ひょっとしてお二人はホークさんとパンダさんと違いますか?」
「ええ、そうだけど。事情聴取したいってことかしら?」
「そうなんですわあ! いやぁこんなところでお会いできるなんてラッキーでしたわ。聞くとお二人はあの事件にも深く関わりがあったそうやないですか。是非お話を聞かせてもらいたいんですけど、よろしいでっか?」
「食事中だ」
ホークが棘のある言い方で拒否の姿勢を見せる。
あの一件に関しては、二人ともかなり不自然な角度から介入してしまった形になる。
できれば余計な詮索はされたくないというのが本音だ。
「ああこら偉いすんません。確かにお食事中に不躾でしたわ」
「こちらこそごめんなさい。ホークってこういうとこあって」
「いえいえ、急に押し掛けたワシらが悪いんですから。――よいしょっと」
男はホーク達のすぐ隣の席に座り、メニュー表を眺めた。
それに続く形で少女も椅子に座った。自然な流れで座った男とは違い、少女はかなりバツが悪そうな表情で、ホークの顔色を窺いながら申し訳なさそうに座った。
男の行動の意味が理解できず、ホークが困惑する。
「……何をしている?」
「何って、お二人がお食事を終えるのをここで待たせてもらうんですわ。すんませーん、アイスコーヒー二つ!」
屁理屈もいいところな男の言葉に、ホークの胸中は怒りよりも呆れの方が強かった。
そういうことじゃない、と言い返してやろうかとも思ったが、この男の様子から察するにそんな言葉で行動を変えるようには見えなかった。
何がなんでも事情聴取は行う、という意思表示を受け、パンダもやや面食らっていた。
「セドガニアの件は既にバラディア軍に報告した。話が聞きたいなら連中のところに行け」
「もちろん行かせてもらいましたよ。でもね、なんちゅうか中途半端な調査しとるみたいで、いまいち謎が深まるばかりだったんですわ。せやからどうしてもお二人にお話を伺いたいんです」
その口ぶりから、どうやら二人にここで声をかけたのも偶然見かけたからではないとパンダは察した。
初めから二人は事情聴取を行うリストに挙がっていたのだろう。ここで断っても後日また尋ねられるだけだ。
「分かったわ。私達でよければ。でも明日は大きな仕事があるから、あまり長時間の拘束は遠慮してちょうだい」
「ほんまでっか! いやぁ助かりますわ。安心してください、ほんの数分で終わりますから」
男は嬉しそうに椅子を移動させ、パンダとホークが座るテーブルに近づけた。
少女もそれに続き、パンダ達のテーブルを四人で囲むような形になった。
「ああいかん。自己紹介を忘れとりましたわ。えらい失礼しました」
「気にしないで。私たちの紹介はいらないわね?」
「ええ結構です。――ワシはルドワイア帝国騎士団のエルダークラスを戴いております、ディミトリと申します。こっちは助手のミサキです。よろしくお願いします」
その言葉に、パンダとホークの双眸が見開かれた。
「エルダーだと!?」
人類最強の戦力と名高い、ルドワイア帝国の切り札だ。
その戦闘能力は勇者と並んで魔族の最大の脅威とみなされている実力者たちだ。
さしものパンダも予想外だったのか、まさかといった表情でディミトリを見つめていた。
……失敗した、とパンダは内心で唸った。
エルダーは今のパンダ達にとって最も関わりを持ちたくない相手だ。
人間には頼もしい存在でも、魔人であるパンダにとっては最悪の相手だ。万が一にもパンダ達の素性を詮索されたくないというのに、あろうことか事情聴取を受けることになるとは。
「あーよく驚かれるんですわ。でもまあワシは見ての通りこんな感じなんで、変に畏まらんとってください」
「……エルダークラス程の騎士が調査員に成り下がって使い走りとはな。ルドワイアも存外、役不足か」
「いやぁお恥ずかしい限りですわ」
