第36話 ガンエルフ
このご時世、武器屋のない都市などないと言っていいが、それでもガンショップは珍しいというのが、世の銃士にとっての悲しい事実だ。
交易都市シューデリアはハシュールで最も物資が行き交う場所。
武具やアイテムの質もハシュールで最も高く種類も豊富だ。
そんなシューデリアでさえガンショップがたった一店しかないというのが、銃士という職業の現状を如実に表していた。
ガンショップ『ジャンズ・レフト』。
大通りの外れも外れ。カビ臭い路地裏の奥にひっそりと居を構えるその店の扉が開けられた。
カランコロンと来客を告げるベルが鳴り、二人の女性が入店した。
「……臭い」
店に入った途端ホークが顔をしかめた。
「そう? 私は別に嫌いじゃないかな。火薬の匂いって」
「火薬だけじゃない。オイルや金属の匂いも……くそ、これだから人間の武器は」
「そんなのどこの武器屋だって同じよ。香しい木の弓はもう忘れなさい。あなたは今日から硝煙の匂いを纏うガンエルフに生まれ変わるのよ」
パンダは物珍しそうに店中をキョロキョロと見回していた。
さほど広い店ではなかったが、品揃え自体は悪くないようだ。四方の壁にはびっしりと銃が飾られ、それにまつわる装備類も豊富だった。
ホークには銃の良し悪しなど分からない。弓ならば一目見ただけで性能を看破する自信があるが、飾られている銃はどれも同じものにしか見えなかった。
「――おいおい、どういう組み合わせだ?」
店の奥から男の声が聞こえてきた。
筋骨隆々な巨体を惜しげもなく晒すタンクトップ姿。浅黒く焼けた肌にいくつもの古傷が映えている。
無精ひげをたくわえた中年男性が立っていた。
彼がこの店の店主のようだ。
「女エルフと毛も生えてねえようなガキンチョとはね。悪いがキャンディはおいてねえよ。ここは男がロマンを追い求める聖地さ」
ニヒルな笑みを浮かべる店主を冷ややかに見返しながらホークは歩み寄った。
「銃が欲しい。売ってくれ」
「おいおい、八百屋にきて野菜くれ、なんて注文はしねえだろ。どんな銃が欲しいか言ってみなお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃん、だと……?」
ホークの額に危険な青筋が浮かび上がる。
「私はエルフだ、貴様の数倍は生きている。舐めた口を叩くな小僧」
「へっ、そりゃ悪かったな。で? そんなエルフ様がお得意の弓をほっぽって銃が欲しいって?」
「そうだ。事情まで詮索する気か?」
「できればそうしたいねえ。どこの馬の骨とも知れん嬢ちゃんに、うちの大事な娘たちを握って欲しくないんでな」
「ふん、まともに見向きもされないマイナージョブのくせに客を選ぶ余裕があるのか」
「だからこそ、だよ。ヘタクソに売ってうちの銃の評判まで下がっちゃたまらんからな」
ホークの眉がピクピクと痙攣する。
ただでさえ人間嫌いのホークの怒りが今にも爆発しかねない瀬戸際まで迫る。
「まあまあ抑えて。ガンショップなんてここしかないんだから、喧嘩しないの」
パンダに宥められたホークは深呼吸を一つして引き下がる。
しかし視線だけはしっかりと店主を睨み付けていた。
「店主さん」
「ボルクハルトだ」
「そ。ミスター・ボルクハルト、銃が必要なの。売ってもらえないかしら」
「まさかお前みたいなオボコが使うってんじゃねえだろうな。…………ってかなんだその格好は。大丈夫かよ」
パンダは未だに血のべっとりついた紫のゴシックドレスを着ている。
さっさと脱げばいいものを、パンダはよほど気に入っているのか着続けていた。
「気にしないで、こういうファッションなの。銃を使うのはこっちのこわーいエルフよ。彼女の適性がどうもガンナー向きみたいでね。転職しようと思ってるの」
ふーん、と相槌を打ちつつも訝しげなボルクハルト。
