第148話 ディミトリの調査-シュティーア遺跡
迷宮攻略が完了してから四日が経過した。
ディミトリはギルディアにあるバラディア軍基地内に個室を用意されていた。
今はミサキも同室しており、シュティーア遺跡の件をルドワイアへ報告する予定となっていた。
既に報告書はルドワイアへ送っていたが、事が事なだけにどうしてもディミトリの口から詳細を説明する必要があった。
通信魔石を起動し、ルドワイア軍と繋ぐ。
しばらくすると一人の男の声が聞こえてきた。
『――キース・リトルフだ』
「おっ? キースさん? まさかあんたが直々に報告聞いてくれるんでっか?」
意外な人物が出てきて面食らうディミトリ。
キース・リトルフといえば、ルドワイア帝国の最高権力の持ち主である評議員の一人だ。
ラトリア・ゴードの実質的な元上司であり、ディミトリともかねてから関わりがあった人物だ。
『報告書は読ませてもらった。思いのほか大きな出来事だったようだからな。私が直接話を聞くことにした』
「そら話が早くて助かりますわ。お忙しいやろうし、手短に要点だけまとめましょか」
ディミトリも自作した報告書を手元に置き、それを確認しながら順を追って報告を始めた。
「ほんならまずは一番重要なことから。シュティーア遺跡で神器と思しき斧が二つ見つかりました。持ち帰って今はバラディア軍に分析させてます」
『分析結果は?』
「まだなんとも。せやけど、あの迷宮で起こった出来事を聞く限り、神器の条件にはバッチリ当てはまっとりますわ。『聖属性のアイテム』『持ち主を自分で選ぶ』『超高出力』、おまけに魔族を殺すのが大好きみたいですわ」
『報告書も確認したが、確かにこれだけの怪現象を引き起こす代物であれば、神器としてカテゴライズされる可能性は非常に高い。……六つ目の神器か。あの男以来、ようやく神器に選ばれる勇者を選定できそうだな』
あの男、というのは二年前の大戦で四代目魔王に敗れた勇者のことだ。
勇者にも、『神器に選ばれた者』と『聖属性の攻撃手段を持つ者』の二種類ある。
言うまでもなく神器に選ばれた勇者の方が強力であり、数が圧倒的に少ない。
今や五つの神器の内、三つは魔族の手にある。残った二つはいずれも戦闘用の神器ではないため魔族との戦争には使えない。
神器を操る勇者は世界中で渇望されつつも、そもそも神器に余剰がないというのが現状だった。
だがもしあの二本の斧が神器として認められれば、これは文句なく戦闘に特化した勇者が誕生する。
この斧を持ち帰ることが出来たのは極めて僥倖だった。
『――そして、その神器と、それに選ばれた二人の男女がシュティーア遺跡の神隠しを引き起こしていた……』
「そうです。詳しくは報告書にまとめとる通りです。シュティーア遺跡に関する既存の情報と照らし合わせても不整合は見当たりませんし、確度は高いと思いますわ」
『まあ今後は神隠しが起こらないのであれば、これで気兼ねなく調査ができるようになる。それにより明らかになることもあるだろう』
その動きは既に始まっているらしい。
今まで調べたくとも調べられずに百年以上も放置されてきた遺跡だ。その問題が解決されたとあって一部では大きな騒ぎとなっている。
「他になんか質問とかあります?」
『数点ほど。報告書だけでは解せない部分もあったのでな。その遺跡で遭遇した魔人たちについて説明してくれ』
「元は四人組やったそうです。リュドミラ、シェンフェル、アドバミリス、アリアシオ。その内生き残ったのが、リュドミラとシェンフェルの二人ですわ」
『神器の存在を知る魔人を二人も逃がしたのは失策だったな』
「苛めんとってくださいよ。ワシかてえらい目遭うたんでっせ。まさかあんなやばい騎士がおるとは思ってへんかったから、装備もろくに用意してへんかったんですわ」
『まあいい。それで、その四人は何の目的でそんな遺跡に?』
「それが分からへんのですわ。パンダ――報告書に書いてますよね? その人の話でも、偶然遺跡で出くわして敵対したって話でしたわ」
『……ふむ。報告書には確かにそう書いているな。で、君はどう考えている?』
「筋は通っとるけど腑には落ちん……まあそんなとこですわな」
偶然リュドミラ達は四人であの遺跡に潜り、パンダ達と遭遇し、敵対し、インクブルを倒すために最終的には共闘した。
有り得ない話ではない……が、そんな単純な話でもないはず。