「ディミトリさんは元からこういう調査仕事をメインに担う方だったのですが、いつのまにかエルダークラスに選ばれてしまったとかなんとかで」
ミサキが補足するが、そんなものは何のフォローにもならない。
どんな経歴であれエルダークラスである以上、今の二人には太刀打ちできない実力者なのは疑いようもない。
ここは下手なことは話さず、この場をやり過ごすしかない。
「それで、何が聞きたいのかしら」
余計な会話をしたくないパンダが急かす。
こういう交渉事はパンダの十八番だ。ホークも、自分が下手に喋るよりはパンダの手腕に任せることにした。
「じゃあ一つずつお聞きしますね。お二人はあの日、どうしてセドガニアに来てたんですか?」
「前々からホークと相談してたの。ハシュールは確かにいい国なんだけど、冒険者への依頼の質は決して高くないの。だから少し物足りなくなってしまって、拠点を移そうかって」
「なるほど。それでバラディアに来たってわけですか」
「ええ。でもまさか到着した当日にあんなことが起こるとは思ってなかったけど」
なるべく和やかな雰囲気を演出したいのか、パンダは陽気に笑って答えた。
「せやけど、お二人はその数日前に『腐敗の魔女ゲシュレ』を討伐されてはりましたよね。ハシュールの中ではかなりの高難易度の依頼です。他にも魔獣関連の依頼をいくつか。別に依頼の質は悪くないと思いますけど」
パンダの笑みが固まる。
続いてホークの視線も僅かに鋭くなる。そして二人とも、ディミトリに対する警戒度を一段階上げた。
この男、とんだ狸だ。
偶然二人を見つけて話を聞く、という体裁をとっているにも関わらず、いきなりこんな情報をひけらかしてくる。
明らかにパンダとホークの経歴を入念に調べている。ある種の挑発的な意思すら感じられた。
「よく調べてるわねぇ」
「仕事ですからね。それでどうなんです? 見た感じやとハシュールの依頼はそこまで不足やったとは思えんのですが」
「あまり言いたくなかったけど、まあいいわ。正直に話す。――実はね、あそこの管理局の局長にしつこく勧誘されてたのよ。ハシュール国騎士団に入団しないかって」
「ははーん。それで嫌気が差して拠点を変えようと思い立ったと」
「正式に変えるかどうかは検討中よ。まずは下見のつもりでセドガニアを訪問したの」
「なるほどなるほどぉ」
ディミトリは納得したようにメモを取りながら頷いた。
「まあホークさんほどの実力者がハシュールにおったら、騎士団に勧誘したくなるのも分かりますな。でも、そんなに嫌やったんですか? 大急ぎでハシュールから離れたくなるほど」
「……? どういう意味かしら?」
ディミトリの言葉に何か含みを感じたパンダが警戒心を強めて聞き返す。
こういう、曖昧な表現で相手の迂闊な発言を誘うのがこの男のやり口だと気づき、パンダは慎重に言葉を選んだ。
「いやね? 事件が起こる二日前まではお二人はハシュールのシューデリアで活動してたんですよね? そこからセドガニアまで、普通なら四、五日はかかるそうなんですよ。せやのにお二人はその二日後にはセドガニアに到着してはる。これなんでかなーと思いまして」
「……」
「とある商人から証言が得られましてね。馬車を一つ借りたそうやないですか。寄り道も補給も一切なしでセドガニアまで一直線。馬も休ませずに超特急。結構なお金がかかったんとちゃいます? そこまでしてハシュールから離れたくなるくらい、その冒険者管理局の局長さんの勧誘ってしつこかったんですかね?」
パンダとホークはしばらく言葉を詰まらせた。
そして一つの確信と共に、強い危機感を覚えた。
この男は明らかに、ホークとパンダを怪しんでいる。
でなければここまで詳細な情報を集めようとは思わないはずだ。何より今のディミトリの質問は、セドガニアの一件とはほとんど関係がない。単純に二人の行動そのものを怪しんでいるからこその質問だ。