エルフがガンナーになるなど過去に一度として例がないし、おそらく今後もないだろう。
「――ま、こっちも商売だ。話くらいは聞いてやるさ。じゃあまず予算から聞いとこうか」
「二五万ゴールド」
「……ほーう。冷やかしじゃあねえみてえだな」
「もちろん。予算はフルに使ってもいいけど、装備から弾まで全部揃えるつもりよ」
「はいよ」
武器の値段はピンキリだが、同じランクで比較するなら銃は高い方だ。
特に魔法銃が高い。魔法銃そのものも高いし、なにより魔石が高い上に消耗品だ。二五万ゴールドでも相当ギリギリのはずだ。
エーデルンの報酬を前払いにしておいて本当によかったとパンダはしみじみ思った。
パンダには前もってエーデルンに支払われていた二〇万ゴールドがある。残りの五万ゴールドはホークも持ち金全てだ。
合計二五万ゴールド。これが今回の軍資金だ。
「で、何が欲しい?」
「ハンドガンを二丁欲しいわ。一つはオートマチック。もう一つは魔法銃よ」
「……なんだそりゃ? なんで二種類も持つ。どっちも魔法銃じゃだめなのかよ」
魔法銃を使うつもりなら、実弾銃は必要ないと言ってもいい。それほどに魔法銃の性能は実弾銃を食っている。
魔法銃が買えない、使えない、必要ない、などの条件でなければ魔法銃だけでいいというのが常識だ。
その二種類を同時に扱う銃士などボルクハルトは見たことがなかった。
何故ホークに二種類の銃が必要か。
理由は単純明快。魔力を打ち消す破魔の力を、魔法銃で撃ちだすことはできないからだ。
故に破魔の弾丸――魔断は、実弾に付与するしかないのだ。
「言った通りでお願い」
「……ふん、まあいいさ。じゃあまずはオートマチックの方からだな。どんなのがいい」
「こっちはとにかく装弾数が欲しい。一マガジンに多く入れば入るだけいいわ。連射にも強い銃がいいわ。あとは射程。遠くまでまっすぐ飛ばしたい。言うまでもないけど精度は高いやつね」
「弾は鉛でいいのか? 魔物用なら水銀弾なんかもあるが」
「鉛でいいわ。何せあのエルフ自体が対魔物用兵器みたいなもんだもの」
「……? まあいい。ならこれなんかどうだ」
ボルクハルトは壁にかけてある銃を取りカウンターに置いた。
真っ赤にカラーリングされた銃だった。銃身は長く四角い。飾ってあるハンドガンの中ではかなり大型だった。
「『レッドスピア』。俺の自信作さ。特注のロングバレルに、9ミリ弾を一八発こめれる。精度は俺のお墨付き、ハンドガンでこれより上はねえってレベルだ。お前の要求は全部満たしてるぜ。ま、あの嬢ちゃんの細腕で扱いきれるかは知らねえがな」
パンダはレッドスピアを手に取り、ふんふんと頷きながら眺めた。
「――ほう?」
感心した声と共にボルクハルトの眉が上がる。
パンダが確認している個所は銃の性能を左右する要所ばかりだということに気が付いたためだ。
適当に眺めているわけじゃない。パンダはさながら鑑定士のようにレッドスピアを細部まで確認していた。
「良さそうね。メンテナンス難しそうだけど」
「いいね、目聡いじゃねえか。確かにこの銃は特注のパーツをいくつも使ってる。専用のメンテナンス用品のお買い上げをオススメするぜ」
「ルーンは彫れる?」
「当然。ただし伸ばせる性能は一つだけだ」
武器にルーンを掘ることは珍しくない。
ルーンはそれ自体が効力を持つ文字だ。ロニーの短剣にも魔法抵抗力減衰のルーンが彫られていたように、武器に様々な効力を付与することができる。
使用者のステータスの恩恵を受けられない以上、銃そのものの性能を少しでも向上させるために銃にルーンを彫るのは必須条件と言える。
「じゃあ速度で。本当は強度を上げようと思ってたんだけど、この銃はかなり頑丈そうだしね」
パンダの言葉にボルクハルトは満足そうに鼻を鳴らした。
ボルクハルトも、この銃にルーンを彫るなら『速度上昇』以外にないと考えていた。
