第136話 迷宮の解明


 パンダが言い放った言葉に、その場の者たちはキャメルを除き皆一様に言葉を紡げなかった。

 睨み合っていたはずのホークとリュドミラですら呆気にとられたように互いに顔を見合わせ、パンダの言葉を理解できていないのは自分だけではないと確かめ合っていた。


「……あの騎士の正体が、インクブルだと?」

「ええ。あなたが迷宮で出会った、そのインクブルよ」

 ホークの問いを肯定する。

 森で初めて出会い、廃虚の町では数日間を共にした謎の魔人。

 あの男が、騎士の正体……その意味をホークは消化しきれなかった。


「……あの騎士がもっている斧が、神器……?」

「ええ。まだ発見されていない六つ目の神器ってことになるわね」

 リュドミラの問いを肯定する。

 神器は魔人と人間、どちらにとっても極めて重要なアイテムだ。

 それ一つで両陣営の勢力差が傾くと言っても過言ではない代物。あの斧がその内の一つなどと、簡単には理解できなかった。


「この世界が、神器が作り出した幻だって?」

「うーん、幻と言っていいかは微妙だけど、認識としては今はそれでいいんじゃないかしら」

 オリヴィアの問いを肯定する。

 オリヴィアにとっては何もかもが突然の話だが、中でもオリヴィアに最も関係しているのはこのテーマだ。


「……一つずつ説明しろ。あの騎士の正体がインクブルというのはどういうことだ? 何故そんなことが言える」

 まずはホークが尋ねた。


「私の魔眼は魔力を見通す力がある。だから廃虚の町で、あなたが連れてきたインクブルを見た時に気づいたわ。インクブルの魔力の波長と騎士の魔力の波長が同一人物のものだってね」

「……なるほど」

「当てにできるのか?」

「ほぼ必中と考えてくれていいわ」

 パンダの魔眼の効力を知らないリュドミラからの問いに、パンダは自信を持って答えた。


「宿す魂に大きな変化があれば、魔力の波長も変化するわ。でも、同一人物が二人並んで見間違うほどの変化は絶対に起こらない。そうよね、オリヴィア?」

「ああ。生物が放つ魔力の波長は指紋みたいなもんだ。他人と偶然似ることはあっても、同一人物だと確信できるほどのものはないだろうね。もっとも、それもあんたの精度次第だが」