一体何を怪しまれて、そしてどこまで知られているのか。
もはやこれは単なる事情聴取ではないと二人は理解した。
これはパンダとディミトリによる舌戦。騙し合いだ。
「実を言うとね」
意を決してパンダが口を開いた。
「あの局長さん、いっつも私のことをいやらしい目で見てくるの。彼、きっとロリコンね」
「――ハッハハハハ! ほんまでっか!? そらまた偉いこと聞いてまいましたわ!」
ディミトリは人目もはばからず爆笑した。
ひとしきり笑い続けるディミトリをしばらく見守ったあと、パンダはこの流れを切らない内に続けた。
「そんなわけで貞操の危機を感じた私は急いでセドガニアに逃げてきたってわけ。これ、本人には秘密にしてちょうだいね。まだハシュールで仕事を続けるかもしれないんだから」
「ええ、ええ。もちろんです。しかし驚きましたわ。まさかそんな事情があったなんて」
「困ったものよね。で、今のが返答でいいかしら」
「結構ですよ。思いっきり笑わせてもらいましたし。でも読みが外れてたんはちょっと意外でしたわ」
「読みが外れた、とはどういう意味だ」
「ほんまはブラッディ・リーチのことが関係しとんのかなって思っとったんですわ」
二人の動きが止まる。
ホークの視線がディミトリへの敵意を帯び、パンダが内心でディミトリに毒づいた。
何もかもお見通しというわけだ。
パンダが繰り出した咄嗟の言い訳などものともせず、ディミトリは核心に迫るための切り札をいくつも常に懐に隠し持っている。
その一枚をこれほどまで無造作に切り出されるとは思っておらず、さしものパンダも狼狽を禁じえなかった。
「ホークさんが勇者として認められたんってあの吸血鬼を討伐したからでしょ? せやけどセドガニアでそれらしい奴がドラゴンと戦ってるって情報があったんですわ。てっきりホークさんはこの吸血鬼を追いかけてきたんやと思ってたんやけど、なるほど、むしろ原因はパンダさんにあったんですな。そのロリコン局長から逃げるために――」
「――わかった、もういいわ」
ディミトリの口上を遮ってパンダがぴしゃりと言い放った。
この男を相手に下手な作り話は通じない。
二人も致命的な部分以外は真実を打ち明けるしかないだろう。
と同時に、ここでパンダも完全に臨戦態勢に入った。
この舌戦を制するため、頭脳をフル回転で稼働させる。
「正直に話すわ。殺したと思ってたブラッディ・リーチが生きているという情報を掴んだから、急いでセドガニアに向かったの。局長は関係ないわ」
「え、そうやったんですか? 驚きましたわ」
白々しい芝居を打つディミトリに、ホークが苛立たしげに眉を吊り上げる。
「それはやっぱり、とどめを刺すために?」
「ええ。あなたも言った通り、ホークはブラッディ・リーチを討伐した功績で勇者に選ばれたんだもの。実は殺し損ねてた、なんてこの子の名に泥を塗っちゃうでしょ?」
「ちなみにその情報って誰から聞いたんですかね?」
「言わなきゃダメ? それって重要な話じゃないように思えるんだけど」
「出来ればお願いします。というのもね、事件の数日前にルドワイア騎士団の部隊が一つバラディアに来ていて、ブラッディ・リーチと思しき魔物と戦闘になったらしいんですわ。それがルドワイア帝国に報告として挙がってきた時間を確認するとですね……」
ディミトリは一枚の資料を取り出してテーブルに置き、二人に見えるように指差した。
「見てくださいここ。どうもその時間が、お二人がシューデリアを出た後みたいなんですいよね?」
「……」
「つまりルドワイア騎士団がその吸血鬼を発見して、ルドワイアに報告して、その情報が各国に伝わるよりも前に、お二人はこの吸血鬼がバラディアに来てるってことを知ってたことになるんですわ」