速度を上げればもちろん威力も上がるが、ルーンの力を借りればもっとシンプルに『威力上昇』ができる。いわば物理法則を超えた概念の力だ。
しかしそもそも威力が欲しいのならもっと別の銃を買えばいいだけの話。それこそハンドキャノンと呼ばれるような銃もこの店にはある。
レッドスピアを選んでおいてそんな安直なルーンを彫るような客なら失望していたところだが、パンダはどうやらボルクハルトのお眼鏡にかなったようだ。
「じゃあ次は魔法銃をお願い。こっちはリボルバーで」
「当たり前だ。魔法銃でオートマチックなんて有り得るかよ」
魔法銃の弾丸は、中に魔力を込めた魔石だ。
火薬の力ではなく、撃鉄が魔石を叩くことで中の魔力が魔弾として放出される。
そのため、魔石は一発撃ち切りではなく、魔石内の魔力が尽きるまで何度でも撃てる。
一つの魔石で、平均しておよそ七発は撃てるだろう。これが実弾銃との大きな違いだ。
そうなるとオートマチックのように一発ずつ排莢する銃は有り得ない、ということだ。
「弾倉は?」
「五発。回さないで」
「五発の無回転……っと。大型か?」
「ええ。こっちはゴッツイのがいいわね」
「はいよ」
ボルクハルトは顎に手を当てて思案を巡らせはじめた。
「――パンダ」
「ん、なあに?」
それまでパンダの後ろで成り行きを見守っていたホークが声をかけた。
「銃の選別は貴様に任せると言ったが、仮にも私が使う武器だ。少しくらい説明しろ」
「ああごめんなさい。銃を品定めするなんてあまりない機会だから熱が入っちゃって」
「さっきのは何を決めてたんだ? 五発とか回さないとか」
「弾倉の種類よ。平均的なリボルバーの弾倉は六発だけど、今回は五発にしたわ」
「理由があるのか?}
「弾倉が五発ってことは銃が小さいか弾が大きいか。あなたの魔法銃は威力重視だから大型の銃に大きな魔石を使うことにするわ」
「無回転というのは?」
「リボルバーって普通一発撃つごとに弾倉が回転するんだけど、魔法銃は全然違うわ。魔法銃は五種類の魔弾を一発ずつ弾倉に詰めて撃ち分けたりする必要があるから、一発ごとに弾倉が回ると逆に困ることがあるのよ。だから弾倉が回転しない魔法銃もあるの」
「ならどうやって弾を撃ち分けるんだ? 回らないんだろ?」
「ああ、言い方が悪かったわね。正確には弾倉は回るわ。撃鉄を起こしたときにね。そこは実弾銃のリボルバーと変わらない。ダブルアクションで撃鉄が起こると弾倉が回らないけど、手動で撃鉄を起こすと回る、っていうと分かりやすい?」
「全然わからん」
「まあ実際に撃ってみればすぐ分かるわ。こういうのは習うより慣れろよ」
「そういうこった。ほれ、これなんかどうだ」
ゴトン、と重厚な音を鳴らせてボルクハルトがカウンターに置いたのは銀色に輝くリボルバーだった。
それを見たパンダの眉が僅かに吊り上がる。
「あれ、全然違くない?」
パンダが要求したのは大型の五連弾倉式リボルバーだ。
しかしこれはとりわけ大きくもなく、弾倉も六連装だった。
「悪いな、要求通りのもあるんだが、嬢ちゃんの予算じゃ無理だ」
「えー! そんなぁ、そこをなんとか」
「こっちも商売なんでな。さっきのレッドスピアだけで七万ゴールドはする。この銃は一五万ゴールドだ」
「高っかいわねえ……足元見てないでしょうね」
「ふざけんじゃねえ。こっから装備も一式揃えるんだろうが。本当ならそれと銃で二五万飛ぶところを、弾とルーンオプション代はサービスしてやんだぞ。ありがたく思え」
「んんん~……」
魔法銃は高いというのはパンダも覚悟していたことだ。魔弾用の魔石をサービスしてくれるならかなり良心的な価格と言える。
が、この魔法銃ではだめだ。
今回の銃選びの基本となるのは、対ブラッディ・リーチ戦で有効かどうかだ。
魔断だけでは簡単に防がれてしまうという弱点をカバーするために、通常攻撃用に魔法銃による牽制を行うのだ。