ディミトリがあの迷宮に潜るまで、リュドミラやパンダ達の事情はもっと複雑な『糸』で絡まっていたはず。
パンダはそれを、簡単な一本の『糸』だけで説明して見せているだけだ。
パンダが絡む話はいつもそんなものばかりだった。
相手が納得できるだけの小綺麗な理屈は用意して見せるが、その実情は明かそうとしない。
とはいえ、それを暴き追及する材料がないため、ディミトリの報告も上辺だけをなぞるようなものになってしまった。
「これとは別件なんですけど、このパンダは例のセドガニア襲撃事件でも重要な働きをしとるようです」
『? ホーク・ヴァーミリオンの方ではなく、か?』
「はい。ワシはむしろパンダの方が重要やと思います。それに――」
『……? それに、なんだ?』
ディミトリはしばし沈黙した。
パンダに抱いている疑念……『パンダが魔人である可能性』、それを伝えるか否かで逡巡する。
ディミトリの中で確信はある。が、証拠がない。いや、むしろディミトリ自身が仕掛けた策をパンダに回避された以上、状況証拠的にはパンダは今のところ潔白なのだ。
ただの一般人を指さして『魔人の可能性がある』と気軽に報告するのとは訳が違う。パンダは勇者であるホーク・ヴァーミリオンのパーティメンバーであり、あの二人は既にいくつもの偉業を成し遂げている。今回の遺跡の件もそうだ。
軽はずみな報告は許されない。
「……いえ。パンダについてはちょっと気になって個人的に調査しとるんですわ。何か分かったらまた報告しますわ」
『何のための調査だ。君の任務はセドガニア襲撃事件の調査のはず。パンダという少女が関わっているのは分かるが、固執する理由は解せないな』
「まあ、それについてもある程度情報が揃ったらお話するんで」
『余計なことに時間を使うのは感心しない。エルダーは貴重な戦力だ。本来であればこんな調査任務になど駆り出されるべきではない。君の強い希望だからこそ遊ばせているだけだ。――パンダが重要人物なのであれば今その根拠を説明しろ。できないならばセドガニアの件に集中しろ』
「……」
キースからの厳しい言葉に押し黙る。
もっともな意見ではある。ディミトリはセドガニア襲撃事件を調査することが主目的だ。それがいつの間にか寄り道が過ぎ、全く無関係なシュティーア遺跡の調査をする羽目になってしまった。
神器が見つかったことは結果オーライではあるが、本来のディミトリの任務からは大きく逸脱している。キースはその現状をたしなめた。
「……ほんなら言わせてもらいますけどね、キースさん。そんなにセドガニアの件を調べてほしいなら、スノウビィに関する情報をなんでワシに回してくれへんかったんです?」
『……情報を回していない? 何の話だ』
「シィム・グラッセルから報告があったはずですよね? スノウビィっていう魔人がセドガニア近辺に出没したって。調べてみたら超重要人物やないですかこいつ。せやのにその情報がワシのところまで降りてきてへん。これなんでです?」
『スノウビィという魔人に関してはこちらで調査中だ。既にいくつか情報も集まってきている。君のところまで情報が届いていない理由など私は関知していない』
「ワシの情報網、甘くみんとってくださいよ。そんな話が動いとったら絶対ワシのとこまで回ってきてますわ。誰かが意図的に情報を握りつぶしでもせん限りはね」
『それが私だと? 君らしくもない憶測だな』
「……まあええですわ。お望み通りセドガニアの件はきっちり調べて報告します。それで文句ないやろ?」
『無論だ。期待している。では』
そう言い残してキースは一方的に通信を切った。
ディミトリは不機嫌そうに椅子の背もたれに体重を預けて、通信魔石を机に放り投げた。
その様子を傍らで見守っていたミサキが、不安そうに声をかけた。
「ディミトリさん……」
「なんや」
「パンダさんの件なのですが……私はやはり、あのお二人が魔人だとは……」
「説明したやろ。宿屋の件は根拠にならん。パンダさんにはワシの魔力糸が見えとるし、あのときホークさんが撃った銃弾は魔断とちゃう。宿屋のあれはなんかのトリックや」
「トリック……いったいどんな?」
「……分からん。魔族検知用の装置ももう使えん。宿屋の一件で断る理由を与えてもうたからな。それに、『ヴェノム盗賊団の実験で魔族の魂を取り込んでしまったから』と言い訳されてもうたら追及が難しい」