表情では平静を装いながらも、パンダもホークも、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
その情報はシューデリアで偶然出くわしたムラマサから聞き出したものだ。
そんなことを説明できるはずもない。
「優秀な情報屋とコネがあってね。その人から教えてもらったの」
「凄い人ですな。他国の情報を軍よりも早く入手して、お二人が特急便の馬車を借りてまでセドガニアに来たくなるような証拠まで集めたなんて。よかったら紹介してくれませんか? このへっぽこ助手と交換したいですわ」
「ちょ、ディミトリさん!?」
「悪いけど、情報屋の情報を売るなんてご法度よ。あなたも情報を生業にするなら自分で探してちょうだい」
「ハハハ! こりゃ一本取られましたわ」
おどけてみせるディミトリだが、そんなことではもはやこの場の空気はわずかも弛緩することはない。
二人とも、一切の油断が許されないほどに緊張に張りつめていた。
「じゃあ別の質問に移ろかな。お二人ってどういう経緯でパーティを組むことになったんですか?」
「――おい、さっきからなんの事情聴取なんだこれは。セドガニアの件とは関係ないだろ」
業を煮やしたホークがたまらず当たる。
だがホークの指摘ももっともだ。ディミトリの質問は、またしてもセドガニアの謎の解明に繋がるようなものではない。
「これ以上ふざけた聴取を続けるなら帰るぞ」
「いやぁすみません。実はワシ、ホークさんの大ファンなんですわ。せやからつい色々聞きたくなってしもて」
「公私混同ね。あまり褒められたものじゃないわ」
「あ、あの。ディミトリさんは本当に無神経なので誤解されやすいのですが、基本的にはいい人なので、悪意があってのことではなくてですね……」
ミサキが必死にフォローを入れるが、パンダとホークの緊張を解くには至らなかった。
「で、どうなんです?」
ホークの軽い脅しも意に介さず、ディミトリは質問を取り下げる気はない様子。
仕方なくパンダは説明することにした。
「私はブラッディ・リーチに誘拐されて彼女の館で拷問を受けたの。隙を突いてなんとか逃げ出したけど、心配だから誰かに助けを求めようと思ってたらホークと出会ったの。それで協力関係を結んで、パーティを組むことになったってわけ」
「それはまた……お辛い経験をされたんですな。心中お察しします」
心にもない事を言ってるのがバレバレだが、パンダはわざわざ追及しなかった。
「パンダさんも幸運でしたな。後に勇者となられるほどの方とそんなところで偶然出会えるなんて」
「ええ、神様に感謝って感じね」
「でも勇者パーティともなると気苦労も絶えないでしょ。ヴェノム盗賊団に襲われたのもそういう勇名が広まってたからでしょ?」
ディミトリの矛先が別の部分に向いたことを察し、二人は更なる追及に備えた。
「さあな。大方勇者を倒して名を上げようとでもしたんじゃないか?」
「なるほどー……そういえばその前に、誰か女の子を助けたって聞きましたけど、そうなんですか?」
「……ああ。盗賊団に襲われ薬で身動きが取れない状態だった」
「ほんで教会に届けた、と。さすが勇者様でんな。市民の安全を守るヒーローやないですか。その子を無事に家……というか教会まで送り届けたわけですな。……あれ? なんでその子がその教会に勤務してるってこと知ってはったんですか?」
まるで今思いついたかのように問いかけてくるディミトリだが、あまりにも白々しすぎる。
いちいち神経を逆撫でされているように感じるのは、ホーク達に後ろめたい秘密があるからだろうか。
「…………別に知っていたわけじゃない。負傷者は教会に届けるのが普通だろ。近場の教会に届けただけだ」