しかしこの魔法銃では大した威力が出ずに牽制の意味を成さない。
やはり魔法銃は絶対に大威力のものを選ばなくてはだめだ。
「悩ましいわね……ツケとかできない?」
「そんなもんは信頼関係築いてからだ。この銃は予算内では一番いいもん選んでやった。これだってそれなりの威力は出る」
「…………いえ、駄目ね。あの子に通用する魔弾が撃てるとは思えない」
「マジで言ってんのか? なんだ、魔獣でも撃とうってのか」
「そんなところよ」
冗談だと思ったのか声を出して笑うボルクハルト。
しかしこれ以上マケてくれる気はないらしい。
「……うーん、こうなるともう二つともオートマチックにしてしまった方がいい……? いえ、だめね。魔断は二つ同時に撃てない。弾幕が二倍になるわけじゃないんだから、同時に撃てる魔法銃しかないんだけど……うーん困る!」
「その割には随分楽しそうだな、パンダ」
「限られたお金で武器を揃えるのって楽しくない? 悩んだり工夫したり、これぞ冒険の醍醐味って感じじゃない」
その感覚はホークには全く共感できなかったが、この場はとりあえずパンダに預けたのだ、好きにさせることにする。
「……仕方ないわね。悪いけどレッドスピアも一旦保留にさせてちょうだい。で、他の銃もいろいろ見せて」
「どうするんだパンダ」
「思ったより予算がキツいわ。どっちも一級品を揃えるのは無理だから、最適解を探しましょ。あなたも手伝って。こうなると単に性能だけじゃなくて、あなたとの相性とかも加味して選びたいわ」
「そうは言っても、私には銃の良し悪しなど分からん。火薬で鉛を飛ばすだけだ、どれも同じようなものだろ」
「――あん?」
その言葉に過敏な反応を見せるボルクハルト。
「聞き捨てならねえな嬢ちゃん。ここにあるのは全部俺が端正込めて作った娘みたいなもんだ。一つとして同じものはねえ。それを……どれも同じようなもんだとぉ?」
「食いつくなよ。私はエルフだ。弓を好む」
「へっ、やっぱしお上品なエルフ様は気に喰わねえ。お高くとまりやがってよ」
「まーた喧嘩して。じゃあ試しに撃ってみたら? 射撃場はある? 試射したいんだけど」
「けっ、弾だってタダじゃねえんだ、トーシロのおままごとに使えるかよ」
「まあまあ。これから長い付き合いになるかもしれないんだしさ」
「……ふん。まあこっちのオボコに免じて数発程度は遊ばせてやる。お前は多少話がわかるようだしな。――ついてきな」
憮然した態度で背を向けボルクハルトは店の奥に歩き出す。
未だに銃への偏見があるホークは全く乗り気ではないようだったが、黙ってついていった。優れた武器が必要という現状は変わらないのだ。
ボルクハルトに連れられて裏口から店を出た。
扉から三メートル先には巨大な壁。
ゴミとカビ、そして煤と火薬の匂いに満ちた薄暗い路地裏だった。
通りに生まれたデッドスペースを専用の射撃場として改造したらしい。
地面にはいくつもの空薬莢が転がっており、八メートル先に六つの鉄板がぶら下げられていた。
「ほらよ、まずはこいつを撃ってみな」
そう言ってボルクハルトはレッドスピアをホークに手渡した。
左手に握ったレッドスピアを疎ましそうに構えると、路地裏の隙間から差し込んだ僅かな陽光がレッドスピアの銃身に突き刺さり、深紅の照り返しを放った。
「撃ち方はわかるよな?」
「ああ。昔、森にエルフ狩りに来た銃士がいたからな。あの間抜けな撃ち方を真似すればいいんだろ?」
「猪にでも間違えられたか? 見た目はそっくりだ、無理もねえ。その銃士も残念なこった」
「ああ残念な奴だったよ。貴様と同じでオツムの方がな」
「そうかい、そりゃよかった。ならさっさと撃ってみせな。安心しろ、ここは人目のない路地裏だ。音と衝撃にビビって小便漏らしたって誰も見てねえよ」
「生憎初めて扱う武器でな。間違えて貴様の脳天を撃ち抜いても笑って許してくれ」
