第135話 合流
「うわ、ディミトリさん! 本当にいきなり別の場所に転移しましたよ!」
ディミトリと騎士の戦いを見守っていたミサキが、周囲の変化に気づき大声を発した。
が、そんなことはディミトリも当然気づいていた。
この騎士の戦闘能力は自身を超えている。だというのに騎士を押せているのは地形がディミトリに非常に有利だったからだ。
故にディミトリは地形の変化にはミサキよりもよほど敏感だった。
「……ん? せやけどここって」
迫りくる騎士を糸で迎撃しながら、ディミトリは周囲を確認して首を傾げた。
「……あれ? さっきの遺跡ですね」
ミサキもそれに気づく。
そこは先程まで二人が一緒に潜った、あのシュティーア遺跡だった。
まさかよく分からない内に迷宮から抜け出してしまったかと思ったが、そうではなかった。何故なら、未だにディミトリの眼前には獣のような咆哮をあげて襲い掛かる騎士の姿があったからだ。
つまり二人はまだ迷宮の中にいるということ。
ということは……。
「……なんや、まさか次の転移先は遺跡かいな?」
「ん? なんだい、私の名前を知ってるのかい。私はあんたのことなんて覚えてないけどねぇ」
自身の名を言い当てたエルフを、オリヴィアは興味深そうに眺めていた。
「……」
彼女自身が認めたのだから、やはりこの女性はオリヴィアその人なのだろう。
だがホークの記憶している姿よりも若いように見える。
ギルディアに来てから出会ったオリヴィアも四〇〇年以上生きているとは思えないほどに若々しかったが、それよりも明らかに年齢は若く見えた。
「パン……フルーレを知っているか?」
「なんだいいきなり。知らないよそんな奴。で、あんたは誰だい」
「私はホークという者だ。魔人歴608年からきた」
「……寝ぼけてんのかい?」
「事実だ。今は何年だ?」
「307年さ。あんたも知っての通りね。くだらない芝居はよしな」
「307年……」
廃虚の町でインクブルから聞いた年は305年だったはずだ。
あれから二年後の世界ということになる。
「ここで何をしている」
「こっちの台詞だよ。なんでエルフがここにいんだい」
「私はこの遺跡から迷宮に迷い込み、そこからこの遺跡に飛んできた」
「…………」
「……チッ、この迷宮で起こったことをそのまま伝えると私が馬鹿みたいに見えるな」
どうしても上手く伝えられないホーク。そんなホークを見て、オリヴィアが勝手に話を進めてくれた。
「つまり、この遺跡で迷ったって言いたいのかい? 迷うほど複雑な遺跡でもないと思うけどねぇ」
「貴様はどうしてここにいる。貴様もインクブルを探しているのか?」
思いもしなかった名前が出たためか、オリヴィアは驚いたように目を見開いた。
「へえ? あいつを知ってんのかい。なら話は早い。もしかしてあんたもあいつを殺すように命令されて来た口かい?」
「……さあな。探しているのは事実だが」
「なら一足遅かったね。インクブルならさっき死んでたよ」
あっさりと言い放たれた言葉にホークが瞠目する。
「インクブルが、死んでいた……? どこでだ」
「この遺跡の奥さ。まあ正確には瀕死だがね。私の他にも奴を追ってる魔人は大勢いる。そいつらにやられたんだろうさ」
「……とどめを刺さなかったのか? 殺すように命令されてたんだろ?」
「殺すまでもないさ、じきに死ぬ。それに……」
「それに?」
「……別に。それだけさ。今頃もうくたばってるだろうさ。で、なんであんたは私のことを知ってんだい」
「未来で知り合いになるからよ、オリヴィア」
背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
ホークとオリヴィアが同時に声のした方を向く。
コツコツと地面を踏み鳴らしながら、通路の奥からパンダとキャメルが姿を現した。
「誰だいあんた」
「そこのエルフの大親友よ。――無事に合流できてよかったわ、ホーク」
「早かったな」
「だって遺跡の地図を持ってるもの」
パンダが可笑しそうに笑う。彼女にしても次の転移先がこの遺跡になるとは予想外だったが、同時に幸運だった。
パンダは遺跡の地図を持っている。迷宮で聞こえた魔弾の音からホークとの距離さえ大まかに分かってしまえば合流するのは簡単だった。
「はいこれ。ホークの大好物」