「あ、なるほどなるほど。たまたま近くの教会に届けたら、そこがたまたまその子の家やったと。やっぱ勇者様は運も持っとるんですな」
「納得できたようなら何よりだ」
「うーん……せやけど、やっぱりさっきのが引っかかるなあ」
「……今度はなんだ」
立場上仕方ないが、あまりにもディミトリに主導権を握られ過ぎているのが癪だった。
「いや、やっぱ『ソレ』が原因ちゃいます?」
「何がだ」
「さっきホークさん、ヴェノム盗賊団が襲ってきたのは『勇者を倒して名を上げるため』って言うてはりましたけど、どう考えてもそこで盗賊団と敵対したんが原因とちゃいますか?」
「……」
「ヴェノム盗賊団に襲われる数時間前に、盗賊団と争って神官の子を助けたんですよね? 普通それが理由やと真っ先に思いません?」
「……知るか。奴らの思考など推測するのも面倒だ。正確な理由が知りたいなら自分で調べろ。それが貴様の仕事だろ」
「ハハハ、そらそうですな。ほんならまあそれは置いといて。盗賊団に襲われて、返り討ちにして、そのときに盗賊団のアジトの場所を入手した、と」
「そうだ」
「ちなみにそれと同じ時間帯に、ヴェノム盗賊団は別の男の子を監禁してて、ホークさんはその子も救出されたんですよね?」
「ああ、あの子供か。それがどうした」
「その子の監禁されてる場所って、その尋問のときに聞き出したんですか?」
「それは、」
「それってあれでしょ? ケリーとかいう」
ディミトリの質問を肯定しそうになるホークを、パンダが割り込んで制止した。
「その子を見つけたのは偶然よ。襲ってきた盗賊団はそれで全員じゃなくて、近くの倉庫に残りが隠れてるってわかったの。だからホークに頼んで倒してきてもらったんだけど、そのときに偶然その子を見つけたからとりあえず助けておいたのよ。ね、ホーク?」
「ああ、その通りだ」
「……なるほど。聞き出した訳やないんですね」
少し声のトーンを落とすディミトリを見て、ホークはパンダの考えを把握した。
もしあそこで「盗賊団から子供の居場所を聞き出した」と答えていれば、『何故その子供が囚われていることを知っていたのか』『どういう尋問の流れで聞き出したのか』など、いくつもの追及が待っていただろう。
パンダはそれらの追及を封殺した。あくまでも子供を助けたのは偶然だとしてしまえばそれ以上この話題は進展しない。
ここはパンダの読み勝ちだ。
「それでホークさんは盗賊団のアジトに向かわれた、と。でもその数時間後には、バラディア軍が占星術で捕捉した魔力体を調査する作戦に加わっとったんですよね? なんで事情も説明せず一人で行かれたんですか?」
「それほど離れた場所ではなかったし、奴らの実力は大したことがなかった。作戦決行までに戻ってこれると思っていた」
「ホークってこう見えて正義感がとても強いのよ。「こんな卑劣な悪党を野放しにはできん!」って張り切っちゃって」
「そうなんでっか?」
「……ああ。私はそういうところがある」
死んだ魚のような目で首肯するホーク。
心にもないことを言うのがこれほど難しいと知ったホークは、改めてパンダやディミトリの舌先三寸を感心する思いだった。
「ちなみにその時ってパンダさんは何されてたんですか? 調べた感じやと、どうもホークさんがお一人でヴェノム盗賊団を壊滅させたってあるんですけど」
「――。……ああ、それは少し違うわね。私も一緒に行ったわよ。ホークが一人だったっていうのは誤解じゃないかしら」
「あ、そうなんですねー。じゃあお二人で一緒に塔を襲撃したんですか」
パンダの眉がぴくりと反応する。
わざわざ『一緒に』と付け加えるところに何か恣意的な思惑を感じ取り、パンダはディミトリの思考を推理する。
彼はパンダたちの予想よりも遥かに入念に調査を行っている。その上でパンダ達が自分の推理とは食い違うような証言を口走らないかと罠を張ってきている。
