第78話 たまには良いこともねえとな
「お? 俺のこと知ってんのか?」
ムラマサはおどけた様子で岩から降りてラトリアと向かい合った。
「俺も有名になってきたんかねー。やだなあ、もう気軽に人間領も出歩けねえようになるのか」
占星術にかかる心配もなく、その気さくな態度から魔人だと見破られることがほとんどなかったムラマサ。
だがさすがに四天王として活動した期間が長くなってきたこともあり、以前までのように気ままに人間領を歩くことはできなくなりそうだ。
だがそもそも、実はルドワイア帝国ではムラマサのことは広く知られている。
言うまでもなく、二年前の戦争でラトリアを生かしてしまったためだ。
ラトリアの証言と過去のデータから人物像を洗い出し、一人の剣士が四天王として存在していることが判明した。
その際に初めて、ラトリアもムラマサの名を知ることになったのだ。
「な、何故貴様がここにいる!」
思いもかけない再会に戸惑うラトリア。
ここで戦うのは謎の召喚士になると考えていた。
まさかラトリアの怨敵、ムラマサがこんな場所にいるなど想像もしなかった。
「何故って、見て分かんだろ?」
「っ……この塔を護っている、のか」
「そういうお前はこの塔を止めに来たってか? ……あーあ、美人を斬るのはもったいなくて気が進まねえんだよなあ。なあ、俺のことは見なかったことにして、ここは退いてくんねえかな。そっちだって死ぬのはごめんだろ?」
ムラマサは好色そうな眼差しでラトリアをじろっと眺めた。
その軽薄な視線に生理的な嫌悪感を抱き、ラトリアが大太刀をムラマサに向ける。
「戯言に付き合う気はない。私は二度と敵に背を見せない。まして――まして貴様にだけは、二度と!」
そう吠えるラトリアとは対照的に、ムラマサは怪訝そうに首をかしげた。
「あれ? 俺らどっかで会ったことあるっけ?」
ある意味ではその言葉が、最もラトリアに衝撃を与えた。
「な――わ、私を……覚えていないのか……!?」
「あ、いや、タンマタンマ。多分覚えてる。これでも美人は忘れない性質でな」
ムラマサはやや慌てたようにラトリアの全身をくまなく観察した。
「金髪に、でけえ胸に……そのエロいくびれのラインには見覚えがあるような――――あ! お前まさか……アンジェリカか!? お前、娼婦から騎士になったのか!? マジで!?」
「…………ラトリア・ゴードだ」
耐え難い屈辱に歯が砕けそうなほど噛みしめる。
「ラト……え、まじで記憶にねえ。ほんとに会ったことあるっけ? それほんとに俺?」
眉をひそめて尋ねるムラマサに、ラトリアもついに怒りが沸点を超えた。
「二年前の戦争で、貴様に情けをかけられ見逃された、ルドワイア帝国騎士団の騎士だ! 覚えていないとは言わせないぞ!」
確かにそのときにラトリアは自分の名を名乗ってはいなかった。ムラマサに聞き覚えがないのは仕方がない。
しかし、この二年ムラマサを超えるために地獄のようなレベリングを成し遂げ、戦場に舞い戻ったラトリアのことをまるで思い出せないなど……ラトリアにとって許しがたいことだった。
「二年前……えっと――あ」
ムラマサはそこでようやくラトリアのことを思い出したのか、ポンと手を打った。
「あ! いたいた! いたわ! 思い出した! ああ、あんときの騎士か!」
「……」
「いやあ悪い悪い。だってほら、なんかイメージ変わってないかお前? そんな鋭い目つきじゃなかっただろ? ――――、なんかこう、もっと垂れ目じゃなかったっけ?」
「……私はかつての私ではない。貴様を倒すために力を手に入れた。私は貴様を倒し、この塔を止める」
「へっ、そりゃこええや。――――、来たのはお前一人か? 自信満々なのもいいが、ちょっと無謀過ぎじゃねえか?」
「……貴様には関係ない」
「ハッ、部隊を連れてくることもできなかったってことは、ルドワイア騎士団の部隊がセドガニアに一つ駐在してるって感じじゃねえな? 大方、今回の騒動にたまたまお前一人が居合わせたから単身乗り込んできたってところか。当たりだろ?」
「……」
こちらの事情をピタリと言い当てる洞察力に、ラトリアは内心で多少なり驚いた。
何も考えていなさそうな風を装っておきながら、頭はそれなりにキレるようだ。
決して馬鹿な男ではない。
下手に言葉を交わすべきではないかもしれない。それでなくとも時間がない。一刻も早くこの塔を停止させなければ。