パンダはホークに小包を手渡した。
中を確認すると、大量の銃弾と共に、赤く光る実弾銃『レッドスピア』があった。
何が大好物だ、とホークは鼻をならしながらも、内心ではレッドスピアの存在は非常に頼もしかった。
魔弾もちょうど底をつきかけていた。口にこそ出さないが、ここで武器を補充できたのは有難かった。
「それと、ディミトリが迷宮に入ってきたわ」
「なに? お前……」
「違うわよ。勝手についてきてたの。今騎士と戦ってる。それで、どうも私のことを魔人だと疑ってるらしいの」
「……大丈夫なのか?」
「なんとかやり過ごしたけど、宿屋で事情聴取されたわ。時間がないから説明できないけど、そういうことがあったってことは覚えておいて」
「分かった」
なんとしてもディミトリより先にホークと合流するという目的は果たせたパンダは、続いてオリヴィアに向き直った。
「初めまして、よね。私はパンダ。よろしくぅ」
「ふん。よろしくするかはあんたらの素性を聞いてからだね。どうやらあんたら二人は知り合いみたいだが、二人揃って未来がどうのとおかしなことばかり言ってるようじゃ信用できないねぇ」
「今はそれでいいわ。出てきたのがあなたでよかった。ちゃんと話を聞いてくれそうだしね。――それじゃあ時間がないから、この迷宮で起きたことをおさらいしておきましょうか」
パンダがこれまでの経緯を簡潔に話すのを、オリヴィアは黙って聞いていた。
途中で話者はホークに切り替わり、ホークはインクブルやシラヌイとのやり取りを話した。
魔人と人間の男女が恋に落ち、二人の子供によって人間にレベルシステムがもたらされた。
大罪を犯した二人は東大陸の果てに向かって旅を続けていたのだという。
あの森も、あの廃虚の町も、そしてこの遺跡も……いずれもインクブルとシラヌイが旅の途中で通りがかった場所だ。
だからあの二人だけはいずれの場所にも現れていた。そして、彼らを追う追手の魔人も。
その魔人が、今回はオリヴィアだったということになる。
パンダ達はシュティーア遺跡から謎の迷宮に迷い込み、その迷宮を起点としておよそ三〇〇年ほど前の世界に転移してきた。
今回の舞台は、まさにそのシュティーア遺跡。
今四人がいるこの場所だ。
「…………そんな話を信じろってのかい?」
オリヴィアは深く目を閉じて熟考を続けながらも、荒唐無稽な話に呆れた様子を見せていた。
が、絶対にあり得ない話だと一蹴せずに考察を試みるのがこの魔人の思慮深さの表れでもあった。
「証拠を見せな。あんたたちが未来から来たっていう証拠を」
「そうねぇ……ホークの銃とかはこの時代じゃ作れない物だと思うけど、それじゃちょっと弱いかしらね」
「未来から来た証拠などあるか?」
「――あるわ。この子が相手なら、ね」
パンダはしばし考え込むと、いいことを思いついたのか、ニヤリと笑みを浮かべた。
「クロードヴァイネっていう魔人、知らない?」
オリヴィアは驚愕の表情を浮かべてパンダを見遣った。
「……なんであんたがあいつの名前を知ってんだい」
「ああよかった。そうよね、307年ならギリギリ生まれてるわよね」
「誰っすか姐御?」
「あら、聞いたことない?」
「なんとなく聞いたことはあるっすけど、誰かは知らないっす。有名人なんすか?」
「……三代目魔王だな」
ホークはさすがにその名前を知っていた。
クロードヴァイネ。三代目の魔王であり、魔王として君臨した期間がサタンに次いで長かった魔王だ。
そして、パンダの実の父親でもある。
つい数十年前まで現役の魔王だった魔人だ。
「あいつは魔王城から一歩も出てない……知ってるのもごく一部の魔人だけのはずだよ。なんであんたらが知ってんだい」
「未来では有名な魔王になってるのよ、彼」
「ハッ! あのクソガキが魔王? 馬鹿言ってんじゃないよ。あんな出来損ないが魔王になんてなったら魔族は終わりだよ」
「あら、あの人昔はそんなだったのね。アハッ、ウける! あーそっか、だからあんなに『強者がー、強者がー』って言ってたのね。まったく、そのせいで私もあの人にはとんだスパルタ教育されちゃったのよねー」
「黙りな! 何が三代目魔王だふざけた小娘ども。それじゃなにかい、サタン様はどっかの誰かに負けるとでもいうのかい?」
「ええ。数十年後に一人の人間に封印されるわ」
「馬鹿馬鹿しい! あの小僧の名前を知ってたのは驚いたけどね、その程度でこんな与太話を信じるほど私も酔狂じゃないよ」
そう怒鳴りながらも、オリヴィアはパンダがクロードヴァイネの名前を出したことについて驚きを隠せていなかった。
パンダの記憶が正しければ、クロードヴァイネは生まれながらに高位の盟約を持つ、いわゆる貴族階級の魔人であり、魔王城の中で生まれほとんど外にも出ていないはずだ。
魔王城は魔族の最奥。普通の者では立ち入ることすらできない聖域だ。
そんな場所に住む魔人の名前を知っているというだけでも、この少女は只者ではないと分かる。
「じゃあ、もうちょっと情報漏らしちゃおうかしら」
パンダは楽しそうに、にしし、と笑って言った。
「――オリヴィア。あなた、その人に口説かれてるでしょ」
「ブッ!」
盛大に噴き出すオリヴィア。
「な、なに言ってんだこの小娘!」
「あら、まだ少し早かったかしら? でも時期的にはこれくらいだったと思うんだけど。あなた、魔王城で彼に魔術を教えてるわよね」
「っ……! っ……!」
オリヴィアは口いっぱいの苦虫を噛み潰したように顔を引きつらせた。
「そこで口説かれたりしてない? 初恋の相手があなただったって聞いてるわよ?」
「あ、そういえばオリヴィアって、三代目魔王の寵姫だったんすよね」
「何が寵姫だふざけんじゃないよ! 誰があんなクソ生意気な小僧の寵姫になんてなるもんかい!」
「あーその話も聞いたわぁ。あなた相当嫌がったそうね? でも残念、あの人はこの頃からあなたにゾッコンだったのよ。魔王になった暁に、まずはあなたを自分のものにするくらいにね」
「……」
「あなたは数年後に、魔術を修めた証としてクロードヴァイネにとある魔導具を渡すんだけど、彼、数百年経った今でも私室にその魔導具を飾ってるのよ。普段偉そうにクールぶってるくせに、そんなとこだけロマンチストなの。キモイわよね~(笑)」
自分の父親の赤裸々な秘密を暴露してケタケタ笑うパンダ。
だがそれを笑い話として笑い飛ばせるのはパンダだけだ。オリヴィアは鋭い目つきでパンダを睨み付けた。
「……あんた、何者だい。魔術を教え終わったら魔導具を渡すつもりだなんて、私は誰にも言ってないよ。まだモノも出来てないんだ、そんなことを、なんで……」
「これで信じてもらえた? 私達が未来から来たって」
「あんたは、クロードヴァイネの何なんだい。やけに詳しいようだが」
「実の娘よ。数百年後に生まれる、あなたの親戚」
「……」
オリヴィアはしばらく黙考を続けた。
普通の魔人では知り得ない情報を知っているばかりか、まだ誰にも打ち明けていない、オリヴィアしか知らないことまで言い当ててみせたパンダ。
未来から来ただの迷宮から転移しただのと、信じがたい話が続くが、同時に一蹴できる状況でもなくなった。
「……ひとまずあんたらの話を信じるとして、だ。その迷宮とやらに関しては、長話してもらって悪いけど私には関係ない話だね」
「関係ないだなんてとんでもないわ。あなたはむしろ、この『回帰』の主役なのよ?」
「……『回帰』?」
「あと、多分だけど、この遺跡にも『見えない壁』があって外には出られなくなってるんじゃないかしら。それに――ほら、この鎌」
パンダは背負っているデスサイズをオリヴィアに見せた。
「あなたはまだ知らないでしょうけど、これはあなたが作り出した魔導具よ」
「なんだいその悪趣味な鎌は。私がそんなもん作るわけないだろう」
「そう思っていられるのも、あなたが『鎌』の神器を目にするまでよ。この鎌はあなたの愛武器になるの。で、今私たちは未来のあなたと約束してるの。この迷宮を攻略できたらこの鎌をあなたに返すってね」
「……」
「だから協力してくれない? 未来のあなたのためにも、ね?」
「……」
数百年後の自分のために協力しろ。
この要求に対して感じる思いについては、個々人で大きく差が出るだろう。
オリヴィアは合理的な女だ。そして目先の事だけでなく、長期的な目線でプランを見据える研究者でもある。
そんな彼女にとってパンダの言葉は一考に値するものだった。
「具体的に、何を協力しろって?」
「それを話すには、まずこの迷宮の謎を解き明かす必要があるわ」
「姐御はもうあらかた目星をつけてるんすよ」
「そうね。それに、さっきのホークの話を聞いてもっと核心に近づいたわ。でも、迷宮攻略にはまだ少し情報が足りない。だから――あなた達にも協力してほしいのよ、リュドミラ」
パンダは遺跡の奥に向かって声を投げた。
ホークがハッと顔をそちらに向け、すぐさま銃を構えた。
「……気づいていたか」
いつからそこにいたのか、遺跡の陰からリュドミラとシェンフェルが姿を現した。
激しく睨み合うホークとリュドミラ。二人には廃虚の町で戦った因縁が残っている。
だが今はホークにはレッドスピアがある。ここで正面から戦ったとしても決して不利な勝負にはならない。
「パンダ、どういうつもりだ。協力すると言ったのか? ……こいつらと?」
「ええ。あの騎士の強さは、ここにいる全員でかかってやっとってくらいに強力よ。今はディミトリもいるけど、戦力は多い方がいい。なにより、互いに潰し合う必要がなくなるだけでも十分よ」
「ふん。――だそうだ。返答を聞くとしようか」
ホークが小馬鹿にするようにリュドミラに返答を促す。
パンダが何を言おうが、そもそもリュドミラ達にその気があるはずがないと予想してのことだ。
「……」
だがリュドミラはしばらく考え込み、返答を口にしなかった。
「……一つ、聞きたい」
「一つと言わずいくらでもどうぞ」
「……さっきの話は真実なのか。きさ――貴殿が、クロードヴァイネ様の……」
「ああそれ? 気にしないでちょうだい。ノーコメントってことで」
「え、なんでっすか姉御! 教えてやりましょうよ、姐御がよんだ――」
「黙りなさいキャメル」
厳しい声音で咎めるパンダ。
キャメルは怯えたように、むぐ、と両手で口を押さえた。
「私が何者かなんて、あなた達が気にする必要はないわ。魔人にとって重要なのは盟約による血統よ。だからあなたも、今連なっている主人からの使命を優先させなさい」
「……」
もしここでパンダが四代目魔王であることを明かせば、リュドミラ達の態度も変わり事態は有利に進むかもしれない。
だがそんな手段はパンダにとって最も忌むべきものだ。
パンダは既に魔王の座を捨てた身だ。
地位も権力も全てを投げ捨てた。だからこそ意味のある旅なのだ。
窮地に陥ったからといって『昔魔王だったから見逃してくれ』などという命乞いは許されない。
捨てたはずのものに縋ってまで生き延びるような真似はしたくなかった。
「だからこれはあくまで、そういうのを無視した上での、純粋な取引よ」
「……そうか。であれば、貴様の取引に応じる理由は一つもない。我らの使命は貴様を抹殺することだ。今まではあの騎士に阻まれ動けなかったが――今こうして対峙した以上は容赦せん」
パンダを鋭い眼光で見下ろすリュドミラ。
そんな彼女を横から銃で狙いすますホーク。あと僅かでも指に力を込めれば魔断を発射できる状態にある。
「撃ちたければ撃て。だがその前に私はこの少女を殺す。たとえここで死したとしても、賜された勅命が果たされるのであれば本望だ」
「んふふ、ところがあなた達は絶対にこの迷宮から生きて脱出しないといけないのよねー」
「……なに?」
「生きて抜け出して、魔王城に持ち帰らないといけない情報がある。それはきっと、私の命よりも重要なことよ」
「……何を言っている」
リュドミラだけでなく、今この場にいる者の中でパンダの言葉を理解できている者はいなかった。
パンダは、ピン、と指を一つ立てて言った。
「それじゃあ、一つずつこの迷宮の謎を解いていきましょ。まず一つ目。『この迷宮はどうやって作られたのか』」
最もシンプルなものでありながら、今まで棚上げにされていた疑問。
そもそもこの迷宮はいったいどうやって生まれたのかという謎に、早速パンダは斬り込んだ。
「順序立てて説明しようかとも思ったけど、時間がないからサクッと結論から言っちゃうわね」
パンダは世間話でもするような気軽さで、この迷宮の正体を口にした。
「あの騎士の正体はインクブル。インクブルが持っている斧は神器。迷宮は神器の力が作り出したもので、私たちは今『神器の中の世界に取り込まれている』の。そしてあの町やこの遺跡は、過去の世界に飛んだんじゃなく、神器が過去の世界を再現して作り出した『回帰迷宮』なの。――ここまでで質問ある?」
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