いったいどこまでパンダ達を怪しみ、どこまでのことを知っており、どんな意図で質問しているのか……それを可能な限り推測していく。
「――いえ、一緒じゃないわ」
「……と言いますと?」
「実はヴェノム盗賊団のアジトは二つあったの。だから片方ずつ分担することにしたのよ」
「ほう、じゃあパンダさんお一人で一つの塔を制圧したんでっか? それはまた、見かけによらず……」
「あはは、そんなに大層なことはしてないわ。私はなんとかバレないように潜入しただけよ。ドラゴンを召喚している魔術式を停止させるのが最優先だと思ったから、塔に進入したころにはもう、盗賊団の壊滅なんてどうでもよくなってたわ」
「……なるほど。どっちの塔がドラゴンを召喚してるか分からへんから、どっちも向かう必要があったんですな」
「そういうことね。ただ結局ホークの方が当たりだったのか、それともどっちも正解だったのかは分からないけど、ホークの魔断が魔術式を停止させて、ドラゴンが消えたみたいね」
「その時に、ヴェノム盗賊団とは戦闘にならんかったんですか? ずっと見つからずに隠れられてたんですか?」
――『ずっと隠れていたのかどうか』。
「……」
――違う。
パンダは直観的にディミトリの言葉の裏に秘められた問いかけに気づく。
ディミトリの質問の真意は、『その時にヴェノム盗賊団は生きていたか』だ。
おそらく崩壊した塔の下から、何者かと戦闘し殺害されたと思われる盗賊団の死体が発見されたのだ。
パンダが「盗賊団から隠れていた」と証言すればそれはディミトリの調査内容と矛盾する。その頃には盗賊団は何者かの手によって全滅していたはずだからだ。
それはパイによるものだが、そのことは話せない。
ここは単純にとぼければ事足りるはずだ。
「うーん、隠れてはいたんだけど……なんていうか、人の気配がほとんどなくて。それは私も変だなって思ってたのよ。結局盗賊団員には遭遇しなかったわね」
「…………変ですね。盗賊団のアジトやのに誰もおらんやなんて」
「ね。言われてみれば不思議だわ。その時は私もテンパってたから、ラッキーだなーくらいにしか思ってなかったけど」
「……ホークさんの方はどうやったんですか? そちらも誰とも遭遇しなかったんですか?」
「いや、一人いた。そいつと戦闘になって倒したが……そうだな、言われてみればそいつ一人としか遭遇しなかったな」
「……なーるほど」
いけそうだ、とパンダは思った。
ディミトリの反応から察するに、おそらく予想外の返答だったのだろう。
そしてそれは、パンダたちの疑惑を晴らす意味で予想外だったようだ。
ディミトリがパンダ達に明かしていない別の調査内容に、今パンダが語った説明が納得のいく形で合致しているようだ。
「――分かりました。それで、そのアジトで神官の子を一人救出したそうですけど」
来た、とパンダが身構える。
この質問は必ず来るであろうと予想していた。そして、これはパンダにとってもかなり危険な問答になる。
この件に関しては重要なファクターがある。
パイの魔獣化だ。
何故パイは魔獣化したのか。そのパイをどうやって助けたのか。何故パイの魔獣化が元に戻っているのか。
様々な疑問に発展し、そのいずれについてもパンダは有効な返答ができない。
ディミトリがどこまで知っていて、どこに罠を仕掛けるつもりなのか。それを見極めるまでは迂闊なことは口にできない。
「パイさんはどちらの塔に囚われとったんですか?」
パイはホークが救出したことになっている。
だがホークが向かったのはサブタワー。パイはメインタワーに囚われていた。
それをディミトリが知っていたら、これは矛盾点になる。
「私よ。私が向かった方の塔にいたの」
「あら? ほんまでっか? ホークさんが救出したって皆さん仰ってますけど」
「あらそうなの? まああの子も随分衰弱してたし、意識も朦朧としてたからハッキリと覚えてなかったんじゃないかしら。あの一件をホークが解決したのは事実だから、『ホークに助けられた』と教えられてても不思議じゃないわね」
「ふーん…………ちなみにどこに捕えられてたんですか? 地下とか?」
「……さあ、分からないわね。私があの子を見つけたのは、塔が崩壊した後の瓦礫の中からだもの」
「……なるほど、そういうことやったんですね」
腑に落ちないが、筋は通っている。
そう認めざるを得ないことそのものが納得がいかないようなディミトリの表情。
よし、とパンダは内心でガッツポーズする。
ディミトリはどうも、パイに関する情報はほとんど持っていないようだ。
もしかするとパイが魔獣化したことも知らないのかもしれない。であればヴェノム盗賊団の研究がどのようなものだったかも知らないだろう。
この質問はこれ以上は発展しないと予想できた。
「分かりました。じゃあ、ホークさん」
実際、ディミトリは今の質問にはほとんど興味を失ったのか、ホークに質問先を変えた。
「なんだ」
「スノウビィって知ってます?」
――思いもよらない角度からの質問に、さしものパンダも一瞬ではあるが動揺を隠せなかった。
話を振られたホークは更に狼狽した様子を見せてしまった。
「――知らん。誰だそれは」
それでもここで言葉を詰まらせるのはまずいと瞬時に判断し、咄嗟に返答する。
が、その覚束ない足元を見逃すディミトリではない。
「誰? なんで人名やって知ってはるんです?」
「……別に、そう思っただけだ。違うのか?」
「ほんまですかー?」
「何が言いたい」
「うーん、言いたいことは一つですわ。『何か知ってるなら情報ください』。このスノウビィっていうのはとある魔人の名前なんですが、どうもセドガニアの一件に関わってる可能性が高いようなんですわ」
「悪いが何も知らないな」
「実はワシらは、この事件の実行犯はヴェノム盗賊団とは違うって睨んどるんですわ。絶対誰か別の勢力の介入があったはずなんです。で、そのスノウビィとかいう魔人の仕業やとしたら、かなり多くの謎が説明できそうなんです。だからどんな情報でもいいから欲しいんですわ」
「知らんと言ってるだろ」
強引に跳ねのけるホーク。
だがディミトリはこの質問に関しては一切譲る気はないらしい。
そしてそれは正しい。あの一件に関わったほとんどの人間がスノウビィの脅威を認識しておらず、実はここが一番重要な部分でもあるのだ。
ヴェノム盗賊団が行っていた本当の研究。
スノウビィの介入。
この二つがあの事件の根幹を成すファクターだ。ディミトリはその内の一つに手をかけており、それが重要だと気づいている。
「パンダさんも?」
「そうね」
「最近誰か尋ねて来はりませんでした?」
「……」
そこでパンダも、ディミトリの情報源を把握した。
シィムだ。彼女はスノウビィのことを知っていた。二人は同じルドワイア帝国騎士団の人間だし、事件にも関わっている。ディミトリがシィムに話を聞いていてもおかしくない。
パンダとシィムは現在極秘で取引を交わしている。
この関わりは知られたくない。特にこの男にだけは。
「来たけど、依頼主については話せないわよ」
「ん? 別に依頼主には限定してませんけど。誰か依頼して来はったんですか?」
「いちいち突っつくわねぇ。依頼主についてはって言っただけでしょ?」
「話せないってことは、誰か来たは来たんですね?」
うるさいなぁ、とパンダも珍しく苛つき始めてくる。
だがそれを顔にだすとディミトリの思う壺だと、せめて気取られないようにニコニコして見せた。
ディミトリはこの質問に関してはやはり退くつもりはないのか、会話を打ち切らせたいオーラを放つパンダをものともせずグイグイと話題を繋げようとする。