「……無駄話は終わりだ。貴様らが何を企もうとも、全て斬り伏せるだけだ!」
「――――、いいぜ。俺もちょっと遊びたいと思ってたところだ」
ムラマサは不敵に笑いながら、腰に差した長刀の柄に手を添えた。
それに合わせてラトリアも大太刀を構える。
その様をそっと見遣ったムラマサは、ほう、と感心したように息を吐いた。
「なるほど。確かにあの時とは違うみてえだな。頑張ってレベリングしたってか? くぅ~泣かせるねえ」
「……貴様を倒すためだ。覚悟しろ……この刃は貴様を斬るまで決して止まることはない」
「クク……いいねえ、そうこなくっちゃよ。つまんねえ仕事だと思ってたが、役得だな。たまにはこういうご褒美もねえとよ」
ムラマサは嬉しそうに長刀の柄を握り、いつでも抜刀できる構えに入った。
ムラマサ程にもなれば、刃を交えずとも相手の構えを見るだけでどれくらいの力量かはおおよそ把握できる。
ラトリアは、そうそう味わえないご馳走だ。
おそらく相当に高レベル……もしかするとエルダークラスに匹敵する実力の持ち主かもしれない。
それも剣士。そんな者とこうして真っ向から刃を交えるのは久しぶりだ。
「――じゃあやるか。どんくらい強くなったか見てやるよ」
北門でドラゴンと死闘を繰り広げるバラディア軍。
セドガニア内で逃げ惑う市民と、その避難を守護する騎士たち。
彼らを指揮する作戦室。
各々様相は違えど凄まじい喧噪が支配する戦場だ。
――そんな中、そこから北にあるツインバベルの一対『メインタワー』の中もまた、セドガニアとは違った意味で戦場さながらの喧噪に包まれていた。
「何故主導権を奪えない!?」
研究機関『ハデス』の所長ハンス・クルーリーの怒声が飛ぶ。
拉致したパイ・ベイルを用いて今まさに実験を行おうとしていた矢先、異常な動作を見せたサブタワー。
彼らがそうと気づいたときには、事態は取り返しのつかないところまで迫っていた。
本来メインタワーの補助装置に過ぎないサブタワーが独りでに動き出し、あろうことか冥府の門を開けてその内に満ちる魔力を用いてドラゴンの大群を召喚してしまった。
サブタワーの魔術式は何者かによって書き換えられ、メインタワーとサブタワーの役割は逆転。
今やハンス達のいるメインタワーこそがサブタワーとして機能しており、こちらからの操作をサブタワーが一切受け付けなくなってしまった。
「駄目です! 『ツインバベル』の主導権が完全にサブタワーに支配されています。こちらからでは制御できません!」
「そんな馬鹿な話があるか!」
今になってようやく、ハンスはサブタワーが何者かの手に落ちたことを理解した。
このツインバベルは緻密に設計された、二つで一つの装置だ。
それを片側だけ弄って仕組みを書き換えるなど、本来はできるはずがない。
……が、サブタワーを占拠した何者かはそれを実現したのだ。
それも、おそらくは二日もかからずに。
そんなことができる者など、この研究機関にはいない。
この研究に半生を捧げたハンスですらそんな真似はできない。今サブタワーを占拠しているのは、彼らの常識を遥かに超えた稀代の天才黒魔導士……そう考えるしかない。
「――駄目です。やはりこちらからではサブタワーを操作できません。冥府の門を閉じる術はありません!」
「邪魔だ、どけッ!」
ハンスは唾を飛ばしながら吠え、魔術式を操作していた研究員を蹴り飛ばす。
ハンス自らが魔術式の解析に移る。この施設の中で最も優れた技術を持つのはハンスだ。
何者がサブタワーを占拠したのかは分からないが、対抗できるのはハンスしかいない。
「私の塔で……好き勝手できると思うなよ!」
ハンスは持ちうる全ての技術を用いてサブタワーの主と魔術戦を試みた。
緊急時用に用意していた魔術式で、稼働中の術式を上書き。強制的にツインバベルを停止させようと試みる。
――しかしその直後、上書きしようとしていた術式だけが強固なプロテクトで保護される。こちらの動きを読んだ素早い一手に、ハンスは戦慄する。
自分は間違いなく、今リアルタイムでサブタワーの主と魔術戦を行っている。
次はメインタワーの稼働を全面的に停止させた。
現状、メインタワーとサブタワーの役割は逆転してしまっている。
ならばこのメインタワーはサブタワーの役割を担っているということになり、この塔の稼働を止めることはそのままサブタワーの処理を膨大にすることを意味する。
やがて処理が追いつかなくなればサブタワーはタスク過多になり緊急停止する。
あるいは冥府の門を制御することに処理を食われるあまり、こちらへの対処が疎かになる可能性がある。そうすればツインバベルの主導権を奪い返すチャンスが訪れるはず。
――しかしその予想は早くも覆されることとなる。
サブタワーの魔術式が切り替わる。この策を予見しあらかじめ用意していたとしか思えない速度。
――実は、スノウビィはこの塔の魔術式を看破した後、その術式に潜む無駄な処理をいくつも暴き出していたのだ。
それらをより完璧に、より洗練した形で稼働させることで、塔一つでまかなう負荷を軽減する方法を編み出していた。
そしてなにより、サブタワーにはスノウビィ本人がいる。
彼女自身が極大の『補助装置』としてサブタワーの処理を受け持つことで、サブタワー一つでもツインバベルの制御を可能とした。
「……馬鹿な。こんな馬鹿なことが……!」
焦燥に焼かれたハンスの思考が、次なる一手を模索する。
冥府の門の制御だけでサブタワーをオーバータスクに持ち込めないならば、今度は逆にメインタワーからも処理を送る。
本来補助装置として片方の塔の負担を減らすためのツインバベルの一塔が反逆し、サブタワーを崩壊させる。
二つの塔を結ぶ、魔力的なトンネル。
そのトンネルを通じてサブタワーはメインタワーの処理の一部を受け持つわけだが、ハンスはそのトンネルを限界まで広げた。
そしてそのトンネルに向けて、大量の処理を一気に送り込んだ。
ツインバベルの稼働そのものに全く必要のない、電力供給や施設のインフラなど、ありとあらゆる不要な処理をサブタワーに送り込む。
これによりサブタワーだけでは処理が追い付かなくなり、緊急停止するしかないはず……。
――だが、それはスノウビィが望む、勝負を決する一手となってしまった。
スノウビィはハンスが開いた魔力トンネルに、逆にサブタワーから魔術式を送り込んだ。
その魔術式は、このメインタワーの制御すらも奪うためのウイルスだ。
もし通常の大きさしか魔力トンネルが開いていなければ、魔術式を送り込んでメインタワーを操作するまでに時間がかかり、ハンス達に妨害されただろう。
しかしハンス自らが魔力トンネルを拡大したことで、スノウビィの送り込んだウイルスは一気にメインタワーに侵入……そしてメインタワーの魔術式を次々と支配していった。
「所長! サブタワーからの攻撃です! こちらの魔術式が書き換えられています!」
「制御が効きません! このままではサブタワーどころか、メインタワーまで支配されかねません!」
「…………どうなっている」
目の前で起こっていることが信じられず、ハンスは呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……誰だ……私は今……誰と戦っているんだ」
もはや勝敗は決した。
サブタワーを占拠した何者かは、ハンスなどより……いや、この研究施設の者が総出でかかってもまるで歯が立たない、神のごとき英知を持つ怪物だ。
これほどまでに優れた黒魔導士を、ハンスは今まで見たことがなかった。
「ハンス」
その時、背後から彼を呼ぶ声があった。
ヴェノム盗賊団の頭領、バンデット・カイザーだ。
彼は表情こそまだかろうじて平常時と同じだったが、その内に静かに憤怒を携えていることが窺えた。
「どういう状況だ? この塔はどうなる。説明しろ」
「……君の言った通り、サブタワーが何者かに占拠されたようだ。君の言葉にもっと耳を傾けていれば」
「それはどうでもいい。で、どうするんだ結局?」
「……サブタワーを占拠した者の目的が不明だ。奴らは冥府の門を開け、そこに召喚魔法の術式を組み込んで大量のドラゴンを生み出し、セドガニアを襲撃しているようだ」
「で?」
「彼らの目的がそれだけならば、いずれサブタワーの占拠を止め、撤退するかもしれない」
「そんなクソみたいな予測に意味があると思ってんのか? 仮に都合よくそうなっても、いつになるか分からねえだろ」
「……時間はかかるかもしれんが、その後でなら再びサブタワーをこちらで占拠し、魔術式を再構築し……」
「馬鹿かてめえ」
カイザーはハンスの胸倉を掴み上げた。
カイザーにしてみれば軽く持ち上げる程度の力だが、レベルが60程も離れている相手に行えばうっかり殺してしまいかねない暴力だ。