パンダが魔人であると確証が得られるような証拠がないのが苦しいところだ。
今回は敗北だとディミトリも受け入れた。
今のキースとの会話で、セドガニアの調査が終了するまでは、パンダ個人を調べることは難しくなった。しばらくはパンダのことは見逃すしかないだろう。
だがディミトリは諦めるつもりなど毛頭なかった。
「……確かめる術はないんですか?」
「いや、ある。全国……特にバラディアの全冒険者管理局に話つけて、パンダさんがレベルを上げに来たらその時のことを入念に記録するように伝えてある」
「あ、そうか……レベルシステムでパンダさんの魂を暴けば魔人かどうか分かりますもんね」
「あとは、神官に聖属性の白魔法でもかけてもらえばわかることや。まだ追う手は残されとる。――これで終わりとちゃうでパンダさん。必ずあんたの化けの皮、剥いだるからな」
「へくちっ!」
「風邪ですかパンダさん?」
「大丈夫よ、気にしないで」
シィムの気づかいに、パンダは鼻をすすりながら笑って答えた。
迷宮から脱出して数日が経過した。パンダとホークは宿泊している宿屋にシィム・グラッセルを呼びつけ、依頼について報告することにした。
シィムは緊張した面持ちでパンダの言葉を待っていた。
「そ、それでパンダさん……魔石の方は……」
「喜んでちょうだい、バッチリ手に入れたわ」
「ほ、本当ですか!?」
シィムは椅子から飛び上がらんばかりに喜んだ。
「凄い……! あれからまだそんなに日も経っていないのに、もう魔石を手に入れたなんて! 無茶をされたんじゃないですか? もしかしてそれでお風邪を……」
「心配しないで。むしろすっごく楽しかったから。ね、ホーク」
「そう思ってるのはお前だけだ」
どんな経緯があったかは聞いていないが、これだけ短期間で濃度五〇〇の魔石を手に入れようと思えば相当な労力が必要だったはずだ。
「……申し訳ありません。私の方でも、その……知人に頼んでみたのですが、譲ってはもらえず……」
「あはは、そりゃそうでしょ。いくら友人でも濃度五〇〇の魔石なんてポンとあげれないわよ」
「友人……というわけではないのですが……」
シィムはその先を説明せず、ただ謝罪を最後に告げた。
代わりに、シィムはバッグから一抱えある包みを取り出すと、その中身をテーブルの上に並べた。
おおー、と声を漏らすパンダ。
薬の作成に必要な素材の八割以上が揃っていた。シィムはシィムで全力で協力しようとしてくれているのがひしひしと伝わってきた。
「これ貰っちゃっていいの? 助かるわぁ」
「もちろんです、是非。魔石に比べればこんなものは微々たる助力でしかありませんが……」
「そんなことないわよ。ありがとう~」
「――では、ラトリア隊長の症状を抑える薬というのは、もう作れるのでしょうか」
「おそらくね。この素材を私の知人の所へ持って行って話を聞いてみるわ。いつ頃完成かはまだちょっと分からないけど」
「はい、よろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げるシィムに、今度はホークが冷淡に言い放った。
「礼はいい。それよりも約束を忘れていないだろうな?」
「も、もちろんです。私は灰色の魔人を追い、彼女にメッセージを伝えればいいのですよね?」
「もっと言うと、そうなるようにあなた自身が動かなくちゃいけないのよ」
「……分かっています」
確かな決意を秘めたシィムの声音。
言葉にすれば簡単な要求だが、確実に達成しようとすればするほど非常に困難な任務となる。決して甘えた覚悟で請け負えるものではない。
「どこの部隊に配属されるかとか、もう決まった?」
グレイベアと対峙する必要があるのだ、可能な限り強力な部隊であるのが望ましい。
でなければそもそもグレイベアの対処に当たる機会すら巡ってはこないだろう。そうなった場合はシィムは自分一人の力でグレイベアの所在を割り出し、一人で接触をはかる必要がある。
それはあまりにも難易度が高すぎる。シィムの配属先は、第一歩目にして最も重要な要素だった。
「はい。それに関しては問題ありません。あるエルダークラスの方が隊長の部隊に配属が決まりました」
「あらよかったじゃない。一歩前進ね」
「あとはその部隊がグレイベアの対処にあたるかどうかだな」
「そうね。そこはあなたが頑張るところよ」
「……はい。必ずご期待に応えてみせます」
シィムの返答にパンダも満足そうに頷いた。
ラトリアを救いたいという想いは本物のようだ。これならば多少無茶をしてでもグレイベアに接触してくれるだろう。
「それで……肝心のメッセージの内容はなんなのでしょうか」
シィムが切り出す。
メッセージの内容をギリギリまで隠しておいたのは、パンダとグレイベアの関係が露呈することを危惧してのものだ。
この依頼が空振りに終われば使う必要のないメッセージだ。事前に教えておくのはリスクしかないためもったいぶっていたが、無事に魔石も入手し、シィムも着々と準備を進めている段階に入った今、ようやく伝えることができる。
「それじゃあ言うわね。しっかり覚えて、一言一句間違えないでよ」
「は、はい……!」
一つ売るだけで数百万ゴールドを得られる希少な魔石を使ってまで伝えさせるメッセージだ。いったいどのような内容なのか、シィムは固唾を飲んでパンダの言葉を待った。
そして満を持して、パンダが声を発する。
「――『蜂蜜カスタードプリンが食べたい』」
「……」
「……」
「以上です」
「…………え?」
シィムだけでなく、ホークも唖然とした表情でパンダを見つめていた。
「……な、なんと仰いました?」
「もう、しっかり覚えてって言ったでしょ? 『蜂蜜カスタードプリンが食べたい』よ。はい、復唱!」
「は……『蜂蜜カスタードプリンが食べたい』……」
「ぐっど!」
ビシ、と親指を立てるパンダに、シィムは口をあんぐりと開けたままホークを見遣った。
代わりにホークから何か説明があるかと期待したが、ホークもまた同じような顔をしていた。
シィムの視線に気づくと、ホークは表情を戻して咳ばらいを一つした。
「……そういうことだ。詮索はしないというのは最初に決めたルールの通りだ。そのまま伝えてくれさえすればいい」
「わ、わかりました……」
「それじゃあよろしくねシィムさん」
何が何だか分からないまま、シィムは引きつった笑みを返すのが精一杯だった。
「……で、あのメッセージにはどういう意味があるんだ?」
シィムが部屋を出てすぐにホークが尋ねた。
メッセージの内容についてはホークも知らされていなかった。パンダのことだから何かしら意味があるのだろうが、ホークには皆目見当もつかなかった。
「魔王城にいた頃に、よくベアに作ってもらってたのよ。あの子のプリンは絶品でね~すっごく甘いの」
「……で?」
「いつでも食べられるように作り置きしてもらってたんだけど、ある日プリンがもう残ってないことに気付いたの。私はもうビックリ仰天よ」
「……作ってもらえばいいだろ」
「ところが間の悪い事にそのときベアは所用で魔王城を離れてたの。私はすぐにベアに連絡を取って戻ってくるように命令したんだけど、あの子ったら用事が終わってからでいいかって思っちゃったらしいのよ」
「どんな用事だったんだ?」
「なんだったかしら。魔王城の近くにルドワイアの調査部隊を見つけたから始末するとか、そんなのだった気がするわ。ベアはそっちの対応を優先させたのね」
「当たり前だ」
「でも私はプリンが食べたかったの。なのに二の次にされちゃって大激怒よ。ベアにお説教してやったわ」
「……で?」
ツッコむのも面倒になってホークは話のオチを急かした。
「そのときに約束したのよ。私がプリンを食べたいって言ったらどんな用事があってもすぐに戻ってくること、ってね」
「…………つまり、『どんなつもりでブラッディ・リーチを連れまわしてるか知らないが、とにかく今すぐ私のところに来い』……というメッセージか?」
「そういうこと!」
「……」
――前提として、パンダとグレイベアの関係がバレてはいけないという制約がある。
そのため『私に会いに来い』や『ブラッディ・リーチを引き渡せ』といったメッセージはシィムには頼めない。
よって外部からはどんな意味が込められているのか分からないような、暗号めいたメッセージにする必要がある。
そういう観点でいえばパンダの用意したものは決して悪くはない。
何故なら意味不明だからだ。必要な条件は満たしている。
しかしあれだけの困難な迷宮を攻略してまでシィムに託すメッセージがそれとは、ホークは沈鬱な感情を禁じえなかった。
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