「的中精度はあたしが保証するっすよ。姐御の魔眼はマジで半端じゃないっす。どんなに精巧な変装スキルで姿形を似せても、一目見れば別人だって見抜かれるレベルなんすよ」

 それについてはホークも同意できる。

 キャメルの変装スキルは、ホークでもしばしば気づけないほどに精巧なものだ。だがパンダの魔眼はそれを一目で看破できる。精度は極めて高い。


 その話を信じるのであればホークも納得するしかないが、疑問はまだいくつもあった。


「二人が同じ波長をしているのは分かった。だがあの二人は同じ場所に一人ずつ同時に存在したぞ。それはどう説明する」

「それってそんなに不思議? この世界が神器が作り出したものなら、そこに登場する魔人も神器が作り出した偽物ってだけよ」

「……つまり、『神器が作り出した幻のインクブル』と……」

「そう。『のインクブル』がいるってことよ」

「本物……?」

 まだ理解が追い付いていないリュドミラが尋ねる。


「つまり、インクブルはまだ生きてるのよ。この三○○年前の時代から、今日までずっと生きてるの。生きて……この迷宮を彷徨い続けている。まさしく『亡霊』のごとく、ね」


 そこでようやくリュドミラもパンダの言葉を理解でき、同時にその内容に驚愕した。


「三○○年間……この迷宮を彷徨っていた、だと……?」

「インクブルについてどれくらい知ってるの? ホークは直接会って話したそうだけど、あなたは何か知ってる?」

「……廃虚の町で出会ったテラノーンという魔人からいろいろと話を聞いた。人類にレベルシステムを広めた大罪人で、魔人から命を狙われていると」


 リュドミラの言葉に、ホークも補足を入れて同意した。


「私も同じ話を聞いた。本人から聞いた話だから間違いないだろう」

「オリヴィアも、その認識で合ってる?」

「ああ。私もそう聞いて抹殺命令を出されたね」


「そう……人間と愛し合った魔人、ねぇ。彼らは二人で逃亡生活を続けて、あの森を超え、廃虚の町を超え、……そして、この遺跡まで辿り着いた」

「あの森から数えれば、四年がかりの旅だったようだな。四年かけて……そうか、バラディアまで辿り着いていたのか」


 二人が目指していたのは、ここから北にある最果ての地。東大陸の最北端だ。

 西大陸の北部からU字型の大陸をぐるりと回って、目的地まで残り僅かとなったこの地……現在のバラディア国近郊にあるシュティーア遺跡まで到達したのだ。


「でも、ここが彼らの旅の終着になった」

「私はついさっき瀕死のインクブルを見たよ。他の追手の魔人にやられたんだろうが、あの傷で生き残ったってのかい?」

「ええ。何故なら――この遺跡には、神器があったから」


 再び出たその単語に、リュドミラは再度反応した。


「あの両刃の斧か。あれがなぜ神器だと断言できる」

「あれに関しては正直、一目見たときから「おやおや?」とは思ってたわよ。あなた達は神器を見たことないかもしれないけど、魔王城には神器が三つもあるし、私はその内の二つとは戦ったこともあるのよ。これでも神器には詳しいわ」

「……」


 魔王城にある三つの神器についてはリュドミラも当然知っている。

 そして、その内の二つを魔王城に持ち帰った魔人は、たった一人しかいない。


「……パンダ、殿。貴殿は……まさか」

「殿はやめて。今は敵同士なんだから」

「……」


「あれが神器だっていう根拠はまだあるわ。あの騎士の右手、覚えてる? 斧を握っている右手だけがやけに負傷してた」

「あー、なんかシュウシュウいってたっすね。焦げてるみたいな」

「そう。あれも、魔人にとって最悪の弱点武器である神器を握り続けているからよ」

「魔人が神器を握るとそうなるのか?」

「ええ。私も何度か神器には触れてるから分かるわ。……とはいえ、握ってるだけで相当な激痛のはずよ。数百年も持ち続けるなんて正気じゃできないわね」


「じゃあお前は、あの斧を見た時から神器だと気づいていたのか?」

「初めの頃は、そうかもしれない、くらいだったけどね。でもこの迷宮で立て続けにおかしな事が起こる度に、その可能性は無視できなくなっていった。この迷宮で起こったことは、魔法とか儀式とか、そういう方法で発生したものじゃないわ」

「……そうだな。そうであればお前の魔眼で見破れるはずだからな」


「ええ。でも魔法に頼らずにこれだけ大規模にいくつもの現象を引き起こすのは難しいわ。ましてあれだけ巨大な森や町を丸ごと生み出すなんてね。だから考えれば考えるほど、あの斧が神器だとすれば合点がいくのよ」

「魔術の理屈を超えた、神器という高出力のアイテムが発生させた、純粋な『現象』というわけか。神器が幻の世界を作り出し、そこに私たちを取り込んだ……」


 ホークの言葉に首肯し、パンダはリュドミラの方に向き直った。


「ねえリュドミラ、それとそこのボクちゃん。あなた達、この迷宮に入り込んだときに変な頭痛を感じなかった?」

 パンダの問いに、リュドミラとシェンフェルは顔を見合わせた。


「……あった。それがどうした」

「あれも多分、魔族である私たちが神器に取り込まれたことで起こったことでしょうね」

「……」

「なるほどな。魔族にとって弱点武器である神器の内部に取り込まれたことで身体が一時的に拒絶反応を示したというわけか」


 納得の色を見せたホークとは違い、リュドミラはまだパンダの推理に異を唱えた。


「――待て。ではインクブルは……魔人でありながら、神器に選ばれたというのか?」

「ええ。言ってしまえば、彼もまた一人の勇者ってことね」

「有り得ん、そんなこと!」


 怒りすら露わにしリュドミラが怒鳴る。

 それはホークも感じていた疑問だ。

 神器はその使用者を自ら選ぶと言われている。あろうことか魔人であるインクブルが神器に選ばれるなど、確かに考えづらい話に思えた。


「どうして有り得ないの?」

「何故もなにもあるか。神器は魔族を倒すための武器だぞ」

「いいえ、ただのアイテムよ。その力と性質がたまたま魔族に特効を持つから魔族退治に使われるだけ」

「……魔人が勇者になるなどあり得ない。! そんな前例もない!」

「前例って……神器自体まだ五つしか見つかってないのよ? それに、時系列順に言えば、インクブルが神器に選ばれたのは三○○年前。むしろ彼こそが最初期の事例よ」


 まだ納得できないリュドミラに、今度はホークが声をかけた。


「勇者というカテゴリー自体、人間が勝手に決めたものだ。それすらも、別に人間だけに与えられる称号ではない。最近、エルフが勇者になった前例も出来たことだしな」

「……」


 その言葉に関してだけはリュドミラも返す言葉を持たず、ただ感情的に受け入れがたいという理由以外でこの論理を否定することができなかった。

 パンダとリュドミラの論理が膠着したので、オリヴィアが口を開いた。


「私はその神器とかいうものはよく知らないが、有り得ない話じゃないと思うけどねぇ」

 時代による常識の齟齬というハンデを持つ彼女がこの話についてこれているのは、純粋に彼女が持つ知識の深さによるものだった。

 そして彼女の知識は、パンダの説を支持していた。


「私もいろんな魔導具を見てきた。持ち主を自分で選ぶ魔導具ってのもいくつか知ってるよ。けど、何も完璧に噛み合った適正の者だけを選ぶわけじゃない。水の精霊が炎の魔剣に選ばれたって、私は驚きゃしないよ。……とはいえ、まっとうな武器じゃないだろうけどねぇ」

「……では、この遺跡にはもともとその神器があったと? そして偶然、インクブルがその神器に選ばれたと?」


「そういうことなんでしょうね。もしかするとこの遺跡自体、その神器を祀ったものなのかも。壁に絵を描くような時代からある遺跡よ。その神器が不思議な現象を引き起こすことを知ってたのなら、それこそ『神の道具』として祀ってもおかしくないわ」

「そしてインクブルは神器の力で延命を果たして――今日まで生き残った、か」

「そういうこと。――さて、どうかしらリュドミラ」

「……何がだ」


 急に話を振られたリュドミラではあったが、パンダが何を言いたいのかは察しがついていた。

 パンダは言っていた。「リュドミラ達は絶対にこの迷宮から脱出しなければならない」と。その意味も、今ならば理解できる。


「ここに神器があると知った上で、あなたは私を殺す? でもそうするとあなたはこの迷宮から出られない。それは同時に、この遺跡に今も眠る神器の情報を闇に葬るということよ」

「……」

「あなたも身を以て体験している通り、この神器はこれだけ大規模な怪奇現象を引き起こすほどの出力を持っているわ。今はこの遺跡で迷宮を作って遊んでるだけだけど、この神器が本格的に世に出て、勇者を生み出して魔族に牙を剥いたらどれだけの被害が出るかしら」


「……それはここで貴様らを殺せない理由にはならない。貴様らが死ねば同じく神器の存在を知る者はいなくなる。三○○年発見されなかった神器だ。この先もこの遺跡で埋もれ続ける」

「んふふ~ところがそうはならないのよね~」


 パンダはおかしそうに笑った。

 その笑みを見て、それがハッタリではないとリュドミラも直感的に感じ取った。


「私は三日ほどこの迷宮から抜け出したけど、その間にこの遺跡のことを伝えておいたわ。私たちが帰らなければルドワイアの騎士団を派遣してくれって」

「……」

「勇者が神隠しに遭ったのよ? 十分ルドワイアが動くに値する脅威だわ。それに今は、ルドワイアのエルダークラスの騎士もこの迷宮に紛れ込んでる。……まあこれに関しては不可抗力なんだけどね。ただ、彼がインクブルを倒して迷宮を攻略しても、あるいはこの迷宮に倒れても。いずれにせよ本格的にルドワイアがこの遺跡の調査に乗り出すわ」

「……」


 ギリ、と歯を食いしばるリュドミラ。

 そうなれば、確かにこの遺跡はいずれ人間によって攻略されるだろう。

 いかにあの騎士が強力とはいえ、エルダークラスを要するルドワイアの騎士団が動けばただでは済まない。

 そして神器は人類の手に渡り……魔族はその脅威を認識できない。


 人知れず人間たちがこの神器の力を解析し、魔族の知らない内に新たな勇者を生み出す。それも、これだけの怪奇現象を引き起こす神器を手にした勇者だ。パンダの言う通り、魔族にとって甚大な被害をもたらす存在になる可能性は十分にある。


 その未来を回避するためには、リュドミラはここで生還し、神器の情報をなんとしても魔王城に持ち帰る必要がある。

 仮に神器が人間の手に渡ろうとも、その能力を知っているリュドミラからの情報があれば、最悪の事態は回避できる。


 その重要性は、客観的に考えるのであれば、たかだかパンダの命一つとは比較にもならないことは確かだ。


「…………」

「どうかしら。私の話を聞きたくならない?」

「……生き残るために、貴様を見逃せということか」

「いいえ、大きく違うわ。の。あなたはいつだって私を殺していい。ただ、この迷宮から脱出することの重要性を認識してほしいだけよ」

「……」


 極論、迷宮から脱出できたその瞬間にパンダを殺しても構わないという話だ。

 ただ最優先事項として、この迷宮から抜け出して神器の情報を魔王城に持ち帰る必要があるということを理解しろとパンダは言っているのだ。

 必ずしもパンダと手を結ぶ必要はない。だが、この迷宮を本気で攻略しようと思うのであれば、少なくともパンダの話は聞いておく必要はある。


「……まずはこの迷宮について教えろ。協力するかはそれから決める」

「そうそう。まさにそれが言いたかったのよ。私の話を聞いた上で、私の協力なんてなくたって迷宮を攻略できると判断したなら、望み通り私を殺せばいい」

「……」


「交渉は終わったか? なら話を戻すが、結局この迷宮はどういうことなんだパンダ」

 二人の会話を静観していたホークが話題を迷宮に戻した。


 騎士の正体と、あの斧が神器であることは理解できた。

 が、肝心のこの迷宮そのものの謎についてはまだ明らかになっていない。

 そのホークの問いには、パンダも少しだけ困ったような顔をした。


「それに関しては、私もかなり悩まされたわ。まず私が気になったのは……この迷宮はということよ」

「……どういう意味だ?」

「つまり、『迷宮の中に法則がある』んじゃなくて、『法則によって迷宮が生み出された』ってこと」

「……まだ分からん。もっと分かりやすく説明しろ」


 ホークだけでなく、リュドミラやその後ろで黙ったままのシェンフェルもパンダの言葉に首を傾げていた。

 唯一、オリヴィアだけが何か察するものがあるのか小さく頷いていた。


「要するに、この迷宮は『迷宮である必要性がない』ってこと。迷宮であることそのものに意味がない。――私たちは特殊な例よ。冒険者と魔人、二つのパーティが偶然同じタイミングで迷宮に囚われ、偶然リュドミラ達の抹殺対象の私がいた」

「……そうか。だから私達にとってこの迷宮は戦場になり、この迷宮の『法則』に振り回されたし、私たちにとってはここが『迷宮であること』には大きな意味があった。……だが」


「そう。他の人達の立場で考えてみて。彼らはこの迷宮に入って、どんな体験をしたと思う?」

「……」

 ホークとリュドミラは静かに、そんなケースを想定してみた。


 遺跡に入り、神隠しに遭った者たちは謎の迷宮に囚われる。

 そこでは……。パンダ達のように丹念にマッピングしていれば転移現象が起こっていることに気づけるかもしれないが、それだけだ。

 ただ何の意味もなく巨大な迷宮を歩くだけ。


 やがて別の場所に転移させられるが、そこでも特に何が起こるわけではない。

 インクブルとシラヌイがいて、それを追う魔人と、あの騎士がいる。それだけだ。

 森や町の外に出ることはできず、ただそこを彷徨い歩くだけ。いずれ魔人や騎士に殺されるまで、それが続く。


 決してゴールには到達できない迷路をただひらすら彷徨う。

 それがこの迷宮の本質的な構造だ。


「迷宮である必要がないっていうのはそういうことよ。遺跡に入った者を捕えたいならただの結界でいい。殺すだけならもっと簡単よ。なのにこの迷宮は迷わせるだけ迷わせて、特に何かするわけでもない。意味もなく

「つまり、迷宮は何かの目的のための手段なのではなく、」

「そう。迷宮を作ることそのものが目的。もっと言うと、この迷宮を支配する『法則』がまず先にあって、その法則が形を持ったのがこの迷宮ってことよ」

「ではその『法則』とはなんだ」


「それは私達が体験した出来事から推測するしかない。だからリュドミラ、あなた達からも話を聞かせてほしいの。いいわよね?」

「……構わない」


 リュドミラが頷く。

 脱出のためにこの迷宮の謎を解きたいのは彼女も同じだ。


「まず皆も知っての通り、この迷宮の最も特筆すべき法則は、『強制的な転移現象』よ。迷宮から森や町に飛んだのもそうだし、他にも心当たりがあるわよね?」

「迷宮の『空白地帯』に近づくと別の場所に飛ばされる、あれだな」

「……なに? 迷宮でも転移現象は起こっていたのか?」


 リュドミラにとっては初耳だった。

 リュドミラ達は迷宮のマッピングを行っていなかった。

 彼女たちの目的はあくまでもパンダを殺すことなので、パンダの居場所さえ分かっていればよかった。

 そのためシェンフェルの探知魔法にばかり頼り切り、迷宮そのものの攻略を怠っていた。


 当然『空白地帯』の存在も知らないし、転移現象はあの廃虚の町でしか起こらないと思っていた。


「迷宮でも、というのはどういう意味だ? 森や廃墟では転移現象など起こらなかったが」

「……廃虚の町の北東区域に立ち入っていたな? そこの宿屋を拠点としていたとあの冒険者の女から聞いた」

「ああ。そういえばそれも気になっていた。何故貴様らはあの宿屋に近づかなかった? いくら騎士を警戒していたとはいえ、時間は十分にあったはずだが」

「北東区域に近づくと別の場所に転移させられ、近づけなかった」

「なに?」

「……その様子だと、貴様は転移に阻まれなかったようだな」


 これで、ルゥが言っていたことが真実だという確証が得られた。

 ホーク達はそもそも、転移現象の存在すら知らなかったのだ。北東区域に立てこもっていたのも、転移の壁を利用して籠城する意図があったわけではなかったということだ。


「ククク……いいわねぇ、それぞれが情報を持ち寄って迷宮の謎を解いていく、この感じ! パズルのピースがはまっていくみたいで最高に楽しいわね!」

「……こいつどこかおかしいんじゃないのか?」

「分かってもらえるっすか?」


 顔をしかめるリュドミラにしみじみと頷くキャメル。

 ホークは沈黙で返答した。


「補足すると、私も廃虚の町で転移現象を確認したわ。だからリュドミラの言葉は真実よ」

「……そうか。あれだけ長期間こいつらと遭遇しなかったのはずっと不思議だったが、そんな理由があったとはな」

「ちなみに、森でも転移現象は起こっていたと思うわ。迷宮から転移したとき、私たちは別々の場所から出発した。あれもいわば、開始と同時に転移現象が発生したと考えられるわね」

「転移の条件は、魔族であること、か?」


 リュドミラの言葉にパンダは頷いた。

 転移現象を経験したのは、リュドミラパーティとパンダとキャメル。全員が魔族だ。

 逆にホークとルイスパーティの面々は廃虚の町では転移に遭遇していない。


「インクブルが北東区域に入れたのは、奴が特別だからか?」

「それについては後で話すわ。とにかく、この迷宮には魔族を退ける結界が存在していて、『魔族には近づけない場所がある』。これがこの迷宮の法則の一つね」

「……待てパンダ。だが『空白地帯』の転移現象はどう説明する。あのときは私を含め全員が別の場所に転移したぞ」


 魔族ではないホークやルイスパーティも含め、全員が『空白地帯』には近づけずに転移させられている。

 これは今パンダが語った内容と矛盾しているように思えた。


「そう。迷宮は二つあるの。あの迷路構造の通路の迷宮と、そこを起点として転移する世界。『魔族は近づけない場所がある』迷宮と、『誰も近づけない場所がある』迷宮の二つよ」

「二つの迷宮に、それぞれ異なる『法則』があるということか」

「そう。この遺跡にはまずこの『法則』が最初に生まれた。迷宮や別の世界は、あくまでもこの法則を形にするために神器によって用意された二次的な要因に過ぎないのよ」


 法則が先行して存在している、と先程パンダは語った。

 そのイメージがホークやリュドミラにも掴めてきた。


「では何故そんな法則が存在しているのか……これについては空想するしかなかったけど、ホークやオリヴィアの話を聞いて、ようやく確信が持てたわ」


 一つずつこの迷宮の謎を紐解いていくパンダは、ついにこの迷宮の謎の根幹……『何故この法則が生まれたか』に手を伸ばした。



「――説明するわ。インクブルがこのシュティーア遺跡で何をしたか。神器が叶えた、インクブルの願いを」

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