第35話 魔断
「奴が……四天王、だと?」
四天王。
それは魔王と直々に血の盟約を交わした四人の魔人。
全ての魔族は無論、魔王の盟約下にいることになるが、それは形式的というか大前提であり、魔王の盟約は象徴的な意味合いが強い。
魔族にとって実際的に大きな意味を持つのは、どの四天王の盟約に連なっているかだ。
言うなれば派閥だ。
魔族は魔王という絶対的象徴の下、四つの派閥に分かれている。
その四つの盟約の内の一つを、かの吸血鬼『ブラッディ・リーチ』が保有しているというのは、これは魔族とって異常事態だった。
「こんなことになるなんて、ビィも全く予期してなかったでしょうね。いえ、ビィはマリーのことなんてすっかり忘れてたんじゃないかしら。――で……ぷ、くく……いざ四天王を選出しようとしたらあらびっくり、なんともう既に一つ枠が埋まってる。アッハハハ! 慌てたでしょうね!」
パンダはこの状況が相当お気に召したのか、涙を浮かべながら爆笑していた。
「魔族はそのことに気づいてるのか?」
「それは間違いないわね。新しい四天王自体はもう決まってるから」
カルマディエという四天王が存在することがその証明だ。
パンダの知らない魔人が四天王に選ばれているのだから、四天王の選定自体は既に終わっている。であれば、その枠が一つ埋まっていることも明らかだろう。
「四天王は絶対に四人しか決めれないのか?」
「ええ。昔……それこそ初代の頃とかはもう少し自由に決めれたみたいなんだけど、匙加減が難しかったみたいなの。盟約が一本だと、上が死んだら丸ごと死んじゃうから危険すぎるし、逆に多すぎるとそれはそれで、派閥が増えて良くないしね」
いかに四天王とはいえ、別の四天王の盟約に連なっている魔族に対しては強制力を持たない。
盟約による強制力が働くのは、あくまで同じ盟約に連なっている者同士でだ。
つまり盟約を分けることは、それだけで魔族間の支配力を分散させることに繋がるのだ。
それでは盟約の意義である主従関係が弱まるだけで本末転倒だ。
「だから魔王が直接交わす盟約は四本にしよう、って固定されちゃったの」
「なら……魔族がブラッディ・リーチを護るためにここに来る可能性があるということか?」
普通に考えればそうだ。
魔族のトップクラスの権力を持つ四天王を、他の魔族が守護しようとするのは当然だ。
もしそんなことになってしまったら、もうホークには太刀打ちできない。
「真逆でしょうね」
「なに?」
だがパンダはそんなホークの懸念を一蹴した。
「多分、魔族はマリーを殺しにくる。盟約を破棄するためにね」
「……」
「当然でしょ? そりゃそこらの魔物と比べれば強いけど、四天王を名乗るにはブラッディ・リーチは弱すぎる。明らかに器じゃないわ。それにあの子は魔人ですらない。他の魔人だって納得いかないでしょ」
「なら魔王が盟約を破棄すればいいんじゃないのか?」
「できないわ。盟約は血と魂に刻むものよ。ケチャップの蓋みたいにつけたり外したりできるものじゃない。盟約を破棄させたいなら直接「死ね」って言えばいい。死ねば盟約は消えて枠が一つ増える。私もやったことあるわよ」
「……魔王がハシュールに来るっていうのか? いつ?」
「それはビィ次第ね。まあそう遠くはないでしょ。今日きたっておかしくない話よ」
「じゃあ……放っておいても、奴は死ぬ……のか?」
それはホークにとってある種の虚無感すら抱かせる事実だった。
あれほど憎んだ相手。手も足も出ず完封された強敵。
そんなブラッディ・リーチがその実、魔王に命を狙われ処刑を待つ身だったとは。
「どうする? それまで待つなら別にいいけど」
「駄目だ。そんなに待てない」
だがホークのすべきことは変わらない。
今この瞬間にもミリアの命が危機に晒されているかもしれないのだ。一秒でも早く館に乗り込み倒す。それ以外の可能性に賭けることはできない。
「ま、そんなわけであの子は血の盟約を持ってるはずよ。だからあなたの破魔の力も効く」
「そうか」
ひとまず、最悪の事態は免れたようだ。
そう安堵するホークに、パンダは意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふふ、ねえ、これってどういう意味かわかる?」
「意味?」
「もしあなたが私の誘いを断ってたら、私は代わりにブラッディ・リーチを仲間にするつもりだったの」
「なに!?」
思わず椅子から腰が浮く。絶対に聞き捨てならない話だった。