何とか無理矢理にでも話を終わらせたいが、そのきっかけが掴めずに唸るパンダとホーク。
――だがそこに、値千金の援護が訪れた。
「あのー、ホーク様」
パンダの背後から、いきなり見ず知らずの女性が声をかけてきた。
突然の第三者の介入に面食らう面々。
だがパンダは瞬時に事態を察した。
そこに現れたのは、一般市民に変装したキャメルだった。
「先程の件なのですが、まだお時間かかりそうですか?」
「――あ~、ごめんなさぁい! つい話し込んじゃって」
「……すまないな。すぐ行く」
そこでホークもそれがキャメルだと気づいたのか、咄嗟に話を合わせた。
「ごめんなさいディミトリさん、実は別件があって。この辺で失礼してもいいかしら」
「……ええ、もちろんです。こちらこそ長い時間拘束してしもて申し訳ないです」
「ありがとうございました。大変参考になりました」
ディミトリに続いてミサキも頭を下げる。
ディミトリはまだ何か言いたそうだったが、これはあくまでも善意で協力する体での事情聴取だ。下手な強要はできない。
「それじゃ、調査がんばってね。影ながら応援してるわ」
「どもです。ご協力ありがとうございました」
適当な挨拶を残してそそくさとその場を去る三人。
会計を済ませると、まるで逃げるようにディミトリ達の視界から消えた。
それを確認したところで、パンダが疲れたように息を吐いた。
「助かったわキャメル。ありがと」
「い、いえ。なんかやけに真剣な顔で話し込んでるなーと思って、念のために声をかけたんすけど……邪魔してないっすよね?」
「ええ、よく思い切ってくれたわ。正直かなりキツかった」
「まあ今のアドリブは悪くなかったな」
キャメルを毛嫌いしているホークからすら労いを言葉をかけられ、キャメルは嬉しそうに笑った。
「そうっすよね!? いやぁ~、ね? あたしを仲間にしといてよかったでしょ? あたしはほんと役に立つ部下なんすよ」
「調子に乗らないの」
ニヤニヤと媚びを売ってくるキャメルの額をこつんと突いて、パンダはそのまま宿屋への道を進んでいった。
パンダ達が去ったオープンカフェで、ディミトリは難しい顔をして腕を組んでいた。
「やはり、特に怪しい点はありませんでしたね」
二人から聞いた情報をメモにまとめながらミサキが言った。
「お二人の供述はこちらが集めた情報とほとんど食い違っていませんでしたし、ディミトリさんが仰っていた疑問点もほとんど解消されましたね」
「……せやなぁ」
言葉では同意しつつも、ディミトリが放つ雰囲気はむしろ真逆だった。
「……そんなに気になりますか? あのお二人が」
「なんかなー……上手く言われへんねんやけど、のらりくらりと躱されたような感触がすんねんなー」
「躱された……? どういう意味ですか?」
「いろいろ罠に引っ掛けるようなこともしてみてんけど、あの二人がホンマに潔白なんやったら何の感触もないはずやねん。でもなんか、ヌルヌルの触手を掴んだときみたいな感じすんねん。掴んだのにツルッと逃げられた、みたいな。そんなんが何回もあってん」
「……全然分からないです」
「これ以上調べるにも、特に追及するような材料もないしなあ。どないしよ」
「……ディミトリさん、なんか趣旨変わってませんか? 私たちはあくまでセドガニアの一件を追っているんです。あのお二人にはそのためにお話を伺ったんですよ? あのお二人自身に関心を寄せすぎでは?」
「……うっさいわ。そんなもん分かっとんねん」
ディミトリは苛立ちまぎれに席を立ち、伝票をミサキに押し付けて歩き出した。
「まあええわ、次いくで。次はえっと……そや、ハシュールにおるっていう、パイ・ベイルって神官やな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます