元魔王だけどパンダになって魔王討伐するね

橋本ツカサ

第一章 これも醍醐味ってやつかしら

第1話 そろそろ魔王も辞め時かな


「魔王様。敵襲でございます」

 いい感じに微睡んでたところをメイドに起こされた。

 陽は高く昇り晴天。ベランダで日向ぼっこをするには最高の日和だったのに。

 私はつけていたサングラスを外して額に乗せると、ハンモックから少しだけ上体を起こした。


「……敵襲って、この城に?」

「はい。既に侵入を許し戦闘が開始されています」

「うそん……ちょっと寝てる間に前線突破されちゃったの?」


 魔王城からほんの数十キロ離れたところで、人間の軍と魔王軍が戦闘を開始したのが今から一時間ほど前だ。

 その数は両軍とも二○万は超えており、ともすれば永きに渡る人類と魔族の種族戦争すら決着させかねない大戦争だ。

 こちらも四天王の内三人を投入するほどのかつてない大規模戦闘。

 これほど短期間で前線を突破されるとは考えにくいが。


「いえ、城に侵入したのは三名のようです」

「あら? ってことはそういうこと?」

「はい。勇者パーティのようです。おそらく……戦争は囮で、こちらが本命かと」

「ふーん、それはスゴイわね」


 大博打もいいところだ。

 あれだけの戦争だ、動員される兵士も選りすぐりの精鋭たちだろう。

 中にはエルダークラスの英雄も少なからずいるはずだ。でなければ四天王と三人同時にやりあえるはずもない。

 それだけの人材を囮に使っての、勇者パーティによる魔王の一点狙いとは。破格の投資だ。よほど期待されているパーティなのだろう。


 失敗すればどれほどの莫大な損失になるか想像もできない。

 まさに人類の命運をかけた一大決戦か。昼寝してる場合じゃなかったかもしれない。


「今どんな感じ? ガルムがいたはずだけど」

 四天王の一人、ガルム。押しも押されもしない魔王軍ナンバー2。四天王最強の魔人だ。かつてたった一人で小都市を壊滅させた逸話を持つ。

 ガルムが迎撃に出ているならもう一眠りできそうだが。


 しかしメイドはそこで初めて表情を暗く陰らせ、首を横に振った。

「……ガルム様は……既に敗北なされました」

「勇者たちは?」

「全員が生存しています。現在、城内の兵を全て向かわせていますが……時間稼ぎにしかなっていません」

 それなりか。

 仕方ないなぁもう。


 ハンモックから出て背筋を伸ばす。大欠伸をしてベランダから室内に戻る。

「魔王様、微力ながら私もお供させていただきます」

「いらない。それよりもう少しだけ時間稼いどいてくれる? 私も準備しないとだし」

「既に準備は万全でございます。魔王様の装備はこちらに」

「そうじゃなくてさ」

 私は自分の、自慢の紫の髪をちょんちょんと指さした。

「寝癖なおさないと」






 魔王城最奥、玉座の間。

 そこで待っていると、一分もしない内に勇者パーティがやってきた。

 侵入から驚くほどの短時間。城まで攻め込めたパーティすらほとんどいないというのに。

 城の兵では本当に時間稼ぎにしかならなかったようだ。


「――貴様が、魔王か」

「ええ。よろしく」

 勇者パーティは皆驚くほど若かった。


 白銀の騎士。彼が勇者だろう。持っている剣は神器のようだし間違いない。

 その後ろに付き添う黒魔導士と白魔導士。どちらも若く美しい女性だった。

 三人ともまだ三十路も超えていないだろう若々しさと、それに似つかないほどの鋭利なオーラを纏っていた。

 なるほど。一目見ただけでわかる。三人ともレベルは100に到達し、ポテンシャルは四天王にも劣らないだろう。

 いずれも数十年に一人の逸材と言える、まさに人類の希望か。


「まったく、私の昼寝を邪魔するとはね」

「昼……寝、ですって?」

 黒魔導士から膨れ上がる殺気。それだけで周囲の柱に罅が入る。

 赤黒い魔力が溢れ出てバチバチと紫電を奔らせた。

「ふざけるな……お前のせいで、どれだけ……どれだけの人が死んだと思ってる! 今だって!」

「言うだけ無駄さアイリス。魔王なんかに、俺たちの苦しみなんて分かるはずもない」

「でも!」

「アイリスさん、今はそんなときではありません。一刻も早く魔王を倒し、勝ち鬨をあげなければ、今も戦場で戦っている人たちが……」

「くっ……!」

 黒魔導士が怒りを殺し杖を構える。それに続く二人。


「魔王よ、ここで貴様を倒す。死んでいった仲間の無念を、今こそ晴らす!」

「そ。頑張って」

 手に持った黒い球体に魔力を込める。

 魔力を流し込むことであらゆる形状へ変化する超希少物質で作られた魔導具だ。

 勇者は剣士のようだし、私も剣で戦ってあげることにした。


 さて。

 ――つまらない勇者狩りを始めるとしよう。






 勇者パーティと戦うのはこれで五度目だ。

 いずれも人類屈指の実力者だったが、みな私の敵ではなかった。

 四代目の魔王を襲名して六年が経つ。自他ともに認める歴代最強の魔王として、私は人類との戦争を繰り返してきた。


 飽きは早かった。私は何の工夫も挫折も逆境も苦悩もなく人類を駆逐してきた。そこに達成感はなく全ては単純作業だった。

 至高の武器を携えた一騎当千の魔人たちを擁する無双の軍勢を従える無敵の魔王。

 それが私だ。


 三○○年に渡る人類との種族戦争も、私がその気になればあと三年もすれば決着するだろう。

 世界征服を目指し、ついに叶わず志半ばで果てた先代までの魔王たちの悲願も、私にしてみればそんなもんだ。


 ……つまらない世界だ。

 こんな世界を征服してどうする。滅ぼしてどうする。

 今私と戦っているこの勇者たちも、この世界を救ってどうしたいのだろう。


 平和な世界はそんなにも素晴らしいのだろうか。

 ここまでの旅は過酷を極めたことだろう。そうまでして成し遂げる価値があるのだろうか。

 私にはそうは思えない。

 ならば……彼らの目的は別にあるのではないだろうか。

 何度目かの勇者と戦う内に、私はそう思うようになっていた。


 ――彼らは平和を取り戻すことではなく、平和を取り戻すための冒険を楽しんでいるのではないだろうか。




 勇者の剣を数度受ける。それだけで力量はわかる。なるほどガルムをあっさりノシたのも頷ける。

 白魔導士が強力な回復と補助魔法を勇者にかける。

 回復を待つ勇者の動きが僅かに止まる。攻め込もうとするが、その隙をカバーする黒魔導士の魔法。

 そこに畳みかけるような勇者の剣撃。


 見事なチームワーク。この領域に達するまでにどれだけの修羅場をくぐったのか。

 その旅路は波乱万丈、山あり谷あり、数多のドラマに恵まれたことだろう。




 ……そう、きっと彼らはそれが楽しかったのだ。

 少しずつレベルを上げ、名を上げ、技術を上げ。

 装備を強化し、スキルを覚え、戦術を練る。


 道中巡り合えた心許せる仲間。家族のように信頼できる戦友。

 数々の出会い、別れ、そして新たなる敵との遭遇。


 挫折もあっただろう。悲しい決別も。理不尽な運命も味わってきただろう。だがそれを乗り越え、彼らはここまできた。


 ……そういうのが楽しいから勇者なんてやってるんだろう。平和を取り戻すなんて口実だ。

 それはきっと……すごく充実した日々だったに違いない。




 驚いたことに勇者の剣の腕は私とほぼ互角だった。

 ステータスやスキルだけでなく技術も相当に磨いたのだろう。ここまで私に迫った剣士は、四天王の彼を除けば初めてだ。


 でもまあ、それだけだ。白魔導士の強力な補助を受け、神器の力を借り、剣士としてステータスを極めてこれなら、もう先は見えている。


 ……大したことないな。


 剣の腕は互角でも、ステータスでは私には及ばない。

 速度と膂力で力任せに勇者を斬り伏せる。

 すぐさまかけられる回復魔法。これで五度目だ。いい加減鬱陶しいので白魔導士を消すことにする。


 転移魔法で一気に肉薄する。白魔導士の狼狽。結界魔法。無駄。素手で結界を引っぺがす。

 心臓を一突き。

 勇者が何かを叫んだ。白魔導士の名前のようだ。

 単に仲間を殺されただけの怒りとは別の感情が窺える。

 恋人だったのだろうか。




 ……恋人か。そういうのもきっとあるんだろう。

 厳しい旅の中、寝食を共にし助け合う内に育まれる愛。

 この戦争が終わったら結婚しよう、なんて約束もしていたのかもしれない。

 その夢は、挫けそうになる勇者を何度でも奮い立たせたことだろう。

 ろまんちっく、というやつだろうか。




 剣も飽きたので魔法で倒すことにする。武器を杖に変化させ魔法を放つ。

 そこに黒魔導士が魔法をぶつけてきた。

 思わず失笑する。この私と魔力比べをするつもりらしい。


 激突する二つの魔法。――なんと意外にもいい感じに拮抗した。

 マジか。

 私と魔法で競える人間がいるとは。

 ちょっとプライドが傷ついたので魔法の出力を少し強めた。


 さすがに耐えきれず掻き消える黒魔導士の魔法。

 絶望の表情を浮かべた黒魔導士を黒炎が飲み込む。

 跡形も残らず消し飛ばした。ちょっとムキになりすぎたかもしれない。


 勇者の疾走。血の涙を流し憤怒に顔を歪め私に襲い掛かる。

 獣のような咆哮。剣は苛烈さを増したが、だからどうということはない。白魔導士の補助も消えたしもう片手でも受けきれる威力だ。




 ほんとつまらない。

 彼らが羨ましい。私もそんな冒険してみたい。

 もっと不自由を感じてみたい。挫折を体験してみたい。それを克服する喜びを味わってみたい。

 それはきっと今よりずっと楽しい日々になるはずなのに。



 あーあ。魔王になんかなるんじゃなかった。






「ガッ……! ぐ……く、そ……ッ!」

 勇者の首を片手で掴んで締め上げる。持ち上げられた勇者の体がブラブラと揺れる。

「約束、したの、に……! 魔王を、倒す……って……俺、は……!」

 私を倒すことを目標に今まで頑張ってきた勇者の胸中は無念で溢れていることだろう。


 でもそれだって貴重な体験だ。

 英雄として崇められ、他を超越した力を持ちながら尚届かない高みを知れるなんて、むしろラッキーだと思う。

「すまない、みんな……ハウゼン……アイリ、ス……」

 勇者の瞳から一筋の涙が零れる。


「……セレ、ナ……」

「でも楽しかったでしょ?」

 指に力を込めながら言った。



 へし折った。









 二年後。五代目となる新たな魔王が誕生した。


 史上最強との呼び声も高い新魔王は更なる攻勢へと転じ、この年を境に人類はかつてない苦境へと追い詰められることとなる。


 ――だがそれは同時に、人類にとって新たな……一人の英雄が誕生した年でもあった。

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