「仲良いわねえ」
ニヤニヤしながら二人の掛け合いを眺めるパンダに、ホークは苛立たしげに舌打ちを一つ飛ばして、銃口を鉄板に向けた。
八メートル先に六つ吊り下げられた鉄板には、同心円状に白い的が描かれている。外側から二〇点刻みで一〇〇点まであり、弾痕はいくつもついているが中心付近は少ない。
人生初めての試し撃ちだ。
ボルクハルトからすれば鉄板に当たれば上等だろうが、パンダにしてみればせめて全弾六〇点以上は出してほしいところだ。
それができないなら多少銃のランクを下げてでも、余った金で射撃の猛特訓が必要だ。
ホークの放つオーラが変わる。
それはボルクハルトですら感じ取れるほどだった。
ハシュールとの講和が成立してから数十年戦場から離れたとはいえ、ホークは戦場にその人生の多くを擲ってきた。
そんな彼女がひとたび武器を握るのならば、そこはもう戦場だ。
あるのはただ一念。目標を射抜くという絶対的な意思のみ。
「――――」
ごくり、と生唾を飲み込む音。
それは突如変化した場の空気に圧倒されたボルクハルトが喉を鳴らす音だった。
――ダン、と乾いた銃声が鳴り響く。
それとほぼ同時にギン、という金属音。中央の鉄板が振り子のように揺れ動く。
新しく刻まれた弾痕――それは鉄板のど真ん中。一〇〇点を正確に撃ち抜いていた。
「…………」
ボルクハルトの目が見開かれ、視線が自然とホークを追った。
ホークは至って涼しい顔。残心の気配すら感じさせないほどの無表情だった。
「……へ、へえ? マグレにしちゃ――」
ダン! と再び響いた銃声がボルクハルトの声をかき消した。
デジャヴュのように鳴る金属音。次弾も過たず鉄板を撃ち抜いた――そう理解したボルクハルトは、しかし次の瞬間驚愕に身を震わせる。
――三つの鉄板が同時に揺れていた。
「……な」
言葉を失うボルクハルト。彼の耳には銃声はほとんど一発分しか聞こえなかった。
だがホークはあの一瞬で三度引き金を絞っていたのだ。そして当然のように全弾が鉄板の中央に命中している。
速射自体はボルクハルトも出来る……が、これほどのレベルのものは見たことがない。
ましてそれが、今初めて銃把を握ったばかりの素人と知っては……。
「――おい、なんだこれは」
苛立ったホークの声。
見事な射撃を披露したホークだが、その表情は不満げだった。
ボルクハルトにレッドスピアを見せる。
レッドスピアのスライドに薬莢が挟まっていた。オートマチックの銃に稀に起こる弾詰まりだ。
「……ジャムだ。たまに起こる」
「ふざけるな、なんだそれは。おいパンダ、やはり銃など使い物にならんじゃないか」
「私に言われても」
「ジャムなんざそう起こるもんじゃねえ。撃ち方もろくに知らねえくせに、あんな速さで三連射なんぞするからだ」
「三連射? ふざけるな六発撃ったはずだったんだ」
「――な……に……?」
言葉を失うボルクハルト。
ホークは六度引き金を絞っていたのだ。だが実際に発射された弾丸は三つ。
指が早すぎて、銃の性能が追い付かなかったのだ。
「……排莢より早く引き金を引いた、ってのか……? 馬鹿が……そんな無茶苦茶な撃ち方で連射したらそりゃジャムも起こる」
「ふん、自信作などとのたまっておきながらこの体たらくか。おいパンダ、まさかこれ以下のガラクタで奴と戦わせるつもりじゃないだろうな」
「仕方ないでしょ。お金ないんだし」
「やはり弓だ。二五万ゴールドもあればそれなりの弓が揃えられる。少なくとも、こんな出来損ないを売りつける店のものよりはマシな戦いができる」
「まあまあ、せっかく試射させてくれるっていうんだから、もう少し遊びましょ」
「……」
銃を散々貶すホークに対して、ボルクハルトは無言。
しばらく真剣な表情でレッドスピアを見つめ続け、不意に顔を上げた。
「ちょっと待ってろ」
そう言い残して店の中へ戻っていった。
何事かと訝しむ二人だが、言われた通り待つこと一分。
ボルクハルトは一つの銃を持って戻ってきた。
「わーお」
パンダが声をあげて笑った。
一方でホークはボルクハルトが持ち出した銃を一瞥すると、まるでゲテモノ料理を見るように顔を引きつらせた。
「……なんだそれは」
「変な顔すんな、魔法銃だよ。名前は『サーペント』だ」
それはまさしく大蛇の名に相応しい姿をしていた。
先程店で見せた魔法銃よりも一回り大きく、特に箱型の銃身が蛇の首ように異様に長く太い。
全身を毒々しい紫のカラーリングで染め上げ、巨大な弾倉にはびっちりと五つの穴が空いていた。
「ミスリル製に加えて退魔のルーンが彫られてるから対魔族用だ。魔力伝達性もぶっちぎりで高い」
「わあ、最高ね。まさにあなたに打ってつけじゃないホーク」
「……なんて悪趣味な見た目だ」
弓が持つ完成された芸術的なフォルムに比べ、この銃のなんと下品なことか。
紫のカラーリングというだけで気味が悪いのに、その無骨なデザインはまさに大蛇のごとく異質で――同時に計り知れない獰猛さを見せつけていた。
「撃ってみな。そいつはリボルバーだ、ジャムなんざ起こらねえ。魔法銃の撃ち方は分かるか? 撃鉄の先に魔力を乗せるイメージだ。撃鉄はいちいち起こさなくても勝手に動く」
「ふん、それくらい知ってる」
渋々サーペントを握ると、その重さにホークは度肝を抜かれた。
「……重いな」
「弾を五つ込めれば総重量は六キロを超えるぜ」
「あれ、ミスリルって軽い金属じゃなかったっけ」
「そんくらい無茶な改造がされてる銃ってことだ。一応言っとくが、威力は半端じゃねえし反動もやべえ。気をつけな」
先ほどまでとは打って変わって真剣な口調でホークに銃の説明をするボルクハルトに調子を崩されながら、ホークは再び鉄板に銃口を向けた。
引き金を絞る。
途端、雷が落ちたかのような轟音が路地裏に反響した。
またしてもボルクハルトの耳が捉えた銃声は一つ。その中にかろうじて連続的な歪を感じた程度。
――しかしパンダの青の魔眼は、サーペントから放たれた五本の魔力の奔流をしっかりと捉えていた。
同時といってもいい誤差で五つの鉄板が吹き飛ぶ。
鉄板を吊り下げていた金具が衝撃に耐えきれず弾け飛び、鉄板が路地裏の壁に激突する。
レッドスピアの銃弾では多少へこむ程度の傷しか負わなかった鉄板が、力任せに巨大な風穴をこじ開けられていた。
その個所は全て、過たず中心。
その威力に、さしものホークも思わず目を丸くして自分が握る銃を確認した。
サーペントの弾倉付近で、強力すぎる魔力炸裂の余波が紫電となってバチンと鳴った。それはさながら獲物を捕食した大蛇があげる咆哮のようだった。
既に破滅的な威力を誇るサーペントの魔弾だが、これで通常威力なのだ。
使用された弾丸は試射用のもの。強力な魔石を使えば更に威力は跳ね上がり、そして退魔のルーンにより魔族に対して更に強い効果を発揮する。
「使えるわね、その銃」
「……さっきのガラクタよりはな」
涼しい顔でそう語るホークを、ボルクハルトは細い息を吐きながら見据えていた。
あの魔法銃は並の魔銃士に扱える代物ではない。
パンダのような子供が間違って撃てば脱臼では済まないほどの反動がある。
それをこともなげに五連射。しかもまるで反動などないかのように見事に制御し、初めて撃つ魔法銃で見事五つの鉄板のど真ん中を撃ち抜いた。
「く、くく……」
もはやボルクハルトは笑うしかなかった。
全身に鳥肌が立ち、形容できない震えが走った。
「その銃、気に入ったか? 売ってやろうか」
「ええ是非欲しいけど、でもお高いんでしょう?」
「五八万ゴールドだ」
ホークは無言でサーペントをボルクハルトへ返した。
「いらん」
「魔石もただの魔石じゃねえ。専用弾が必要だ。一発で一万ゴールドってところか」
「いらんと言ってるだろ」
「売ってやるよ、二五万ゴールドで」
ホークとパンダが目を丸くしてボルクハルトを見遣った。
半額以下だ。……が、それでは買えない。
「銃は二丁いるの。その魔法銃だけ買うわけにはいかないわ」
「ああ、勘違いするな。二五万ってのはつまり、お前らの持ち金全部って話だ」
「……つまり?」
「有り金全部よこしな。それで欲しいもん全部面倒みてやる。レッドスピアももちろん、装備やら予備の弾倉やら全部セットにしてやるよ」
「あなたって……よく見たらハンサムね」
「どういう風の吹き回しだ」
重度の人間不信をこじらせているホークには、ボルクハルトの提案は不気味以外の何物でもなかった。
「もちろん、条件がある」
「ほっぺにキスまでなら」
「パンダ、黙ってろ。……条件とは?」
ボルクハルトはレッドスピアをホークの前にかざして言った。
「レッドスピア――こいつを改造させろ」
「改造?」
「そうだ。こいつを強化する。お前さんの連射にも耐えられるようにしてやる。おいお嬢ちゃん、さっきルーンで速度を強化するって話だったが、予定変更だ。連射性能を強化する。いいな?」
「いいけど、それって取引になるの? 私たちには願ったり叶ったりな条件じゃない」
銃を捨て値で売ってやるからその銃を強化させろ、などもはや意味の分からない要件だ。
だがボルクハルトは至って真面目な顔でレッドスピアを見つめた。
「このエルフはガラクタって言ったが、こいつは俺が手掛けた中では間違いなく一級品の銃だ。――銃と銃士ってのは一心同体だ。どっちがナマクラでもいけねえ。……今の嬢ちゃんの早撃ちを見りゃ、どっちがナマクラかは一目瞭然だ。そんなのは俺のプライドが許せねえ。だからこいつを、あんたに相応しい銃に仕上げてみせる」
それはガンショップのオーナーとしての意地だ。
二人にとってはこれ以上ないという破格の条件。だが、一つだけ気がかりな点がある。
「悪いが、私たちには時間がない。本当なら今すぐにでも戦闘に出なければならないほどだ。――どれくらい時間がかかる」
「十時間ってとこか。それで試験含めて仕上げてやる」
本来ならまさに一流の銃士の名に恥じぬ仕事と言えるが……ホークとパンダの表情に陰りが差す。
ブラッディ・リーチの館に囚われている、ホークの妹ミリア。彼女の安否を考えるなら十時間は長すぎる。
そしてそれ以前に、単純に時間帯が悪い。
今から十時間なら、館に到着する頃には夜は相当深くなっているはずだ。
夜は魔物の時間だ。
特に吸血鬼は、魔人を抑えて夜の支配者を名乗るに値する種族だ。
できれば陽の出ている内に仕掛けたいというのが本当のところだ。
「それでいいわ。やってちょうだい」
「ッ、パンダ……」
「仕方ないわ。この話を蹴っても、それ以上の好条件で戦えるとは思えないし」
「……」
「何やら訳ありって感じだな。安心しろ。十時間つったら十時間だ。それより遅れることは、この俺の名に誓って有り得ねえ」
「…………いいだろう」
他に選択肢がない以上、是非はない。
時間は惜しいが、見返りも大きい。対ブラッディ・リーチ用の武器として、現状最高クラスのものが手に入ることは確約されたのだ。
「おっしゃ、決まりだな。喜びな嬢ちゃん。今後これ以上の銃にはそうそうお目にかかれねえって代物をくれてやる。そいつを握れば、嬢ちゃんも立派な魔銃士さ」
「銃士か……その銃が奴に通用するなら、銃士にでもなんでもなってやる」
「おいおい、どんなバケモンとやり合う気だよ。安心しな、嬢ちゃんの腕ならどんな獲物だって撃ち抜けるさ」
気軽にそう笑えるのは、ボルクハルトがあの吸血鬼を目にしていないからだ。
「――そう願うよ」
ホークにとっては、これでやっと五分。
ようやくスタートラインに立てただけでしかないのだ。
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