「だってそうでしょ? あの子がいる限り新たな四天王は生まれない。それだけ魔族の戦力は弱まる――というか、戦力が偏るんだから。一人の魔人を討伐する効果がそれだけ大きくなる。ならできるだけ長い間生きててもらった方がいいじゃない」
「貴様は奴から拷問を受けたんだろ」
「それは私が許すかどうかでしょ? 私は全然気にしてないわよ」
「……あいつがお前の誘いになど乗ると思うか」
「五分ってとこね。あの子にとっても命がけの話よ。何せ魔王から命を狙われるんだもの。私の協力を欲したって不思議じゃない。でもそうなったら……可哀想だけど、あなたに勝ち目ゼロね」
ぐ、と言葉に詰まる。
パンダの言うとおりだ。レベル5とはいえ、この少女がただの魔人ではないことはホークにも理解できる。
ただでさえ劣勢だというのにこんな訳の分からない魔人まで相手取る余裕などあるはずもない。
「…………くだらない脅しなどやめろ。貴様の条件で乗ると言っただろ」
「ええ、もちろん。でも、お互いの立場をはっきりさせておきたくて」
「……貴様」
完全に手玉に取られている。
もとより対等な立場での取引ではないが、それでもまるでホークの心を掌で転がすような巧みな交渉術には舌を巻くしかない。
「さて手始めに、あなたには一つポリシーを捨ててもらおうかしら」
こうなるとホークの立場は弱い。パンダからどんな要求を突き付けられようとも呑むしかない。
「……なんだ」
「あなた弓使いでしょ?」
「ああ」
「捨てて。あなたに相応しい武器は弓じゃない」
どんな要求にも応えるしかない。
そう身構えていたホークもそれには度肝を抜かれた。
「なんだと? 私はエルフだぞ。エルフに弓以上の武器などあるか」
「あなたは例外よ。あなたに相応しい武器は他にある」
「……言ってみろ」
パンダは右手の人差し指をホークに向け――「バァン!」と弾く真似をした。
「――銃よ」
「……銃、だと?」
「ええ。正確には魔法銃よ。あなたには
銃。
それは三〇年ほど前に誕生した、火薬の圧力で金属弾を発射する特殊武器だ。
従来の遠距離武器の概念を覆す画期的な武器として期待されていた……が、研究が進むにつれて有用性を見出されず、今では冒険者で銃士を名乗れば笑い者になるくらいに人気がない。
今ではもっぱら猟師などが野生動物を狩る際にたまに用いる程度、という不遇な扱いを受けている武器だ。
ホークも実物を見たことはほとんどない。
しかしあのけたたましい発砲音や火薬の匂いなどは、静謐な弓術を重んじるエルフにとって不快極まりない代物だった。
「……ふざけるな。銃のような野蛮な武器、使うつもりはない」
「武器に野蛮も何もないでしょ。使って殺せばおんなじよ」
「私は弓で二○○年戦ってきた。なぜ今更武器を変える必要がある。私の弓では不足とでも言うつもりか」
「不足ね。弓ではあなたの破魔の力を生かしきれない」
「……なんだと?」
弓に関する特殊なスキルこそないものの、ホークの弓の腕前はエルフ随一だ。
そこから放たれる矢に破魔の力を乗せた攻撃は、いわばホークの能力の理想形だと考えていた。
それをにべもなく貶されたことがホークのプライドに傷をつけた。
――だがそんなかすかな怒りも、パンダの言葉で一気に沈静化した。
「あなたの矢は一撃必殺。でも一発一発は防ぐのは簡単よ。別の魔力の塊をぶつけてしまえばいいんだから」
「……」
その言葉には押し黙るしかなかった。
まるでブラッディ・リーチとの戦闘を見てきたかのような的確さで、パンダは破魔の矢の弱点を指摘した。
そしてそれは問答無用で当たっている。まさに同じ方法で、ホークはブラッディ・リーチに破魔の矢を完封されたのだ。
「だから最もシンプルで強い運用方法は、とにかく撃ちまくることよ。その内の一発でも当たればいいやってスタイルこそ、破魔の力が最も活かされる」
「弓でも連射はできる」
「比較にならないわ。二、三発連射するだけじゃだめなの。十発や二十発連射するくらいの方がいい」
「……」
確かに、弓での十連射は難しい。
それこそ特殊なスキルを使うしかないだろう。
「銃なら一マガジンに一五発は入るはずよ。私もあまり銃には詳しくないから、マガジンをどれくらい携帯できるのか分からないけど、仮に四つしか持てなくても六〇発。これは大きなアドバンテージよ」
「……」
確かに、と納得するしかなかった。
先のブラッディ・リーチとの戦闘では限界まで装備しても三〇本の矢しか携帯できなかった。
その二倍、三倍持てる……しかも一五連射できるというのは、確かに弓では有り得ない利点だ。
「便利でしょ?」
「そんなに便利なら何故
「ふふ。これだけ褒めちぎると優れた武器みたいに思うかもしれないけど、実はあなた以外が使うなら欠点だらけなのよ」
そう、銃が誕生してからも戦場の主役は剣や槍などの近接武器だし、遠距離武器でも未だに弓がメインに使われる。
銃士など、ほとんど趣味や道楽の領域に片足を突っ込んでいる職業だ。
何故ここまで銃が世の戦士の期待を裏切る結果になったのか……それには幾つもの理由があった。
「まずレベルシステムの恩恵を受けられない。これが最大の欠点ね。魔法は言うに及ばず、剣でも槍でも弓でも、レベルを上げれば威力や速度が上がるものだけど、銃はどれだけレベルを上げても銃そのものの性能を超えられないの」
それは銃という武器の概念そのものに潜む欠陥だった。
剣などが使用者の肉体能力に性能を依存する一方で、銃はその威力を火薬の炸裂による推進力のみに依存している。
そこに使用者のステータスが入り込む余地がないのだ。
そしてその威力も、確かに一般人を殺傷するだけの力は秘めているものの、レベルシステムによって肉体が強靭になるにつれ、明らかに火力不足に陥ってしまう。
「普通の銃なら、レベル15の神官もろくに仕留められないんじゃないかしら」
「スキルで補えないのか?」
「そこも大きな欠点ね。銃は他の武器より遥かに歴史が浅いから、まだ全然スキルが発見されてないわ」
習得可能なスキルは親から子へとその傾向が受け継がれていくことが多い。
剣を極めた親を持つ子は、同じように剣士としての素質を見出すことが多いのだ。
よって、武器の歴史が長く使用者の多いほど優れたスキルが世に浸透していくことになるのだが、銃の歴史はたかだか三〇年。何百年と受け継がれてきた他の武器からすればヒヨッコ同然だ。
そもそも銃士の素質に目覚める者自体が少なく、そのため更に銃は不人気になるという悪循環に陥っていた。
「私には銃士ではなく魔銃士になってもらう、という話だったが」
「ええ。魔銃士はもう少し実戦向きな職よ」
銃は本来、鉛玉を撃ちだす武器として設計されたが、それを『魔力を撃ちだす』というコンセプトへと進化させたのが魔法銃だ。
用いる弾丸は鉛ではなく魔力を込めた魔石。
魔石内の魔力を弾丸として撃ち出すことができ、ただの鉛よりはっきりと威力が高い。
ただの銃士ならば話にならないが、魔銃士ならば少しは格好がつく程度の評価は得ている。
「使用者の魔力のパラメータによって多少威力が上がるから、レベルシステムの恩恵も受けられるし。それに魔石の種類によってはいろんな魔弾を打ち分けられるから汎用性もあるわ」
「だがこっちも数は少ないんだろ?」
「まあ、黒魔導士でいいじゃんって話ね」
身も蓋もない言い方だが、それが現実だった。
レベルシステムの恩恵といっても効率は悪く、結局は魔石に込められた魔力に大きく性能が左右される。
汎用性があるとパンダは言ったが、それも気休めだ。
汎用性の話をするなら、数々の黒魔法を操る黒魔導士の方が圧倒的に汎用性が高いに決まっている。
……百歩譲るならば、黒魔導士は機動力が低い者が多いが、銃士は下手すれば剣士並みに機動力が求められる。
ダイナミックな動きで敵を翻弄しながら、タイムレスに黒魔法っぽい感じの攻撃ができる……これが、最大限に魔銃士を擁護する表現だ。
そもそもその設計思想からして黒魔導士とは差別化されているため、かろうじて市民権を得ているようなものだ。
「あとは扱ってる武器屋が少ないわ。それこそ専門店じゃないと取り扱ってないくらいよ。しかも高い。魔法銃の弾丸なんて、一式揃えれば同じランクの直剣が一つ買えちゃうくらいよ。なのに使い切り」
「……ろくな武器じゃないな」
「でもあなたの能力を最も活かせる武器よ」
聞けば聞くほど幻滅する武器だ。
エルフの誇りである弓を擲ってまで鞍替えするほどの魅力は全く感じない。
……が、パンダの見立てではそれこそがホークの愛武器らしい。
「……いいだろう。つまり私は、魔法銃と破魔の……えっと、破魔の弾丸? ……の、二丁拳銃で戦うというわけか」
「そ。腕は二本あるんだもの、銃も二丁使いましょ。――ちょっとちょっと、そんなげんなりした顔しないでよ。いいじゃない、魔族殺しの魔弾使い。かーっちょいー」
「……魔弾使い、か。だが魔法銃はあくまでサブウエポンだろ。本命は破魔の弾丸だぞ」
「それもそうね。破魔の弾丸……ってのもなんだかダサいわね。お洒落に言うなら……」
パンダは、うーん、と頭を捻り、気に入るフレーズを思いついたのか目を輝かせて言った。
「魔力を断つ――『魔断の射手』ってところね」
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