「ぐっ……!」
「何も分かってねえようだからハッキリ言ってやるよ。もうこの塔は終わりだ」
「……そ、れは……」
「サブタワーが冥府の門を開けてセドガニアを襲ってる。こんな大騒動を起こした以上、じきにサブタワーとこのメインタワーにもバラディア騎士団が押し寄せてくる。そうなりゃ俺らは一網打尽。実験どころの話じゃねえ」
「……」
当然そうなる。
いや、既にこの塔に騎士団が向かっていても何ら不思議ではないのだ。
そうなればカイザー一人で孤軍奮闘するのは難しい。やがて全員が取り押さえられこの塔は終わりだ。
「俺が聞いてんのは、そういう限られた時間の中で、今、何が出来て、何が出来ねえのか、だ。言ってる意味わかるな?」
「……ああ」
「じゃあもう一度質問だ。今度はもっと具体的に聞いてやる。『実験は再開できるか』?」
つまりこの研究の大目的。
対象者のレベルを強制的に上げる実験……それをいま断行できるか、という質問だった。
「……不可能、ではない」
「というと?」
「現在、サブタワーはおろかメインタワーの七割以上の機能がサブタワーの支配下にある。こちらからではまともにツインバベルを稼働させることもできないだろう」
「で?」
「だが、本来ツインバベルの主導権……実験を稼働させるための機構はこのメインタワーにある。それを動かせば……実験を行うこと自体は可能だ」
「じゃあ問題ないじゃねえか」
この研究についてはほとんど概要しかしらないカイザーにはそう思えた。
少なくとも実験が出来るのであれば最低限の目的は果たせるはずだ。
だがハンスは苦い面持ちで首を横に振った。
「そんな簡単な話ではない。ツインバベルの七割以上がサブタワーに掌握されているのだ。向こうが冥府の門を開け、メインタワーとしての役割を無理矢理に担っている。こちらがやることは、その稼働に便乗して実験を行うことだけだ」
「もっと分かりやすく説明しろ」
「つまり、一切の制御ができないということだ。いわば自然の風の力のみで空を飛ぼうとするようなものだ。風力も、風向きも、何も操作できない。ただサブタワーが起こしている暴風に乗って、ひとまず飛ぶことはできる、というだけだ」
「……」
「無謀どころの話ではない。ただでさえこの研究には繊細な調整が要求される。微々たる出力調整のために我々がどれだけ苦心したか君も知っているだろう?」
冥府の門から魂を呼び寄せ、それを魔導具を核にした魔術式でろ過する。
その調整は慎重を極め、僅かでも調整が狂えば被験者は負荷に耐えきれず廃人と化す。
だからこそ過剰なほどに緻密な実験を重ねてきたのだ。
それを……ここにきて全て放り出し実験を再開させるなど正気ではない。
「――それでいい。やれ」
だがカイザーは断行を指示した。
「……カイザー」
「この研究のために苦労したのはお前らだけじゃねえ。俺達ヴェノム盗賊団がどれだけの支援をしたか忘れたか」
「……」
「実験の成功が……無限の力がすぐそこにあるってとこまで来たんだ。それを……こんな訳の分からねえことで諦める気はねえ。――やれ。じゃなきゃてめえら全員ぶっ殺して落とし前つけさせるぞ」
カイザーの言葉には有無を言わせない迫力があった。
これ以上御託を並べるようなら本当に殺す。カイザーの瞳はそう語っていた。
「……いいだろう。君の指示に従おう。どの道この塔がもうじき騎士団に占拠されるのなら……我々も悔いのないように最後まで抗おう」
ハンスの言葉に納得したのか、カイザーは掴んでいた胸倉を離した。
ハンスは襟元を正すと、こちらを心配そうに眺めていた研究員たちに向けて声を張った。
「実験を強行する! 『失敗できる被験者』は、そこの神官の少女一人だけだ。一度で決めるぞ。各員、最終調整を行え!」
「うふふ、次は何をなさるおつもりなのでしょうね」
サブタワー内部。
巨大な魔法陣の中央でサブタワーを制御し続けるスノウビィは、メインタワーからの決死の抵抗の数々を退けながら、楽しそうな笑みを浮かべていた。
スノウビィにとって、サブタワーとメインタワーの攻防はさながらボードゲームのようなものだった。
彼らは確かに優れた研究者たちだったが、魔術戦の土俵で戦うにはスノウビィは相手が悪すぎた。
こと魔法という世界において、スノウビィの右に出る者はいない。
……正確には、『今は』、ではあるが。
「……いえ、きっとフルーレが相手でも私が負けることはないでしょう」
それに関してはスノウビィには絶対の自信があった。
確かに四代目魔王、フルーレはスノウビィと並ぶ最強の黒魔導士ではあったが、それはあくまで戦闘においてはという話だ。
魔法を学術的な世界に落とし込んだ魔術という分野には、フルーレはさほど興味を抱いていないようだった。
その土俵であれば間違いなくスノウビィに軍配が上がるだろう。
そんなスノウビィにしてみれば、メインタワーで哀れにも抵抗する彼らなど可愛らしいものだ。
彼らが盤上で繰り出す稚拙な一手に、スノウビィもまた応える。
その度に戦況はスノウビィに有利になっていき、ついにはサブタワーのみならずメインタワーの半分以上もの機能を制御するに至った。
こうなってしまえば彼らにできることも多くない。
今頃はせいぜいバラディアから逃げ出す準備でもしているかもしれない。
「投了でしょうか? 少々拍子抜けでしたね」
動きのなくなったメインタワーを見て、スノウビィはがっかりしたように肩を落とした。
容易い相手だったとはいえ、久々の魔術戦だ。もっと堪能したかったという思いもあるが、仕方がない。
紅茶でも入れようかと考えたその時、スノウビィの持つ通信魔石が反応した。
それはこの塔の盗賊団の者たちが持っていたもので、それをムラマサとスノウビィの間で使えるように改良したものだった。
「スノウビィでございます」
『ルドワイア騎士団が来た。撤退の準備だ。――なんかこう、もっと垂れ目じゃなかったっけ?』
ムラマサの声に少し驚きを見せるスノウビィ。
「撤退? もうですか? 少し早すぎないでしょうか……」
『駄目だ。ルドワイア騎士団が来た以上は撤退する。――来たのはお前一人か? 自信満々なのもいいが、ちょっと無謀過ぎじゃねえか?』
「むぅ~……」
確かに、この作戦は魔族の関与が人間にバレないという前提の下に構築されている。
ルドワイア騎士団が来た以上は潮時だ。こればかりは運が悪かったと諦めるしかないか。
『ハッ、部隊を連れてくることもできなかったってことは、ルドワイア騎士団の部隊がセドガニアに一つ駐在してるって感じじゃねえな? 大方、今回の騒動にたまたまお前一人が居合わせたから単身乗り込んできたってところか。当たりだろ?』
「……うふふ」
どうやらムラマサは訪問者との会話を装い、スノウビィに状況を伝えてくれているようだ。
この塔に攻め込んできたのは、ルドワイア帝国騎士団の騎士が一人のみ。
援軍はなく、この騎士がたまたまセドガニアに居合わせただけ。
よって、今すぐにスノウビィ達に大きな脅威があるわけではなく、もう少し時間的な猶予はある……とムラマサは言いたいのだろう。
「飄々としている風でいて、こういう抜け目のないところはフルーレ仕込みでしょうか?」
ただ強いだけでなく、こういう一面があるからこそスノウビィはムラマサを高く買っていた。
初対面の時の第一印象こそ酷いものだったが、彼を知るほどにスノウビィはムラマサを信頼するようになった。
今では頼もしい腹心として行動を供にするほどだ。
彼の人格だけでなく、その力にもスノウビィは大きな信頼を寄せている。
攻めてきた騎士がどこの誰かは知らないが、ムラマサと一対一で戦う以上、命はない。
ムラマサは急かすかもしれないが、撤退までもうしばらくは時間があるだろう。
――その時、メインタワーの方で動きがあった。
「……なるほど」
メインタワーが何をしようとしているかを察し、スノウビィはもう一つ悪戯を思いついてしまった。
「ムラマサさん、わたくし、この塔でまだしたいことがあります。もう少しだけお時間をいただくことはできますか? ――それと、一つお願いがございます」
『――いいぜ。俺もちょっと遊びたいと思ってたところだ』
「まあ」
通信魔石からムラマサの喜悦に富んだ声音が聞こえてきた。
どうやら襲撃者はムラマサの眼鏡に叶ったようだと理解し、スノウビィは意外そうに目を丸くした。
それほどの騎士というのはそういるものではない。
どうやら襲撃者はかなりの実力者のようだ。
くす、とスノウビィはたおやかに笑った。
「では、お互いに――もうしばらく遊興に耽るといたしましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます